54話 消え逝く情景
本日もよろしくお願いします。
昨日に一本投稿しています。
雨季が過ぎて暑くなり始めた時期。
炎爆石を集めて数か月。
フレイメス帝国がサンデル王国へ侵入して九月が経った頃。
ベイグラッド卿の周囲から両国の停戦の話が持ち上がっていた。
お互いに膠着状態が続き、埒が明かない状況。
帝国は王国が召喚した異界の勇者達が他国を脅かす存在として許すわけにはいかない、という言い分の元で動いたらしい。
そんなやり玉に挙がった勇者達によって戦力が拮抗しているから帝国としては面白くないのかもしれない。
攻め込んだ帝国から弱腰になることはなさそうだけど、王国はこれを機に何かを要求しそうな気がする。
実情は分からないし、正直国同士の争い自体はわたしには関係がない。
他の使用人達もそう思っているからかあまり深刻には受け止めていなかった。
屋敷内で仕事をする女性達は真摯に仕事をすることもあれば隙あらば近くの使用人達で雑談することもある。
わたしも二人の使用人に誘われて集まる。
「そう言えばここだけの話なんだけどね。」
ここだけの話、よく聞く謳い文句だけど大体広まっている気がする。
小声で話す一人目の年上の先輩が口にする。
「ダレル様のことなんだけど。前にダルメッサ様が戦地に赴く話があったじゃない?」
「ありました。」
二人目の中堅の先輩が相槌を打つ。
「あれ、ダレル様が進言したらしいわよ。」
「そうなんですか?」
わたしも同じように相槌を打つ。
「それを受けてダルメッサ様が行こうとしたら事故に遭って引き返したけど。その時ダレル様は苦虫を噛んだ顔になったって聞いたの!」
「それはそうよね、ダルメッサ様が激励に行けなかったからベイグラッド家としての名声に影響が出そうなものよね。」
「実はそうじゃないのよ。何でもダレル様はベイグラッド様を戦地に向かわせて戦争に巻き込まれてもらおうと思っていたらしいのよ。」
「嘘でしょ!?」
「偶々ダレル様の部屋の近くにいたらそんな話が聞こえちゃって。怖くて怖くてどうしようかと思っちゃったわ。」
「よく無事でしたね。」
「誰にもばれなかったわ。それで多分だけどダレル様もダルメッサ様と同じで野心家でしょ?その件でダルメッサ様がいなくなれば直ぐにでも家督を継ぐのはダレル様になる。早く継ぎたいからそう言うことをしたと思うのよ。」
本当のことなら親子仲は良くはない?
それ以前にそんな前の出来事を口にするなんて実は手痛い失敗を引きずるタイプとか?
案外そういうこと人なのかもしれない。
誰も聞いていないところでストレス発散の為に口にするとか。
周囲への警戒が緩いのはダルメッサとダレルは同じらしい。
ただ、事実は夜にふと気になって聞いてみたと言うのが正解。
それからキャシーが男性使用人と付き合っているとか、新人の女性使用人の一人がダルメッサと一晩過ごしたとかそう言う話が続いた。
最後は色恋沙汰で盛り上がりました……。
ん、そろそろ誰かがこちらに向かってくる。
「お二方、そろそろ人が来ますよ。」
「残念。それでは戻りましょうか。」
「アシュリーは耳が良いから助かるわ。」
わたし達はそ知らぬふりをして各々の作業に戻った。
無邪気な足音は割と分かりやすいから話していても耳に届く。
さて、国の事情や屋敷内の恋愛より今は大広間に飾られている歴代のベイグラッド卿の額縁を拭かなければ。
木製の脚立を使って布巾で埃を拭きとっていると背後から感じる誰かの気配。
「今だ!」
「!」
咄嗟に左へ跳んだ。
足音を立てないように着地して振り向くとドルーが悔しそうな顔をしていた。
「飛ぶなんてずるいぞ!」
「ずるくありませんよ?偶々足を滑らせてしまっただけです。」
「くぅー!そろそろやらせてくれたっていいじゃんケチ!」
その場で地団太を踏むドルーは年相応の行動で微笑ましく思える。
「落ち着いてくださいドルー坊ちゃま。以前よりも上手になりましたよ。」
「本当か!?」
「えぇ。」
褒めたい内容ではないけれど機嫌を損ねたままにするわけにはいかない。
「坊ちゃまの身のこなし、剣術で活かせると思いますので精進してください。」
「へへっ!わかった!」
褒められて嬉しいのか笑顔のままこの部屋を去った。
その後二人の女性使用人の小さな悲鳴が聞こえた。
こっそり後ろから捲られたのか前から堂々とやられたのか。
ドルー坊ちゃまのヤンチャな行為に溜息を吐きつつ作業に戻った。
それにしてもベイグラッドの血はかなり濃く受け継がれている。
ダルメッサは人目を気にせず堂々と触ってくる。
何度か避けたことはあったけどあまりストレスを溜められるとクビになるかもしれないと思い、仕方がない時もあった。
正直、不快感が大きくて嫌になる。
好きでもない相手に触られても……。
そんな父親を持つダレルは人目は気にしているけど周囲にいなければやはり触ってくる。
こちらも避け続けると宜しくないと思い、諦めている。
二人とも美人な奥様がいるのだから彼女だけを愛すれば良いのに。
日課になっているドルーの行動もきっと男親達の影響を多分に受けていること間違いなし。
それでいて彼らは『以前よりも育ってきたなぁ、ぐへへ!』なんて言ってきた。
鼻の下を伸ばして言われても嬉しくはないし気持ち悪い。
自分の体を見降ろすと以前よりも体つきが変わっているのは自覚できる。
言うのは憚れるけど女性的になった。
純粋に成長している事への嬉しさと元が男で復讐をするのに動かしずらくなりそうと言う実用面での悲しさとかで葛藤している。
ここの食生活は悪くないため、肉体の変化が顕著になって来たのかのもしれない。
作業着もきつくなって新しく用意してもらったのは言うまでもなかった。
因みに普段は静かなエヴァンもわたしの胸をよく見るようになったし末っ子のサリーは女の子だけど甘えたがりなのかよく抱き着いて来るようになった。
幸いだったのは母親のルースの恨みを買わなかったこと、寧ろ微笑ましく見守られていた。
翌日の昼過ぎのお茶の時もそうだ。
「サリー達はあなたに随分懐いているわね。」
「そうでしょうか?他の方達とも話すようですが。」
「私が見る限りはあなたが一番ね。」
「サリーお嬢様達に良くしていただき光栄の極みです。」
優しく見つめるルースにサリーは笑顔で振り向く。
「アシュリーも好きだけどお母様も好きです!」
「ありがとう、私もサリーを大事に思っているわ。」
ルースはドルーやエヴァンにも平等に愛情を注いでいると思う。
貴族の中でこんな風に接する母親がどれだけいるか分からないけど何処か羨ましく感じる……。
そのルースは義母になるブレンダからは当たりがきつそう。
やはり嫁いできたから家を守ってもらうために厳しく教えて接しているのか。
或いは単純に嫌っているのか。
対してルースはブレンダへの恨み言は口にしていないとかで我慢強い性格なのかな。
あとはブレンダは孫達を好いていて甘やかしていたりする。
大体食事の時に眺めているとそう言うのが伝わってくる。
そう思うと異世界の思い出に残る両親や祖父母の記憶、思い出せる限りは悪くなかったはず。
仲は良かったはず、だけど顔が思い出せない。
わたしが平本慎吾だった記憶が所々薄れていく。
一方、たった一日しか記憶にないけど鮮明に顔を思い出せるポーラの親はわたしの事をどう思っていたのだろう?
最初は可愛かったのかもしれない。
だけど実際には売られた。
あの時の笑顔はなんだったのか?
彼らの心の内は永遠に分からない。
考えれば考えるほど胸の奥が痛い。
ちゃんと愛情を注いでいればポーラがこんなことをしなかったはずなのに……。
「アシュリー、どうしたの?」
椅子から降りてわたしに駆け寄るサリーに落ち着いて答える。
「ここは温かい場所だと思いまして。サリーお嬢様が幸せそうな顔をしているとわたくし共も嬉しいです。」
「そうなんだぁ、よかったぁ!」
再び席について母親との団欒を楽しむサリーに他の使用人達も微笑ましく見ている。
今のところわたしは敵視されていないけど出来ればややこしくなる前に事を起こさなければ。
目の前に映る優しい光景を潰すことになっても……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
明日も投稿予定ですのでご了承ください。