56話 驕り ―タバサ―
本日もよろしくお願いします。
何処かで争い事か?
ダルメッサの寝室のドアの前で警戒しているとそんな音が微かに聞こえて来た。
静かな夜だから聞こえたが喧噪のある昼間だと分からないかもな。
何かあれば巡回中の兵士や奴らがどうにかするだろう。
こんな仕事をしていなければ飛び出していたかもしれない。
ふと昔を思い出す。
あたしはタバサ。
気づいた時にはそう呼ばれていた。
フレイメス帝国内にある何処かの街で生まれ育った。
ただ、暗くて汚い路地だ。
腹が減っても直ぐに食べられない、親もいないから食べ物も与えられなかった。
周りの似たような奴らの真似をして生きるために必要な事をした。
それこそ拾ったり盗んだり。
出来ないときは雑草や虫だって食べた。
喉が渇く度に街の外に出て川の水を飲んでいた。
着るものはいつの間にか着ていた布切れや路地で倒れた人間の服を取った。
家なんてないから雨風を凌ぐためには廃材を集めて組み立てた。
その日を過ごせるならおんぼろでもマシだ。
そんな日々を過ごす中、大通りを堂々と歩く奴らが羨ましかった。
そして憎かった。
あたしは食べ物を探すのに必死でも奴らはそうじゃない。
怒りは湧いてきてもそれを晴らす手段はなく、そんなことを考える暇があれば今日を生きることだけを考えるようにした。
だけど、似たような境遇の奴らも考えることは一緒で少ない食べ物を取り合うことも良くあった。
大人相手なら絶対に勝てず、似たような齢の奴らでも徒党を組んで来たらやはり負けた。
男だ女だは関係なかった。
強い者が生き残り弱い者は死ぬ。
何時だったか聞いた言葉でそれは道理だと思えた。
お腹が減って死ぬのは嫌だ、生きたいと思ったあたしは怒りを沸き上がらせ向かってくる奴らをとにかく蹴ったり殴ったりした。
気づけばナイフを持った一人の青年を背後から襲い、装備品を全て奪った。
武器を持てば力になる。
短絡的な考えだったがそれでも路地裏で生きる奴らには効果があった。
それ以来あたしはぶつかり合った相手には全力で武器を振り回し、時には相手の武器を奪っていった。
力で相手を圧倒すること、これが快感だった。
戦っている時も辛いことは全て忘れられるし楽しい。
暴力を以てねじ伏せる生活を何年も続けると冒険者と言う仕事を知った。
あたしみたいな奴でも出来る仕事があると。
登録も簡単でモンスターを倒す仕事を中心に生活になった。
ある程度実力が着いた時、傭兵組織から声を掛けられ籍を変えた。
そこでの生活はさらに刺激的だった。
仕事として人の命を奪えるんだから最高だった。
あたしを見下していた煌びやかな奴だって堂々と斬れる。
傭兵として知名度も上がった頃、ベイグラッドの貴族があたしの噂を嗅ぎつけて腕利きの奴と勝負を仕掛けて来た。
結果は勝ち。
それ以来あたしは脂ぎった男の元で用心棒をやっている。
金払いは今までで一番いいが刺激は物足りなかった。
偶に襲ってくる奴らには心を躍らせたがその場限りであっという間だったな。
それにしても数月前の襲撃は良かったなぁ。
あの時の事を思い出し、闘争心が沸き上がりそうになったが抑えないとな。
今日も退屈な夜を過ごす。
そう思っていた。
暫くすると通路の奥から人の気配がする。
偶に使用人の巡回でここまで来るがまだそんな時間じゃないだろう。
正確に決まっているわけじゃないがおかしいな。
暗闇に隠れた通路の奥を警戒するとローブを被った怪しい奴が現れた。
その姿は何時か雇い主を襲撃した奴と一緒じゃないか。
目深に被ったフードで顔はよく分からないがどうでもいいか。
それにしてもまた襲撃しに来たのか?
正直この屋敷は手薄だ。
雇い主の意向で奴らは出払っているしあたしがいるからと言って見張りも付けていない。
傍から聞けば間抜けも良いところだ。
それでも雇い主は自身の脅威を周囲に知らしめているから今まで襲撃する奴らなんか殆どいなかった。
「勘の良い奴もいるもんだな。」
「……。」
話しかけるが相手は無言を通す。
数月程度で実力が縮まっているとは思えない。
自惚れるつもりはないが簡単に強くなれるなら誰も苦労しない。
あたしはドアから離れ、腰につけた剣を触る。
「あなたと決着をつけたい。」
「なにっ?」
耳を疑う。
暗殺が目的じゃないのか?
「あの時に戦って思った。あなたに勝てなければ強くなれないと。」
「ほぉ。それで?」
「出来れば外で思う存分振るいたい。今回の勝負で勝てなければそれまでの実力だと思い潔く死ぬつもりだ。」
「それであたしに得があるのか?」
「あなたも同類。内に秘める闘争が見える、違うか?」
「……クックックッ!良いねぇ!さっきもそう思っていたところだ!退屈なんだよな!」
「それならついて来い。」
相手は後ろに振り返って素早く階段を下る。
あたしとしても屋敷を壊すと雇い主が怒るからな。
一定の距離を保ちながら屋敷の外に出て、壁を超えた。
屋敷から少し離れたところ。
屋敷周辺はあまり建物や農地がない。
見える範囲には私兵団の宿舎が見えるがこの暗がりだとあたし達を視認できるか怪しい。
あとは近くの川から水を引いてきているとかで狭い河川がある、足が浸かる程度の深さだ。
「ここで良いか?」
「あぁ、問題ないよ。」
「ならば!」
相手は腰からショートソードを抜いた。
あたしも抜剣して距離を測る。
五歩くらいであたしの間合いに入る。
相手は素直に正面から切り込んできた。
これなら躱して腹に切り込めそうだがやめておく。
どうせなら少しは楽しみたい。
相手の斬撃に合わせてあたしも切り込む。
刃がぶつかり合う。
金属同士が発する耳に響く音。
やはり相手は腕力がない方だな。
そこらの娘よりはあるが雇い主の兵士の方が余程ある。
相手の切り込みに合わせてあたしも剣を振る。
左肩、右腹、右膝。
どの部位を狙ってきても全てを防ぐ。
お遊戯だな。
相手の息遣いも荒くなってきている。
そろそろ良いか。
あたしの心は満たされないまま終わりそうだ。
ショートソードの軌道があたしの左肩から右腹へ振り下ろされる。
それに合わせて強く弾いた。
「!?」
相手は予想外だったのか大きく息を吐いた気がする。
お前もあたしも儚い夢を見たな。
「じゃあな。」
最後の言葉を送りながら斬ろうとしたがその前に相手は弾かれた反動で大分後ろに仰け反っていた。
仰け反っている?
それにしてはやけに後ろに下がっている。
偶々か?
空振りしたが相手も射程圏外だろう。
そう思っていたら。
「ウォーターボール。」
冷たい水を被っていた。
「ぶはっ!?」
正面から掛けられた。
何が起きた?
左腕で顔を拭くと川に近づいていたが相手は川の傍には居ない。
つまり水魔法を受けたのか!
それにしても威力がない。
魔法は使えないが何度か見たことがある。
ウォーターボールも見たことはあるがもっと威力があったはずだ。
体は何ともないし衝撃もない。
こいつの魔法は未完全ということか?
剣術も大したことがないなら魔法も大したことがないのだろう。
前回の襲撃で剣だけじゃ倒せないと思って魔法を覚えたのかもしれない。
誰に師事したのかはともかく練度が低いし付け焼刃も良いところだ!
そんな実力であたしを倒そうなんて舐めすぎるな。
腸が煮えくり返りそうになるのを抑えるあたしに構うことなく相手はひたすら威力の無い水球を飛ばしてくる。
そこそこの飛距離はあるが避けられる。
地面は水球によってどんどん濡れる。
「バカの一つ覚えかよ!」
距離を詰めて一気に斬りかかる。
これで終わりだ。
そのまま相手を切り伏せると思った。
剣の軌道が変わった。
いや、変えられた。
相手のショートソードが割り込んで滑らせるように外側へ落とされた。
一瞬の出来事の隙に至近距離で再び水球が形成されていた。
「ウォーターボール!」
大きさは変わらない気がしたが威力は違った。
弾けた水があたしの全身に飛び掛かりずぶ濡れにする。
それだけじゃなく、衝撃も伝わってきて吹き飛ばされた。
はっ!?
なんだこれ?
受け身を取ろうと地面に向かって手を伸ばしたつもりだったがその前に全身が再び濡れた。
川に入ったか!
暑い時期だから寒くはない。
が、こうも濡らされて気分は最悪だ。
さっさと終わらせて体を乾かしたい。
うつ伏せから直ぐに体を起こす……はずだった。
冷たい、寒い!?
動かない!
なんだ!?
何が起こっている!?
水は冷たかったがいきなり寒い、いやそうじゃない。
目を開けられない、息が出来ない。
何か音が聞こえた気がした。
それも分からず。
とにかく動け、動け、動け!
息が出来ない!
訳が分からない!?
何が起こったんだ……?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。
補足・蛇足
ポーラの魔法
数年間の修行で扱えるレパートリーは幾つかありますが、氷や雷は魔方陣でしか使えません(それと異界の勇者が扱う一部の属性も使えない)。
それと現地人で魔法を使える人でも異界の勇者達ほど強力な魔法を使える人は少ないです。
(起動できる魔方陣であれば知識は無くても魔力を知覚できる初心者でも扱うことはできるという感じです)




