59話 小さな希望 ―異界の勇者達―
本日もよろしくお願いします。
前回のあらすじ
サンデル王国に出現した邪神を討伐した異界の勇者達。
再び世界の平和が取り戻されたが彼らは未だに元の世界へ帰還できずにいた。
邪神討伐から約四月後の話。
各国は邪神による被害を把握して各地域の復興作業に当たり始めている。
その復興作業に関わる議会がムンドラ王国で開かれることになった。
主に被害報告であるが同時にサンデル王国への賠償金を求めることになるだろう。
他の国にとっては邪神の出現地点はサンデル王国北部であり、被害を抑えるための管理が出来ていなかったと批判するため。
勿論、サンデル王国は自身も被害者であり自然災害だと主張してその場の言動を躱す事だろう。
魔王の話は既に終わっているが邪神に関する追及はどこまで続くだろうか。
国同士の動向に注目する商人達は今回の議会にも聞き耳を立て始めるのであった。
一方、ムンドラ王国へ向かうサンデル王国の一行の中に異界の勇者達もいた。
北山洋成、土屋香純、飯田翔太の三人だ。
彼らを含めた全員が馬車に乗っている。
豪奢な作りの車箱には貴族や外交官が乗っているが待機している兵士達は幌付きの荷馬車に載っている。
それは異界の勇者達も同じだった。
兵士達と同じ荷馬車に乗せられており、時折振動がお尻から伝わり乗り心地の悪さを彼らは感じているだろう。
「俺達って何をすればいいんだ?」
飯田翔太は二人に話しかける。
「他の人に見られるときは背筋伸ばすくらいじゃないの?」
土屋香純は顎に人差し指を当てて上を見る。
「少なくとも偉い人達と話すことはないだろう。」
北山洋成は思い出すように答える。
「私としては美味しいもの食べて観光できると良いなぁ。」
「そうだな。」
「どんな料理があるんだろうなぁ……。」
既に期待する飯田翔太に土屋香純は苦笑い。
陽光を遮られた幌の中ではむさ苦しい男達に囲まれながらも彼女は話題を振って旅の時間を楽しんだ。
サンデル王国一行がムンドラ王国の王都に着くと馬車から降りて必要な荷物以外は殆どの馬車は専用の区画で預かることになった。
降り立った場所は街の端であるが少し歩けば民家やお店が並ぶ風景が見えて来た。
先頭はサンデル王国の馬車で異界の勇者や兵士達は後方を歩く。
さながらパレードのようだ。
ムンドラ王国の兵士達が大通りを開けるように整備している。
特に反発する人はおらず、サンデル王国の外交団が通り始めた。
元々大通りは露店のエリアと繋がっているからか人の流通量が多い。
そのため喧騒が大きく活気づいている印象もある。
人々が道の脇にずれてもギリギリの幅で通り行く。
「あの人達ってあれだよね?」
「獣人…だな。」
「俺、秋野以外で初めて見るわ。」
土屋香純が見かけた獣人は異界で言うところのカンガルーの特徴を持つ種族だった。
お腹は膨らんでいるが服を着ているため袋を持っているかどうかは分からない。
「あの人はワニみたい。」
「リザードマンとは違うのか?」
「確か違うんじゃないか?」
エプロン姿でワニの特徴を持つ獣人が野菜を詰め込んだ買い物袋を持って歩いている。
カバの特徴を持つ大工らしき獣人達が飲食店に入る姿もあった。
実際はサンデル王国と同じ只人の割合が多いものの初めてこの国を訪れた三人にとっては改めて新鮮な光景を目にすることとなった。
外国の外交官が来ることは珍しくはないものの異界の勇者は珍しいようで多くの人々もまた彼らに注目している。
彼等もそれを自覚しているがおくびには出さず堂々と歩く。
それなりの距離を歩いた彼らもムンドラ王国の城へ着くとやっと気が抜ける、訳でもなくムンドラ王国の出迎えと一通りの確認を終えるまでは緊張感を持ち続けた。
来賓用の建屋は別にあるようで城から少し離れた場所まで移動して割り振られた部屋に辿り着いて初めて息を吐いた。
「つ、疲れた。」
「そうだな。」
飯田翔太はベッドで仰向けになったが北山洋成は荷解きをしたら外に出ようとした。
「何処へ行くんだ?」
「水桶と布を用意して貰おうと思ってな。」
北山洋成と飯田翔太は同室でベッドは二つある。
土屋香純は一人で別室を割り当てられた。
同性の騎士も二人一部屋を割り当てられ、兵士達は大部屋で雑魚寝状態だ。
大部屋も幾つかあり、国ごとに割り振られているらしい。
「俺もついて行くか。」
飯田翔太も起き上がって北山洋成と一緒に部屋を出る。
通路の真ん中に螺旋階段があり、左右に十部屋ずつ用意されている。
六階層もあるのだから大分集客できるようだ。
その来賓用の宿舎も複数あるという。
螺旋階段付近を見るとメイドが一人待機している。
「あの、よろしいでしょうか?」
「なんなりと。」
「汗を拭くための水桶と布を用意してもらいたいのですが大丈夫でしょうか?」
北山洋成が訊ねるとメイドは快く引き受けた。
そのメイドのあとを二人も追う。
外にある雑用小屋まで行くと木桶と布を用意してもらう。
「三つ借りたいです。」
「わかりました。」
特に問題なく借りることができ、近くの井戸で水を汲んだ。
それから三人で宿舎に戻る。
彼らは北山洋成達の隣の部屋をノックする。
「はい?」
ドアから顔を見せたのは土屋香純だ。
「迷惑じゃなかったらこれを。」
北山洋成が水桶と布を差し出す。
「ありがとう!どうしようか迷ってたんだけど。」
「俺達も欲しくてな。」
メイドが持っていた二つを受け取り土屋香純は部屋に戻った。
「紳士なのですね。」
メイドに言われ北山洋成が照れながら自分達の部屋に入ると飯田翔太がニヤニヤ笑う。
「お前は彼女が好きなのか!」
「いや、そういうわけじゃないが。」
「またまたぁ~。」
水桶や布を置いて北山洋成の脇を小突く。
「序だからと思っただけだ。他意はないぞ。」
「そう言うことにしておいてやるぞ!」
そう言いながら二人は体を拭って少しでも疲れを癒そうとした。
それから数日間は各国の代表達が被害報告とサンデル王国の責任追及で盛り上がりその場は混沌と化していた。
一部の騎士や兵士達はその議会に護衛として参加していたが他の兵士達は宿舎で待機。
暇を持て余している兵士達が敷地内の指定区域で体を動かして気分を変えて過ごしていた。
それは北山洋成と飯田翔太も同じで体育会系の二人も同じように自主訓練に明け暮れていたが他国の人間同士が同じ場所で顔を合わせれば一悶着もあり。
それでも大きな被害は出ずに済んだがそれはまた別の話。
様々な人間の思惑が入り混じったムンドラ王国で開かれた議会も終わりそれぞれ自国へ戻る。
無事に帰り着いた異界の勇者達は再び勇者としての日常に戻ることになった。
そんなある日。
夕日が射しこむ時間帯に宿舎の近くで北山洋成は船戸玄と話していた。
彼らは召喚される前から仲は良く、こちらの世界へ来ても偶に話す時間を設けている。
「何はともあれ無事に帰って来られて良かったな。」
「そうだな、俺達は政治なんて全然わからないしそれで殺されるなんて勘弁だ。」
「他には面白い話はなかったのか?」
「そうだなぁ……。面白いと言うか変わった話しなら聞いたな。」
「どんな話だ?」
「ムンドラ王国に現れた邪神の徒は二体いたとかで、その内の一体はムンドラ王国の騎士団で倒したらしい。」
「もう一体は?」
「事前に集った冒険者のパーティーが倒したそうだ。」
「この世界の住人も戦う力があるんだな。」
「そうだな、それこそ俺達でも苦戦した邪神の徒を倒したんだからな。でだ、その冒険者パーティーのリーダーがシンゴって名前でな。」
「シンゴ?」
ここで初めて訝しむ船戸玄だが北山洋成は気にしていないようだ。
「この世界に来てから日本人みたいな名前は珍しいなって思ってよ。ムンドラ王国の兵士達の噂を聞いた程度なんだが。」
「その冒険者の特徴とかは?」
「全然、特殊な武器で倒したとか言っていたくらいだな。仲間は只人や獣人、ハーフエルフがいるとかそれくらいだな。」
「そうか……。」
「お前も冒険者に興味があるのか?」
「まぁ、なくはないな。」
曖昧な返事をした船戸玄は北山洋成と別れ、中園利香と近野樹梨の元へ向かった。
彼女達は外で自主訓練をしていたようで周囲に人はいなかった。
「二人とも少し良いか?」
船戸玄に気づいた二人が振り向いた。
その場でじっとしていたようだが汗が凄かった。
「どうしたの?」
中園利香がきょとんとする。
「さっき北山から聞いたんだが―――」
先程の話を伝えたことで二人の表情が驚きに変わる。
「つまり平本はムンドラ王国にいる?」
「あくまで可能性だ。」
近野樹梨の言葉に船戸玄は訂正する。
「他に特徴は訊けてないんだよね?」
「そうだな、北山も他の兵士が噂していたのを聞いたらしいからな。さっきの話以上には何も知らないと。」
「北山が詳細を隠す理由は…なさそう。隠すくらいなら船戸に話す必要もないはず。」
「飯田や土屋さんもいたから何処かで話が出ても不思議じゃないからな。」
「確かめるなら直接ムンドラ王国へ行くしかない…よね。」
決意を新たにした中園利香に二人は静かに頷いた。
それから水浴びや夕食を済ませると三人はアニーの元へ向かう。
アニーは起きている間は専用の作業部屋にいる。
「アニーさん、少し宜しいでしょうか?」
突然の訪問にアニーは驚くがドアを開けて三人の姿を確認すると部屋に招いた。
「それで、用件は何でしょうか?」
「私達、ムンドラ王国へ行ってみたいのですが……。」
「何のためにですか?」
至極当然の質問に中園利香は答えに詰まる。
本当のことを言えば絶対に行かせてもらえないと脳裏に浮かんだことだろう。
「逆にどのような用件であれば行かせてもらえますか?」
船戸玄の切り返しにアニーも驚くが咳払いをして調子を整える。
「正直おいそれとあなた達を他国へ行かせたくはないのです。外交関係であれば随伴してもらうのですが暫くはムンドラ王国への用事もありませんし。」
「観光もダメなの?」
近野樹梨が平然と聞くもアニーはダメだと言う。
「貴重な異界の勇者だけで外に出向いてもらうのはリスクが大きいです。それに周辺諸国があなた達に危害を加えるかもしれません。いえ、前提として観光なんて以ての外です。」
「ケチ。」
「ケチとかそう言う話じゃありません!とにかくダメです、絶対です!」
そう言われた直後、三人は首を抑えて苦しそうな表情を浮かべる。
「わ、わかりました……。」
「分かれば宜しい。」
言うや否や三人は大きく息を吸って吐いた。
「それでは失礼します。」
中園利香達は何も収穫を得られず部屋を退出した。
アニーは彼らを見送ってから作業に戻った。
宿舎に戻る三人は城の外に出るまで無言だった。
偶に巡回中の兵士とすれ違うが特に怪しまれることもなかった。
外に出れば綺麗な星空が見える。
宿舎の近くの小屋に行き、三人は空を見上げる。
「何もなければ純粋に楽しめる光景なのにな。」
船戸玄は何げなく口にした。
「この世界に来て良かったことは綺麗な星空を見られることだけかもね。」
近野樹梨は皮肉を込める。
「ごめんね二人とも、巻きこんじゃって。」
謝る中園利香だが二人は首を振った。
「すまん、そういう話じゃなかったんだ。」
「私は利香と一緒だよ。だから安心して。」
「うん……。」
それから彼らは静かに空を見上げた。
「暫くは大人しくするしかないな。」
「やっぱり目を付けられているかな?」
船戸玄の提案に中園利香は振り向く。
「多分な。俺達に付けられている首輪がどんな物かまだ分からない以上は下手を打つわけにはいかないからな。」
「逆に従順な態度ならその内ムンドラ王国へ行けるかもしれない。」
近野樹梨も可能性の話をする。
「そうだね、命は奪われないにしても何もできないことの方が怖い。」
彼らは期待を胸に抱きつつも何もできないことに悔しさを感じていた。
「彼が生きているならもう一度……。」
会いたい。
そう願わずにはいられないようだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。
次回は―シンゴ・ヒラモト―の予定です、ご了承ください。




