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39話 ダンジョン攻略 ―中園利香―

本日もよろしくお願いします。


異界の勇者と中園利香のあらすじ

サンデル王国内に出現した魔王を倒した異界の勇者達。

しかし、彼らにはまだ役目がありその時が来るまでサンデル王国に居続ける。

その中で中園利香達は時間を見つけて平本晋吾の捜索を始めようとするが・・・。

 サンデル王国が管理するダンジョン内で平本君の痕跡を探していたら土魔法で隠された通路を見つけた。

 その時、傍にいた樹梨ちゃんと船戸君にも一瞬だけ見えたらしい。

 私達はそこが怪しいと思い、兵士さんに相談したが取り合ってもらえなかった。


 「絶対怪しい。」


 樹梨ちゃんが言う通り、あの場所は怪しい。

 次に騎士のバスコさんに会ってみた。

 魔王討伐後も通常の業務以外にもやることがあるそうで何とか時間を作って貰えた。


 「お忙しい中、時間を作っていただきありがとうございます。」


 「いや、勇者達とこうして話せる機会は我々騎士でも簡単には作れないからな。寧ろ光栄に感じるくらいだ。」


 「ありがとうございます。」


 「それで、要件と言うのは?」


 「ダンジョンの中層にある隠し通路の事です。」


 その時、バスコさんの頬が微かに動いた。


 「中層に隠し通路?」


 「そうです。土の魔法で閉じられていますが私の能力で確認できました。確かに通路があります。」


 「それが本当だとしてそれをどうしたいんだい?」


 「私達にそこの通路の探索協力をして欲しいです。」


 「探索の協力?何故探索しようと思ったんだい?」


 「それは・・・ダンジョンとは未知の場所を探索するのが醍醐味じゃないでしょうか?」


 「つまり、君達はその未知の場所を踏破したいと?」


 「そうです。」


 お互いに真っすぐ見つめ合う。

 私の真剣さが伝わるのか、或いは・・・。


 「まず通路があったとしても君達だけで行かせるわけにはいかないな。」


 「どうしてでしょうか?」


 「どの程度の危険があるのか分からないからだ。もし君達を危険な目に遭わせたなら国にとっても大きな損失になる。」


 バスコさんの理由は尤もらしい。


 「それでもそこに隠し通路がある以上はモンスターがそこから湧いてくるのでは?」


 「仮にモンスターが出て来たとしても我々騎士団が対処する。それで君達が倒せる相手なら問題ないがそうでなければ無暗に君達を戦わせるわけにはいかない。」


 「もし、通路の向こう側が危険であれば引き戻れば良いと思いますが?」


 「簡単に戻れないような通路かもしれない。その場合は向こう側に取り残される可能性も十分にある。救助隊を用意しても容易に助けられない状況も考えられる。」


 「どういった通路になっているのか知っているのですか?」


 「それは分からない。ただ、悪い想定もしておくものだ。」


 頬が微かに動いたバスコさんの言葉に何を言ってもこれ以上は話が進まない気がした。


 「分かりました。私達の安全を考えてくれた末のお言葉、感謝いたします。」


 「いや、わかってくれたならそれで良い。くれぐれも無茶はしないように。」


 「私達も死にたくはないですからね。それでは失礼します。」


 短いながらも話は出来たけど協力はしてくれないことは分かった。

 私達はバスコさんの部屋から出て宿舎に戻った。

 今回は船戸君の部屋、と言ってもどの部屋も同じ内装で変わりはないのだけれど。


 「やはり国は協力してくれないな。」


 船戸君が仁王立ちしながらさっきのやり取りを思い出していた。


 「利香、何か分かった?」


 樹梨ちゃんも言い知れない何かを感じたみたい。


 「多分、隠し通路の事はここの人達は知っているみたい。」


 「そう。あのおじさんの話を考えると知られたくない場所なのかも。」


 樹梨ちゃんのいう事は正しいと思う。

 ただ、私達に知られたからと言っても何かしようとは思ってないのが幸い。


 「・・・。」


 「船戸君、どうかしたの?」


 「あぁ、いや。なんて言うか、あのバスコって人もそうだが彼らは隠し通路の向こう側を知っているのかと思ってな。」


 「知っているんじゃないの?」


 「かもしれない。だが、物言いが何か引っかかってな。」


 「引っ掛かる・・・。」


 船戸君の気になる何か。


 「あとは今回の件でもしかしたら俺達を監視するかも知れないな。」


 「もう監視しているんじゃないの?」


 「近野の言う通り、そうかもしれないがもっと厳しくなるかもしれないってことだ。」


 「まさか、扉の向こうで聞き耳立てているとか?」


 「大丈夫、部屋の周辺に人はいないから。」


 私の能力【クリアテイカー】は視ることに関してはそれなりに融通が利くみたいで、扉の透視ができた。


 「そこまで便利な能力なのか。」


 「男子に渡らなくて良かった・・・。」


 二人とも驚いているけど、私も驚いた。

 普段から色々試しているから出来ること出来ないことが少しずつ分かってきた。

 因みに樹梨ちゃんの感想に私も同じことを思ったけど、私もプライベートなところは気を付けなきゃ。

 三人で今後の話をした結果、中層フロアで見つけた隠し通路を調べることにした。

 調べると言っても危険な場所へ足を運ぶことになるのは間違いなさそう。

 そして、調べるためにかなり無茶な計画・・・とも呼べないお粗末な行動を決行することに。

 かなり強引だけどそのまま行こうとしても兵士に止められるだけ。

 仮に失敗しても明確な証拠はないから咎められることもない。

 それまでに私達は自身の力を鍛えるために訓練に集中した。






 最初に隠し通路を見つけてから一月ほどが経った頃。

 何度かダンジョンに通いつつ、国内の村や町の訪問活動をしていた。

 訪問する街や村は魔王が出現した北側を中心に被害を受けた場所や避難勧告を受けたところ。

 私達が勇者として村人達に顔を見せることで安心してもらうため。

 と、大臣の誰かが言っていた。

 最初はクラスメイト達の大半が面倒だと感じていたけど英君の声で何とか動き、今では満更でもない人が多い。

 それと実際に魔王を討伐した人間が居ることをアピールすることで今後の脅威に対して国民が出来るだけ不安がることなく、国の為に協力しやすくなると考えられているらしい。

 そう言った活動に区切りがついた私達は再びダンジョンの中層フロアへ向かった。

 私達勇者がダンジョンに出入りしているからなのか思ったほどモンスターは多くない。

 難なく進んだ私達は中層エリアを抜けてそのまま奥へ進む。


 「休憩されなくても大丈夫でしょうか?」


 「大丈夫です、このまま進みます。」


 私が言うと付き添いの兵士はそれ以上言うことなく後を付いてきた。

 イビルモルが通れるほど大きな通路。

 何度も通った場所だけど松明一本でも不安になるほど奥は暗い。

 中層エリアまでは兵士達が魔鉱石を利用したカンテラを一定間隔で壁に付けているため明かりを確保できたけど、強力なモンスターが荒らすと言う理由でカンテラを設置していないらしい。

 光る魔鉱石が露出している中層エリアから奥は明るく照らされているため、照明器具が必要ない。

 暫く歩くと奥から何かの唸り声が聞こえて来た。


 「glllllllll!!」


 そこには二体のミノタウロス。

 牛の頭に人の体。

 体色は茶色に見える。

 手には斧を持っていて返り血も付いている。


 「戻るぞ!」


 船戸君の号令で私達は直ぐに振り返って駆け出した。

 走りながら後ろを見ると二匹のミノタウロスは追いかけてくる。

 暗い場所での戦闘は他のモンスターが来た時に襲われる危険性がある。

 だから、一度中層エリアまで戻り、態勢を直す必要がある。

 随伴している兵士も一緒に走ってくれている。

 中層エリアへ戻ったけど他にモンスターはいない。

 私達は戻って右側へ移動する。

 壁が近くにあれば逃げ道は減るけど相手の行動も読みやすくなるはず。


 「リカは自分が守ります!」


 そう言って兵士は私の近くで剣を構えた。


 「いえ、それよりももう一匹の注意を引き付けてください!船戸君だけだと厳しいので!」


 「りょ、了解です!」


 慌てて兵士はミノタウロスの一匹を引き付けてくれた。

 船戸君はもう一匹のミノタウロスと対峙している。

 今の立ち位置は船戸君が壁に背を向けている。

 船戸君も大剣を構えて出方を窺っている。

 鼻息を荒くしたミノタウロスが斧を構えて大股で距離を詰めてくる。


 「bwooooooooo!」


 大振りで斧を振り下ろされる。

 地面が抉れるほど強い。

 だけど、船戸君はちゃんと攻撃を避けてくれた。

 大きく後ろに避けたことでミノタウロスとの距離が再び空く。


 「サーチプレス!」


 樹梨ちゃんが魔法を使った。

 声と同時に船戸君と対峙していたミノタウロスが膝を曲げてその場から動けなくなった。

 樹梨ちゃんの【オーバープレッシャー】による魔法サーチプレスは特定の範囲だけに圧力を掛けられる。

 その圧力も本人の意思で変えられるみたいで、命を奪わないように調整もできるらしい。

 勿論、掛ける圧力が高くなるほど消費する魔力も多くなる。


 「助かった!」


 「ここは抑えるから向こうを倒して!」


 樹梨ちゃんが抑えている間に船戸君は兵士が引き付けているミノタウロスへ向かう。

 兵士は支給品の剣でギリギリ耐えていた。


 「うおっ!くそっ!」


 しかし、ミノタウロスが振り回す斧によって呆気なく剣が折れてしまった。

 目の前の光景に顔を青くする兵士にミノタウロスは容赦なく斧を振り回す。

 武器を無くして戦意を消失する兵士は地面に這い蹲って逃げようとした。

 そして、斧が兵士に向かって振り下ろされようとした時。


 「うおおおおお!」


 船戸君が大剣を振り下ろした。

 見事に一刀両断。

 斬られたミノタウロスはその場で二つに分かれてしまった。


 「あ、あっわっわわわわ・・・。」


 倒されたミノタウロスを見て泡を吹きだしそうな兵士を無視して船戸君は戻ってくれる。


 「ごめん、利香・・・。」


 「えっ!?」


 樹梨ちゃんのサーチプレスの効力が切れてしまったみたい。

 すると、見えない枷で動けなかったミノタウロスがゆっくりと立ち上がった。

 口元を見るとにやけている。

 私と樹梨ちゃんは剣で戦う訓練は受けているけど他の人のようには動けない。

 それを知らないモンスターでも私達が弱いことくらいは感じ取っているのかもしれない。

 怖いと言う気持ちが大きくなったとき、既にミノタウロスは私達に向かって歩き出した。

 斧を上げて直ぐにでも振り下ろそうと言わんばかりに。


 「おりゃああああああ!」


 その時、船戸君が全力で駆けつけてくれた。

 大剣を突き出しながらミノタウロスに迫る。

 ミノタウロスは船戸君の接近に気づいて向きを変えるけど遅い。

 大剣がミノタウロスに刺さる。


 「おおおおおおおお!」


 そのままミノタウロスを壁に押し出す。

 船戸君の迫力に負けたのかミノタウロスは手から斧を落としてしまった。

 叩いて船戸君を剥がそうとするけどビクともしない。

 そのまま船戸君は壁に向かって一直線で押し込んだ。

 同時に壁が崩れた。


 「bwooooooooo!?」


 「おおおおおおおおおお!?」


 「船戸君!?」


 崩れた壁の向こう側へ吸い込まれるように消える船戸君とミノタウロス。

 偶々崩れた壁の近くにいた私達もなりふり構わず穴の向こうへ追いかける。


 「お、おおおおおおい!?勇者達!?」


 腰を抜かして動いていなかった兵士が何かを言った気がしたけど聞き取れない。

 既に穴に入ったけど急な下り坂。


 「利香!」


 「樹梨ちゃん!」


 真っ暗な闇の中、私達は多分途中で躓いて転げ落ちた・・・。






 ううっ。

 やっと止まった?

 あれから数分間は転がっていた気がする。

 凄く気持ち悪い。

 まだめまいはするけど体を起こして周囲を見回す。


 「利香、大丈夫?」


 樹梨ちゃんが傍にいる、良かった。


 「まだ、めまいがするけどなんとか。」


 あんなに回ると体の中がぐちゃぐちゃになりそう。


 「二人とも無事か?」


 船戸君の声が聞こえた。

 声の方を向くと船戸君の体が土だらけだ。

 傍には完全に倒したミノタウロスがいた。

 大剣は既に抜かれていた。


 「私は大丈夫。利香はまだ。」


 「そうか。それならここで暫く休むか。」


 その提案は有難く私はその場に座ったまま周囲を見回した。

 先程と違い、全体が青に染まっている。

 正確に言えば青い石が至る所に顔を出していることで全体を青く照らしている。

 多分青い魔鉱石だと思う。


 「不思議な場所だね。」


 「地下にこんな場所があっただなんて・・・。」


 私と樹梨ちゃんはこの光景が不思議でならない。


 「そうだな。上とは全然違うな。」


 船戸君の言う通り、上とは違い青い魔鉱石がある。


 「王国もこんな場所は知らなさそうだね。」


 「そうだね。そもそもあんな坂道、歩いて下れないし。」


 暫く雑談を挟むと大分落ち着いてきた。

 ゆっくり立ち上がってから傍の穴を覗いてみた。


 「登るのは無理そうだね。」


 「やっぱり。」


 樹梨ちゃんも一緒に覗き込んで確認してもらうと同じ見解。

 かなり急だった。

 よく死ななかったと思う。


 「二人とも、体に異常がないなら荷物の確認を頼む。」


 船戸君に言われて私達は背負ったり腰に巻いている背嚢の中身を確認した。

 手提げのカンテラが見事に壊れていた。

 それ以外だとポーションと水筒も壊れている。

 予め用意できた食料は食べる分には大丈夫そう。

 私が自分の持ち物の状態を伝えると船戸君も同じ様な答えだった。

 だけど、樹梨ちゃんだけ違った。


 「私は全部無事かな。」


 「なんで!?」


 思わず声を上げてしまった。


 「無意識に能力を使ったからかもしれない。どういう風に使ったのか分からないけど。」


 圧力に関わる能力だけどそれが上手く作用した?

 よく分からないけど樹梨ちゃんの道具とかが無事なのは良かった。


 「二人とも、一つ聞いていいか?」


 「何?」


 「この場所で食べられる物があるか分からないからこいつを捌こうと思うんだが・・・。」


 「「・・・。」」


 こいつ、とは船戸君の足元にいるミノタウロス。

 確かに未知の場所だから食べ物があるか分からない。

 だけど、人型のモンスターを食べたいかと聞かれれば。


 「人型は嫌。せめて動物型で。」


 「・・・わかった。」


 きっぱり伝えた樹梨ちゃんに船戸君は少し肩を落とした。

 本当は食べてみたかったとか。

 それから私達は慎重に進んだ。

 最初は一本道だと思っていたけど早い段階で複数の道に分かれていた。

 どれが正解かなんてわからないから手あたり次第に進んでみた。

 ただ、ある空間を覗いたときは恐怖を感じた。


 「なに、あの骨の山。」


 「それだけ獲物を倒したんだろう。」


 樹梨ちゃんと船戸君は落ち着いている。


 「離れよう。」


 「うん。」


 骨の山に座っていたのは人型のトカゲ、リザードマンとか言われそうなモンスター。

 人によっては倒そうと挑むかもしれないけど、私は勧めたくない。

 正直、樹梨ちゃんと船戸君でも怪しい。

 英君ならわからないけど多分危ない。

 それほどの魔力の濃度で、強者のオーラを肌で感じた。

 暫く進むけど、どの通路も青い魔鉱石が顔を出して照らしている。

 おかげで照明は必要ない。


 「青い魔鉱石に含まれる魔力が結構あるみたい。」


 「上の奴より?」


 「うん。」


 適当に幾つか背嚢に入れて運んでいる。

 数個なら問題なさそう。

 そして、この魔鉱石は魔力を多く含んでいるから何かに利用できそうだけど私達がどうこう出来るものじゃないかな。

 探索を続けていると数百メートル先に動く影が見えた。

 離れた場所で影も青く見えるから周囲の色に紛れて判別しにくい。


 「前方数百メートル先に、何かいるみたい。」


 「敵?」


 「二人は後ろに下がってくれ。」


 船戸君に言われて私達は何歩か下がる。

 向こうの影は次第に大きくなっている。

 恐らく近づいている。


 「あれは・・・。」


 判別できるまで近づいてきた影。

 それはイノシシだった。

 ただし、体毛が青い。

 そのイノシシは既に走って近づいてきているみたいで、走る足音がはっきりと聞こえてくる。


 「二人とも、巻き込まれるなよ!」


 残り数メートル。

 船戸君は接近する青イノシシに向かって思いっきり大剣を振り下ろした。

 一瞬の静寂。

 剣を振り下ろした態勢の船戸君。

 そして、船戸君の後ろを走り抜けた青イノシシ。

 違う、既に青イノシシは正面から両断されて左右に分かれている。

 勢いのまま、近くの壁に激突した。


 「・・・。」


 実を言うと船戸君から距離を取っていたけど私達は彼の真後ろに居た。

 もし、左右に分かれていたら青イノシシの死体に巻き込まれていたかもしれない。


 「船戸、あんたを信用して良かったよ。確実に倒してくれるって意味で。」


 「そうか・・・悪かったな、危険な目に遭わせて。」


 ジト目で見る樹梨ちゃんに船戸君は結果論とは言えバツが悪そうに感じていた。

 確かに船戸君が倒さなかったら後ろに居る私達も巻き込まれていたかもしれない。

 だけど、私達は彼がモンスターを倒してくれると信じていたから命を拾えた。

 その話は終わりにして、私達はここに迷い込んでから二種類目のモンスターと遭遇したことになる。

 前線で戦わない私は、青いイノシシがどの程度強いか分からない。


 「船戸君、このモンスターってどのくらい強いのかな?」


 「そうだな・・・。一概には言えないが、中層フロアのモンスターよりは強い、と思う。あのミノタウロスは人型で比べるのもなんだがもしかしたら同じくらいの危険度かも知れないな。地上のイノシシよりは確実に厄介だな。」


 似たような見た目のイノシシは何度か見たことがあったけどここにいる青イノシシのほうが強いんだ・・・。

 それに上層のモンスターよりも強いなんて。


 「他のモンスターに対しても警戒しなきゃいけないわけね。」


 樹梨ちゃんの言う通り、油断はできない。

 それにしても、青イノシシの血ってよく見ると青っぽく見えるのは気のせいかな。

 何度か青イノシシを倒したあと、幾つかの分岐点を進んで今までよりも広くて暗い空間に辿り着いた。


 「中園、何か見えるか?」


 「・・・。えっと、結構大きなモンスターがいる。」


 「イビルモルか?」


 「違うと思う。それにそこまでは大きくなさそう。」


 「数は?」


 「それなりにいる。形が色々。天井にもぶら下がっている。あれは・・・コウモリかも?」


 この場所は様々なモンスターが集まっているみたい。

 進むか引き返すか。

 この空間も青い魔鉱石が露出してある程度の視界は確保できるけど他の通路よりも薄暗く感じる。

 それに天井にはコウモリ以外はいないけど天然で大きな石柱が幾つもあり、地面からも岩や石柱が散見している。

 もしかしたら陰にモンスターがいるかもしれない。

 ゆっくりと呼吸をして出来るだけ気持ちを落ち着ける。

 私は結構緊張しているけど二人はそんな風には見えない。


 「危険なら直ぐに戻ろう、それでいいか?」


 船戸君の言葉に私達は頷いて、そのまま進む。

 常に周囲を見回すと魔鉱石の魔力と複数のモンスターの魔力が映る。

 今の私の目には魔力と魔力を帯びた物体として見えている。

 傍にいる樹梨ちゃんも白色の魔力が纏われている。

 一方で船戸君は魔力が見えない。

 あるかもしれないけど表面には出ていない、と言うのが正しい気もするけどアニーさん曰く異界の勇者で魔法に関係ない能力持ちは全員魔力を持っていないと言っていたから実際にはないのかもしれない。

 そうして暫く進んだところで何かが左右へ大きく動いている。

 長い生き物が体を左右に動かして前進する感じ。


 「接敵!蛇みたいなやつかも!」


 船戸君は大剣を構えて正面を睨む。

 岩場を自在に動く影は慎重に近づいている。

 思ったよりも速くて普通なら頭がちゃんと見えていないけど多分こっち!


 「左に注意!」


 叫んだ直後に正面の岩場の隙間には青い地色に一本の黒い縞模様が見えているけど、左側から大きな頭を持った大きなヘビが襲ってきた。

 蛇のような動きに船戸君が対応できるのか。

 まさに口を開けて食べられる数メートル手前。


 「プレスバーン!」


 樹梨ちゃんの声が響くと同時に空中から襲い掛かってこようとした大きなヘビの頭が勢いよく地面に叩きつけられた。


 「fshllllllll!?」


 何が起きたか分からない大きなヘビは口を閉じたまま頭を動かそうとするけど動かせない。

 だけど、大きなヘビの後ろへ続く胴体から尻尾がいつの間にか持ち上げられている。

 そのまま私達に叩きつけようとしているのかも。

 そして長い尻尾は私達に向かって岩場を潜り抜けながら右から振り回してきた。

 避けられないと思った私は目を瞑ってしまった。

 だけど、何時まで経っても衝撃はこない。

 ゆっくり目を開けると尻尾も途中で見えない何か、圧力によって地面に押さえつけられている。


 「大丈夫だよ、利香。」


 樹梨ちゃんの魔法で大きなヘビが動けずにいた。


 「樹梨ちゃんって凄いね。」


 「私じゃなくて力が凄いんだよ。」


 「それでもその能力は樹梨ちゃんのものだよ。」


 数秒すると最初よりも強力な圧力がかかったのか大きなヘビの口や目、体の至る所から青い血が噴き出てやがて抵抗もしなくなった。


 「近野の能力は恐ろしいな・・・。」


 船戸君がぼそりと言った。

 だけどまだ終わりじゃない。


 「上!」


 咄嗟に上を見ると巨大コウモリが私達に向かって飛び降りてくる。

 でも、巨大コウモリだけじゃない。

 近くにもう一匹いる!


 「向こうにもクモがいる!」


 数十メートル離れた場所から青くて丸いお尻を向けている大きなクモがいる。

 そのクモのお尻から青い糸が飛び出してきた。


 「船戸君はコウモリ、樹梨ちゃんはクモの糸をお願い!」


 切羽詰まった状況で二人にお願い。

 ほんの数秒だけど事態は動く。

 上から降ってきたコウモリの足が私達に襲い掛かるけど船戸君の大剣で見事に弾かれた。

 クモが放った青い糸も遅れて襲いかかって来たけど樹梨ちゃんの能力で数メートル手前で先端から地面に落ちて糸が蓄積された。


 「ここら辺に敵は?」


 「コウモリとクモが一ずつ!」


 「それなら糸の山まで向かうぞ!」


 船戸君について行き、私達は伏せるように言われた。

 その間に巨大コウモリが羽ばたきながら近づいてきた。

 風圧を感じる中、船戸君は最接近した巨大コウモリの足を大剣で思いっきり弾いた。

 巨大コウモリの足が向かう先は近くの糸の山。

 勢い付いた巨大コウモリは足から糸の山に突っ込んだ。

 流石に体までは覆われなかったけど粘着性が強い糸なのか直ぐには剥がせずひたすら翼を羽ばたかせている。


 「今のうちに退くぞ!」


 私達は近くの岩陰に隠れて事の成り行きを見守った。

 数分経っても巨大コウモリは糸の山から逃れずにいた。

 そこへ状況が変わらないと思った大きなクモが巨大コウモリへ更にお尻から糸を掛ける。

 見事巨大コウモリにかけ、全体が糸だらけになった。

 脱出しようと藻掻くけど巨大コウモリは抜け出せない。

 大きなクモはそれを好機と見たのか巨大コウモリに近づいた。

 少し離れているけどどちらも私達の知るコウモリや大きなクモよりも大きい。

 巨大コウモリは全長が二メートルほどに思えるけど羽を広げるとそれ以上に大きく見える。

 一方の大きなクモは巨大コウモリよりも大きく恐らく五メートルくらいはありそう。

 三人で様子を観ると大きなクモが巨大コウモリを捕食する場面を一部始終見られた。

 あまりいい気分にはならないけど、自分達が捕まらなくて良かったと正直に思う。


 「どうする?あいつも倒す?」


 樹梨ちゃんが指しているのは大きなクモ。

 正直倒せるかどうかわからない。

 だけど、船戸君の能力を考えると倒せる気もする。


 「船戸君次第だと思う。」


 「俺次第・・・か。」


 彼は頭を掻いて困った顔をする。


 「多分戦うことに関しては船戸君が一番分かると思うから。」


 「頼られることは良いことだ。俺の【イビルバスター】が通じそうな相手だと思うが、真正面から挑んでも食われるのがオチだな。」


 船戸君が思う通り、大きなクモは意外と速く動く。

 その相手よりも早く倒せるかどうかの確証がないと挑むべきじゃないと思う。


 「無理に倒さなくても良さそうだよね。」


 「大きな獲物を食べたから恐らく俺達みたいな小物は狙わないと思う。それに俺達の目的は平本を探すことだからな。」


 「じゃあ、戦闘は回避する方向で?」


 「そうだな。だが、やむを得ない時は戦う。」


 そう結論付けて私達は出来るだけ、この空間を見て回った。

 怪しい穴が幾つかあったので私が視ると残念ながらゴブリンの住処でモンスター以外の反応は視えなかった。

 少なくとも人とモンスターの視え方は違う。

 人に説明するのは難しいけど違うという事だけは分かる。

 そうして広くて暗い空間を抜けると再び青い魔鉱石に包まれた通路に出た。


 「生きた心地がしない。」


 樹梨ちゃんが言うのも無理はない。

 自分達よりも大きなモンスター達がいつ襲い掛かってくるか分からない。

 以前よりも恐怖を感じにくくなった私達だけど警戒し続ければ心は疲れる。

 モンスターに気づかれにくい場所を探して一休み。


 「全然見つからない・・・。」


 ここまで何時間も探したけど平本君の痕跡は見つからない。


 「あの時の平本の強さはお世辞にも兵士にも勝てるか怪しい気がした。それを踏まえるとさっきのコウモリやクモ、いやイノシシですら勝てるか分からないな。」


 船戸君の言葉に考えたくない可能性が浮かんでしまう。


 「それでも平本君は・・・。」


 私は最悪の可能性を否定したい。

 それでも一度浮かんでしまったものは中々消し去れない。


 「船戸・・・。」


 ジト目で船戸君を睨む樹梨ちゃんに船戸君は咳払いをした。


 「悪かった。諦めろって意味で言いたかった訳じゃないが言葉がダメだったな。」


 「ふん。」


 「ここに来るまで幾つもの白骨死体とか装備品があったが覚えているか?」


 「そう言えばあったね。」


 「どれも結構時間が経っているように見えたけど。」


 私達は道中で幾つもの白骨死体を見た。

 中にはボロボロの布切れや折れた剣もあった。


 「少なくともこの場所へ送り込まれた人達が何人もいたかもしれない。或いは別の出入り口から迷い込んだかもしれない。」


 「確かに。でも、どの死体がいつのモノかなんてわからないよね?」


 樹梨ちゃんの言う通り、誰がいつ亡くなったかなんてわからない。


 「そうだな、正直見て来た死体では判断できない。俺としてはここに複数の亡骸があり、中には武器もあるという事。彼らは冒険者や兵士かもしれない。言ってしまえば俺達が通って来た道以外にも彼らが使った他の出入り口があるかもしれないし、平本もそこを目指して既に外へ出ている可能性もある。この場所がどの程度広いか分からないが俺達はそれなりに歩いたから平本も数日で脱出したかもしれないしな。」


 かなり希望的観測だけどきっと船戸君は私を励まして元気づけようとしてくれている。

 実際、船戸君が言った可能性も十分にあり得るのだから。


 「それじゃあ次に行こう。」


 樹梨ちゃんに倣って私達も立ち上がり、進み始めた。






 通路や小規模中規模の空間でモンスター達と遭遇。

 それらは種族こそ異なるけど共通している点が一つ。


 「青色だね・・・。」


 「青い魔鉱石に当たり続けると体が青くなるとか?」


 樹梨ちゃんの言うとおりだったら私達もその内青くなるのだろうか?

 そして、ゴブリンやコボルドのような小型のモンスターも上の階層よりも強い。

 集団戦になる時は樹梨ちゃんがどうにかするけど、ある程度範囲を絞らないと万が一平本君がいたら目も当てられない。

 そうすると一部のモンスターは樹梨ちゃんの魔法を掻い潜って私達の元に辿り着いてしまう。

 船戸君が居ると言っても数が多いと対処しきれない。

 そういう時は私も一緒になって戦う。

 クラスメイトの中ではSランクと言われていても戦う力は低い。

 だけど、身体能力に対して恩恵はあるため一匹二匹倒すのは何とかなる。

 この世界に来る前の私だったらゴブリンを見ただけで怯えていたかもしれない。

 でもこの世界に来てからそう言った恐怖心は徐々になくなり、今では対峙してもその場にとどまり出来るだけ冷静に対処できるようになった。

 全く怖くないと言えば嘘だけど、私には樹梨ちゃんと船戸君がいるから頑張れる。

 短剣を振り上げて襲い掛かる一匹のゴブリンに向かって私は思いっきり剣を振り下ろした。

 お世辞にも上手いとは言えないけどゴブリンを叩きつけて即死させた。

 こういう場面も見れば身が竦むはずなのに次に対処するために周囲を見て構える。

 今ここで一番嫌なのは魔法を使っている無防備な樹梨ちゃんが襲われる事。

 何としてでも私が守らないと!

 二人のお陰で襲い掛かってくるゴブリンの集団はいなくなった。

 直ぐには消えることがないダンジョンのモンスター。

 地上なら地面に植えたり必要な部位を取ったりするけどここではあまりやらない。

 荷物が多くなると動けなくなるから。

 周囲に動く気配はなく、彼らが住んでいた空間を見回るけど平本君や彼の痕跡は見つからない。

 そして進むと、青い魔鉱石の数が少ない通路にやって来た。

 それでも視界はある程度確保できている。


 「結構暗いね。」


 「さっきまでの道とは何かが違う?」


 「取り敢えず進んでみるか。」


 土の感触を踏みしめて進む。

 この道は右や左、上や下へと伸びている。


 「立体的だね。」


 「人が掘り起こしたわけじゃないのかもしれないな。」


 大きな道と小さな道。

 二種類の道があるけど、どちらも私達よりも遥かに大きいのは言うまでもない。

 【クリアテイカー】で見るとある通路の向こう側に魔力の塊、しかも動いているけど形は丸く見える。

 近づいてみると今までよりも暗いから正確には分からない。

 だけど、一つだけ言える。


 「ミミズ・・・。」


 「ミミズだね。」


 「ミミズだな。」


 樹梨ちゃんの持っている手提げのカンテラと拾った青い魔鉱石で照らすと私達の中で共通の生物が上がった。

 小さい穴はこのミミズが作ったらしい。

 見上げるミミズの後端は生々しく思えてならない。

 危険ではなかったけど急いでその場を離れようとした。

 その時。

 バッ

 ミミズから土が噴き出た。

 回避しようとしても間に合わない。

 咄嗟にしゃがんだけど隣に樹梨ちゃん、私達を庇う様に船戸君が上から覆ってくれた事だけは分かった。

 全体が暗くなる。

 だけど。

 ・・・。

 苦しくはない?

 それに土が掛かっていない?

 私は横を向くと隣には樹梨ちゃん、上を向けば船戸君がいる。


 「今のうちに出よう・・・。」


 樹梨ちゃんに言われて私達は前方の空いている空間から出た。

 三人とも出た直後に、土が一気に床に落ちた。


 「樹梨ちゃんの能力・・・?」


 「多分。」


 「ありがとう。いつも助けてもらってばかりだね。」


 「利香のためなら頑張れるよ。」


 「近野、俺も助かった。ありがとう。」


 「まぁ・・・どういたしまして。それから、船戸も庇ってくれてありがとう。」


 樹梨ちゃんは照れながらも船戸君にお礼を伝えた。

 他の人にはキツイ口調で言うこともあるけど暫くは船戸君に対して態度が軟化している。

 それだけ心を許しているってことだよね。


 「それにしても、これってうん」


 「言うな!」


 「あ、あぁ。悪い。」


 船戸君の言おうとした単語は分かるし言っても私は気にしないけど、樹梨ちゃんは気にする。

 私は何となく土の山を能力で見ると全体が魔力を含んでいることが分かった。


 「この土にも魔力が含まれているんだね・・・。」


 「万物に宿っているって前にアニーさんが言っていたか、確か。」


 「そうだっけ?」


 樹梨ちゃんはあまり覚えていないらしいけど、そう言う風に言っていた。

 だからと言っても昔から言われているだけで証明までしていないらしい。

 何故なら全ての物質を集めて検証していないから、と言っていた。

 そう言う話になると確かに難しそうだと誰かが言っていたかなぁ。

 そんなことを思い出していると土の山から別の輪郭が見えた。


 「二人とも。申し訳ないんだけどそこの山を掘り起こすのを手伝って欲しいんだけどいいかな?」


 「構わないが何かあるのか?」


 「多分。」


 「うえぇ・・・。」


 船戸君は率先して掘り起こし、樹梨ちゃんは一度連想したのか腰に付けたナイフの鞘を使って崩していた。


 「俺達からすればただの土の山だぞ?」


 「あんたが言いかけなければ気にしなかったのに・・・。」


 ひたすら掘って崩してみると土以外の何かが顔を出した。

 三人で掻き分けると全体像が見えた。


 「これは?」


 「やっぱり武器だったんだ・・・。」


 私達の目の前には一本の大剣。

 しかも鞘に入っている。

 誰のものか分からないけどここにあるってことは・・・。


 「よくわかったな。普通ならそのまま離れそうだ。」


 「警戒の意味も込めて見たら違う輪郭が見えたから。」


 船戸君の言う通り、普通なら見ないと思う。

 偶々気になったらこういう結果になっただけ。


 「お宝かも知れないけど・・・。」


 樹梨ちゃんはやはり先程の連想が気になっているみたい。

 それを察した船戸君は地面の土に擦りつけた。

 根本的に何も変わらないけど気持ちの問題だと思って見守った。


 「一応体に固定できるな・・・。」


 鞘に付いている器具を使って腰に納めたけど、予備の剣と大剣を二つ持っているとバランスが悪そう。


 「拾った剣は私が持つ?」


 提案するけど船戸君は大丈夫だと言って断った。


 「まさかお宝の見つけ方がこんなことだなんてね。」


 樹梨ちゃんが呆れているけど、船戸君は満更でもなさそうだった。

 こうして私達は再び歩き回った。

 歩いている道は青い魔鉱石が少なくなっているから樹梨ちゃんの手提げのカンテラが頼りになっている。

 何度目かの分岐。

 今回は二つ。

 一つは真っすぐ。

 もう一つは左。


 「中園、どっちが良さそうだ?」


 私は二つの道を見通す、と言っても何処までも見えるわけじゃないし長い距離を視れる千里眼の力でもない。

 ただ、ここまで通って来た道全体も魔力を含んでいてその変化があればそこを避けると言うのが正しいのかも。


 「真っすぐ行こうと思うけどいいかな?」


 「利香が言うなら良いよ。」


 「俺も問題はない。」


 二人の返事を聞いて真っすぐ進む。

 少しずつ上に向かっている気がする。

 もしかしたら出口が近いとか?

 暫く歩いていたけど、不意に地面が揺れた。


 「!?」


 樹梨ちゃん達も揺れに気づいた。

 だけど、揺れているのは私達がいる場所だけ。

 真下を見ると魔力が一点に集まっている。

 これは!


 「二人とも、真下から現れる!」


 急いで私達は前方へ躍り出た。

 数秒後に地面が盛り上がって、何かが現れた。


 「初めて見た・・・。」


 「こういう風にして出現するのか。」


 「あいつって・・・。」


 三者三様に驚く。

 視線の向こうには一匹のモンスター。

 このダンジョンで生まれたばかりだと思う。

 そのモンスターはオーク、と呼ばれている。

 人型で潰れた豚の鼻に人よりも長く垂れた耳、だけど体はかなり引き締まっている。

 青い皮膚が目に留まる。

 装備は振り腰巻と両手にはそれぞれ剣を握っている。

 剣は船戸君が腰に差している剣と同じくらいの大きさだと思う。


 「Gooooooooo!」


 低い唸り声。

 私達は思わず耳を塞いでしまった。


 「気を付けろ!二人は下がれ!」


 船戸君は背中に背負った大剣を抜いて対峙する。

 私と樹梨ちゃんは船戸君から少し離れた後方まで移動。

 直後。

 オークは走って船戸君との距離を詰めて来た。

 私達が今まで見たオークはお腹が肥えている個体ばかりだった。

 だけど、目の前のオークは違う。

 動きが速い。

 船戸君が間合いに入って来た相手に剣を振るけど、相手はそれを読んでいたのか後ろへ跳ぶ。

 フットワークも軽いみたい。


 「普通の奴とは違うみたいだな!」


 直ぐに剣を構えて出方を窺う船戸君に相手は左右へ動いて翻弄する。

 船戸君は慎重に大剣を振るけど当てられない。

 だけど、相手の双剣から繰り出される斬撃には何とか対応している。

 しかし、時には攻撃を防いだ船戸君を盾にした大剣ごとオークは蹴り飛ばす。

 船戸君は態勢を維持するけど数メートルは動いた。

 大剣を二本持っている相手を動かす蹴り。

 見た目以上に力を持っているオーク。

 それに樹梨ちゃんが魔法で動きを止めようとしてもオークは察知して回避している。

 船戸君に踏み込める位置で樹梨ちゃんの魔法で船戸君も巻き込めるかもしれない場所。

 常にそれを意識されている気がしてならない。

 船戸君も相手に翻弄されて上手く攻勢に出られない、寧ろ攻撃すれば隙を与えて致命傷を負ってしまう。

 そんな戦い方にされている。

 二人は一生懸命に戦ってくれているのに私だけ何もできない。

 私は無力だ・・・。

 歯痒い気持ちが込み上げてくるけど現状は変わらない。

 現状を打開できそうなもの。

 視界に入る中で船戸君が腰に付けている大剣は魔力を帯びている。

 可能性としてはその武器が強力である可能性。

 ただ、大剣であることに変わりないから戦いを変えられるとは思えない。

 周囲を見回すけど何もなさそうだ・・・。

 船戸君が剣を構えたまま前に出るけど相手はその分下がる。

 構えを解けば直ぐにオークが双剣を振るうから即座に大剣で守る。

 樹梨ちゃんのサーチプレスも放たれるけどギリギリで逃れる。

 サーチプレスがその場から解かれると直ぐにオークは動き出した。


 「おおおおおおお!」


 勝負に出たのか船戸君が思い切って大剣で薙ぐ。

 気合を込めた一撃。

 オークは逃げずにそのまま前進している。

 船戸君ならそのまま振り抜く。

 実際に大剣がオークに肉薄している。

 さっきのオークなら避けそうだったのに。

 だけど、オークはそのまま斬られ・・・ずに双剣を盾にしてきた。


 「!?」


 船戸君も予想外の行動に一瞬の戸惑いが生まれたように感じた。

 そして大剣が双剣と激突して。

 勢いに乗った大剣が双剣を見事に打ち砕く!

 これで勝負が決まった。

 と、思っていたらオークは双剣の握りから既に手を離していて姿勢を低くしていた。

 大剣は双剣を砕いたけど、オークは大剣の軌跡の下を潜り抜けていた。

 その一瞬でオークは船戸君の懐へ飛び込み右拳を振り上げた!

 オークの攻撃は船戸君の顎に入り、殴り上げられた船戸君は大剣から手を離して後ろへ飛んでしまった。

 大剣は勢いそのままに壁面に刃を食い込ませた。


 「船戸君!?」


 「船戸!?」


 私達はあまりの出来事に愕然とする。

 でも目の前の脅威は去ってくれない。

 そこからオークは更に前進する。

 吹き飛ばされた船戸君は地面に転がりながらも体勢を直して迫りくるオークを睨んだ。

 オークには武器はないけど予想以上にある膂力と軽いフットワークがある。

 両者が近づいたとき、先手を取ったのはオーク。

 両拳から繰り出すボディブロー。

 船戸君はそれを両腕でガードした。

 何度も殴られるけど彼は耐える。

 その彼にオークは右のミドルキックを繰り出す。

 これには直ぐに対応できず船戸君の脇腹に入ってしまった。


 「うぐっ!?」


 痛みを堪えるけど体勢を崩した船戸君にオークは左フックで右脇腹を狙ってきた。

 船戸君はガードを解いて右手で左フックを内側から反らした。

 同時に左拳からのストレートパンチでオークの顔面を狙うけどオークも右手で弾いた。

 オークは右の膝から二―キックをするけど船戸君も左膝の二―キックで打ち消す。

 船戸君は足を引いたけどオークはそこから膝を伸ばして顔面狙い。

 それを許さない船戸君は左手を戻して姿勢を低くしてからの足払い。

 これには片足立ちのオークも対応できずに背中から落ちてしまう。

 追撃を掛けようとする船戸君だったけどオークは両手を地面に着けてからサマーソルトキックで船戸君を近づけさせなかった。

 回転して体勢を直したオークだったけど船戸君はその一瞬で低い姿勢から一気に近づいた。


 「一発返すぞ!」


 オークのお腹に減り込むのは船戸君の右ストレート。

 低い姿勢にも関わらず見事一撃を入れた。


 「Boooooooooooow!?」


 予想外だったのかオークは十メートル以上吹き飛んだ。

 船戸君はファイティングポーズを取りながら呼吸を整える。

 オークの方は地面に転がったけど体を捻って両足で立ち上がった。

 ちょっとふらついているからダメージは入ってるはず。

 でも、船戸君の方が攻撃を貰っているから有利とは言えない。

 船戸君を睨みつけるオークは走り出した。

 再び肉弾戦に持ち込むのかと思えば左側の壁に刺さっている船戸君の大剣を迷わず手に取ってあっさりと抜いた。

 土の壁で意外と柔らかいのかもしれない。

 いや、そんなことよりも。

 相手は大剣も悠々と両手で持ち上げている。

 船戸君は一瞬腰に付けた剣を手に取ろうとしたけど思い直したのか、腰に付けた大剣の鞘を急いで取り外した。

 外して鞘から大剣を引き抜く。

 オークが船戸君に向かって大剣を振り下ろした。

 ガンッ

 重い金属音が響き渡った。

 船戸君の手には拾った大剣の姿がある。

 刀身が透き通った青味を帯びているのが特徴。

 鞘は古かったけど、大剣は逆に真新しく感じる。

 オークが振り下ろした大剣を船戸君は弾き返す。


 「これで!」


 船戸君は大剣を一瞬で左に構えてから直ぐに振り払った!

 それに対してオークもギリギリで大剣を引き戻して船戸君の攻撃に対して防御姿勢を取っていたけどそのまま飛ばされた。

 正面右側の壁にオークが大剣ごと斬り飛ばされた。

 同時に通路全体が大きく揺れた。

 上から土が落ちてくる。


 「二人ともこっちに!」


 嫌な予感がして二人に呼び掛け、直ぐに駆け出す。

 船戸君はちゃっかり落とした鞘も拾って直ぐに追いついてくれた。


 「嫌な予感・・・。」


 樹梨ちゃんも同じように思っているらしい。

 その証拠に後ろから何かが崩れる音が聞こえる。

 私達は焦燥感に駆られながら全力で走った。

 その甲斐があってか光が見えた。

 速く!

 早く!

 自分の体の限界を超えても良いと思いながら動かし続けると一気に空気が変わった。

 そして景色も変わった。

 目の前には緑溢れる森林が広がっている。

 周囲を見れば同じように全力で走った樹梨ちゃんと船戸君も一緒だ。


 「よ、・・・よかったぁ~。」


 私はその場で崩れ落ちた。

 一気に疲労が押し寄せて来た。

 樹梨ちゃんも同じ様で地面に体を投げている。


 「そうだな、三人とも無事でよかった・・・。」


 船戸君の視線が気になってその先を見ると。

 私達が出て来たであろう穴は既になかった。

 厳密に言えば土砂で塞がってしまった、と言うのが正しいのかもしれない。

 既にそこに穴があったとは思えないほど崩れている。


 「なんか・・・色々悪かったな。」


 船戸君が謝るけど彼は悪くない。

 暫くの間私達はその場で休み続けた。






 あれから数日間、私達は森を彷徨った。

 食料はダンジョンで残っていた分も食べてからは採取で賄っていた。

 と言っても毒の有無まで私の能力では分からないから木の実を中心に探して食べていた。

 川を見つけた時は三人して無我夢中で喉を潤した。

 この時に水の重要性を理解して、一番生き残れそうなのは水の魔法を使える人達だとふと思ってしまった。

 それから川を下って行くと途中で人為的に敷かれた水路があり、それを辿ると村に着いた。

 村人のおばさんに話を窺うとこの村はサンデル王国の北部に位置することがわかった。

 魔王の城よりは南だけど、その当時の村人達は避難していたらしい。

 城の方角を聞いてから私達は徒歩で向かった。

 城まではそれなりに距離があり、十何日も掛かったと思う。

 その間は森で倒した動物を知覚の村や町へ持っていき、食料や路銀に替えて過ごした。

 殆どは野宿で雨風を凌げる場所が如何に大事なのかも知ることになった。

 そして、かなりの日数を掛けて遂に私達は城に戻って来た。

 生きて戻って来れたのは喜ばしいことだと思うけど、一番の目的である平本君を見つけることはできなかった。

 訪れた町や村で聞いてみても収穫はなかった。

 ただ、平本君が中層エリアの穴へ落とされたのであればまだ生きている可能性も十分にあると信じる。

 数々の亡骸があったけど、同じように色々な道があった。

 だから、彼が生きていればどこかの出入り口から出ていても不思議ではないと思う。

 城門で汚れた私達に対して兵士との間で一悶着はあったけど無事に城に入れた。

 騎士や兵士から色々確認されて本当の目的以外はある程度は話した。

 クラスの何人かから声を掛けられ話もしたけど、ドッと疲れた。

 改めて考えること。

 この国は信用できない。

 それならばそのまま離れても良かったんじゃないのか?

 そうすれば何処かに居るかもしれない平本君も探せたはず。

 だけど。

 私の勝手で二人をどこまでも振り回すわけにはいかない。

 今回は一緒に居られたけど次は分からない。

 それ以前に私一人だと果たしてこの世界で生きられるのか・・・。

 二人は戦い生き抜く力がある。

 私は終始二人に頼りっきりだった。

 何もない私に寄り添ってくれる樹梨ちゃん。

 誰にでも優しく出来る船戸君。

 私は二人に感謝しつつ、自分の情けなさを呪うばかりだった。 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

不定期更新ですが時間のある時に見ていただけると幸いです。




補足や蛇足


異界の勇者

サンデル王国の秘術「勇者召喚」によって召喚された者達の総称。

彼等には召喚時に能力を持つことになるが、魔法具「開放の水晶」を使うことで能力を引き出しやすくなる。

召喚対象者は知的生命体の指定人数が一定範囲内に固まっていればどのような世界でも関係がない。

そして召喚時に条件を満たした者達を召喚することになる(同じタイミングであればランダム)。

また、異界の勇者は肉体の加齢が極度に遅くなる(不老不死ではない)。

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