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恨みに焦がれる弱き者  作者: 領家銑十郎
傲慢と欲深な者達
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67話 近くて遠い気持ち

本日もよろしくお願いします。

 服を新調してから一月が経った。

 その間に依頼を受けては備品を調達できたけど、結構お金を使ったからまだ依頼を受け続けないと生活も出来ない。

 帝都の依頼報酬は町に比べると全体的に高いけど同時に物価も高い。

 だからこそ等級を上げてより報酬額の高い依頼を受けないと贅沢は出来ないのが冒険者の常。

 わたしの場合は贅沢をしたいわけじゃないから積極的に等級を上げようと思っていない。

 現実問題として、復讐相手を探すにもお金は必要になる。

 だからこそ道具一つとっても欠かすわけにはいかない。

 戦うことに身を置く以上、今までの町や村に比べて帝都での依頼内容はより激化しているから少しでも命を守るために革の胸当てや手袋も購入した。

 手袋は鍛冶工房などで使われた中古を防具屋で販売しているらしく、よれよれだったりした。

 大半は成人男性用で従来の買い手も工房の弟子達が買うらしい。

 わたしが手に取ったのは多分若い世代の人が使っていたもので手の大きさは良かった。

 指先だけはどれもブカブカだったから買った後で指貫にして掌と甲を覆うだけにした。

 異世界の記憶で手袋に刻印された魔方陣で魔法を使っているような映像を思い出し、それをそのまま流用しようと思ったのが決め手。

 剣やナイフを握ったままでも何かの魔法を起こせるならそれは楽だと思えた。

 何にしようか考えないと……。

 そして今日は新たにナイフを買いに行くため、以前マイルズと訪れた道具屋の店主ホレスに紹介された鍛冶職人の元へ向かった。

 帝都の商業区と呼ばれる区画に足を踏み入れると身なりの整った人達が増えた。

 と言っても小奇麗な外装の店の店員が大半で客として訪れているであろう人達は千差万別だ。

 かく言うわたしも薄汚れたローブを纏っているから身なりは悪い。

 けれど周囲から注目されている訳でもないからそのまま通り過ぎる。

 そして、煙を吹く煙突が多い場所にやって来た。

 更にカンカンと金属を叩く音も聞こえる。

 この場所にある建物全てが同じ工房と言うわけではなさそうだけど音のする場所を一か所ずつ訊ねた。

 流石に一件目で目的の場所を当てられる訳でもなく何件も回った。

 そして漸く紹介された工房に辿り着いた。

 しかし、出入り口付近で何やら騒いでいる。

 或いは一方的に(わめ)いていると言うのが正しい。

 話しているのはどちらも少年だ。

 近づいて見ると一人はわたしと似たような歳の少年で頭に布を巻いて防護用エプロンと言うものを身に纏った煤汚れている。

 もう一方は出入り口傍で喚いている少年でボロボロの服を着て涙を流している。


 「一本で良いからくれよ!殺してやるんだから!」


 「そんなこと言われてもダメだ!そもそも人殺し何てするな!そうじゃなくても俺達も商売でやっているんだから只で渡せない!」


 「お願いだからくれよ!」


 「ダメだったらダメだ!」


 そんな問答が続く。

 わたしも用事があるから話を切り上げるか脇に動いて欲しいんだけど……。

 そろそろ割って入ろうかと思えば奥から屈強な男性が出て来た。


 「坊主、いい加減にしないと兵士に突き出すぞ!」


 低い声の男性に少年は臆して大声で泣きながら向こう側へ逃げて行った。

 少年が去ったことで鍛冶工房はいつも通りの喧騒を戻したのか屈強な男性は奥へ戻った。

 出入り口へ近づいて中を覗くと一番奥にある炉が燃えている中、何人もの鍛冶職人が何かしらの作業をしていた。

 それこそ二人一組で鍛錬していれば道具の整備をしている人まで。

 換気されているからか中の空気は煙が籠っているわけではないけど鍛冶師達は皆煤汚れていたりする。

 鍛冶見習い少年も作業へ戻ろうとしていたので慌てて声を掛けた。


 「あの、道具屋のホレスに紹介された冒険者のポーラですがナイフを買いに来ました。」


 鍛冶見習い少年はもう一度屈強な男性を呼び戻し、私はその男性ダクマに話した。

 幾つか質問されたけど全て答えるとダクマは納得して十本のナイフを売ってくれた。

 この場で譲ってくれた分は本来なら店に卸す分を優先的に造っているけど、弟子達が造った中で店には卸せない失敗作が中心だった。

 ただ、大きさが不揃いだったり若い弟子の練習用に造った物らしい。

 命を預ける武器ではあるけどある程度の切れ味があればと思ったから経緯は気にしない。


 「それにしてもホレスに紹介されるとはあんたも奴の店に足繁(あししげ)く通っている証拠だな。」


 「そうですね、マイルズに紹介された店ですがホレスの店は品揃えが良いので。」


 「あいつが聞いたら喜びそうだな!それにマイルズに紹介されたならお墨付きなわけだな。」


 「マイルズも知っているのですか?」


 「あいつは冒険者の中だと有名だな。それ以前に俺達はこれでも昔馴染みだからな。」


 「そうだったのですね。」


 だからマイルズはホレスと仲が良いしホレスはここを紹介してくれたわけだ。

 ナイフは武器屋でも扱っているけど良品を安く買うならとホレスが紹介したのがこの工房。

 ダクマの工房も小売店に卸しているけど、ホレスのように仲の良い人からの紹介であれば少し安く売ってくれると言う。

 尤もナイフにしろ剣にしろ柄や鍔など装具は別の工房で取り付けるからここで買わせてくれるのは装具のない剥き出しの刃だけになる。

 それなら普通の店で買えば良いと思ったけどここで装具のないナイフを買い、装具工房へ紹介してもらうことで安い装具を買えるから総合的には値段を抑えられると言う。

 勿論、店に並んでいる武器は装具の取り付け工賃も含んでいるからの値段になるわけで今回はその工賃を引いた額で買うから安くなるのは当然。

 そして、その手間を自身でどうにかしなければいけない。

 ダクマに相談すると提携している装具職人を紹介してくれたので次はそこへ行こう。


 「あの、もう一つお願いしたいのですが。」


 わたしは持ち歩いているショートソードをダクマに見せた。


 「帝都にいる間、これの手入れも定期的にしてもらう事って出来ますかね?」


 「刃は普通より短いな。それに色もあまり見ない、珍しい物を持っているな。」


 「実は以前いた町の近隣で見つけた物です。所有者はいなかったみたいなので使わせてもらっています。鞘はあとから作ってもらいました。」


 「なるほどな、昔誰かが使っていた奴か。少し触らせてもらっても良いか?」


 「ええ。」


 ダクマに差し出すと彼の顔色が悪くなった。

 それでも彼は鞘から剣を抜いて刃を眺めた。


 「禍々しいな、それに気持ち悪さを感じる。あんたはこれを持ち歩いても平気なのか?」


 「特に問題はありませんが?」


 「そうか、剣が人を選ぶって昔に聞いたことがあったがこういうのがそうなのかもしれないな。」


 鞘に戻して剣を返してくれたダクマの顔は幾分か直ぐに良くなってきた。

 鞘を作ってくれた人も似たような事を言っていたっけ。


 「不思議な剣だが、多分凄いだろうな。俺で良ければ面倒見るぜ。」


 「ありがとうございます。」


 改めて日取りを決めてから店を出た。


 「あいつらにも宜しくな!」


 ダクマは工房へ戻った。

 それから少し離れた場所で装具職人を訪ね、ナイフに合う装具を買わせてもらった。

 と言っても買ったのは二つだけで残りは布を巻いても問題ないと言われた。

 装具屋で扱っている柄や鍔は別の職人が作っているためその分の値段も含まれている。

 勿論布だって作業者達の賃金も含まれているけど布を買った方が安いとのこと。

 帰りにあの服飾店を訪れてみようかな。

 序にショートソードの手入れの話を振ればダクマが見るならここでも見ると言われ、次の日程を教えて店をあとにした。

 装具職人の工房を出て暫くすると何処かの鍛冶工房から一人の少年が叩きだされていた。


 「二度と来るな!」


 男の怒鳴り声が響き、追い出された少年が俯いていた。

 そのまま通り過ぎようかと思ったけど何となく気になってしまった。

 少年に近づき声を掛けた。


 「あのさ、話を聞くけどどうかな?」


 「うん……。」


 涙と鼻水を流しながら頷いてくれた。

 商業区から離れて人通りの少ない場所へ辿り着いた。


 「君の名前は何ていうの?」


 「カイ。」


 「わたしはポーラ、よろしく。」


 「うん。」


 幾つか質問してはカイが応える。

 わたしも質問されれば適当に答えた。

 カイは十歳の少年で住んでいた家は賃金が払えないから追い出され、食べ物も一日一食口にできればいい方だと言っていた。

 両親や祖父母もいないと言う。


 「それで、どうして武器が欲しいの?」


 そして本題に入る。

 冒険者になりたいとか?

 他の子供達と遊ぶのに本物が欲しくなったとか?

 泣き止んで涙や鼻水を拭いた少年は口を開いてくれた。


 「僕、復讐したいんだ……。」


 「復讐……。」


 その言葉に近しいものを感じた。

 目を細めるわたしに構わず少年は続ける。


 「僕のお母さん、朝から晩までお仕事に出かけていて。お父さんは昔からいないから。それで夜は何処かの店で働いていていつもより遅かったけど僕は寝ちゃって。次の日、お母さんが帰ってこないから街を探し回ってさ。そしたら、誰かが道端で死んでるって話を聞いて、急いで走ったんだ。兵士が何人もいて、人混みを一生懸命抜けたら布を被せられた人がいて。なんだか怖くなって。それで近くの人が言ってた。女性が殺されたらしいって。だから、布を被せられた人に近づいて顔を捲ったんだ。兵士のおじさん達に止められたけど、でも、顔を見たら」


 カイの目には再び涙が溢れた。


 「うぅ!あの顔、お母さんだった!お母さんって呼んでも何も言ってくれなくて!揺すっても頭を撫でてくれない!どうして!どうしてお母さんが死ななきゃいけなかったのさ!?なんで!どうして!誰が僕のお母さんを奪ったんだよ!?教えてよ!返してよ!お母さんを返してよぉ!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 感情を吐きだし嗚咽と共に再び泣き出す。

 その時の光景を思い出したのかもしれない。

 いつも感じていた温かい日常が突然壊された。

 わたしは知っている。

 大事な人達を奪われる辛さを、悲しみを、怒りを、憎しみを。

 カイにわたしを重ねてしまう。


 「お母さんの為に頑張っているんだね……。」


 「うぅぅぅぅぅ!」


 頭を撫でるとカイは蹲って顔を隠した。

 わたしは復讐者、自分の憎しみを晴らす為に殺した。

 そしてまだ殺し続ける。

 カイはたった一人の家族を奪われた孤独の少年。

 誰も彼に見向きしない。

 それなら彼の気持ちを晴らす手伝いをしても良いの?

 いや、そうじゃない。

 確かに彼のお母さんを殺した誰かを野放しにして良いわけじゃない。

 だからと言ってカイのやることを黙って見るのも違う気がする。

 わたしは聖人君主ではない、そもそも義理もない。

 ……。

 はぁ。


 「カイ、復讐をするかどうかは君の自由だと思う。だけど今の君じゃ絶対死ぬ。」


 「ふぇ?」


 わたしが話し出すとカイはわたしを見る。


 「もしカイのお母さんが生きていたなら、君に生きて欲しいと言うと思う。だから先ずは生きることを優先するべき。」


 「そんな事より犯人を殺す方が」


 「生きていれば犯人を見つけることが出来る。生きていれば復讐のための準備ができる。」


 大きな声を出したけど周囲に人はいない。


 「準備?」


 「それが重要。犯人を捜しながら道具を揃えて体を鍛える。これって結構重要だよ?」


 「ポーラも?」


 「わたしの話はどうでもいい。これは君の人生の話。君がどう生きるかはともかく犯人に返り討ちにされたら全てが水の泡だ。」


 「うん。」


 「だから何をするにも生きることは大事。それから復讐に必要な事をする、わかった?」


 「多分。」


 「生きている限りお母さんもきっと喜ぶ。これは間違いないからね。」


 「わかった。」


 「よろしい、早速行動しよう!」


 「何処へ行くの?」


 「生きるために必要な事。」


 わたしはカイを引き連れ一般区域に入った。

 既に日が傾き、冒険者達が帰ってくる頃。

 また、家に帰る人達も多い。

 人込みを掻き分け、一軒の飲食店に辿り着いた。


 「ここは?」


 「先ずは店の人に聞いてから。」


 店の玄関を潜ると何人かの従業員が準備に勤しんでいた。


 「まだ営業時間前なので外でお待ちください!」


 ポニーテールに纏めた女性従業員に言われたけど引き返さずに質問をする。


 「このお店で人を雇って貰うことは出来ますか?」


 「えっと、店長に訊いてみますね。」


 女性従業員は厨房の奥へ向かった。

 少し待つと奥から大柄な男性が出て来た。


 「店で働きたいのはお前か?」


 わたしに向かって聞いて来るけどわたしではない。


 「いえ、この子を雇って欲しいのですが。」


 わたしがカイを指さすと店長とカイが驚いた。


 「このガキを?」


 「ええ。」


 「僕が!?」


 「何でまたこんなガキを?」


 「実はこの子、天涯孤独になりましてね。別の場所で保護して貰おうかと考えたのですが世間の大変さを理解するならここが一番かと思いまして。子供だからと言ってこの国では労働制限はありませんよね?」


 フレイメス帝国の成人未満の子供でも働くことは問題なしとされている。

 厳密に言えばルールがない。

 農家で生まれた子供は遊ぶ時間もあるけど、時には農作業を手伝うこともある。

 商人の子供は勉学に励みながらも親の手伝いをする。

 手伝いとは言うけど実際に仕事に関わっている。

 それは皇帝のお膝元の帝都も例外ではない。

 実際、別の店も成人前の子供を働かせている光景はよく目にしている。


 「あぁ、人ではいるに越したことはないがなぁ。」


 いきなりどこの誰とも知らない子は引き取りづらいかな?

 カイの頭を下へ抑えながらわたしも頭を下げる。


 「お願いします!この子を雇ってください!人の何倍も働けるようになるので!」


 「お、お願いします!」


 カイもわたしに倣ってお願いした。

 暫く悩む店長だったけど答えを出してくれた。


 「あぁ、せっかくだ。雇ってやるよ!」


 「ありがとうございます!」


 「ありがとう!」


 「それと住む場所もないって言ってたか?」


 「はい。」


 「それなら裏の小屋を使え。他にも住んでいる奴がいるからあとでそいつに教えさせる。」


 「はい!」


 「良かったね。」


 「うん!」


 寝る場所があるだけでも良いと思ったカイは笑顔になった。

 わたしはしゃがんでカイの目線に合わせた。


 「そうだ、先に伝えないと。」


 「何を?」


 「基本的にはここで働いて生活すること、序に従業員やお客さんのお話に耳を傾けること、あとは先走らないこと、いいね?


 「わかった。」


 カイの頭を撫でて立ち上がる。


 「そうだ、あんたもここで食ってくれるだろ?」


 「ええ、そのつもりです。」


 頼んだ手前、別の店に行くとは言えない。


 「ガキ、お前の名前は?」


 「カイ。」


 「そうか、カイ。これから厳しく教えるから覚悟しておけよ!」


 カイは店長に連れていかれた。

 何をさせられるかは分からないけど健全な仕事なのは間違いないはず。

 わたしは一度店を出て、開店するのを待った。

 これで迂闊に行動しようと思わなければ良い。

 あれだけカイの想いに肯定的に話しながらもその実、何もするなと思っている。

 あの子はお母さん想いの優しい子だと思う。

 お母さんの為に泣いたんだから。

 あの子に復讐させるべきではない、心の何処かで囁いた気がしたから……。 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




雑談

ナイフに関する話は正しさや効率はない、この世界の杜撰な部分として書かせて頂きました。

(現代日本の刀鍛冶師が自由に造れる本数に決まりがある事を最近知りました)

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