4話 生存
本日もよろしくお願いします。
ここは・・・。
俺はいつの間にか気を失っていたらしい。
ゆっくりと目を開けて上体を起こして周囲を見回した。
「どこだよ・・・。」
この通路は大小様々な光る魔鉱石が顔を出しており、蝋燭を灯すよりも大分明るかった。
ゆっくりと体を起こして今までの事を思い出す。
確かダンジョンで実戦演習という名目で中層フロアまで来たけど、大量のモンスターや巨大なモグラと戦っていたんだよな。
それで俺は・・・。
兵士に従って魔道具を投げつけた。
直後に土煙の衝撃で体ごと吹き飛んで。
別の兵士に蹴落とされた・・・。
そうだ!
俺はあの時、明確な悪意で蹴落とされたんだ。
そして傍にある横穴は俺が落ちてきた場所で間違いないはず。
俺は横穴を覗いてみたが暗くて分からない。
試しに進んでみようとしたが急勾配でとても登れるような角度じゃなかった。
横穴から登るのを断念した。
どうしてこうなったんだろうな。
いきなり異世界に召喚されて。
能力判定は最悪。
今まで関わることがなかった大官寺や谷川に罵倒されて殴られて。
しかも招いた国の兵士達からも暴行を食らう始末。
それらを見て見ぬ振りする友人やクラスメイト。
極め付けはダンジョンでの一幕。
英ですら谷川の横暴を止めず大官寺の言動を否定せず。
兵士から頼まれた役割そのものは皆を助けるものだったかも知れないがあの土煙と爆風、最後に言われた別の兵士の言葉を考えたら俺を人知れず排除するための計画だったんだろうな。
使えない戦力を守る気はない。
国が最初からそう言う考えだとしたら・・・。
胸が痛い。
目頭が熱い。
息が苦しい。
確かに憧れはあった。
でもなりたいわけじゃなかった。
しかも勝手に連れてきて。
使えないからと始末される。
それに殆どのクラスメイトは助けてくれず。
あいつらには捌け口に利用されて。
友達にも見捨てられ。
俺が一体何をしたんだ?
誰に何をすることもなくここに落とされて。
クソがっ!
「ふざけんなよ・・・。」
頭の中が黒い感情で渦巻く中、兎に角ここから出ることに意識を向けた。
横穴から続く道は今のところ一本のようだ。
出来るだけ気持ちを落ち着けてから歩き始めた。
そうして途中まで一本道だったのが五つの分かれ道になった、それに中央の広間は十メートルくらいあった。
どこへ行こうか?
こういう時はマッピングできるといいけど紙もない。
出来るだけ覚えるしかない、と結論付けて右から進んだ。
暫く進むと再び二つに分岐していた。
両方の道を眺めながら直進方向へ行く道を選択した。
そうして暫く進むと何か広場らしきものが見えてきた。
俺はゆっくり近づいて中を窺った。
「っ!?」
五十メートル程の空間に足場と横穴が幾つかある壁の中央に人型のトカゲらしき生物が鎮座していた。
周囲にはいくつもの屍が転がっていた。
俺はそっとその場を離れた。
あれはやばいだろ!
いや、他にもやばそうな奴はいそうだが俺が敵う相手なのか!?
少なくとも強さの基準が分からない以上迂闊に近づけない。
こうしてゆっくりと道を進んでは引き返す作業を繰り返し、安全圏を見極めてみたがどうにも入り組んでいるのと通路が似たような光景なだけに覚えづらい。
そんな通路を歩いていると壁側にやたらと大きな魔鉱石が重なっている場所があった。
気になって魔鉱石の隙間から奥を見ると通路があった。
正面から歩いて入ることが出来なさそうだ。
唸りながら下や上を見ると上の方は人が通れそうな空間があり、むき出しの魔鉱石を足場にすれば這い上がって行けそうだ。
お腹も減り体力のない俺は思考が働いていないのを自覚しながらも気になったから力一杯攀じ登って向こう側へ降り立った。
高さは二メートルほどで何とか着地が出来てほっとした。
向こう側の通路は数メートルで右側へ曲がっており角に隠れながら向こう側の様子を観た。
「・・・。」
特に何かがあるわけではなかった。
厳密にいえば数メートルの空間に魔鉱石がいくつもむき出しになった、つまりは他の空間と一緒だった。
「ここも同じか・・・。」
ただ、この空間は四方から敵に襲われる心配がないと思えた。
「疲れた・・・。」
気が抜けたのを自覚してその空間で横たわることにした。
どれ位の時間が過ぎただろうか?
横になってからしばらく経つが太陽もないこの場所では時間の感覚がなくなっていく。
それでいて腹も減って上手く考えられない。
「食べ物なんてないんだよな・・・。」
ここにはネズミ一匹いなかった。
前に読んだ物語だと土を掘って水を掘り当てたとかモンスターを食べるとか、なんなら不思議なアイテムから食料を出すとか何かしらを口にして生き残ったりするんだよなぁ。
でも、ここには何もない。
いや、あるのは土と魔鉱石だけ・・・。
「死ぬなら何か食べてから死ぬべきか・・・。」
俺は体を起こして手で土を掘ってそれを口にした。
「これが土の味か・・・。」
小学生の時の畑作業の体験で掘り起こしたサツマイモに付いた土を嗅いだとき以来だなぁ。
まさか生涯で土を口にするなんて思いもよらなかった。
「沢山は食べられないけど少量なら飢えは満たせるか?いや、満たさなきゃいけないな。」
土そのものは消化できないが土壌に含まれる栄養素や水分は吸収できると信じたい。
そうして思ったよりも柔らかく湿気た土を何度か口にして気持ちを切り替えることにした。
それと興味を持って土から剝き出しの魔鉱石を掘り出して齧るがかみ砕けない。
「流石に硬い、でも舐めれば多少は・・・。」
兎に角飢えを満たしたい一心で小さな欠片を見つけてそれを口に入れて舐めたが口内を切りつつも最後は思い切って飲み込んだ。
暫くはぼぉとしていたが行動しなければ死ぬだけ。
行動しても死ぬ可能性はあるけどその場に居ても何も変えられない。
安全圏から再び通路に出て探索を始めた。
腹の調子は今一だが気にしてはいられない。
まだ通っていないはずの道を通って先へ進もうとしたとき、通路の曲がり角からモンスターが現れた。
「あれもモンスターと言っていいのか?」
近い見た目はイノシシだが毛色が青い。
それ以外はよくイメージするイノシシと変わりはなさそうだが。
体長二メートルほどの青イノシシが俺を見つけて唸り声を上げた。
俺はやばいと思って後ろへゆっくりと下がった。
しかし、相手は俺の戦意低下を見逃さず急発進で俺の方へ突っ込んできた。
「嘘だろ!」
三、四十メートルの距離を人が走るよりも速く走り抜けた。
俺は咄嗟に壁に足を掛けて突っ込んできた青イノシシを飛び越えた。
間一髪で避けられたが生きた心地がしない、いや既に生死の境にいるから今更か。
相手はそのまま過ぎ去るかと思い安堵しかけたところで向きを変えて再び突っ込んできた。
「フットワークが軽いな!」
急展開してすぐさま突っ込む攻撃は思った以上に厄介だった。
通路は狭いわけではないが広いと言うほどではない。
壁際に身を寄せても相手の走る軸によっては当たるし避けても余波を食らうかもしれない。
俺は青イノシシを倒すために能力を使うことにした。
相手が過ぎ去る時に腰に帯びた剣で背中を突き刺す。
正面からでは吹き飛ばされるのがオチだ。
それに広くない通路ですれ違いざまに一刀両断、なんてことも出来そうにない。
>>相手に合わせて俺が飛ぶ。
>>相手が過ぎる。
>>俺が剣を突き刺す。
>>地面に突き刺さる。
今のタイミングではダメらしい。
剣を抜いたはいいがそのまま飛び越えてやり過ごした。
これで逃げてくれれば良いのだがそうはいかないらしい。
青イノシシは再度急転回と急発進をした。
この段階から俺は能力で確認した。
>>俺が飛ぶ。
>>相手が距離を縮める。
>>俺が落下と同時に剣を突き立てる。
>>相手の背中に刺さる。
これならいけそうだ!
俺は能力で見た通りに動いた。
相手が走り出したタイミングで壁に足を掛けて上に跳んだ。
青イノシシが俺の方へ迫ってきた。
ここで俺が剣を逆さにして突き立てようとする。
俺の落下に合わせて青イノシシが俺の落下地点にやってきた。
このまま勢いに任せて青イノシシの背中に剣を突き刺した。
「ブォォォォォ!?」
青イノシシは刺された痛みに叫び声を上げた。
痛みから逃れようと青イノシシが暴れまわるも俺は突き刺した剣を支えに振り落とされないようにしがみ付いた。
暫く暴れまわる青イノシシだったが突き刺した剣が少しずつ体の内部を傷付けたり出血が多くなったりして暴れる力が弱まってきた。
そこから突き刺した剣に力を込めながら奥へ突き刺す。
口から血を吐いた青イノシシは力尽きてゆっくりとその体を地面に傾けた。
それに合わせて俺は飛び退き青イノシシの下敷きになることはなかった。
「・・・もう動かないよな?」
俺はしばらく様子を観たが倒れた相手が動くと事はなかった。
突き立てた剣を抜こうとするが簡単には抜けない。
それでも力一杯に引いて何とか抜けた。
普通なら抜けることはない気もするがなんだかんだで召喚されたときの補正が効いているのかもしれない。
俺は抜いた剣で斬り口からイノシシを解体し始めた。
残念ながら解体の知識はおろか料理すら真面にやったことがない平凡な高校生が行った作業は思った以上に時間が掛かった。
その間に他のモンスターが現れるかもとは思ったものの一向に現れる気配がなかった。
もしかしたらここのモンスターは縄張り意識があるのか?
或いはここもダンジョンで一定範囲内しか動けないとか?
検証の余地はあるかもしれないがまずは目の前の食料だ。
解体中に滴る血を俺は口にした。
ダンジョンから生まれるモンスターでも死んで直ぐに消えることはない、と兵士が言っていたのを思い出した。
作品によっては直ぐに消えるという設定もあるがこのダンジョンに限ってはないのだろう。
血の味は先程自分の口内を切った時と余り変わらない気がした。
兎に角カラカラの喉を癒せるなら何でもよかった。
血を吸いながらも時間をかけて解体した青イノシシは既に原型を失っていた。
「お前のお陰で生き延びられそうだ。」
ここで火の魔法を使えれば肉を焼くことが出来たし、水の魔法であれば喉を潤せたかもしれない。
しかし、俺達召喚された人間はこの世界の住人と違って魔法の適性が所有する能力に依存しているせいで使える人と使えない人が出てきた。
【マジック・○○】を持つ人は魔法が使えても特定の属性しか扱えない、一方で一部の能力なら複数の魔法を使うことが出来るらしい。
ただ、複数の魔法を使えると言っても威力や精度はランクによって変わるらしいが今の俺なら使えるだけでもありがたい。
結局、俺の能力では魔法の適性はなく一切の魔法を使うことが出来なかった。
そんなことを思い出しつつ俺は切り出した青イノシシの肉を噛んでみた。
「少なくとも血を呑んだ時点で命に関わることはなさそうだが、簡単には嚙み切れないな・・・。」
俺は繊維に沿って細かく刻んで口に入れて咀嚼した。
生肉を食べるのは初めてだが美味しいとは言えない。
それでも貴重なたんぱく源をできるだけ胃に突っ込んだ。
ある種の満腹感を得てから残りを通路の隅へ置いた。
肉がこびり付いた毛皮や骨は何回かに分けて見つけた安全圏の空間へ持ち帰った。
骨にしても重いから慎重に移動して他のモンスターに見つからないように気を配った。
骨を持っておく理由は最悪、剣の代わりになるかと思ったからだ。
血の付いた剣は自分の着ている服で拭ったが完全には取れずにいた。
その内、錆びたり切れ味が悪くなるかもしれない。
俺の能力が相手を制圧できるならまだ良かったが自身を未来予測する程度だとこの先、生き残れるか分からない。
解体作業に疲れた俺は安全圏で毛皮を敷きながら再び眠りに落ちた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今後も不定期更新ですが暇つぶしに目を通して貰えれば幸いです。
※主人公の装備は革の胸当てにブーツ、鉄製のミドルソード(何の変哲もない剣)。背嚢もなくシャツにハーフパンツと下着が標準です。