46話 男を見せる時(前編) ―シンゴ・ヒラモト―
皆様、本日もよろしくお願いします。
今回は一つの話を三つに分けています、ご了承ください。
また、今日中に中編と後編も載せる予定です。
前回投稿した内容で修正箇所を教えていただきありがとうございました。
前回のあらすじ
シンゴ達は遠方からの帰り道、冒険者同士の争いに割り込みその場で話を治めた。
後日、助けた冒険者を引き入れて仲間を増やした。
ムンドラ王国の南東側に位置するミールドの街。
南はフレイメス帝国、東はゴルダ連合国があり各国との交流は良好である。
そんな活気に溢れる街に住むシンゴ達は仕事で使う消耗品や食料の調達をしていた。
シンゴとジェーンが皮袋に入ったポーションや保存食などを抱え込んで街を歩いている。
「人数が増えると揃えるのも大変だねぇ。」
ジェーンが隣のシンゴを見ながら苦笑いをする。
「そうだな。何年も経っているけど五人でパーティー組むとか思わなかったな。」
二人は冒険者を始めてから今日までのことを振り返りながら話していた。
宿へは直行せず人気の少ない裏路地を歩く二人。
人気が少ないから耳をすませばちょっとした音も聞こえてきそうだ。
例えば部屋の掃除をする音。
男のいびき。
シンゴ達の前後から歩く人の足音。
偶にすれ違う男達の雑談。
「最近酒が高くてなってないか?」
「そうだな!俺も毎日飲んでいる酒を一日おきにしているぞ。」
「安い酒ならそれで済みそうだな!俺なんてあの酒を飲もうとしたら四日に一杯しか飲めないぞ!」
「見え張って高い酒飲むからだな!」
三十代の男達横を通り過ぎてからジェーンが口を開いた。
「次は邪神ってやつが出て来たんでしょ?だから物資は軍隊に運ばれるって。」
「らしいな。この国は防衛に徹すると言っているがさっさと元凶を叩けばいいのに。」
「別の国にいるから出兵できないんでしょ?」
「国とか関係ないだろう。偉い奴らは何を考えているんだか。」
会話している二人がもう直ぐ裏路地を抜けようとしたその時。
後ろからジェーンとすれ違う人影。
「あっ!?」
「大丈夫か?」
倒れそうになったジェーンをシンゴは片手で支える。
二人とも荷物を零すことなく転倒しなかった。
「ごめんなさーい!」
ボロボロの服を着た少年が二人に謝って来た。
「次からは気を付けてね!」
「わかった!」
少年はその場を直ぐに離れた。
「怪我はないか?」
「大丈夫だよ。シンゴが支えてくれたから。」
体勢を直した二人はジェーンの体を見て怪我の有無を確認したところで一つの事実に気が付いた。
「ジェーン。腰につけた財布袋がないぞ?」
「え?いつもならここに……って!ないじゃん!?」
慌てふためくジェーンにシンゴは少しだけ逡巡して気が付いた。
「さっきの子供か!」
「それって私摺られたってこと!?」
「追いかけるぞ!」
シンゴ達は荷物を抱えて急いで表通りに出た。
表通りは多くの人が居るため容易に見つけられない。
「クソッ!」
「ごめんシンゴ。私がしっかりしていなかったから。」
「ジェーンのせいじゃない!」
シンゴは能力を使って右へ行って場合、左へ行った場合とルートを分岐させて確かめる。
「よし、行くぞ!」
「だ、大丈夫なの?いつもより体調が悪そうだけど?」
「まだ、大丈夫だ……。」
戦闘で使う以上に能力を行使したのか顔は青ざめ体はふら付いていた。
それでも荷物は落とさずに人混みを掻き分けて進む。
「無理そうならちゃんと言ってね?」
「わかった……。」
右へ左へ。
時に止まって数秒間待つ。
そうして辿り着いた先にはゆっくりと歩いている先程の少年の後ろ姿が見えた。
「見つけた!」
ジェーンの声に少年は振り返り驚き慌てふためく。
直ぐに走り出す少年にジェーンは追いかけるが荷物を気にしているのか中々追いつけない。
二人は行きかう人々にぶつからないように器用に避けていく。
少年が路地を曲がる。
「待ちなさい!」
ジェーンが声を荒げた直後。
少年が後ろに倒れて姿を現した。
不思議に思うジェーンは少年の元に辿り着いて見ると少年の目には涙が零れそうになっている。
ジェーンが少年とは反対側に視線を向ければ別の人物達が立ち塞がっていた。
一人は全身が茶色の毛に覆われた屈強な体つきのオオカミ系の獣人。
両腰に長方形に近い刀身の剣を帯びている。
左胸と腰に革の防具を身に纏っていることから冒険者かも知れない。
もう一人は細い銀色の錫杖を持つ白いローブを纏った人物。
頭から被っているため容姿は分かりづらいが体つきから女性かも知れない。
そして地面に倒れた少年はオオカミ系の獣人を見たまま固まっている。
「どうした坊主?それにそこ嬢ちゃん?訳ありか?」
渋い声のオオカミ系獣人に声を掛けられ、ハッとなったジェーンはしゃがんで少年に手を差し出した。
「盗んだお金を返してね?」
にっこりと笑うジェーンに泣き顔の少年は静かに頷いた。
少年が財布を返して涙を拭いた後、シンゴ達はその場を後にしようとしたが少年は声を上げて引き留めた。
「ま、待って!」
全員が振り返ると少年は声を震わせながら彼らを見る。
「あんた達は冒険者なんだろ!?助けてくれないか!?」
少年の懇願に四人はパートナーの顔を見合った。
オオカミ系の獣人が口を開く。
「坊主、勘違いしているようだが教えてやる。冒険者は善人じゃない。タダで言う事は聞けない、俺達も食う物が必要だからな。」
それを聞いた少年は俯いてしまう。
再び泣き出しそうな顔を他所にオオカミ系の獣人はその場を離れようとした。
「金が欲しいなら働くことだな。」
オオカミ系獣人は背中を向ける中、シンゴとジェーンは少年を見たままだ。
そっとシンゴの服の裾を掴むジェーンを見てシンゴは困った顔をする。
「俺達は被害者なんだけど?」
「それはそうなんだけど……、なんだか訳がありそうだし。」
ジェーンはシンゴと少年を交互に見る。
その様子にシンゴは溜息を吐いて頭を掻いた。
「その人の言う通り俺達は慈善事業者じゃないんだからな……。」
そう言いながらシンゴは涙が溢れそうな少年の元へしゃがみこんだ。
「話だけは聞いてやる。話してみろ?」
それを聞いたジェーンは笑みを浮かべ、去ろうとしたオオカミ系の獣人は驚いた顔をして振り返った。
一方、オオカミ系の獣人と一緒に居る白いローブの人は顔は見えずらいが口元は微笑んでいるようにも見える。
「物好きだな。」
オオカミ系の獣人が言うとシンゴは振り返って咳払い。
「話を聞くだけだ。時と場合による。」
「そうかよ。ほどほどにしとけよ?」
「ローディー。せっかくだから彼らの様子を見ましょう?」
「なんでだ?」
「彼がどういう人なのか興味があるから。この後も用事はないわけだし。」
「お前も物好きだったな、はぁ・・・。」
溜息を吐きつつその場に残ることを決めたオオカミ系の獣人のローディーは先を促した。
シンゴとジェーンが少年に向き直り、彼の事情を聴き始めた。
「僕はトニー。家は貧乏だけど一応食べ物はどうにかなってる。」
「なんで金を盗んだんだ?」
「それは・・・近所の女の子の病気を治したかったから。」
「金がないから薬を買えない。だからお金を盗んだ、か。」
単純な動機だった。
一般的に薬は安くない。
冒険者ギルドで薬草採取の依頼は出ているが実入りが多くないため大半の冒険者には不人気である。
それに冒険者が利用するポーションに使う薬草以外は野山に詳しく見分ける知識も必要とされているため採取できる人間がそもそも少ない。
冒険者ではない山菜取りを生業にする者達が少しずつ採取して薬屋に卸しているのが現状と言われているらしい。
また薬師もいない農村では巡礼中のシスターが見てくれればよい方だろう。
それでいて魔法は認知されていても誰でも使えるわけではないから魔法で癒してもらうことも難しい。
「君はその女の子のことが好きなんだね?」
ジェーンに言われたトニーは涙が止まったと思えば目を大きく見開き顔が赤くなった。
「そ、そんなんじゃないって!僕はただ!」
大声で否定するが慌てるトニーに四人は微笑むばかりだ。
しゃがんでいたシンゴは立ち上がり、少年の頭を大雑把に撫でた。
「な、何するんだ!?」
「照れるな。好きな子の為に頑張るのは悪くないな。その女の子は医者に診てもらったのか?」
「うん。」
「その医者の元へ案内してくれ。」
シンゴ達は少年の先導に従って裏路地を何度も曲がった。
「ここだよ。」
一見医者がいるとは分からない、古い建物。
両側にも同じような建物が乱立している。
トニーがドアをノックすると中から男の声が聞こえた。
「いるぞ。」
ドアを開けて中へ入るトニーに続いてシンゴ達も入る。
家主は汚れた白いローブを着た中年の男性がいた。
木製のテーブルと椅子、壁際にベッドが二つ。
大人が何人も入ると狭く感じる部屋だ。
シンゴよりも大柄なローディーは窮屈そうだ。
「トニー、こんな人数でどうしたんだ?」
「聞きたいことがあるって。」
トニーに紹介されたシンゴ達は医者に話しかける。
「俺達はトニーの幼馴染の女の子の病気や治すための薬を知りたくて来たんだ。」
単刀直入に切り出したシンゴに目を大きく開く医者。
「物好きがいるもんだな。」
今は昼間だが日はあまり差さず、医者の顔にも陰りがあるように見える。
「あの子の病気は一時的なものだと思う。病状は発熱、喉の痛み、呼吸困難、関節の痛みと言ったところだ。」
「風邪ってやつじゃないの?」
「似たような症状だが一月前に運ばれた奴はそのままにしたら死んじまったがな。」
「嘘ッ!?」
ジェーンは両手で口を覆い声を上げた。
「冒険者でも最近風邪が流行っているとは思っていたが同じかもしれないな。」
ローディーが言えば他の三人も心当たりがあるようだ。
「姿が見えない人はもしかして・・・。」
「かもしれないな。」
ジェーンの肩にシンゴが手を置く。
「何か薬はあるのか?」
「ただの風邪なら幾つかの薬草を煎じて飲めば治る。が、別の原因があるなら薬を飲んで治るとも限らないな。」
「別の原因……。」
シンゴはここ最近の事を思い出す。
それは他の面々も同じだ。
そして一つの結論に辿り着いた。
「ジャキンってモンスターかも!?」
ジェーンの声に医者は驚くが合点も言ったようだ。
「ジャキンが今近くに居るのか?」
「ちょっと前から目撃情報が多いな。」
ローディーが面倒くさそうに言うのに対してシンゴ達も同じように頷く。
「赤い花を咲かせた六足歩行をする一つ目のモンスター。俺やジェーンは最近名前や特徴を聞いたけどそいつが原因ってことか?」
「十年以上はこの近辺には出ていなかったがそうかぁ。あいつなら今の流行病の症状と合致するな。」
「あんたはジャキンが出たことを知らなかったのか?」
「俺は外出なんて滅多にしないからな。してもここいらの患者の面倒を見るくらいだ。彼らが話さなければ知らないな。」
「それでジャキンが原因なら薬は分かるんだろ?」
「そうだな。風邪薬に加えてアドラクタと言う果実も必要だな。」
「アドラクタ?」
ローディーは初めて聞くようで想像が出来ないようだ。
一方、シンゴとジェーンは心当たりがあるようだ。
「あれだろ?ロフォラティグが好む果実だろ?」
「良く知っているな。俺は初めて聞いたぜ。」
「何度か森の奥に行ったら奴らが食べているところを見たからな。あとで冒険者ギルドで調べたら名前が出て来た。」
「よほど腕に自信がないと奥にはいかないぞ。」
「風邪薬はどうにかなるがアドラクタの果実はモンスターの巣窟に行かないと採取出来ないからな……。」
医者は心配そうに思案する。
「それなら俺達がそれを取りに行けばどうにかなるんだな?」
「そうして貰えるとありがたいがあまり払えないぞ。」
「そこはその時に相談しようか。」
医者も現状をどうにかしたいのかシンゴの言葉に頷いた。
シンゴ達は医者の家を出て冒険者ギルドへ向かう。
冒険者四人の中にはトニーも同伴している。
「ぼ、僕も一緒に行く!」
「良いのか?」
「お金はないから自分でもどうにかしたいし……。」
「危険が伴うが覚悟の上か?」
「……うん!」
「本気と言うなら俺達は全力でお前を守る。だから絶対に取りに行くぞ!」
「うん!」
「良いのか、本当に?」
ローディーがシンゴの言葉に呆れている様だ。
「好きな女の子のために頑張りたいんだろ?だったら全力で応援するものだと俺は思うけどね。それに偶々トニーが森へ行くところへ俺達も一緒に行くだけだ。」
シンゴがトニーの背中を軽く叩いた。
それを見ていたローディーは溜息を吐いた。
「子供を冒険に連れて行くのかよ……。」
「トニーが個人的に森へ入るのは問題ないと言うのでしょう。」
白いローブの人は静かに口を開いた。
それを聞いて頭を掻くローディー。
「本来なら連れて行くべきじゃないが……。」
「男を見せるなら手伝うと?」
「まぁな。」
「素直じゃないんだから。」
「言うなよ。」
冒険者ギルドに着いた一行は掲示板に貼られている依頼書を確認。
その中にあるロフォラティグ討伐を受けることにしたようだ。
「二人とも来てくれるんだろ?当てにしてるぜ。」
「乗りかかった船だ。協力してやるよ。」
「ありがとう。」
それからシンゴ達は夕刻になる時間だったため、仕事を明日に回した。
別れ際、シンゴが思い出したように声を上げた。
「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はシンゴ。」
「私はジェーン。」
「あぁ、お前らは有名な方だからな。知っているぜ。」
「照れるね!」
「そうだな。」
「俺はローディー。こいつと二人で冒険者をやっている。俺は剣士だから前は任せておきな!」
「私の名前はメイディス・ヌア。メイディスと呼んでください。」
オオカミ系の獣人は改めて名乗り、白いローブの人は顔に掛かったローブを脱ぐとその素顔を見せた。
「メイディスさんってマーフォークの人だったんだ。」
「初めて見るな。」
ジェーンとシンゴは彼女の素顔に驚きを隠せないでいた。
それはトニーも同じ様だ。
「私以外にも外で活動している人達はいるんですけどね。」
「珍しい事には変わりないだろ。」
この世界では水の中でも生活できる種族をマーフォークと言うらしい。
メイディスは顔や首の皮膚は人と変わらないように見え、ロングの髪は藍色。その髪は首の両側を覆っているがよく見ると大きなヒレのようにも見える。
それと袖から見える手も良く見ると水掻きがシンゴ達よりも広い。
再びローブを羽織るメイディスに見惚れた三人に対してローディーは咳払いをする。
「私は治癒魔法を使うので怪我をされたらおっしゃってください。」
トニーはそれを聞いて詰め寄ったが病気を治せる魔法じゃないことを知ると肩を落とした。
そんな彼を宥めつつ一行は集合場所と時間を決めて解散した。
翌朝、準備を終えた冒険者四人とトニーが門を潜る。
人の流れはまだ出来ていないためスムーズに出られたようだ。
普段は街の外に出ないトニーは緊張しているのか顔が強張っている。
行く前にトニーの両親には事前に説明したが最初は反対されたらしい。
しかしローディー達が改めて説明すると流行病を治すため、その費用を息子が行く事で抑えられると知ったことで渋々了承してくれた。
知らない人に子供預ける親はそうそういないが、身分を証明するタグを見せたことで身の保証が出来た。
「僕が助けるから!」
震えながらも親の前で決意を示したトニーの姿は裏路地で泣きそうになった少年とは似ても似つかなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
12時に中編、18時に後編をそれぞれ投稿予定なので時間のある時に見ていただけると嬉しいです。
補足・蛇足
医者
この世界に於ける医者は先人達の知恵を元に診察や治療を行っている。
また薬師と兼任している人もいる。
治療と言っても切開する考えは広がっておらず、何でも治せるわけではない。
国で抱え込まれている医者もいれば、非公認の医者もいるが一般人で認知しているのは町の規模で村では存在すら知らない場合もある。




