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恨みに焦がれる弱き者  作者: 領家銑十郎
奪われる弱者
29/131

29話 失うモノと得るモノ ―シンゴ・ヒラモト―

本日もよろしくお願いします。

※1 一部誤字脱字の修正及び加筆修正しました。話に影響はありません。

 シンゴ達がロフォラティグの討伐をして数日後。

 今日はシンゴの装備は変わらないがジェーンはいつものように右太腿にナイフを括りつけているが弓と矢を携えている。

 どちらもお手頃で普及している部類の木製で壊れたら仕方がないで終わるような代物だ。

 彼らは冒険者ギルドへ足を運ぶと冒険者達が騒がしかった。


 「北の森にサスタニアンが出たらしいぞ。」


 「そいつって南西の森に居なかったか?」


 「ほんとかどうかは分からんそうだ。」


 「何でも昨日、別の奴らが探索したらでかい図体の奴が通った痕跡があったとか。」


 「あの森だとロフォラティグが一番大きいんだっけ?」


 「確かそうだな。あいつらは木々を避けるから薙ぎ倒すようなことをしない。」


 「じゃあ候補から外れるな。」


 「そういや何日か前に誰かサスタニアンの討伐に向かわなかったか?」


 「そうなのか?」


 「今掲示板にないから依頼を受けているって噂。」


 「誰が依頼を受けているか分からんからなぁ。」


 サスタニアンと言うモンスターは茶色い体毛だが側面には白い葉っぱのような模様が出来ている、イノシシの見た目に近いそうだ。

 シンゴ達もそんな話を耳にしたが今の彼らのクラスでは引き受けることが出来ないため頭の隅に追いやって掲示板に貼ってある依頼書から一枚選んで列に並んだ。


 「北の森ってロフォラティグがいる森だよね?」


 「そうだね。俺達が行った時はそんな痕跡は見なかったけど。」


 不安に感じるジェーンにシンゴは数日前の事を思い出す。


 「そういや冒険者も巻き込まれたらしいぞ。」


 「誰か分かっているのか?」


 「いや、タグが見つからなかったから誰かは判明してないだと。」


 「最近顔を見かけない奴らがいるけどそいつらか?」


 「遠出をしていれば見ないこともあるだろう。」


 「それもそうか。」


 そんな話を耳にすればシンゴ達には心当たりがあった。


 「ねぇ、シンゴ・・・。」


 「俺達は何も知らない。下手な事を言って周囲を困らせちゃいけないから。」


 「うん、分かった。」


 この喧噪の中、小声が誰かの耳に届くことはない。

 列が進み彼らは受付の女性に確認してもらい、手続きが済んだ。

 人込みをかき分けて外に出れば今日も晴れており冒険日和である。


 「今日はフォレドリヤスを討伐だ。気合を入れて行こう。」


 「そうね。気を付けないといけないもんね。」


 彼らはミールドの町から北西に位置する森に向かった。

 ミールドの北から南西まで森が広がっており北、北西、西、南西と区分している。

 区分自体に大きな意味はないが冒険者ギルドや冒険者達にとっては目的地へ向かう時やモンスターの生息地へ行くのに分かりやすいことから受け入れられている。

 森へ入ると生い茂る木々の生態に大きな変化はないものの、偶に聞こえる動物やモンスターの鳴き声が場所によって異なることがある。

 それだけミールドから見て森は奥にも広がっているのだろう。

 シンゴ達は先人達が作った目印を見つけることもあれば自分達で木々に傷をつけることで帰り道を覚えていった。


 「何か鳴き声が凄いわね。」


 ジェーンの耳にも何かの鳴き声が聞こえているようだ。


 「近いかもしれない。上を注意して進もう。」


 暫く進むと上空から何かが降ってきた。


 「な、何!?」


 手前に転がった物は太めの枝だった。

 それを眺めた二人は周辺を見る。


 「あいつらか・・・。」


 シンゴは正面の木々の上部に身を隠すモンスターを発見した。

 フォレドリヤス。

 マントヒヒに近いモンスターの一種で体長約一メートル、琥珀色の体毛に顔が赤いのが特徴だ。

 フォレドリヤスの数はシンゴが見ただけでも十匹近くは確認できた。

 そのどれもが何かに怯えるように身を隠して威嚇していた。


 「どうする?」


 「俺が前に出る。ジェーンは距離を取って弓で援護。」


 「わかった。」


 「合図したら俺に向かって構えて。もう一度合図したら射って。」


 「うん。でも大丈夫なの?」


 「大丈夫だよ。俺を信じて。」


 「無理はしないでね?」


 「気を付けるよ。」


 シンゴが駆け足で前に出るとフォレドリヤス達が近くの木々の枝を無理やり折っては投げ始めた。

 それを避けながらシンゴは彼らの足元に近づくが木を上るには大変そうだ。

 シンゴがジャクバウンを構えるとフォレドリヤス達は一斉に雄叫びを上げた。


 「!?」


 「きゃっ!?」


 思わず二人とも耳を塞ぐがその隙にフォレドリヤス達は再び木を揺らして枝を投げつける。

 反応が遅れたシンゴの顔に枝が当たりかすり傷が出来る。


 「クソッ!」


 悪態を吐くも相手の猛攻が続く。

 弓を構え直すジェーンは大声でシンゴに呼び掛けた。


 「全然狙えないよ!」


 「思ったより面倒だ!」


 恐らくシンゴ達はフォレドリヤスが襲い掛かってくると思い、シンゴが囮になりつつジェーンが弓で倒す算段だったのだろう。

 しかし、実際のフォレドリヤスは襲うどころか陰に隠れて牽制したり雄叫びを上げて相手を追いやろうとするだけ。

 敵意がないなら逃げるのでもいいかもしれないがシンゴ達にとっては飯のタネ。

 フォレドリヤスを倒さないと生活費を逃すことになる。

 シンゴは攻撃を避けつつ心を静めた。


 「やってみるか。」


 シンゴは何かを決心してジェーンに振り返った。


 「当初の予定通りジェーンは合図したら矢を放って!」


 「う、うん。分かったわ!」


 彼の傍の木の上にはモンスターは居ないようだ。

 攻撃を避けながらその木から距離を取ったかと思えば勢いよくその木に向かって走り出した。

 加速するシンゴが気にぶつかるかと思いきや、彼は足を木に掛けて登り始めた。


 「うおおおおおお!」


 気合を込めて垂直に駆け出すシンゴは十メートル近くを走ったら体を持ち上げつつ太い枝を足場にした。


 「逃がすかよ!」


 これにはジェーンだけでなくフォレドリヤス達も驚いていたがそれ故に彼らはシンゴから距離を取りつつ枝を折っては投げつける。

 その攻撃にシンゴは気にせず木々へと飛び移り、フォレドリヤスを追いかける。


 「ジェーン!足元に注意しながら来て!」


 言われて即座にジェーンも地面を走りながら追跡する。

 シンゴの近くにいたフォレドリヤスが振り返りざまに飛び掛かってきた。

 それをジャクバウンの刀身の腹で横から殴りつけた。


 「!?」


 想定外の行動に殴られたフォレドリヤスは中空でジタバタしながら地面に落下した。


 「今だ!」


 シンゴの号令と共に落下したフォレドリヤスに向かって矢が飛ぶ。

 ジェーンが放った矢は見事フォレドリヤスの眉間を射抜きピクリとも動かなくなった。


 「や、やった!」


 予想外の結果だったのかジェーンは嬉しくて飛び上がったが別の場所ではフォレドリヤスが両断された状態で地面に落ちてきた。


 「・・・。」


 それを見たジェーンは現実に引き戻されたのか静かになってしまった。

 木上ではフォレドリヤス達が鳴きながら逃げたり牽制したりするもシンゴはそのまま突撃する。

 フォレドリヤスは木々の間を器用に飛び移るのは当然だがシンゴも初めてとは思えないほど大胆に飛び移っては追いついたり襲ってくるフォレドリヤスを一撃で倒す。

 残り五体になったフォレドリヤス達は三匹が恐慌状態になったのか地面に転げ落ちてしまいジェーンの矢の攻撃を受ける。

 ジェーンの矢の腕前は正直上手いわけではなく、最初以外は一匹に対して最低二射で最大四射で当てていた。

 シンゴに会うまでは弓矢も攻撃手段にしていたが収入の関係で暫くの間使うことがなかった。

 その話を聞いたシンゴがやってもらうようにお願いして弓矢を買い揃えて今回の依頼で実践した。

 地面にいるフォレドリヤスはジェーンが全部で四匹ほど攻撃して三匹はシンゴが両断、残り三匹が逃げ回っていた。

 その三匹に対してシンゴは追跡しながら【フォーチュンダイアグラム】で何度か可能性を視る。

 額から汗を流し始めたところでシンゴはジャクバウンの刀身の切っ先を正面に向けつつ右上に構えた。

 逃げ回るフォレドリヤス一匹とシンゴの間に障害物が無くなった瞬間。

 ジャクバウンの切っ先から青いオーラが一気に伸びる。

 五十メートル程の距離を瞬時に伸びた刀身状の青いオーラが一匹のフォレドリヤスを貫いた。

 仕留めたことを感じたシンゴは青いオーラを直ぐに引っ込めて残り二匹にも同じようにタイミングを計って青いオーラで貫いた。

 どのフォレドリヤスも背後からいきなり刃物で貫かれて驚愕の表情を浮かべながら地面に伏した。

 周辺を警戒したシンゴはフォレドリヤスがいないことを確認すると近くの木の幹に跳んでは別の木の幹に跳び移って段々と地面に近づいた。

 近くの木と言っても距離は数メートルもあり並みの冒険者ではそれを連続で出来る者が少ないだろう。

 地面に降りたシンゴは一番遠くにいる仕留めたフォレドリヤスから順に回収した。

 ジェーンの元へ戻ると彼女はまだ弓を構えていた。


 「シンゴ、その念のために・・・。」


 彼女の心配を察したシンゴは回収した死骸を置いてジャクバウンで距離を取りながら青いオーラで矢の刺さったフォレドリヤス全ての頭を貫いた。


 「こいつらは死んだふりをすることもあるって話だからなぁ・・・。」


 他にも死んだふりをするモンスターはいるそうだがこの森ではフォレドリヤス以外はやらないらしい。

 二人で数えるとフォレドリヤスは全部で十匹だった。


 「こいつらも皮を剥げばいいんだっけ?」


 「そうね。体の部分だけで良いとは言っていたけど・・・大変ね。」


 今回は十匹とは言え皮を剥ぐのは神経も使えばモンスターの体に刃を立てるのも力や経験が必要になり倒すよりも時間が掛かることになった。




 太陽が大分傾き始めた頃、漸く全ての処理を終えたシンゴ達は毛皮を纏めて運び出した。


 「聞いていたよりもフォレドリヤスの数は少なかったね。」


 「そうだな。偶々少ない集団だったのか或いは・・・。」


 あれこれと話す二人の耳に何か大きな音が聞こえた。


 「何今の!?」


 「音は向こうから?」


 鳥が慌てて羽ばたく中、重い音が何度も聞こえてシンゴ達も音の発生源の方角に向いた。


 「どう、どうする?」


 「少し様子を観たいと思うけど、どう思う?」


 ジェーンは不安な顔をするが意を決してシンゴに向き直った。


 「正直怖いけど、シンゴがいるから大丈夫よね。」


 「何があってもジェーンを守るよ。」


 「ありがとう。」


 ときめくジェーンと一緒にシンゴは毛皮を背負って気になる方角へ進んだ。

 周囲にはモンスターも動物もいない。

 聞こえるのは木々を薙ぎ倒す音、他にも聞こえそうだが特定するのは難しい。

 何十分も進んだ先、木々の合間から見える影。

 それはまだ明かる時間帯で木々の影も出来ているが明らかにそれとは違う。

 揺らめく黒い影は荒々しく動き、周囲の木々を薙ぎ倒す。

 シンゴ達の視界を遮った木々が無くなるとその姿が分かりやすくなった。


 「あいつは・・・。」


 「初めて見る・・・。」


 三メートル程もある体躯はイノシシのように見えるが人の腕もある。

 逆光で分かりづらいが体の側面には大きな白い葉っぱの模様も確認できる。

 その何かに向かって誰かが斬りかかった。

 それを黒い腕で払い退けようとした。

 腕が迫った時、両者の間に入って別の誰かが盾で防いだ。

 二人が距離を取ると後方から恐らく風魔法が飛ばされた。

 その直撃を受けても何かは平然と暴れまわった。

 更に周囲の木々が薙ぎ倒され開けた場所になる。


 「場所を変えよう。」


 「うん。」


 シンゴ達は何かと反対側、恐らく人間であろう側に回った。

 その間にも激戦が繰り返されるがシンゴ達が距離を取りつつ視界を確保した先には満身創痍の人間のパーティーが戦っていた。

 一人はロングソードを両手で構えた男。

 体の半分の大きさの盾を構えた男。

 ナイフを両手に構えた痩躯の男。

 弓矢で牽制する男。

 ローブを着こんで杖を構える男。

 シンゴ達には見覚えがあった。


 「あの人達って・・・。」


 「ロフォラティグの討伐の日に受付で俺達の前に並んでいた人達。」


 彼らは何日も前にシンゴ達の前に並んでいたパーティーであり、今日まで冒険者ギルドに姿を見せなかったパーティーの一つだった。


 「苦戦しているみたいだけど、どうする?」


 「基本的には参戦して獲物を横取りするような行為は違反だって言っていたから・・・。」


 珍しくシンゴが躊躇した。

 ジェーンとしては助けたい気持ちがあれどシンゴの言うことも一理あり自分達よりもクラスの高い人達を助けるのが良いのかどうか判断しにくいのもあるのだろう。


 「様子を観る。それによっては介入する。」


 「分かったわ。」


 「その時、ジェーンは助けられる人を介抱して。俺があいつを引き付けるから。」


 頷いたジェーンから視線を外したシンゴの目には既に戦況が変わっていた。

 痩躯の男が前に出てギリギリで避け、代わるようにロングソードの男が斬りかかる。

 何かは左腕で殴るが盾を持つ男がそれを防いだ。

 その腕に向かってロングソードが振り下ろされたが切断できず、途中で減り込んだ。

 それに焦った男は急いでロングソードを抜こうとするが何かの右手が襲い掛かる。

 盾を持つ男は直ぐに動くが間に合わない。

 そこに痩躯の男がロングソードの男を突き飛ばした。

 直後、痩躯の男は何かの右腕に殴り飛ばされ宙を舞った。

 突き飛ばされたロングソードの男はその光景に唖然とするが何かの左腕が再び襲い掛かる。

 盾を持つ男が再び防ごうとするが彼も殴り飛ばされた。

 木に激突した彼は呻き声を上げて盾を取りこぼす。

 その間に矢が何発も何かに飛んでいく。

 ジェーンが使っていたよりも質の良い弓と矢だがそれでも何かの致命傷にはならない。

 そもそも刺さらず体毛で流される。

 ローブの男は杖を上に掲げると何かの真上から風のドリルが発生した。

 周囲を吹き飛ばすような、或いは引き寄せるような渦巻く風が下に向かって何かの背中を抉り貫こうとする。

 これには何かも声を上げた。


 「Boooooooo!?」


 この隙にロングソードの男が手持ちのナイフを一本構えて突撃した。

 風の影響で進みが遅いがそれでも何かの懐に潜り込もうと―――

 何かの右拳が振り回され、ロングソードの男に直撃して頭から数メートル離れた大木に頭から激突した。

 その光景に弓矢の男は顔を歪めて逃げ出した。

 それを見たローブの男も慌てだし、風魔法への集中力が切れてしまい魔法が霧散してしまった。

 攻撃の手が緩んで好機とした何かは吠えると逃げる弓矢の男の正面に土の壁を発生させた。

 いきなり出現した土壁に弓矢の男は止まれずに激突した。

 地面に倒れた直後に彼の真下から地面が勢いよく隆起して彼ごと上空へ突き上げた。

 貫かれはしなかったが腰から勢いよく突き上げられた弓矢の男は十メートルほど浮き上がってから一気に落下した。

 受け身もとれずドサッと落ちた彼は動くことがなかった。

 その光景を目の当たりにしたローブの男も逃げ出すが同じように土壁が出現して彼を取り囲んだ。

 慌てる彼に何かは距離を詰めて右拳で殴り飛ばした。

 土壁は頑丈で何かが殴った衝撃でも耐え、中に居たローブの男がどうなったのかは何か以外には分からなかった。

 その直後。

 青みがかった黒い髪の少年、シンゴがジャクバウンで斬りかかった。

 それに気づいた何かは右腕でそれを防いだ。


 「防がれた!?」


 シンゴにとっては初めての経験、ジャクバウンで攻撃を防がれたことだ。

 今は刀身に青いオーラを纏わせていないが直径一メートルの大木でも簡単に切り倒せるジャクバウンを防がれたことに驚愕した。

 そのシンゴにイノシシ顔の何かはにやりと笑った。

 庇った右腕を振るとシンゴが吹き飛ぶが何とか着地した。

 次の狙いをシンゴに定めた何かはシンゴに距離を詰める。

 対してシンゴは周囲の状況を見ながら誰もいない方へ誘導を始めた。

 何かの腕は人間よりも太くて拳も大きくリーチもあるがかなり大振りである。

 その攻撃をシンゴは軽々と避ける。

 男パーティーから百メートル近くも距離を取ったシンゴだがその間にも暴れまわる何かの影響で通り道の木々は全てなぎ倒された。


 「怒られないよな?」


 見当違いな心配をするシンゴの顔は攻撃を防がれたにも関わらず余裕だった。

 

 >ジャクバウンの青いオーラの刀身を飛ばす

 >何かの左腕に防がれる

 >突き刺さってはいるが進行速度はかなり遅い


 不意打ち気味に刀身を飛ばしても防がれる未来だった。


 >青いオーラを纏わせて突撃

 >何かの右腕で殴る

 >避ける

 >直後に左腕が掴みにかかる

 >正面左に動く

 >右腕に阻害されて捕まる


 正面突破はシンゴが捕まる運命らしい。


 シンゴの顔からは今日一番の汗が流れていた。

 疲労の色も濃くなっている。

 それでも呼吸を整えてジャクバウンを構え直した。

 魔力を吸わせて青いオーラを纏わせる。


 「ここで終わらせてやるよ!」


 気合と共にシンゴは何かに向かって走り出した。

 少し正面左に向かったことで何かは右腕を思いっきり振り回した。

 それをシンゴはジャクバウンで防ぎながら軌道をずらして受け流した。


 「!?」


 予想外の行動だったのか何かは一瞬動きを止めたものの右腕の陰に隠れようとするシンゴに振り向きながら右腕を振るった。

 その攻撃にシンゴは外側へ飛び込むように回避して体勢を立て直す。

 何かが振り向いた瞬間、正面の光を直接見て動きを止めてしまう。

 その光は沈み始めた太陽であり、暴れまわったことで遮る木々が無くなり直視怯むことになった。


 「ここだ!」


 右側面に向かって青いオーラの刀身を伸ばしたジャクバウンを力一杯に振り下ろす。

 何かは体を動かそうとするが上手く体を捩じれずに左に傾いてしまう。

 同時に下半身は断面が地面に向かって、上半身は左側へ完全に倒れてしまった。


 「BooooooooW!?」


 灰色の血が断面から大量に零れるが構うことなく何かは前脚と黒い両腕で体を持ち上げようとするが、黒い両腕は空気に溶けるように消えてしまい体を支える腕を失ってしまった。

 左腕に減り込んだロングソードが地面に落ちて金属音を響かせた。

 尚も吠える何かはシンゴに顔を向けようとするが体勢を変えられずにやがて息を引き取った。

 死んだのを確認したシンゴは何かの鼻と牙を切り取ってジェーンの元に戻る。

 ジェーンは木を背に預けている盾を持つ男の傍で介抱していた。


 「終わったよ。」


 「無事で良かった!」


 安堵の色を浮かべたジェーンはシンゴに状況を伝えた。

 盾を持つ男は先程眠りに就いたが目立った外傷はないようだ。

 最初に攻撃を受けた痩躯の男は最初の地点から二十メートル近くも先の茂みに横たわっており、吐血しながら息絶えていた。

 二人目のロングソードの男は一目瞭然で亡くなった。

 三人目の弓矢の男も目を開けたまま動くことがなかった。

 四人目のローブの男はジェーンが嗚咽するほど無残な状態だった。


 「この人を運ばないといけないよね?」


 「そうだな・・・。」


 二人で思案した結果フォレドリヤスの毛皮と何かの牙をジェーンが持ち、何かの鼻と盾を持つ男をシンゴが運ぶことになった。

 シンゴの背中にはロープで括りつけられた大きな鼻があり、両腕で盾を持つ男を抱えることになった。


 「盾は明日以降持って帰ろうか。」


 「そうだね。」


 二人は周囲を警戒しながら森を進んだ。

 暗くなるにつれて視界が悪くなり、ジェーンが時々ふらついて転ぶがそれでもモンスターに襲われることなく二人は無事にミールドの町へ着いた。




 町に着くと検問所の衛兵達が驚きの声を上げて二人を出迎えた。

 事の次第を伝えた二人はそのまま冒険者ギルドの裏手に足を運ぶと前回と同じ作業員達が見えた。


 「おう、あんたら・・・ってどうなってるんだ?」


 人を抱えたり、大きな牙を持つ二人に声を掛けたのは前回と同じ男性だ。


 「先に毛皮と牙と鼻を預かって貰えないか?」


 シンゴは盾を持つ男を下ろしてから背負った鼻をロープから外して男性に託す。


 「なんだよこれ!?」


 「俺達も良く分からないんだ?」


 「まぁ、取り敢えず預かるけど、まだギルドには行ってないんだよな?」


 驚きつつも話を進める男性にシンゴはこれから行く事を伝えた。


 「えーと、名前を教えてもらっても良いか?」


 「俺はシンゴ、こっちはジェーン。」


 「よろしくね。」


 「俺はイアン。ここでモンスターとかの鑑定をやっている。よろしくな。」


 シンゴとイアンが握手を交わすとシンゴ達はイアンに戦利品を預けて盾を持つ男を担いで冒険者ギルドの表に向かった。

 ドアを潜って受付に向かうと受付の女性がいた。

 前回と同じ女性だ。


 「こんばんわ、よろしいでしょうか?」


 「はい、大丈夫ですよ・・・ってその人は確か!?」


 「ご存じなんですか?」


 シンゴが担いでいる人物を受付の女性は知っているらしい。


 「はい、プルフォアズというパーティー名で活躍しているグレアムさんです。」


 シンゴとジェーンが顔を見合わせる。

 この街では有名らしいが彼らはそう言った情報には疎い。

 気を失っているグレアムを医者に見せたいと伝えれば受付の女性、リリアンが街医者を紹介した。

 外に出て通りを歩けば、大きな街と言うだけあって魔法を用いた街灯が一定間隔で灯されておりこの冒険者専用区でも同じようだ。

 教えられた通り迷うことなく冒険者専用区の端にある建物に辿り着くとジェーンがドアを叩いた。

 暫く待てば中年の男性が扉を開けた。


 「何の用だ?」


 ぶっきら棒に聞くこの男が医者なのだろう。

 シンゴはグレアムの診療をして欲しいと伝えると医者からお金を要求された。

 仕方がないとジェーンにシンゴの懐から銀貨を二枚出させて医者に渡した。

 黙って受け取った医者は銀貨を見つめていたが、中に入るよう促した。


 「付いて来い。」


 空きのベッドがあったのでグレアムをそこに寝かせて二人はまた来ると言って後にした。

 再び冒険者ギルドに戻ってリリアンに再度依頼の内容とその後の事を簡潔に伝えれば、慌てていた彼女だが達成手続きどころじゃないと感じたのか明日来ることを伝えて二人は宿に戻った。


 「疲れた~。」


 「お疲れ様。明日も早いから寝ようか?」


 「そうだね・・・。」


 夕食を食べ損ねた二人だが疲れが勝っていたのかベッドに入れば直ぐに静かになった。

 翌日も晴れており、冒険者ギルドが賑わっていた。

 まだ昨日の件が発表されていないようでシンゴ達は昨日の依頼達成の手続きを取るため列に並んだ。 

 彼らの番になり用件を伝えれば昨日とは違う受付の女性が彼らを手招きして奥のスペースに案内した。

 そんな様子に周囲の冒険者は訝しんでいたがシンゴ達は気にせず受付の女性の後についていった。

 奥の部屋に招かれるとそこには頭の毛が両サイドにしかない男性が机の上で作業に追われていた。

 彼はこの冒険者ギルドの責任者で名前はハドリー、筋肉質な体は薄いシャツから浮き出て分かりやすい。

 厳つい男のハドリーがシンゴを見やると作業を止めて中央の長椅子に座るよう勧めた。

 受付の女性が立ち去ると部屋にはシンゴとジェーン、ハドリーの三人だけになった。


 「話は今朝聞いた。それと裏の解体倉庫でも物を確認した。お前達が受けた依頼に関しては後で手続きを済ませよう。ただ、もう一つの話はまた別だ。」


 「どういう流れになるのですか?」


 シンゴの質問にハドリーは大きく息を吐いてから話し始めた。


 「お前達が介抱したグレアム達プルフォアズが受けた依頼がサスタニアンと言うモンスターの討伐だったんだがな。そいつらは普段は南西側に居るんだがお前達の話では北西の森に出たというからそれを他の冒険者達と一緒に確認しないといけない。それとグレアムから事情を聴く。それらの情報から色々と判断しないといけないんだ。」


 苦い顔をするハドリーだがシンゴが気にせず質問した。


 「俺達も同行するってことですよね?」


 「そうだな。正確な場所を知っているのはお前達二人とグレアムだけだが怪我人を同行させるわけには行かないからな。それとグレアム達より等級の低い冒険者が討伐したと言うのは俄かに信じられないと言うのもある。」


 それを聞いてジェーンがムッとなるもシンゴが抑えた。


 「わかりました。いつ頃出発しますか?」


 「直ぐにでも声を掛けて確認しに行く。」


 こうしてシンゴ達は急遽編成された複数のパーティーからなる冒険者の一団に加わって昨日の現場に向かった。

 途中の道にはフォレドリヤスの死骸も見つかりシンゴ達がここで討伐したことの証明になるも些細な事。

 更に進むと木々が薙ぎ倒された痕跡も見つかりその周辺にはプルフォアズのメンバー四人と百メートル近く離れた場所にサスタニアンの死骸も発見された。

 簡単な状況検分が行われる中、シンゴが倒したと言う話はどうにも疑わしいらしくシンゴが付近の大木をジャクバウンで両断すれば全員が押し黙った。


 「俺として報酬を貰えたらいいんだけど。」


 今回の様にある冒険者が受けた依頼を第三者が達成した場合は取り分や証明など問題が起こる。

 そのため、拠点となる場所から足を運べる範疇において依頼や討伐に関わりのない第三者の冒険者達が複数集まって検分するようだ。

 現場での検分が終わり何組かはプルフォアズの遺体を運び、残りの冒険者達はサスタニアンがここまで来た足取りを追うことになった。

 シンゴ達はグレアムの盾を回収して冒険者ギルドに戻れば元々受けていた依頼報酬を受け取り、そのまま街医者の所で休養しているグレアムに盾を届けに行った。

 街の冒険者専門の病室のベッドで横になっていたグレアムはシンゴ達を見るも元気はなさそうだ。

 木造の建物に板で開閉する窓は心地よい光と風を取り込んでいる。


 「来てくれたんだ。」


 元気のない笑みを浮かべるグレアムにシンゴ達は会釈する。


 「時間を頂いてもよろしいですか?」


 「あぁ。大丈夫だ・・・。」


 「あなたの盾を持ってきましたので、置いておきますね。」


 グレアムの盾を本人に見せると僅かに安堵するも沈んだ顔になってしまった。


 「仲間は?」


 「知っての通りだ。」


 「そうか・・・。」


 冷たく聞こえるシンゴの返答にグレアムは天井を見上げた。


 「俺達なら全員生きて達成できると思っていたんだ・・・。」


 この場に居るのはグレアム、シンゴ、ジェーンの三人だけ。


 「いや、冒険者ならいつかこうなることは覚悟していたんだ。あいつらも同じだ。」


 シンゴ達に顔を向けたグレアムの目には涙が溜まっている。


 「助けてくれてありがとう、正直五体満足で生きていて良かった。」


 「冒険者だからな、助け合うのは当然だ。」


 「そうだな。だからこそ、ありがとう。」


 グレアムは涙を拭うが次々と溢れかえっている。


 「これで失礼する。」


 「悪いな。」


 「また何処かで。」


 シンゴ達はグレアムの病室から静かに去った。

 一人になったグレアムは我慢が出来なくなり静かに涙を流すのであった。

 グレアムと別れた二人は依頼を受けずに街を散策して疲れを癒した。

 その後の数日間はサスタニアンの通り道にロフォラティグの死体の一部もあったことから最近依頼を受けたシンゴ達に再び聴取があり、更には冒険者達の持ち物も見つかったことを聞かされた。

 持ち物の中にはタグもあり判明した身元はロフォラティグ討伐時にシンゴ達を付け回した冒険者達だったようで彼らの亡くなった経緯が分からないものの二度と帰ってこないことだけは分かった。

 ただその話をややこしくしたのが当時彼らは依頼を受けるときに受付の男性からシンゴ達が受けた依頼内容を聞きだしたことが発覚して件の受付の男性は謹慎と減額処分を受け、シンゴ達にも再三に渡って事情聴取が行われた。

 これにはさすがのシンゴも辟易していたが(おおよ)そ本当の事を伝えたことで男戦士達の死の原因がシンゴ達に関わりないことがわかりその話は終わった。

 他のモンスターが普段出現しない場所にいた理由がサスタニアンから遠ざかるために動いていたり、三十匹くらいで行動するフォレドリヤスの数が一部集団で少なかったのもサスタニアンや他のモンスターに脅かされたのが主だった理由とされた。

 肝心のサスタニアンが南西の森から移動した理由は分からないままだったがこれ以上気にする者は誰もいなかった。

 彼此十日経った頃、朝一にシンゴ達は冒険者ギルドを訪れると冒険者ギルドの傍に一人の男が立っていた。

 その男はグレアムであり、あの時の盾と革鎧に身を包んでシンゴ達に駆け寄った。


 「おはよう二人とも。」


 「おはよう。」


 「おはよう!」


 「少し良いかな?」


 「別に構いませんよ?」


 シンゴ達は冒険者ギルドから少し離れた位置に移動した。

 付近の建物は飲食店らしくまだ開店していないようだ。


 「先ずは先日のお礼を言いたい。本当にありがとう。」


 頭を下げるグレアムにジェーンは顔を赤くして照れ出した。


 「どういたしまして。」


 「結果的に俺達が獲物を横取りしてしまいました。」


 「いや、そもそも君達がいなければ俺も死んでいた。正直言えばプルフォアズの皆で討伐したかったけど実力不足だったな。それ自体は冒険者稼業では付いて回るから割り切っているつもりだ。」


 寂しい顔をするグレアムにジェーンは声を掛けていいのか分からない。


 「プルフォアズの皆さんの安らかな眠りをお祈りします。」


 「祈ってくれてありがとう。」


 「それでは、俺達はこれから依頼を受けに行きますので。」


 話が終わったと思いシンゴ達は立ち去ろうとするがグレアムの話には続きがあるようで引き留められた。


 「待ってくれ!ここからが本題なんだ!」


 それを聞いて二人は首を傾げた。


 「今の俺は仲間を失って一人だ。確かに大事な仲間だったけど俺は生きている以上これからも冒険者として生きていきたい。そこで。」


 一拍置いてグレアムが二人を見つめる。


 「俺を君達の仲間に入れて欲しい!報酬はその日暮らしが出来れば十分だ!」


 「なんで俺達の所に?」


 「一つは恩を返したいからだ。俺の命を救ってくれたのは君達でその命を君達の為に使うのは惜しくない。」


 「他には?」


 「あとは単純に君達よりも長く冒険者をやっているからお節介ってやつだ。少しでも冒険者ギルドの事や冒険のノウハウを教えられたらって。」


 それを聞いてシンゴとジェーンは相談する。


 「どうしようか?」


 「仲間が増えるのは良いことだと思うわ。勿論信頼の置ける人が一番だけど。」


 「それならジェーンにとってこの人はどう思う?」


 「多分大丈夫だと思う。誠心誠意込めて話してくれたから。」


 「・・・。わかった、俺達にはない盾を扱う人だしジェーンを信じるよ。」


 それを聞いたグレアムが驚きの表情をした。


 「それじゃあ!」


 「あぁ、俺達はあんたを迎え入れるよ。よろしく、グレアム!」


 「俺の方こそよろしく!」


 シンゴが差し出す手に堅く握手を握り交わすグレアムの顔は笑みが零れていた。

 サスタニアンを討伐したシンゴの話は既に広まっていたが彼らのパーティーが更に躍進することになるがそれはまた別の話だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




蛇足

次回はポーラの話の予定です。

もしも平本慎吾が入れ替わらずに冒険者になったら似たような展開だった、と言うイメージを含めて書いてみました。

冒険者としてトラブルに巻き込まれつつも仲間と一緒に冒険する、そんな序章にしました。

シンゴ・ヒラモトの話は異界の勇者と一緒に今後も挟んでいきますがご了承ください。

年頃の女の子とイチャイチャする生活を奪われた主人公ですが、年上のお姉さんたちにチヤホヤされた生活を送っていたのである意味イーブンかも知れないと思ったり思わなかったり・・・。


追記

サスタニアンの移動経路 南西の森→西の森→北西の森→北の森→北西の森 

北西の森へ引き返したのは冒険者パーティープルフォアズが東側から見つけて挑んだため、一度は撤退しようと来た道を引き返した、と言う感じです。

撤退したのはお腹を空かせて力が出なかったため、引き返した北西の森でフォレドリヤスの群れを発見して魔力の腕を駆使して捕食したことでお腹を満たし追いついたプルフォアズを迎え撃った流れでした。

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