73話 理不尽はいつでも
本日もよろしくお願いします。
ナラカルカスの樹液を手に入れてから数日後。
わたし達は帝都に戻って来た。
お世話になった商人と別れて、冒険者ギルドへ向かった。
「じゃあ、わたしは急ぎの用事があるから討伐に関しては受付の右端の人に聞けば手続きを踏んでくれるから。」
「わ、わかった!じゃあね!」
「さよなら。」
コウタにキャニプスとウルサクの毛皮や爪を全部渡してギルドの階段を登った。
討伐に関してはコウタが全てやったことだから貰える報酬は全て彼が受け取るように伝えた。
それよりも早くマティアス達に教えないと。
六階まで行くと以前とは別の受付嬢と見張りの冒険者がいた。
「あの、至急マティアスにお会いしたいのですが!」
「お前は誰だ?上に住んでいる人達はお前みたいなのに会う理由はないんだよ!さっさとどっかに行け!」
男性冒険者は乱暴にわたしの肩を押した。
階段と距離はあったから落ちることはなかったけど、それよりもどうやって会うべきか。
確かに事前に会う約束もしていないし、青の等級以外は基本的に入れない。
そうなるとここは一度引き返すしかない?
素直に階段を降りた。
マイルズはわたし達よりも南に向かったはずだからまだ戻ってきていないはず。
それに樹液はわたしが持っていても仕方がない。
無礼を承知でギルドマスターの所へ行こう。
確か三階の部屋だったはず。
三階に向かうと先日はいなかった受付人と見張りの冒険者がいた。
「あの、至急ギルドマスターに会わせて頂きたいのですが……。」
「誰だてめぇ?さっき上に向かった奴だな。そうか、追い返されたからギルドマスターに泣きつこうとしたわけか!」
当たっているから何も言い返せない。
「マティアスに用事があるのですが……。」
あの人達はまだ任務から帰ってきてないんだよ!それくらい知っているだろうが!?」
「いえ、初めて知りました。」
「それくらい調べておけよな。」
今日の見張りの冒険者達は高圧的だ。
男性の受付人は一瞥すると話に付け足した。
「ギルドマスターは誰にでも会われるお方ではありませんので。いくら冒険者と言えど今すぐ会わせることは出来ません。どうぞ、お引き取りください。」
「……わかりました。」
またしても受付拒否されてしまった。
まぁ、先日はマイルズがいたから上がれたわけで普通なら通して貰えないのが通りですよね。
しかもマティアス達はここにいない。
彼らが帰ってくるまではこのまま持っているしかない。
あとは薬師に持っていく?
だけど渡したら別の薬に使われるかもしれない、その場合マルテが服用できなくなる可能性が高い。
そうなると薬師に渡すわけにもいかない。
それ以前にこの帝都には何人もの薬師がいるからマティアス達が信用する人じゃないと手違いが起きそう。
待ち合わせを決めるべきだと思ったけどそれぞれがどのタイミングで戻れるかは未知数だから決めようがない。
結局一階まで戻ってギルドの上階に住んでいる冒険者に会ったり物を渡すにはどうしたらいいのかを相談した。
ここで手続きを踏めば会えるかもしれないけど、結局本人達が不在だとその手続きが滞ってしまうと言う。
冒険者ギルドに樹液を預けるのも考えたけどさっきのやり取りを思うとあまり預ける気にもならない。
マルテの容態が気になりつつ、一先ず樹液はわたしが持つことにした。
そう言えばコウタの姿が見えない。
既に査定が終わって帰ったのかもしれない。
現在の時間は日が大分傾いてきた頃。
もう暫くすると冒険者達が依頼達成の手続きをするためにここへ駆け込んでくるはず。
さらに冒険者ギルドに併設されている飲食店は勿論、周辺の飲食店も人で混むのは必須。
今日はここを離れて何処かで夕食を摂ろうかな。
そう言えばカイの様子も気になる。
あの店に行って見よう。
冒険者ギルドから歩いて暫く。
ゆっくり歩くと畑作地帯の方向から作業に参加していた人たちがぞろぞろと歩いてきた。
既に夕暮れになっていて帰宅中の人かご飯を食べに行く人で道が占めていた。
この帝都には街灯と言う道に等間隔に設置された棒の先端が光る設備がある。
間隔はかなり空いているけど大通りを中心にそれが見られる。
どういう仕組みで点くのかは街の人や冒険者達には分からない。
ただ、夜道でも照らしてくれるから便利である。
カイが働いている店はそこから外れた場所にあるけどそれなりに繁盛しているのか外に居ても喧騒が聞こえた。
建物の外に蝋燭が灯してあるから看板も見やすい。
店に入ると既に多くの人がいるけどまだ席は空いていた。
「お一人様ですね、こちらへどうぞ!」
ホール担当の女性が空いている席へ案内してくれた。
大半のお店は席が空いていれば知らない人同士でも相席にする。
ただ、まだ全体的に空いているから誰もいないテーブルへ案内された。
「水を一つ、ウサギ肉のハーブ焼一つ、黒パン一つ。」
「畏まりました!」
「それと最近ここで雇われたカイと言う少年が元気かどうか知りたいのですが。」
「カイ……あぁ、あの子!知り合いなのですね!」
「えぇ。」
「分かりました!」
元気よくキッチンへ向かった女性を他所に改めて広間を見回す。
改めて見ると奥には二階へ続く階段もあり、この店は大きく構えているのが分かる。
わたしが待っていると客が少しずつだけど入って来た。
空席だった場所が徐々に埋まる。
周辺の客の話に耳を傾けていると、料理が運ばれてきた。
運んできたのは先程の女性ではなく一人の少年だった。
「お待たせしました、水、ウサギ肉のハーブ焼、黒パンです。」
その少年はカイだった。
「カイ、元気にしていた?」
「うん、元気だよ。」
「良かった。」
運んで来た料理を配膳したカイは嬉しそうな顔をしていた。
「ポーラは?」
「わたしも元気だよ。」
「そっか。」
「カイは今の生活には慣れた?」
上を見ながら悩むカイは腕組までした。
「まだ慣れてないかな、仕事って大変だなって。」
「そうだね、仕事は大変だよね。」
「お母さんもこんなに大変な事をしていたんだなって。」
カイはしんみりとした声で言った。
目には涙を浮かべる。
「そうだね、お母さんはカイの為に頑張っていたんだよ。」
カイの頭を撫でると顔を下に向けてしまった。
「カイ、お母さんの事を忘れないでいてね。そうすれば君の中で生き続けてくれると思うから。」
「うん……。」
暫くするとカイは落ち着いたのかキッチンへ戻った。
元気そうで良かった。
まだお母さんのことになると寂しい思いはするけど、ここで忙しく働いていれば……。
わたしは何を考えているんだ?
わたしはどうだ?
結局何をやっても忘れられない。
何処で何をやっても憎い気持ちは存在する。
だってあいつらは平気な顔をして生きているのだから……。
あれから更に数日が経った。
毎日のように冒険者ギルドでマイルズとマティアスが来ていないかを確認しているけどまだ戻っていないと言う。
万が一、すれ違いがないように街の中で完結する依頼を受け続けた。
所謂お使い。
一つ一つの依頼は他の依頼よりも安い。
だからあまりやる人は居ないと言うけど、今のわたしにとっては好都合だった。
大体は物を届けて欲しい、迷子になった飼い猫や犬を探してだった。
幾つも並行して受けるから序で他の依頼を達成することもしばしばあった。
と言っても一日かけて貰える報酬は良くてもその日の夕食分になるかどうかだったりもした。
街の中で完結する依頼で一番マシだったのは畑作地帯の作業だった。
体力は必要だけど経験があるから比較的仕事はしやすかった。
わたし以外に冒険者はいないため、とても珍しい目で見られて多くの人と話すことになった。
そんな生活でも毎日動いていると疲れが溜まる。
今日は農作業の帰りにカイの働く店で夕食を食べたあと。
冒険者ギルド近くの暗い道を歩いていると周辺から人の気配があった。
コウタみたいな感知能力はないからそもそも危機回避を出来ないのが残念。
「おぉ、お前は最近マティアスさんに会いたいって言ってる奴だな!」
声を掛けて来たのは樹液を届けようと六階へ上がった時にそこに居た見張りの冒険者、仮に男性冒険者Aと呼ぶ。
「三階にも来てギルドマスターに会いたいとか言ってた奴だな!」
更に三階で見張りをしていた、仮に男性冒険者Bも現れた。
どちらも革の装備品を身に着けて腰に剣を下げていた。
二十代前半と思える彼らはわたしを見てニタニタ嗤っていた。
「それにしてもよぉ、こんなところで会うなんて偶然だよなぁ?」
「あ、もしかして夜の冒険者ギルドなら誰も居ないと思って侵入しようと思った?だったらやめろよな!そんなことをしたら直ぐに捕まるぞ!」
男性冒険者Aも男性冒険者Bも何を言っているの?
彼らがわたしの後を付けていたのは言うまでもない。
そして夜だからと言って冒険者ギルドの上階は無断で入れる場所ではないはず。
適当な因縁を付けに来たこいつらに辟易してしまった。
無暗に冒険者ギルドの上階へ訪れたことを後悔、反省しなければいけない。
樹液を台無しにするわけにはいかない、正直付き合っていられない。
「偶然出会ったとしても少なくとも今日は冒険者ギルドに行く予定はありません、それでは失礼します。」
立ち去ろうとしたけど彼らは前後から挟み撃ちにしてきた。
厄介。
「あのさぁ、俺達はお前よりも先輩なわけ、分かるでしょ?先輩を置いて立ち去ろうなんてどういう了見なんだぁ?」
男性冒険者Aが首を傾げながら見下してくる。
「だよな!俺だったらちゃんと話は聞くし付き合うわ!」
後ろから冒険者Bが頷いている。
「ところでぇ、なんでマティアスさんに用事があるんだぁ?俺達にも教えてくれないかなぁ?」
今にも舌で舐められそうな不快感がある。
あまり近づいて欲しくない。
「マティアスさんから口止めされているので言えません。」
これは出かける前に言われたこと。
もしかしたら帝都を混乱に引き落とすかもしれないからだと。
仲間以外にも事情を知っている人は何人かいてギルドマスターもその一人だと聞いた。
それも含めてあの時マイルズに許可証を出したとすれば食えない人だと思えてしまう。
あとは二人は仲が良さそうだったから事情を抜きにしてもあり得た感じかも。
こうして二人がわたしに訊いてくる以上は彼らは本当に何も知らない。
猶更言うわけにはいかない。
これはマティアス達に対して一種の弱みにもなる、この情報を使えば彼らを揺することや評判を貶めることも出来る。
正直誰かの面倒事には関わりたくなかったけど放っておくわけにもいかなかった。
それ以前に交換条件で引き受けているからこれが成立しないと目的を達成できない。
そんなわたしの返答に怒りを覚えたのか冒険者Bは後ろからわたしの肩を掴んだ。
それも力を込めて。
「お前さ、分かってる?俺達お前の先輩なんだよ?後輩の事情を知る権利っているのがあるの?言っている意味わかる!?」
威圧しながら言うそれは本当に先輩なの?
近い距離に二対一でいる以上、この場を切り抜けるのは難しい。
だからと言って好き勝手やられるつもりはない。
打開策が浮かばずストレスだけが溜まる。
「全然わかりません。そもそも冒険者同士、個人の事情には踏み入らないものでは?」
「それは暗黙の了解って話で実際は関係ないからなぁ?」
男性冒険者Aは両手を上に向けて知りませんと笑った。
「いい加減教えてくれないとどうなっちゃうか分からなくなるぞ?」
「言えません。」
彼らのしつこさや態度に胸の奥から何かが溢れ出しそうで気持ちが悪い。
きっぱり断るわたしに彼らは怒りの声を上げた。
「ふざけるんじゃないぞ!何かあるって言うのは俺達でもわかるからな!」
「それがあればマティアスさんのパーティーに入れるかもしないんだろぉ!?」
何かあるのはそうだけど、別に彼らの仲間になろうとか思ってはいない。
だけど訂正する気もなくなる。
「早く言えよ!」
後ろに居た男性冒険者Bは手を離したと思えば、わたしを羽織り締めにした。
「暴力に訴えるのですね?」
努めて冷静に訊いてみる。
「暴力ぅ?これはなぁ、教育ってやつだよぉ!」
正面に居た男性冒険者Aはわたしの顔を一発殴って来た。
頬に痛みが走る、歯を食いしばって声を出さないように耐えてしまった。
それと頭から被っていたローブは外れていない。
「さあ、痛い目見たくなければさっさと教えてくれよ!」
羽織り締めしている男性冒険者Bは頭が怒りで浸透したのかさっきよりも声が大きかった。
耳元で怒鳴ると痛い。
「言いません。」
「ざけんな!」
次は男性冒険者Aがお腹を殴って来た。
「ガハッ!?」
鈍い痛みが広がった。
食べた物が逆流しそう。
凄く痛い。
それにもう直ぐ月ものの時期なのに、痛いのを短期間で経験させないで欲しい。
自分の運のなさに溜息を吐いてしまう。
人が手を出さないことを良い事に好き勝手やるなんて。
正直怒りを抑え込むのが嫌になる。
だけどここで暴れても直ぐに拘束は解けないと思った。
仮にわたしがこの場で彼らを殺せたならお尋ね者になり、目的を達せなくなるかもしれない。
一方でこのまま殴られ続けたらわたしは死んでしまうかもしれない。
何が正しくて間違っているのか分からない……。
「まだ、余裕があるみたいだな!ほら、さっさと言えよ!」
「俺は殴り足りないからもっと殴らせて欲しいなぁっと!」
再び顔面を殴られる。
二度、三度。
脇腹も殴るから少し前にウルサクにやられた傷が痛む。
「さっさと言えよ!」
「そうだぞぉ!死んじゃうぞぉ!」
テンションが上がっているのか二人の声はさっきよりも大きい。
何処かで隙が出来ないかなぁ。
そう思っていたら別の方向から声が掛かった。
「そこで何をしている!?」
何やら聞いたことがある声がした。
「や、やべ!?」
「逃げるぞぉ!」
二人は誰かに見つかったからなのか直ぐに逃げ出した。
羽織り締めから解放されたわたしは気力を振り絞って呼吸を整える。
「おい、大丈夫か…ってポーラじゃないか!」
「マ、マイルズ……。」
近寄って来たのはマイルズだった。
「殴られていたみたいだが、何があったんだ?」
「ちょっと静かにしてください。」
「あ、ああ。」
少し時間を貰って体の痛みを認識した。
動けるけど明日は安静にした方がいいかな。
「実は―――」
彼らに関係する話をしたらマイルズがかなり怒った。
マイルズがここに来たのは冒険者ギルドへ行こうとしたら声が聞こえたから様子を見に来たと言うことらしい。
「許さない!直ぐにでも報告しないとな!」
憤慨するマイルズだけど確認しなければいけない。
「ところでマイルズがここに居るという事はフォエネルムを採取できたってこと?」
「ああ、それは問題なく。寧ろ沢山育っていたな!」
話を聞くにサンデル王国との戦争地帯だったらしい場所で、離れた山岳地帯のある斜面が凄く輝いて見える場所だったと言う。
それが関係しているのかは分からないけど訪れた時にはかなり暖かいと言っていた。
そう言った環境だったからなのか一時期は荒廃していた場所だったのにも関わらずフォエネルムを含む多くの植物が広範囲に渡って自生していたらしい。
「お陰でたくさん採って来たからな!」
「それは良かった。」
「ポーラもここに居るって事は樹液を持ってきたんだろ?」
「今も持ってるからマイルズに渡して置きます。」
背嚢から取り出して木製の容器を渡した。
見える範囲で容器は壊れていないしちゃぷんと音が鳴ったから樹液はある。
「おお、よくやったな!」
「マイルズも。」
「それなら直ぐにでもマティアスに渡さないとな!」
「わたしは宿に戻りますので、マイルズだけでお願いします。」
「そうか、分かった。今日は休むんだぞ!」
「勿論。」
早々と後にするマイルズを見送ってわたしは宿に帰った。
それにしても痛い。
これが普通なのか巡り合わせが悪いのか。
何処に居ても似たような人はいるんだ、そう思いながらベッドで横になった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




