65話 皇帝と貴族
本日もよろしくお願いします。
フレイメス帝国、帝都アルゼムスにあるヴァルクセレウス城の一室。
窓のない場所だが赤と金を基調にした配色で彩られている部屋には幾人もの男達がいた。
彼らの殆どは壮年でありまた上質で装飾の凝った衣装を身に纏っていた。
丸テーブルを囲う彼らの中で白いシャツの上に黒の生地に赤と金の刺繍を施した上着を着ているのは現皇帝のフュルヒデゴットだ。
傍にいるのは丸い鼻が特徴的な男、側近のロータル。
地味な格好をしている彼は皇帝を含む八人の男達を見回してから口を開いた。
「今より各種報告を上げていただきます。」
それを皮切りに緑を基調とした上着の大臣達が話し始めた。
「七日ほど前の情報になりますが各領地の作物の生産量及び納税は前年に比べて少し下がりました。」
「各領地で私兵の志願を募っていましたが集まりは芳しくありません。」
「西側の鉱山に関しては新たに鉱脈を発見したので三月後には採掘の着手が出来そうです。」
「帝都の商人達の出入りに関してですが入都する数が多くなっているようです。」
「細かい情報やリストは羊皮紙に記しましたのでそちらをご覧ください。不明な点は何なりと仰せつかってください。」
それぞれの前に羊皮紙の束が配られた。
先程報告されたここ一年の各領地からの納税量の数字。
帝国直下の騎士団及び魔法士団の団員数や各役職に誰が就いているのか、また書各貴族が保有している私兵団の兵員の人数。
現在保有している鉱山で採掘できる各金属の想定された採掘量。
前の月までに亡くなった貴族とその領地の管理先の貴族の名簿。
帝都の検問所を通った商人達の一覧。
帝都内で起こった事故、事件の数と解決未解決の数。
各貴族達の政策の計画と費用や見込み利益などその試算。
一見いらなそうな情報もあるがそれでも皇帝を始めとした他の貴族達も全てに目を通していた。
全員が読み終えるまで沈黙していた部屋だが、皇帝が口を開いた。
「まずはここまでの情報を揃えたこと、ご苦労だった。」
「「「ははっ、労いの言葉感謝いたします!」」」
三人の大臣は席を立ち一礼する。
彼らに座るように促してから皇帝はこの場にいる公爵の称号を持つ四人の男達に目を向けた。
「何か疑問はあるか?」
そこから四人の公爵達は大臣達に対して幾つもの質問を投げた。
聞かれた彼らも多く事は即座に返答したが一部想定外の質問内容には素直に分からないと答えて改めて報告することを伝えた。
一通りのやり取りが終わると再び皇帝が全員を見やる。
「それで、国内で貴族間の小競り合いがあると聞いているがそれは収束しているのか?」
これには三人の大臣が緊張した面持ちになる。
皇帝の質問に答えたのは公爵家の一人、カステン=スルツバフだ。
白髪に白くて長い顎髭が特徴的だ。
「サンデル王国との戦争前後に比べますと落ち着いたと思われます。」
「確かに辺境の領地ではそうかもしれませんがここ暫くの間、帝都からの帰路で亡くなる者達もいるぞ。」
カステンの言葉を否定するのはバンベルト=レムフレッド、頭の天辺に髪はなく両サイドの茶髪が特徴。
「それは盗賊の仕業ではないのかな、バンベルト。」
鷲鼻が目立つヴィリー=イリンゲルも話に入る。
「その可能性もあるが実は貴殿が雇った傭兵かもしれぬぞ。」
「それこそヴィリーの自作自演ではないのかな?」
バンベルトが言い返すもヴィリーはどこ吹く風だ。
「可能性の話をすればキリがない。」
一際長い眉毛が特徴のエッケンハイト=メルツェニクが間に入る。
カステンもエッケンハイトに頷く。
「もしかしたら犯人は内輪揉めを期待しているのかもしれません。それこそサンデル王国であれば、と言う話にもなります。」
「最悪なのはサンデル王国に帝国の貴族が唆されている場合ですぞ。」
バンベルトがヴィリーを見て言葉を続ける。
「それこそベイグラッド侯爵を暗殺したのは貴侯か貴侯を慕う者達か……。」
それを聞いたヴィリーは溜息を吐く。
「馬鹿々々しい。陛下が治める帝国を強く出来たかもしれないベイグラッド侯爵をこの情勢で排除する理由はないな。」
「貴侯達は本当に喧嘩が好きだな。」
ウンザリするエッケンハルトに三人の大臣達は小さく頷いた。
「皇帝陛下の御前では静かにすべきだ。」
カステンに言われバンベルトとヴィリーは顔を背けて口を塞いだ。
「ベイグラッド侯爵を始めとした数々の貴族達には冥福を祈るばかりだ。」
その後、幾つかの意見が飛び交ってバンベルトとヴィリーが対立してはエッケンハルトやカステンが間に入って諫めた。
皇帝はそんな彼らの話を聞いても表情一つ変えず、ありのままを受け入れているようにも見えた。
一通りの話を終えた彼らは順次部屋を退出した。
残ったのは皇帝と側近のロータルだけになる。
皇帝が席を立ち、歩き始める。
「ロータル、そう言えば亡きアルファンが育て上げた人材はどうなっている?」
「誰もが帝国の為に身を粉にして職務を全うしています。」
「そうか。それにしても惜しい男を亡くしたものだな。」
「陛下の言う通りです。」
「あの男の成果は着実に成果を出していたからな。このまま廃退させるのはいかんな。彼らが次の世代を育てる計画を立てなければな。」
「順次手配します。」
「頼んだぞ。」
皇帝とロータルが廊下に出たことで喧噪のあった部屋は完全に静かになった。
フレイメス帝国はフュルヒデゴット=フレイメスが皇帝として国を治めている。
その帝国を支えている貴族達の中で代表になるのが国で四つしか存在しない公爵家である。
先代と今代の皇帝を支持しているバンベルト=レムフレッド。
表向きは皇帝に反抗していないが更なる強国を目指すために現皇帝を失脚に追い込むのではないかと囁かれているヴィリー=イリンゲル。
エッケンハルト=イリンゲルとカステン=スルツバフは中立派とされている。
そんな彼らに他の貴族達は自身の心情や欲望、脅迫されていずれかの公爵家に従っているらしい。
しかし、それぞれの派閥に所属していたとしても思考の違いで暴走する貴族もいる。
例えばダルメッサ=フォン=ベイグラッドがそれに当てはまり、現皇帝を支持しているものの権力を得たいがために同じ派閥の貴族も滅ぼす行動を起こしている。
しかし、その事実は未だに知られることがなくダルメッサが作り上げた組織オメキャリングが如何に巧妙な手口で事を運んでいたのかが分かるが実際は大半の貴族が内輪揉めで他の貴族から暗殺されることを前提に構えていなかったのも大きいだろう。
それが同じ派閥内であればなおさらだ。
その事実が明るみに出るのは何時になるのか、誰にも分からないことである。
貴族同士での暗殺が為されていたフレイメス帝国だったが関係なくサンデル王国と戦争をしたが両者とも戦果を挙げることなく停戦に至った。
戦争自体は以前から何度も続いており、これはサンデル王国が異世界から勇者を召喚したタイミングで行われている。
世間で公表されている理由はサンデル王国が過剰な戦力である異界の勇者達を他国へ攻め入れるための軍事利用を計画しているため、である。
サンデル王国が攻め入った記録は残っていないがそれでもフレイメス帝国以外も似たような感慨を抱く者で表立ってフレイメス帝国を非難する国はなかった。
また、停戦に入れば停戦協定を結び他国から支援してもらうのが常になっていた。
戦争の不安から解き放たれた国民達は大きな被害を受けなかったところは立ち直りが早く帝国全体が活気づいたのは言うまでもない。
しかし戦争が止まり国内の情勢も徐々に安定してきた頃、帝都で暗躍する者達がいることはこの時殆どの者が知る術を持たなかっただろう。
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