50話 三月目に訪れた機会
本日二本目の投稿です、よろしくお願いします。
※三月目(さんつきめ、みつきめ)
ベイグラッド侯爵の屋敷で使用人になって早三か月。
わたしを含め採用された五人は今日も先輩使用人達に教えてもらいながら仕事をしている。
紺色でスカート丈が長いワンピースに白いエプロンとカチューシャを身に着けている、これがこの屋敷での作業着になる。
可愛いかと言われるとこの世界でなら良い部類だと思う。
大半の村人は同じ服装で過ごすからこういったシンプルなデザインでも憧れの服装になりそう。
少なくとも他の新人は嬉しそうな顔をしていた。
最終的には一通りの作業が出来るようにならなければいけないそうで、新人の四人は思っていた以上にきつい仕事だと思っている。
使用人の数はそれなりにいるようで休憩時間もある程度の人数が纏まって休めているから労働環境が極悪ではないとは思うんだけど……。
「こんなに大変だなんて思わなかった。」
「そうよね。もっと華やかな仕事だと思ったのに。」
「家でやるのと大差ないわ。」
「キャシーさんはよく怒るし。」
新人の四人は口々に鬱憤を晴らすためにあれこれと話す。
キャシーさんは教育係の一人で癖のあるブラウンのボブヘアーの女性。
採用試験に足を運んだ女性使用人は女性使用人代表の一人であるレイラ。
同じく試験に立ち会った男性使用人は執事兼使用人代表のゴードン。
新人の採用には使用人代表が直接見るのは当然なのかもしれない。
使える人材が必要だから目を光らせなければならないし……。
一方で使用人の中には貴族の子供がいるとかいないとかも使用人達の噂になっていたけどこの屋敷にはいないみたい。
昼休憩も終わり、各自持ち場へ戻る。
やることは主に屋敷の清掃、調理や執務の手伝い、家主達のお世話など。
他にもあるけど今の新人は仕事を覚えて慣れることで精一杯だ。
ただ、経験している身としては他が言うほど悪い仕事ではない。
屋敷の掃除をしていると廊下を歩く人影。
気配を察知、手を止めてお辞儀する。
傍を通ったのはベイグラッド卿の孫の一人、小さな子供のエヴァン。
お世話係の使用人が男女一人ずつ後ろから付いていく。
通り過ぎれば再び作業へ戻る。
多くを話すことはないけれど新人五人は作業着が届いてからそれを身に着け、ゴードンによってベイグラッド卿達に紹介された。
ダルメッサ・フォン・ベイグラッド。
薄毛の白髪に上唇の上に蓄えた髭と肥えた体はある意味貴族の威厳がありそう。
こいつがアルファン様を暗殺するように指示した人間かも知れない。
「ふぁっふぁっふぁ!今回も可愛い使用人が揃っているじゃないか!」
一人一人嘗め回すように近づいて見回される。
顔だけじゃなくて体を隅々まで。
仮に好みの男性でもあまりいい気分にはならない。
新人達は事前にダルメッサの事を聞かされていたから耐えてはいるけど一人は顔を青くしている。
わたしも顎を持ち上げられて顔をじろじろ見られる。
嫌だけど耐えないと……。
全員が品定めされてから解放される。
女好きなのは本当みたい。
「どれもちゃんと働いてくれそうだなぁ!ふんす!」
鼻の下を伸ばして鼻息が荒い。
ダルメッサの隣にいる本妻、ブレンダがダルメッサの体たらくを見て睨みつけている。
旦那に似て肥満体型で厚化粧。
ライトブラウンの長髪を角みたいに上に纏め上げている。
「はぁ、あなた達にはある程度期待しています。ベイグラッド家の為にしっかりと働きなさい。」
屋敷内でも赤と白の派手な服装で鋭い目つきは今のダルメッサよりも威厳がありそう。
「まぁまぁ母さん。睨みつけると怯えてしまうだろ?優しく接しないと。」
母親を宥めるのは次期当主でダルメッサの長男、ダレル。
そう言いつつ彼の目つきも父親にそっくりだ。
それからダレルの本妻のルース、三人の子供は長男のドル―、次男のエヴァン、末っ子で長女のサリー。
この屋敷にいる貴族は彼らで全員。
他にはダレルの兄弟二人がいるらしい。
彼らは帝都で働いているとか。
紹介が終えるまでダルメッサとダレルは終始下卑た目でわたし達を見ていた。
考えようによっては付け入るチャンスでもあるが正直やりたくない。
そう思ったけど時間が経つも有力な手掛かりはまだ手に入らす、仕掛けるチャンスもない。
特にダルメッサには用心棒がいる。
二十代前半であろう女性、タバサ。
前髪の右側に赤いメッシュを入れた灰色の髪に褐色肌で如何にも戦士然とした佇まい。
腰につけた剣で戦いそうだ。
手強い用心棒がいるなら迂闊にダルメッサに近づけない。
悶々としながら仕事に打ち込んで現在に至る……。
数日後。
レイラから暫くの間、一緒に行動するように言われた。
最初の頃は教育係の使用人と一緒に作業していたけど、まさか女性使用人を纏めるレイラに就くとは。
他の新人はまだ教育係が教えているだけに評価されているのかもしれない。
そう思いながらも今までと変わらない作業を進める。
だけど、いつもと違うことが一つ。
「今日から私と一緒にいるときはここも掃除します。」
そう言われた場所はダルメッサの書斎だった。
まさかこんな形で書斎に入れるとは!
レイラから書斎の掃除について教わり、手分けして進める。
壁や窓ガラス、家具などの埃を掃いたり磨いたりする。
ガラスは王城や位の高い貴族にしか出回っていない貴重な物。
割ったらクビでは済まないと言う。
発注するも直すのにも労力やお金がかかるし、入手困難な品もありそう。
それ以前に屋敷の物を壊す使用人は必要ないと考えるだろうから。
掃除をしながら細心の注意を払って引き出しを開けては中を確認。
レイラに見られないように漁っていると二重底の引き出しがあった。
「アシュリー、終わった?」
そう言われた瞬間、手が滑って床に落としてしまった。
引き出しの中身は床にばら撒かれ、色々な書類が見れてしまった。
「ご、ごめんなさい!驚いてしまったもので……。」
わたしは慌てて引き出しの中身を集めて引き出しに戻す。
気になる書面を幾つも盗み見ながら。
「今回は大目に見ますが、何かを壊してしまうとどうなるかわかりませんからね?」
「はい、気を付けます……。」
頭を下げて謝罪しながら残りの作業に戻った。
さっきの書類。
上にある分は領内を管理するのに必要な経費のことが書かれていた。
だけど、隠された書面には別の事が書いてあった。
計画書。
ざっと見た感じ、帝国の権力を握るための段取りみたいなもの。
それとフレイメス帝国内の貴族達のリスト。
そこにはアルファン様の名前も載っていた。
分かるのはダルメッサがアルファン様を邪魔だと思っていたこと。
オメキャリングと言う組織に工作させる工程表などもあった。
これらの書類で反逆罪に問えるほどの証拠能力があるのか?
今、持ち出しても帝国の官僚達と接点がないから渡せない。
それにダルメッサが書類紛失に気付いた場合、真っ先に疑われる。
いや……そうじゃない。
奴が黒なら潰す。
それ以外に選択肢はない。
隙を見てやらなければ……。
書類は持ち出さずそのままレイラと一緒に仕事を続けた。
更に数日後。
ダルメッサ達ご主人様達の予定を随時聞かされるのだが、機会が訪れた。
「一月後に旦那様は軍を指揮するために留守にします。」
この街に着てよく耳にするようになった話がある。
サンデル王国と戦争をするらしい。
何でも奪われた物を取り返すためだと。
以前からサンデル王国とは仲が悪く、過去にも何度か争うことがあったそうだ。
そのために帝国兵は勿論、各貴族の私兵も動員されると。
ベイグラッド領の兵隊も例外ではない。
その兵隊に対して指揮を高めるために戦地付近へ赴いて激励をする。
と、ゴードンが言った。
最近街の人達の中には不安な声を上げる人もいるけれど、大半は帝国の勝利を信じて疑っていない。
そんな状況になったことでダルメッサが行く事になった。
その時に随伴するのは執事のゴートン、ベテラン使用人が四人、護衛の私兵が六人、そして用心棒。
屋敷内より守りは堅いのは言うまでもないけど、外に出るなら事故に巻き込まれることも十分あり得る。
出立当日に仕掛けられるよう、仕事の時間を調整した……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
明日も投稿する予定です、ご了承ください。
また基本的に不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




