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34話 冒険の栄光

本日もよろしくお願いします。

先日の土曜日も更新したと思いますので読んでいない方はそちらからお願いします。

 昨日の夕食は碌に食べられず、帰りに川で水を飲んで空腹を紛らわせたけど何か食べたい。

 朝日が差し込む馬小屋の隅で目覚めて、直ぐに毛皮を被って外に出る。

 外では人の活気はまだのようで露店などが準備している最中。

 中には美味しそうな匂いを漂わせた店もあるけどどちらにしても懐が寒い。

 そのまま通り過ぎて冒険者ギルドへ向かうと、いつも通り冒険者達で掲示板の前やカウンターの列は賑わっていた。

 人の隙間を縫ってわたしも掲示板の前で吟味すると周りからちらほらと聞こえる話し声。


 「おい、このガキ。あのベテランに連れまわされている奴だろ?」


 「運が悪いな。」


 「目立つからな。」


 「前はあいつらが標的にされていたからな。」


 こういう話は喧噪の中に紛れ込んで聞こえる。

 ジェイソンの話は皆知っているようだけど、わたしの格好もやはり目立っている。

 いい加減ローブが欲しいけど残念ながら貯蓄したお金が消えていく。

 しかも昨日の分で借金にされてしまった。

 銅貨一枚の水しか飲んでいないのに銀貨十枚とかいう意味が分からない。

 それでいて今のわたしの等級だと一回の依頼では稼げない。

 こういう時は高い等級が欲しくなる。

 どうしようか悩んでいると受けられる依頼の中でも珍しいものを見た。

 昨日は見なかったから今朝掲載されたと思う。

 それを手に取って内容を確かめると薬草採取だけど採取対象がビューテの花と言う植物だ。

 ある程度標高のある場所で咲いている黄色い花で、それを利用した化粧品の原材料になっている。

 昔に存在した民族が儀式のために使っていたらしく、それをフレイメス帝国の重鎮達が目を付けて分けてもらったのが切っ掛けらしい。

 儀式に用いた女性達の肌が綺麗だったことから重鎮達の妻達にプレゼントしたところ、実際に効果を実感できたことで定期的に採取と製造が始まった。

 ただ、群生地が限られているのと多くは咲いておらず、また栽培も確立されていないことから世に出回っていない。

 だから今のところ帝国でも一部の人達しか利用されていない。

 それとこの情報はケイティ達がアルファン様経由で教えてくれたけど、一般には知られておらずこの町でもビューテの花がどのような用途で使われているか誰も知らない。

 報酬額は黄の等級の中では一番よく、最低報酬でも銀貨一枚。

 一方で山の頂上付近じゃないと見つからないらしいのと、この依頼書には具体的な場所が記載されていないから誰も手を付けなかったのかもしれない。

 或いは初めての依頼だからそもそもここら辺に咲いているのか疑わしくなりそうだけど、大丈夫だよね多分。

 保険の為に採取系の依頼をもう一つ手に取って受付に並ぶ。

 お腹を満たしたいけど食べるなら山の中で何かを食べる方が良いかなぁ・・・。

 空腹を紛らわせようと別の事を考えていると列が進んで依頼手続きが出来た。

 今回はレスリが受け付けてくれた。


 「この依頼、この冒険者ギルドでも初めて出されたみたいだけど大丈夫そう?」


 心配されるけど金欠なので選択肢がないに等しいからここは受ける以外ない。


 「大丈夫ですよ多分。あと袋も貸してください。それと採取対象は根っこごと持ち帰った方が良いですよね?」


 「勿論袋は貸し出すわよ。ってよく保存方法を知っているわね。」


 「いえ、根っこもあった方が枯れにくいですし。」


 正確に言えば水を上げたりしなければいけないけど。

 恐らく帝都まで運んでから使いそうだから出来るだけ良好な状態が良いんじゃないかと思いました。


 「物知りねポーラは。」


 「山で生活していたので。」


 「それじゃあ気を付けて行くのよ。無理はダメなんだから。」


 「ありがとうございます。それでは。」


 袋を借りていざ冒険へ。

 宛てもないから一先ず回復草が生えている山へと向かうことにした。

 町の近くで山と呼べそうな場所は二つ、三日掛けると他に三つある。

 方角はどれもバラバラだけど地道に探すしかないのと最悪野営になっても地獄のような日々から脱せられるならマシかもしれない。

 山には居れば草木に囲まれた環境で荒んだ心が癒される気がする。

 それでもモンスターは何処からともなく襲ってくるから気を引き締めなきゃいけないけど。

 標高の低い場所に回復草はあるけど帰りに採取しないと枯れてしまうし荷物になるからひたすら頂上目指して登り続ける。

 山の中腹まで来るけど木々が生い茂る光景は変わらない。


 「一休み・・・。」


 ここまで来る途中で木の実を幾つか摘まんだけどお腹は満たせない。

 それでも強行突破で登るとあとが辛いし。

 幾分か座って休息を取り、再び頂上を目指す。


 「鳥は見るけど、捕まえられないしなぁ・・・。」


 依頼遂行よりも食べることで頭が一杯になっている。

 自覚はあっても振りほどけない。

 そんな悶々としているうちに頂上に着いたけどある意味予想通りだった。


 「・・・。」


 頂上は木々が少なく、地面も照らされており草花が咲いていた。

 けれど目的の花は見つからない。


 「上手くはいかないか。」


 半ば適当に見れば一部は魔力を多く含んでいる通称魔力草が生い茂っていた。


 「ここに魔力草が生えているんだぁ。」


 今回は目的が違うため詰まないけど別の依頼の時の候補地に出来た。

 ここで道草を食っている場合ではない、次に行こうかな。

 近くに見える次の山に向かって歩き出した。

 



 翌日の朝。

 二つ目の山の麓で、起き上がる。

 昨日の夜は、獲物に出会えず木の実を探し回ってから茂みに隠れて寝ました。

 出来れば夜に動き回りたくないしゆっくり寝たいから外敵から見つからないことを優先したけど言うほどモンスターはいないのかな?

 この前のマウマスキュの討伐の影響で大半を駆逐されたとか?

 食用にできないモンスターならまだしも手あたり次第討伐するのはダメでしょう・・・。

 真偽は分からないけど一先ず山の頂上を目指す。

 この山に咲いていなければ三日ほど歩いた先の山々に行かなければいけない。

 ジェイソンに出会わなければそれでも良いかなぁ・・・。

 さて、気合を入れて登ろう。

 体を解してから周囲を確認しつつ登り始めた。

 草木が生い茂る道を歩き回るけど、暑さは感じない。

 毛皮を着ているけどここら辺は光が遮られている場所もあるから熱が溜まらないのかもしれない。

 足場は土や根っこ、雑草があるけど山籠もりの生活に慣れているから苦にはならない。

 鳥の囀りが聞こえる中、少し離れた場所から動く気配を感じた。

 ゆっくりと近くの茂みに身を隠して様子を窺うと一匹の鹿がいた。

 あまり茂みには入らない気がするけど獲物を見つけられたから遠慮なく仕留めよう。

 わたしは右の人差し指と中指だけを伸ばして陰から鹿に向かって狙いをつける。

 オリバーやケイティの元で色々魔法を教えてもらったけど魔力量はサムが一番多くてボビィが一番少なかった。

 かと言ってわたしの保有量は二人の平均くらい。

 それと精度を気にするならやはり扱える魔法の種類はそう多くない。

 一応、この一年間は教えられた魔法は全部練習したけど実戦に使えるのは僅か。

 指先に魔力を集中させる。

 集中した魔力を水に変換する。

 出来るだけ外側から押さえつけるようなイメージを持たせつつ。

 鹿はまだ気づいていない。

 息をゆっくりと整える。


 「すぅー、はぁー。」


 息を止め、手の震えも止め。

 静寂が支配する中。

 小さく呟いた。


 「ウォーターショット。」


 小さな水の弾丸はわたしの指を離れて高速で飛んでいく。

 それが鹿の元へ到達する直前。

 鹿はそれに・・・気づくことがなかった。

 そのまま鹿の頭を貫いて水の弾丸は彼方に飛んで行った。


 「・・・。」


 撃たれた鹿は暫くの間は姿勢を変えていなかったけど数秒後にゆっくりと向こう側へ倒れた。

 ドサッと言う音を聞き、周囲を警戒しつつ倒した獲物の元へ進む。

 低い姿勢で茂みをかき分けて辿り着けば見事ヘッドショットを決めていた。


 「良かった・・・。」


 仕留めた鹿の足を引っ張りながら近場の川まで運んでいき、解体作業に入る。

 それなりの時間を要して解体してから少し離れた場所から乾いた枝を集めて魔法で火をつけた。

 日常で使える魔法は問題なく使えるし、一日を過ごす程度なら魔力の残量を気にしなくてもいい。

 一方で攻撃魔法は日常魔法よりも多くの魔力を使うから残りは最大威力で三回くらいしか使えない。

 訓練や食事で増やせるけど個人差はあり、素質で保有量も左右される。

 それは兎も角目の前で焼ける鹿肉が待ち遠しいなぁ。

 丈夫な枝に刺して焚火の周囲で回しながら火を通した。

 仕留めて直ぐに作業に取り掛かったし以前よりは大丈夫なはず。

 あとはじっくりと焼いて行けば・・・。

 脂が少ないから音を立てることはなく、寧ろ焚火との距離に神経を使って疲れる。

 それでも全体に火が通っていそうなところで感謝の意を唱えながら口に運んだ。


 「う、うぅ~。」


 涙が出る。


 「これが食事!」


 木の実で繋いだけどやっとお腹を満たせる物を食べられた。

 生きてて良かった。

 肉の味は悪くないけど、必要な知識や追求をすればもっと美味しく食べられそう。

 食べられる部位は多くないけど、出来るだけ切り取って食べられるだけお腹に入れ込んだ。

 次は何時食べられるか分からないし。

 必要な処理をして、体を休めてから再び頂上を目指す。

 生きるだけならこういう生活も悪くはないけど・・・。

 胸の中で大きくなる想いは色あせず共にある。

 それよりも周囲を警戒しないと。

 相変わらず風景は大きく変わっていないけど、道中気になる場所を見つけた。

 離れた斜面だったけど遠目で良く見ないと分かりづらい。


 「何あれ?」


 気になって木々を避けて近づくと目の前には大きな穴があった。

 成人男性が三十人くらい入れそうな直径で、奥は深いのか暗くて見えない。


 「自然の穴?でも、不自然な気がする。」


 音は聞こえてこないから穴の浅い場所には何もいないみたい。


 「ギルドに報告したほうが良いのかなぁ?って。」


 穴の近くに掘り出された土砂に紛れ込んでいる何かを見つけた。

 雨の影響で土砂が少しづつ流されて露出したのかもしれない。


 「これって・・・。」


 土をかき分けて取り出すと一振りの剣だった。

 剣と言ってもブレードの丈が通常よりも短めの俗に言うショートソードと言われる部類だと思う。

 少し湾曲しているしブレードの色がくすんだ白に見える。

 そもそもこれは鉄や鋼で造られているのか怪しい。

 柄や握りなどの装飾は赤と黒を基調としていて何だか禍々しくも見える。

 鞘はなさそうだから持ち運びには不便だけど片刃みたいだから腰に巻いている愛用のポーチとベルトで挟めば・・・正直後ろに差すと歩きづらい。

 結局左手で採取用の袋、空いている右手に拾った剣を持つことにしてこの場を離れた。

 どうして穴があるのか分からないけど、あれ以上は調べようもないし。

 木々を避け、茂みをかき分けて頂上へ辿り着いたころには既に日が暮れるころ。

 だけど、ここに来た甲斐があった。


 「良い景色・・・。」


 夕日の赤と遠くの山の影、それに麓の町が一望できる。

 最初の山よりも高い場所みたいで、ここら辺を見渡せるのが良い。

 頂上は木々がなく開けた場所になっているのが特徴的だ。

 それと。


 「目的の花はこれかな?」


 夕日で色は分かりづらいけど以前見たイラストと大体同じに見える。

 とは言え、夜に動くつもりはないから今日は見送り。

 また明日確認しよう。

 頂上に咲く花の群生地をあとに少し降りて木々の茂る場所で何もなさそうな地面を探してから採取用の袋を置いた。


 「ここら辺は気温が下がりそうだから穴を掘ろうかな。」


 拾った剣を使って穴を掘る。

 剣士にとっては冒涜的かもしれないけど今のわたしにとっては死活問題。

 使えるものは使う、そうじゃないと生き残れない。

 時間をかけて入れそうな穴を掘り終えると既に夜になっていた。

 夜空は綺麗だと思うけど葉っぱが生い茂っているため上を見ても空を見渡せない。

 横になって寝たいから自分の身長より余裕を持った長さと体の幅にしてから地面に隠れられるくらいの深さにしたけど、今日は何とか寝られそうだ。

 採取用の袋を丸めて枕代わりに、毛皮は体に掛けて剣は体と穴の隙間に置いておいて。

 さっさと寝る!

 



 翌朝、体を解して頂上へ行くと目の前には黄色の絨毯と言えるほどに花が咲き誇っている。


 「多分これがそうだよね。」


 ビューテの花、初めて実物を目にしたけど花弁の大きさは掌くらいで大きい方かも。

 絶対という確信はないけど持ち帰って鑑定してもらわないと来た意味がない。

 仮に違っていてもないよりはマシなはず。

 手近な場所から土ごと花を採取して袋に詰める。

 花畑のほんの少しだけだからこの花畑に対する影響は少ないと思いたい。

 これであとは帰るだけ。

 基本的には来た道を辿るだけなんだけど、どうにも頭の中で地図を描くのが苦手。

 だから、ある程度の進んでから予め木につけた切傷を探して進む。

 これをしないと迷子になりそう。

 目的の花が見つかって気分が浮かれていた。

 ある程度降りたとき、生い茂る雑草地帯まで辿り着いたらもっとも会いたくない人が現れた。


 「よぉ、新人!ここにいたのか!」


 「は?」


 ここに来た冒険者、ジェイソンがわたしを見つけて笑顔になった。

 逆にわたしは何故ここにジェイソンが居るのか皆目見当つかない。


 「昨日も一昨日もいないからどうしたと思ってよぉ。心配したんだぜ!」


 笑いながら近づいてくる。

 心配?

 仮にしているならそれはお金かも知れない。


 「あなたに心配される謂れはありませんけど。」


 滅茶苦茶最悪な気分にもなる。

 今すぐ町に戻って欲しい。

 序にわたしの前に現れないで、いや周囲にも現れないで欲しい!


 「そんなつれないことを言うなよ!俺が来たからもう安心だ!ここら辺は怖いモンスターが出るからな!」


 あんたが一番安心できないし、怖いモンスターってなにさ!

 ストレスが溜まる中、わたしの心境と関係なしにジェイソンが目の前に近づいてきた。

 どうしようか考えあぐねた時、ジェイソンの後方から気配があった。

 しかし、ジェイソンは気づいていない。


 「あの、ジェイソン。」


 「お、なんだ?」


 「後ろを確認して貰っても?」


 「なんだぁ?モンスターでも居るのか?」


 「そうだと思います。」


 最近見たモンスターの中でも殺気が強い気がする。

 少なくとも鹿や熊のような動物ではない。


 「仕方がねえなぁ!これだから新人は。」


 暢気に振り向くジェイソンから距離を取ろうと一歩後ろに下がった。


 「なっ!?」


 ジェイソンが驚く。

 彼が目の前に居て何が居るのか分からないけどモンスターが姿を現したのかもしれない。

 左側にずれて覗くとそこには体長二メートルほどの緑と茶色が斑になっている体毛が特徴的な熊型のモンスターが敵意をむき出しでわたし達を見ている。

 距離は凡そ百メートルほど、初速は遅いかも知れないけど逃げても追いつかれるかもしれない。


 「ウルサクだと!」


 それはこの近辺で見かけるモンスターの中でも凶悪だと言われている。

 個体は多くないらしいけど町の冒険者で倒した人達はあまりいない。

 ジェイソンが仲間と一緒に倒したとか言っていたけど、目の前のジェイソンは体を震わせていた。

 そして、わたし達に猶予は与えてくれなかった。

 ウルサクがこっちに向かって走ってきた!

 接敵の直前で避けるしかない。

 ここで採取した花を手放したら中はぐちゃぐちゃになるけど命が第一、こんなところで死んでたまるか!

 採取用の袋を左に投げた時、ウルサクとの距離は既に五十メートルを切っていた。

 不意に前方から手が伸びていた。

 その手はわたしの肩を掴んで前に引っ張り出していた。


 「はっ?」


 無理やり引っ張られてよろめきながら前に出たわたしに代わってジェイソンは右側に動いていた。


 「悪いな、手が滑った。」


 ナニヲイッテイルンダ?

 相手との距離は既に十メートルになっていた。

 死ぬ?

 ここで?

 なんで?

 思考が追い付かない。

 目の前には涎をまき散らし突進するモンスターが脅威を放っている。

 ふざけんな!

 前のめりになった体を起こすために右手に握っていた剣の棟で襲い掛かるウルサクの右側を押した。

 同時にその反発力を利用して体全体を左へ反らす。

 ウルサクの牙が右を掠める。

 冷や汗が止まらない。

 地面を転がるけど直ぐに体勢を直す。

 剣を構えて通り過ぎた相手を見据える。

 ウルサクも獲物を仕留め損ねたのに気づき、わたしの方に向き直った。

 ジェイソンは距離を置いて剣を構えている。

 ただ、彼の顔は勇敢とは程遠い焦りの色が濃い。

 それに呼吸も荒い。

 いや、それよりも目の前のモンスターをどうにかしないと!

 初めて目にするモンスターだけど熊と似ているなら動きは読めそう。

 だけど、体毛や皮膚が堅いと致命傷は与えづらい。

 そうなると、口や眼球から頭を穿つかひたすら頭部を叩くか。

 わたしだけだと腕力が弱いから時間が掛かるけどジェイソンがいればどうにかなるかも。


 「ジェイソン!手伝って欲しいんだけど!」


 「はぁ!?お前の獲物を俺が横取りするわけにはいかないだろ!俺は見ているからお前だけでどうにかしろ!」


 怒鳴り声を上げたジェイソンに言っている内容が無茶苦茶だと思えた。

 そもそもジェイソンがここに来たのは新人のわたしを心配したからじゃないのか?

 怖いモンスターってこいつのことじゃないの!?

 さっきと言っていることがおかしいじゃん!

 怒りが募るけど冷静さを失えば死んでしまう。

 出来るだけ心を落ち着かせる。

 が、ウルサクはわたしよりもジェイソンの方へ走り始めた。

 ん?

 なんで標的を変えた?

 直ぐに答えが分からないけど後ろを見せたウルサクに仕掛けるしかない。

 ジェイソンは腐ってもベテラン、わたしよりはどうにか出来るでしょ。

 追いかけて攻撃しようと思ったら既にジェイソンに襲い掛かっている。


 「Gaaaaaa!」


 雄叫びを上げて右手で攻撃するウルサクにジェイソンは腰を引かせながら剣で受け止めた。


 「うわぁ!」


 お世辞にもベテラン冒険者とは思えないほどの不安な声だ。

 ウルサクの左手も加わろうとする前にわたしは相手の背中を斬った。


 「Ga!?」


 あれ、この剣。

 思った以上に切れ味があるの?

 ただ、大分手前で振ったから背中の傷は浅い。

 灰色の血が滲んだ程度。

 その怯んだ隙にジェイソンは後ろへ逃げ始めた。


 「お前はそいつの相手をしていろ!」


 剣を握ったまま走り去るジェイソンだけどまさか押し付けるなんて!

 しかしウルサクは攻撃したわたしよりも逃げ去るジェイソンに向かって走り出した。


 「なっ!?」


 驚くジェイソンだけどウルサクを止められない。

 急いでわたしも追いかけるけど直ぐには追いつけない。

 また同じような展開になると思っていたけどここで予想外な事が起きた。


 「え」


 ジェイソンの姿が消えた。

 本人の驚いた表情から意図した行動じゃないことは直ぐに分かった。

 一方のウルサクはジェイソンを全速力で追いかけていたけど停まろうとしているように見えた。

 けど、勢い余って制動が効かず直後にウルサクの姿も消えてしまった。

 何が起こったのかわからない。

 恐怖を感じつつ彼らの消えた場所に近づく。

 この風景は昨日も見た気がする。

 そして消えた場所まで来ると謎が解けた。


 「そっか、ここは・・・。」


 昨日見た大穴。

 手元の剣を見つけた場所だった。

 ジェイソンやウルサクの登場で直ぐに気づけなかったけどそう言えばこんな穴があった。

 真下に延びる穴はやはりそこが深いのか暗くて見えない。

 ただ、微かに聞こえる音。


 「Gaw!Gaw!」


 「やめろ!やめてくれぇ!?」


 獣の声と恐らくジェイソンの声。

 数秒もすると直ぐにジェイソンの声は聞こえなくなった。

 恐らくウルサクに・・・。

 長いロープもなければ待ち構えているモンスター相手に挑む力量もない。

 わたしはそっと離れた。




 投げた袋の中は滅茶苦茶になっていたけど花は形を保っているから良しにした。

 ジェイソンには悪いけどわたしはこのまま戻る。

 心を律して周囲を警戒しながら町に戻った。

 日も暮れた時間に帰り着き、そのまま冒険者ギルドへ行く。

 最近はよく見る受付嬢のアンに報告して採取物を見せた。


 「これがビューテの花・・・初めて見ますね。」


 「報酬は鑑定された後ですかね?」


 「そうですね、何分この町では初めて見ますから。」


 正直近場の山の天辺まで辿り着いた人はいないのか?

 多分いないんだろうな。

 目的もなくいく人はそうそういなさそう。


 「分かりました、後日話を聞かせてください。」


 「そうさせていただきます。」


 「それと実は・・・。」


 帰りのウルサクとの一戦でジェイソンが死んだことも報告。

 するとアンを始め護衛に付いている冒険者達も押し黙った。

 この日は報酬もなく、いつもの馬小屋に泊まって朝を迎えた。

 二日ぶりにゆっくり寝られた。

 早朝、賑わい始める通りを過ぎて冒険者ギルドへ足を運ぶと冒険者ギルド内が慌ただしくなっていた。

 近くに偶々デレクが居たので聞いてみた。


 「何の騒ぎですか?」


 「お、ポーラじゃないか。ジェイソンが死んだって聞いてよ。」


 「そうでしたか。」


 「と言うかお前が目撃者じゃないのか?」


 「えぇ、まぁ。」


 それを聞いていた近くの冒険者達が一斉にわたしを見た。


 「本当にウルサクが出たのか!?」


 「ジェイソンってウルサクを倒したことがあるんだろ?」


 「デマだったのか?」


 「記録には残っているとか。」


 「歳だったんじゃないのか?」


 「実はそこの新人が嵌めたとか?」


 質問してくる人もいれば好き勝手な憶測をする人もいた。


 「ポーラ!ポーラはこっちに来て!」


 レスリが声を掛けて来たのでそれに従う。

 後ろでは冒険者達が好き放題に言っているけど聞かされる身としてはいい気分じゃない。


 「こっちに来て。」


 案内されたのは応接室。

 初めて来たけど、造りや調度品はここら辺だと凄い方かも。

 他の建物は良く知らないけどそんな風に思えた。


 「色々見ているところ悪いがそこに座ってくれないか?」


 入って右側に礼装のおじさんが居た。

 左側にある三人掛けの緑の生地のソファに座り正面のおじさんが話を切り出した。


 「私はこの町の冒険者ギルドの代表をしているドナンだ。」


 「初めまして、私はポーラです。」


 手を差し出されたのでそれに応えて握手を交わした。


 「本題だが昨日、ジェイソンが死んだと言うのは本当か?」


 「本当だと思います。ただ、穴に落ちて確認は出来ていないので。」


 「穴と聞いているがどの程度の大きさなんだ?」


 「広さは大人三十人分くらい、深さは結構あって底は暗くて見えなかったです。」


 「その穴にジェイソンとウルサクが落ちたと?」


 「そうです、穴を覗いたらジェイソンの声が聞こえなくなって肉を引き裂く音が・・・。」


 ドナンは勿論、傍にいるレスリも押し黙ってしまった。

 あまり想像したくないもんね・・・。

 沈黙の後、ドナンは再び話し始めた。


 「場合によって変わるんだが、今回はここで見かけるモンスターで上位に入るウルサクの目撃情報があった。それに加えて冒険者一名が死亡。これがよく見かけるモンスターで亡くなったのが新人ならわかる話だが何せ今回は凶悪なモンスターとベテラン冒険者。だからそれが本当かどうかを確かめるためにも現場へ確認しに行かなければいけない。」


 「その調査にわたしも同行するってことですかね?」


 「察しが良いね、具体的な場所が分からないから道案内してもらうと言うのが正しい。」


 「それとわたしはジェイソンを殺したと疑われているのですか?」


 「そんな!ポーラは!」


 レスリを制してドナンがわたしを見る。


 「否定は出来ない。現に君はジェイソンから迷惑を被っていたと聞くからな。」


 嫌な話だと思う。


 「その通りです。しかし、彼をどうにかしようとするならここまで時間をかける必要もないし報告の必要だってない。」


 「まぁ、そうなんだがな。」


 「それにわたしは一人で依頼を受けたしその直後に町を出ている。ジェイソンには伝えてないしそもそもあそこに彼がいた理由が分からないくらいです。」


 少し怒りを込めてしまったけどドナンは気にしていない。


 「そこは町でも調査しよう。それが本当なら誰かが情報を漏らしたことになりそうだが・・・。」


 ドナンの目がレスリを見るけどレスリは直ぐに否定した。

 わたしもレスリは違うと思う、それにマーサだって言わないはず。

 結局その日は現場への道案内と簡単な調査で終わった。

 結構な長さのロープを用意されていたけど、大穴を見た冒険者達は誰も中に入ろうとしなかった。

 ただ、わたしの話の信憑性は高くないけど嘘とも言えずこの場での調査は終わった。

 どちらかと言えばこの大穴が何時頃出来たのか?

 それが大きな問題になった。

 仮にこれがモンスターの掘った穴であればそのモンスターは今も穴を掘り進めているのか?

 それとも地中から出て外を彷徨っているのか?

 こんなに大きな穴を掘れるモンスターであれば体も大きいから既に目撃情報もありそうだ。

 でも、今日まで誰も見ていない。

 となれば地中に向かったのか?

 どちらにしても大穴の構造は恐らく途中で曲がっていそうで絶妙な深さだったからジェイソンもウルサクも死ななかったのかもしれない。

 なんにしても周辺で大穴に関わるモンスターの情報を集めなければいけない、と言う冒険者ギルドの方針に則って周辺の村にも呼び掛けた。

 大穴と言えば大分前にそんなモンスターを見たことがある・・・はず。

 青い場所でひたすら掘り進んでいた顔のないモンスター。

 そんなわけないか。

 呼び名も分からないしそんなモンスターが現れれば大騒ぎになっているから違うだろう。

 それから町に戻って数日後に分かったことと言えば、ジェイソンはわたしが依頼を受けた翌日に冒険者達に私の事を聞いていたらしい。

 動物の毛皮を着ているから印象に残りやすく、直ぐに見た人から話を聞いたとか。

 しかも、依頼内容は採取であることも伝わったため直ぐに外に出たらしい。

 けど、その日は夕暮れに戻ってきて周囲に当たり散らしていたそうで機嫌を悪くしたままだった。

 その翌日にまた外に出たけど、その日は誰も姿を見なかった。

 恐らく見なかった日はウルサクにやられた日だ。

 これでジェイソンがわたしの前に現れた理由が判明した。

 それにしても金蔓を探す気力があるなら仕事をしろ!

 大体の事が分かれば今回のジェイソンの死の調査はこれで終わり。

 ウルサクも穴に落ちて這い上がることはなさそうだからそれに対する警戒レベルは下がった。

 これで一先ずは平穏が戻った。

 そう言えば気になったことが一つ。

 ある朝、畑の手伝いの手続きをするために冒険者ギルドを訪れたついでに顔見知りのハドリーに訊いてみた。


 「そう言えばベテランが一人いなくなったけどあんまり騒いでいないのはなんで?」


 少し迷った素振りのハドリーだったけど素直に応えてくれた。


 「あぁ、それはな。あの人、あんまり好かれていなかったからな。」


 「他の人達も迷惑がっていたってこと?」


 「そうだな、お前も分かるだろ?後輩には集るし偉ぶっているだけだし。」


 「正しく。」


 「だからだよ、まぁお前は気にしなくていいと思うぞ。俺もあの大穴を見たけどお前の話は本当だと思うしな。」


 偶々近くにいた顔なじみのパメラも話に加わった。


 「ホントよね、私達も以前はしつこく付きまとわれていたし。しかも夜になれば襲い掛かってきたりと最悪だったわ!」


 「未遂だったから良かったじゃねえか。」


 「良くないわよ。あの人、いなくなって清々したわよ!」


 当時を思い出し憤慨したパメラだったけどハドリーが宥めて場は落ち着いた。


 「俺達はそろそろ行ってくるから。」


 「二人ですか?」


 「あとはテリーと二コラも。」


 「そうですか、お気をつけて。」


 「お前もな!」


 最近はハドリー、テリー、パメラ、二コラの四人で仕事を受けているとか後で聞いた話。

 それにしても聞く人皆ジェイソンが居なくて良かったと言っている。

 以前から似たような行為を働いていたんだなぁ。

 手続きを済ませて農場へ行けば既に作業に入っていた。


 「すみません、遅れました。」


 「いや、気にしなくていいよ。偶に手伝ってくれるだけでもありがたい。」


 「ありがとうございます。」


 代表者や他の作業者達に挨拶を済ませると代表者に話しかけられた。


 「それで、事件の方は落ち着いたのかい?」


 「えぇ、なんとか。」


 「そうか、それは良かった。」


 良かった、と言うけど何だかしんみりしている。


 「あの、何かありましたか?」


 声を掛けると代表者は暫く押し黙っていたけどゆっくりと口を開いた。


 「まぁ、なんていうか。複雑な気持ちでね。」


 「複雑?」


 遠い場所を見る代表者の顔は何かを懐かしむような、後悔しているように見えた。


 「おじさんの昔話に少しだけ付き合ってくれるかな?」


 「わたしでよければ。」


 「私の昔は冒険者でね、これでも実力のあるほうだったんだ。村だったころから仲間と一緒に活動して頑張っていた。一番はウルサクって言うモンスターが畑を荒らしていたから仲間と一緒に討伐したことだな。畑を荒らした後に森に帰ったから私達はそれを追いかけてね。力を合わせて討伐したんだ。ただ、仲間の一人がかなり腰を抜かしていたから危なかったな。しかもパンツを濡らしていたからつい全員で笑ってしまったよ。倒した後にウルサクの血を掛けて誤魔化したから知っているのはわたし達だけだ。その後は村の総出で迎えられて朝になるまで騒いだな。それから暫くして私は冒険者稼業をやめたし、仲間の二人は別の場所に映った。残りの一人は最近まで冒険者をやっていたけどあまりいい話は聞かなかったな。」


 何だか同じような話を聞いた。


 「あなたはガントですね。ジェイソンの嘗ての・・・。」


 「あいつは君にも話していたのか。」


 「似たような話は聞きました。ただ、出来た染みを隠したって言うのは初耳です。」


 それ以前にかなり誇張していたなぁ。


 「昔はあんなやつじゃなかったのになぁ。」


 「変わる人は変わるんじゃないですかね?」


 「そうだな、そうかもな。本当なら私が諫めるべきだったのかもな。噂は聞いていたが顔は全然合わせていなかったし。いい大人だから口出しすべきじゃないと思えた。いや、本当は面倒な事には関わり合いたくなかった。関われば絶対に俺の所へ金を求めてくる。それが嫌だったのかもな。」


 両手で顔を覆う代表者のガントは震えながら懺悔をした。


 「済まなかった。面倒事を押し付けて、本当に・・・。」


 「そうですね、私なんて貯めていたお金を全部持っていかれましたよ。」


 「こんな子にまで集るなんて・・・。」


 「それに他の人達も大分困っていましたし。」


 「・・・。」


 「だからと言ってガントが責任を感じることはありません。ガンツには守る家庭があるのでしょう。それにジェイソンも立派な大人で分別のつく歳。本当にどうにもならないときはこの町を去るだけでしたし。」


 「ポーラ・・・。」


 「わたしはとやかく言えませんがもし、何かしら思うことがあるのなら最後まで農業に従事してください。町を支えるのにこの畑は重要ですから。」


 暫く泣いていたガントだけど、落ち着くとわたしに向き直った。


 「情けないところを見せてしまったね。」


 「いえ。」


 目は腫れているけど大丈夫そうだ。


 「君の言う通り、私は私の出来ることを成そう。それがせめてもの罪滅ぼしだから・・・。」


 ジェイソンの最後はある意味自業自得だと思う。

 あの時助けられていたら、とは今も思わない。

 結局冒険者の仕事は自己責任、それはジェイソン自身も分かっていたはず。

 だからと言って笑うこともしない。

 はた迷惑な冒険者だった、最悪な印象を残して。

 それにわたしの目的の妨げになっていたら寧ろ手に掛けていたかもしれないくらいだ。

 こんなことがあってもわたしの中の以前から芽生えた憎しみは陰りを見せることがなかった・・・。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




蛇足

ジェイソンの補足

若かりし頃のジェイソンは仲間と一緒に冒険者活動をしていました。

ただ、彼は他の冒険者よりも大柄だけど臆病で実力を付けられなかった男。

そうして何時しか年を経るごとに仲間との冒険話では見栄を張ってあたかも自分が一番凄くて強い冒険者だと話して思い込むようになりました。

これは彼の虚栄心から来る自尊心を満たす行動。

誇張された自慢話をすることで相手に自分が如何に凄いかを知ってもらえる、尊敬される人は何でも好きにできるしご飯も奢って貰って当然、と言う考え方が何時しか身に付きました。

等級は真ん中の緑の等級ですが長い事冒険者をやっている事と暴れ出すと簡単に止まらない(周囲の物を壊すくらいには腕力はある)ため、迷惑な行動を取られても諫める人が居なくなりました。


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