27話 力の差 ―異界の勇者達―
前回から大分遅くなり申し訳ありません。
本日もよろしくお願いします。
※20220714 大官寺亮典が三人の勇者と模擬戦を始めたシーンから終盤まで 鋼色の魔力→鋼色のオーラ に修正しました
英雄人の描写 金色に見える光の魔力→金色に見える光のオーラ に修正しました
終盤での攻撃時の描写を少し加筆しました
中園利香達がダンジョンへ潜りに行った日のこと。
異界の勇者達の情勢が落ち着き始めれば、必要最低限の訓練を除いて城の敷地内で自由に行動をさせている。
これはサンデル王国が彼らに対しての細やかな労いであり、彼らのガス抜きでもあった。
一部の勇者達は城下町へ足を運びたいと訴えたがサンデル王国の事情によりその願いは聞き入れられていない。
鬱屈とした日々を送る者が殆どだがその中でも大官寺亮典は闘争に飢えていた。
「あーっ!暇だな小田切!」
場内を歩く彼の傍には小田切翼がいる。
小田切翼は戦闘時では外しているお気に入りのヘッドホンを今日は首から下げていた。
「俺はこのままでもいいけどな。」
大声を出す大官寺亮典と対照的に小田切翼の声は小さく聞こえてしまうが比較対象が大きい声量なだけであった。
「最近は訓練でも大したことないからこう、ムカムカするぜ!」
つまりストレスが溜まっている。
小田切翼は察したが彼は殴り合いの相手をする気がサラサラない。
どうしようかと彼は考えて一つ提案することにした。
「大官寺、兵士に頼んで相手して貰えばいいじゃないか?」
「兵士だぁ?あいつら弱くなってるじゃねえか。」
訓練でも異界の勇者達は日に日に強くなっていくので見習いや一兵卒の兵士達では相手にならないらしい。
戦う経験が浅い異界の勇者達は召喚された時に肉体が強化されやすくその強さに体が耐えられるように強固にもなっていると言う。
そして、成長速度が速い。
だからこそ異界の勇者達は戦力として重宝され、犠牲を払ってでも召喚すべき存在でもある、と言われている。
ただ召喚魔法はサンデル王国以外では確認されていないが実のところは分かっていない。
勇者の力を持て余している大官寺亮典は手にした力に自信があり、常に使い誇示したい傾向にあるようだ。
「兵士じゃなくても騎士の人でもいいんだけど。」
「そうだな!騎士はあまり戦ってくれないからな!いい機会だな!」
決まった訳でもないのに上機嫌になる大官寺亮典だが、言葉はまだあった。
「じゃあ、小田切。お前が交渉してくれ!」
「・・・。」
小田切翼は面倒事を嫌う故に適当に提案して遠ざけようとしたが上手くは行かなかった。
内心溜息を吐く彼は大官寺亮典と一緒に近くにいる兵士を捕まえた。
結論は模擬戦が許可された。
但し、相手は兵士でもなければ騎士でもない。
異界の勇者同士だった。
小田切翼としては自身が巻き込まれる展開になってしまい頭を抱える事態になったが背後で睨みを聞かす男がいる以上逃れることが出来ないと悟る。
話しかけた兵士はやはりそう言ったものの権限を持っていないため、許可を出せないが上司に当たる騎士の一人に話を通すことになった。
その上司が日頃の訓練を担当しているガンボーだった。
ガンボーにその話が持ち掛けられると彼は勇者同士での模擬戦に快諾した。
兵士や騎士は有事の際に出動しなければいけないため、だそうだ。
異界の勇者は魔王討伐や巨悪に対する切り札として動いてもらいたいため、平時でも多少の無茶はしても問題はないそうだ。
ただ、飽く迄【ヒーラー】がいる前提。
また、勇者同士の模擬戦を勧める理由はダンジョンへ向かわない勇者達も腕を鈍らせないように実戦に近い形式で行うのは悪いことではない。
それに勇者同士の力を高め合うことが出来て丁度良い、と言うことだった。
単純に力量の近い者同士で競い合った方が実力を付けやすいと言う一般論のようなものだ。
こうして大官寺亮典の鬱憤を晴らすための模擬戦が開かれた。
「本日模擬戦をするから時間のある勇者は訓練場へ行くように。」
兵士達が異界の勇者達に伝言すると何人かは足を運んだ。
秋野宗重、飯田翔太、小川智也の三人だ。
「他の奴らは?」
「さぁ?」
秋野宗重が飯田翔太に訊くも知らないようだ。
「山田はどうしたんだよ?」
小川智也が飯田翔太に訊くも同じように首を振った。
「てかなんで山田なんだ?」
「最近、お前ら仲がいいから。」
「なんか俺と山田がセットみたいな言い方だな。」
「能力的にもそんな感じだろ?」
何を当たり前な事を、と小川卓也は飯田翔太の肩を叩いた。
「そっか、お前らそう言う関係だったんだな。」
「いや、ちげーよ!」
秋野宗重の悪乗りにも元気に突っ込む飯田翔太に二人は笑った。
彼らは所属していた部活が違えど運動部と言う関係でクラス内での中も良い方だ。
そう言った関係性を持つのは北山洋成、英雄人、田辺啓一、船戸玄、上中舞、小倉柚希、若山智里も同じだ。
英雄人は北山洋成と若山智里を含めた別のグループで良く話すが偶に運動部で話したりもする。
異世界に来てもその関係性は変わらず女子三人も秋野宗重達と会話をすることがある。
そんな中の良い人達でも同じタイミングで来ることがなければそもそも来るかどうかも分からない状況だ。
秋野宗重達三人が訓練場に行けば既に軽装に身を包んだ兵士が待機していた。
「三人の勇者方!早速ですが始めて頂きましょう!」
早い展開に困惑する三人だが、後ろから威圧感を掛ける男の声に振り返った。
「おう、お前らが相手だな!」
声の主は大官寺亮典だった。
三人もそうだが大官寺亮典も訓練用の衣服に着替えたようだ。
「「「えっ?」」」
この後を予想できない三人はその場で固まってしまった。
そんな三人を気にせず兵士が声を掛けた。
「では、早速始めて頂こうと思いますが。」
「なら俺の相手はこいつら三人だな!」
大官寺亮典は兵士の説明の間に割って入った。
「えっと・・・。」
困惑する兵士を置いてそのまま話が進む。
「俺の方が強すぎるからこいつら一人ずつだと物足りないんだよなぁ。」
三人よりも背丈のある大官寺亮典は実際彼らを見下している。
「俺らがお前より弱いっていつ決めたんだ!?」
角刈りでガタイの良い小川智也が大官寺亮典に反感を抱いた。
「はぁ?最初の日に水晶で調べただろ?覚えてないのかよ?俺はAでお前らはそれ以下だって事を!」
ギャハハと笑う男に小川智也は怒りを募らせる。
「それは初日の話だろ?あれから時間が経っているんだ、実力は付いている。それにランクも目安でしかないだろ。」
「そうかよ?そう思うならお前が相手してくれるんだろな?」
「望むところだ!」
小川智也と大官寺亮典は訓練場の中央で向かい合った。
「小川の言うこともわからんでもないが。」
「大官寺も同じように強くなっているからなぁ、多分。」
二人の心配を尻目に小川智也は刃を潰した直剣を構え、大官寺亮典は素手で構えた。
「両者、構え!」
お互いに睨み合う。
まだ寒い時期で風も冷たい。
「始め!」
兵士の掛け声と同時に大官寺亮典は小川智也に向かって走った。
「行くぜ!」
【メタルガン】で大官寺亮典の体を鋼色のオーラが纏われる。
薄く淀みがない。
対して【アイアンタンカー】で小川智也の体と剣も同じように青銅色のオーラで覆われる。
「おらっ!」
大官寺亮典が右ストレートを繰り出した。
それを小川智也が剣の平で受け止める。
「うぉ!?」
しかし、踏ん張って地面を擦りながら数メートル後ろへ飛ばされた。
前で構えた剣は折れていないようだ。
「これくらいで倒れちゃ困るぜ!」
大官寺亮典は直ぐに駆けつけ左フックを小川智也の顔面に繰り出す。
それを読んで小川智也は膝を曲げつつ攻撃の下を掻い潜りながら右下に構えた剣で斬り上げる。
「おりゃ!」
大官寺亮典の左脇を狙った一撃が入った!
金属音がぶつかる音が響き渡る。
「痛くねーぞ!」
「くそっ!」
左脇が直撃しても大官寺亮典は何ともない顔で相手を見下ろした。
後ろへ跳ぼうとした小川智也だが、飛び始めた時には大官寺亮典の右のミドルキックが飛んできた。
「ぐはっ!?」
小川智也の左腕に直撃して飛ばされた!
地面に転がされて態勢を直そうとする小川智也を大官寺亮典の左足による踏みつけが襲う。
急いで転がりながら立ち上がる小川智也だが剣を構える前に大官寺亮典が踏み込んで右アッパーが飛んできた。
腹に一撃を貰って空気を吐き出すもその場で踏ん張った。
その彼が攻撃を仕掛ける前に大官寺亮典が左右の拳の連打が襲う。
「おらおらおらおら!」
速い攻撃ではないが今の小川智也は能力によって防御力と踏ん張りが上がっているものの動きが鈍っている。
だから、急所は守りつつも防御に徹しつつ隙を見つけるしかなかった。
お互いが金属に纏わる能力で体を覆っているから人の殴り合いで金属のぶつかり合いが何度も聞こえる。
激しく重い膠着状態は、大官寺亮典が思いっきり後ろへ溜めた右ストレートの前触れで途切れた。
それを隙と見て小川智也は握った剣で袈裟斬りを仕掛けた。
先に放たれた一撃は小川智也の剣。
大官寺亮典の左肩に素早く届いた。
カンッ
相手の左肩を捉えた剣による一撃は確かに入った。
しかし、肩に傷一つなく弾かれてしまった。
「っ!?」
一撃が届かなかったことに焦る小川智也だが、彼の目には不敵に笑う大官寺亮典が映った。
「ばーか!」
大官寺亮典の貯め込んだ右ストレートは容赦なく小川智也の顔面に入った!
飛ばされて何度も地面を転がる。
小川智也が握った剣は手放され受け身も失敗した。
そんな彼の元へ大官寺亮典はゆっくりと近づいてきた。
「どうだ、俺の力は?」
小川智也は両手で上体を持ち上げようとする。
しかし、大官寺亮典はそんな彼の顔を蹴り上げた。
「ぐはっ!?」
仰向けになった小川智也に追い打ちをかける。
「ランクが関係ないとか言ってたな?自分が強くなっているって?そうかもな、そうだよな!お前は強くなっているかもな!だけどな、俺だって強くなってるんだぜ!簡単な事だろ?そんなこともわかんないのかよ、ばぁか!」
何度も蹴って嘲り笑う大官寺亮典に為す術もなく小川智也は傷付いていく。
「そこまで!それ以上は!」
兵士が止めに入るも大官寺亮典の横暴は止まらない。
「まだ終わってねーんだよ!」
無視して続けようとする彼に声を掛けるのは二人。
「次は俺達の相手をするんだろ?」
「俺達、お前より弱いから二人でも構わないんだろ?」
飯田翔太と秋野宗重が正面から近づいてきた。
怒りを感じている二人を見て大官寺亮典はそれでも笑った。
「あぁ、構わないぜ!お前ら二人でもよ!」
腕を鳴らす大官寺亮典に飯田翔太は小川智也が手放した剣を手に取り、秋野宗重は虎の獣人に変化した。
「兵士の人、小川を隅の方へ運んでください。」
飯田翔太に言われて兵士は慌てて小川智也を運び出す。
「俺はいつでもいいぜ!」
鋼色の魔力を纏ったまま大官寺亮典は手招きする。
「そうかよ!」
飯田翔太が大官寺亮典に突撃する。
それに対して秋野宗重が大官寺亮典の左側へ回った。
【アタッカー】によって攻撃の意思を込めた行動の威力を上げられる飯田翔太の剣が振り下ろされるが大官寺亮典は右腕で防いだ。
「大したことないな。」
「言ってろ!」
大官寺亮典の左ストレートが襲うも飯田翔太はギリギリ後ろへ飛んで避けた。
その直後に秋野宗重が背後から殴りつける。
「貰った!」
右拳が背中に入るも大官寺亮典はビクともしない。
寧ろ秋野宗重が苦悶するまで。
「痛ー!?」
大官寺亮典の右足が後ろへ伸びて秋野宗重と蹴り飛ばした。
腹に入った秋野宗重はそのまま飛ばされる。
が、浅かったのか秋野宗重は体勢を崩さずに耐えきった。
「浅いか。」
大官寺亮典も感触で分かったのか今一な反応だった。
その彼に向かって飯田翔太が再び攻撃を仕掛けた。
「うりゃ!」
真正面から振り下ろされた剣を大官寺亮典の左拳が弾いた。
その間に後ろへ伸ばした右足を地面に着け直していた。
「まだだ!」
飯田翔太の剣戟が何度も繰り出される。
その度に大官寺亮典も左右の拳で弾き返した。
「よえーな、マジで!」
「くそっ!」
大官寺亮典は笑うが飯田翔太は苦い顔をしていた。
それでも飯田翔太は斬り続け、大官寺亮典もそれに応じた。
「小川よりは威力がありそうだが、俺からすれば大したことないぞ!」
大官寺亮典の挑発に対してそれでも同じように剣を振り下ろし続ける。
「そろそろ飽きてきたから潰すわ。」
飯田翔太の振り下ろされた剣を左手で掴んだ。
「はっ!?」
掴まれた剣はピクリとも動かない。
大官寺亮典が左手に力を込めると鉄製の剣はいとも容易く砕け散った。
唖然とする飯田翔太の顔に大官寺亮典の右ストレートが減り込んだ。
「!?」
飯田翔太がそのまま吹き飛ぶ。
その直後、大官寺亮典の背後から秋野宗重が両手で胴体を掴んだ。
「いたのか。」
平然とする大官寺亮典だが秋野宗重はそのまま下半身に力を込めながら唸り声をあげた。
「うおおおおおおおおおおお!」
ゆっくりと持ち上がる大官寺亮典の体は上まで上がると一気に頭から真下へ振り落とされた。
地面に衝突して土煙が吹き荒れる。
土煙が落ち着く前に秋野宗重は大官寺亮典の体を手放した。
ゆっくりとうつ伏せに倒れようとする相手を眺める。
「意外と衝撃はあったな。」
その声は大官寺亮典だった。
「マジかよ!?」
驚く秋野宗重だが相手は倒れる途中で腕をバネの様に跳ねさせて体勢を直した。
「今の俺は鋼みたいなもんだ。この程度、大したことないな。」
「そうかよ。」
「だからよぉ。」
一瞬で間を詰めた大官寺亮典は秋野宗重の顔目掛けて殴りかかる。
ギリギリで避けるが両拳からの連打が始まった。
鋼のような防御力を持ちつつ人間の様に撓る動きも出来る【メタルガン】は攻撃力も兼ね備えている。
それを分かっているため秋野宗重は攻撃を躱し続ける。
右拳の強打が混じった時、その硬直を隙と見て秋野宗重は大官寺亮典の右腕を掴んだ。
相手に背を向けて背負い投げようとする。
しかし。
「なんだこれ!?」
「俺は自分の意思で体の一部を固定できるんだ。」
それは腕であり脇や肩回りなど。
大官寺亮典の攻撃の勢いは消えて背負うためのプロセスが途絶えた。
急いで腕を離して距離を取ろうとする秋野宗重に大官寺亮典は容赦なく右腕で相手の首を絞めだした。
「うっ!?」
左腕で右腕を固定したため直ぐには外されない。
「牙や爪も俺には聞かないから柔道でどうにかしようとしたのか?残念だったな。」
秋野宗重の首を絞める強さが増していく。
「がっ!?」
目を見開き苦しむ秋野宗重は大官寺亮典の腕にタップするが力は緩まない。
「今のお前、獣人だから殺しても殺人にはならないよな?」
「な・・・に・・・を・・・。」
苦しくてうまく言葉に出せない相手を気にせずそのまま締め出す大官寺亮典は笑っていた。
「まぁ、訓練だから死ぬこともあるよなぁ!」
秋野宗重の中で焦りが生じる。
どんなに足で蹴っても大官寺亮典は意に介さない。
秋野宗重の意識が途切れる寸前。
「大官寺、ちょっといいかな?」
声を掛けて来たのは英雄人だった。
「お前も来たのか?」
「せっかくだからね。」
英雄人の後ろには北山洋成、海賀亨、菊池未梨亜、堂本みのり、若山智里の五人もいた。
「次の相手はお前らがしてくれるのか?」
「その前に秋野を離してくれないか?」
「そうだな、こんな奴に構う必要がないな。」
英雄人の要求に答えた大官寺亮典だが、両腕のロックを外した直後に秋野宗重の背中を思いっきり蹴り飛ばした。
当人は既に気絶しているようで地面に倒れても起き上がらない。
「二人を安全な場所へ動かさないと。」
英雄人が秋野宗重と飯田翔太を介抱しようと動いた直後。
彼の眼前に大官寺亮典の拳が迫った。
「はっ!やるじゃねえか!」
大官寺亮典の拳は英雄人が左手で受け止めていた。
「あいつっ!」
菊池未梨亜が怒るが英雄人が右手で制した。
「皆は二人を運んでくれ。」
「そんな奴、私が相手するわよ?」
「いや、彼は僕をご指名のようだ。」
「そうだな!お前とはやりたかったんだよな!」
今まで以上に眼を鋭く吊り上げる大官寺亮典に英雄人の表情は変わらない。
「ちょっと場所を変えようか?」
言うや否や英雄人は右ストレートを大官寺亮典の腹に食らわせた。
それを受けた大官寺亮典は十メートル以上飛ばされる。
「へへ、やるじゃねえか!」
体勢が変わることなく大官寺亮典は不敵に笑う。
「それはどうも。」
英雄人は走って大官寺亮典に距離を詰めた。
「今の内だな。」
北山洋成は友人達と急いで飯田翔太と秋野宗重を担いで隅に移動した。
「全然効かないぞ!」
何時の間にか英雄人が拳による連打を仕掛けるが大官寺亮典はビクともしない。
先程の試合よりも大官寺亮典が纏うオーラの色が濃くなっている。
濃度が濃くなっているのは表面の堅さが上がっている証拠だろう。
英雄人も【シャイニングオーラ】の一つ、[シャイニングフォース]と言うスキルで体中に金色に見える光のオーラを纏っている。
動きや魔力が増強された状態で攻撃しているが今の状態だと大官寺亮典の防御力が高いようだ。
「英!お前の攻撃は軽いな!」
大官寺亮典の左ボディフックが繰り出された。
「!」
英雄人はそれを防御せずに受けて左側へ数メートル飛ばされた。
それでも足から着地して体勢を直すと大官寺亮典が追い打ちを掛けに来た。
右のボディブローが放たれるが右に回避する。
更に左の手刀が英雄人の顔面を狙う。
咄嗟に腰ごと反らして避けるが右足のミドルキックが英雄人の左脇に炸裂した。
「ぐっ!?」
またしても防御できなかった英雄人は回転しながら地面に一度手をついて側転の要領で立て直した。
かなり痛いのか左脇を抑える様子が物語っている。
「さっきから俺の攻撃を受けてばかりだなぁ!?英ともあろうお方が!」
攻撃を当てて気分が良いのだろう、大官寺亮典はかなり上機嫌だ。
「流石大官寺だ。喧嘩慣れしているだけはあるね。」
「そうだな!お前らと違って戦う力は俺の方が上なんだよな!」
学校で問題に取り上げられた回数は退学にならない程度だが、裏では喧嘩をしていた大官寺亮典。
彼は体格も相まって殆どの喧嘩で負けたことはない。
それに付随して自分よりも上に立つのは認めないというスタンスだ。
ただ、今までの英雄人に対しては揉め事を抑えるために上下関係のない友好を示していたが心中ではその場所から蹴落としてやると言う一種の野心を抱いていた。
クラスのカースト上位になって他のクラスメイト達を支配したいと思っていたが、まさか異世界に来るなんて本人は思わなかっただろう。
しかし、新しい環境では武力が物を言う場所なだけに誰かに暴力を振るいたい大官寺亮典としては歓喜する事態だった。
転移する前に些細なことで喧嘩をして負かした小田切翼と気が弱くて頼めば言うことを聞いてくれる徳田俊介がいる彼は目標の為に訓練に打ち込みながら陰でストレス発散を行っていた。
目標はクラスメイト達を自分の奴隷のように扱うこと、その過程で気の弱い者達は蹴って殴れば言うことを聞くしストレスの捌け口にもなる。
そう思って彼は今日まで好き勝手していた。
その犠牲者の一人が平本慎吾だったとは誰も思わなかっただろう。
そして今、目の前にクラスメイトの大半が指示する人間が現れて屈服しようとしている姿を見ている。
これで負かせば名実共にクラスメイト達に影響を及ぼせるとほくそ笑む大官寺亮典だった。
「おら英!もうおしまいか!物足りないなぁ!?」
挑発する大官寺亮典だが、英雄人は大きく息を吐いて体勢を直した。
「僕は大官寺の事を知らなかったから、こうして攻撃を受けたわけだけど・・・。結構痛いね。防御力が上がるだけじゃなくて堅い分だけ攻撃力にもなっているし。それに可動域も影響はなさそうだ。その能力は凄いよ。」
英雄人の評価に大官寺亮典は満更でもなく笑った。
「そうだろ?俺の防御は破れない!それに攻撃も出来る!俺が!俺こそが最強なんだよな!」
大声で叫ぶ大官寺亮典だが、英雄人は構わず息を整えた。
「じゃあ、僕も仕掛けるよ。」
大官寺亮典の視界から英雄人が消えた。
「どこだ!?」
直後、大官寺亮典の後頭部に衝撃が走った。
不意打ちに一瞬たじろぐが痛みはないらしい。
後ろを見ようとした大官寺亮典だが次は左足に衝撃が来た。
膝は曲げずそのまま耐えているがそこに意識を向けようとした時には右腕、背中、腹、左腕と体の至る所に衝撃が発生している。
「めんどくせーなっ!」
大官寺亮典は腕や足を振り回すが当たるどころか触れる感触もないようだ。
痛みを感じないとはいえ一方的な連打と姿を視認できないことにストレスが溜まっているようだ。
「このっ!」
五分は経っただろうか?
大官寺亮典の胴体ががら空きになった瞬間、彼の頭は上に向かって弾かれた。
防御力が高くて痛みがないとはいえ、体の可動域は普段と変わらず勢いがあれば飛ばせることを知った英雄人だが、大官寺亮典も甘くはなかった。
「このまま地面に転ばそうって言うのか?残念だな!俺の関節は固定できるんだよ!」
大官寺亮典がファイティングポーズを取った直後、彼は微動だにしなくなった。
それでいて体を纏う魔力の色がより濃くなった。
銅像の様にその場で静止する状態になったようだ。
英雄人の殴打は続いたが先程の様に腕や足が動かされることはなく、完全に金属の塊と化した。
大官寺亮典は内心、英雄人が強力な一撃を近接攻撃に乗せるならカウンターを喰らわせる腹積もりだった。
その一撃を待っていたのだが、何時の間に攻撃が止んだ。
それでも大官寺亮典は隙を突いて攻撃することを視野に入れてその状態を維持した。
「行くよ、大官寺。」
いつの間にか大官寺亮典の正面から三メートルほど先に英雄人が現れた。
光の魔力を束ねた剣を構えている。
「来いよ英!俺はどんな攻撃でも耐えられるぜ!」
「じゃあ、試してみるよ。」
熱くなる大官寺亮典に対して英雄人は冷静に答えた。
一瞬で間合いを詰めた英雄人は既にオーラによって形成した光の剣を振り下ろしていた。
「スペルブレイク!」
その動きに反応が遅れて大官寺亮典は右ストレートを繰り出した。
光の剣が大官寺亮典を袈裟斬りにした瞬間、彼に纏っていた鋼色のオーラが霧散した。
「はっ?」
それに気づいた大官寺亮典だがそのまま右ストレートが遅れて英雄人の左頬に減り込む。
はずだった。
「なっ!?」
大官寺亮典は驚いた。
英雄人は左頬を殴られたが平然と受け止めていた。
しかも殴った本人の方が痛みを感じたまでである。
その事実を認識した瞬間には英雄人は大官寺亮典に対して濃い光のオーラを帯びた左のボディブローを放っていた。
「!?」
今日一番の衝撃音が響いたときには大官寺亮典は訓練場の端まで飛ばされていた。
いつの間にか訓練場の端に居た兵士が声を上げた。
「勝者、勇者ユゥト!」
英雄人は体に纏った魔力を体内に引かせて普段の状態に戻した。
それを見た海賀亨と堂本みのりはほっと息を吐く。
「流石雄人だな!」
「雄人が勝って当然よ!」
「まぁ、負けても私達がいるけどね。」
北山洋成、菊池未梨亜、若山智里は勝利を喜んでいた。
振り返った英雄人は彼らの元へ戻った。
「秋野と飯田、それに小川は?」
「三人は大丈夫だよ。治癒魔法を掛けたし。」
堂本みのりが伝えると英雄人の表情が緩んだ。
「そっか、それは良かった。」
「次はどうするんだ?」
「じゃあ、北山。私とやろうよ?」
「せっかくだし相手してもらうか!」
北山洋成と若山智里が訓練場の中央へ移動した。
英雄人が大官寺亮典を探すが見つからない。
訓練場から居ないのを確認して英雄人は菊池未梨亜達と一緒に秋野宗重達がいる訓練場の端っこに動いた。
「ありがとな、堂本。」
「俺からも、ありがとう。」
飯田翔太と小川智也が堂本みのりに感謝を伝えると堂本みのりは照れていた。
「いいよ、これくらい。」
秋野宗重は未だに気絶しているが目立った外傷はないようだ。
「英、いつまでここにいるんだ?」
興味がなさそうに海賀亨が訊ねる。
「取り敢えず、キリの良いところまでかな?」
「長くなりそうだ・・・。」
ため息を吐く海賀亨を置いて英雄人達は北山洋成達の模擬戦を見ていた。
その頃。
訓練場から部屋へ戻る二人の姿。
大官寺亮典と彼に肩を貸している小田切翼だ。
小田切翼の訓練服は綺麗だが、大官寺亮典の服はボロボロになっていた。
「くそがっ!」
大官寺亮典は悪態を吐いて小田切翼を振りほどく。
ウンザリしながらも小田切翼は咎めなかった。
「あぁ、忌々しい!なんだよあれ!?」
恐らく英雄人が使った光の剣を指しているのだろう。
「魔力の塊を分解するか消すかじゃないの?」
大官寺亮典よりも大分後にやってきた小田切翼だが最後の方は見ていたようだ。
「チートだろあんなのは!」
苛立ちが募る大官寺亮典は自分の手に鋼色の魔力を纏えたのを確認した。
(Sランクの勇者は伊達じゃないってことか。言ったら大官寺は怒りそうだな。)
付き合いのある小田切翼は心の内に留めておいた。
大官寺亮典は自分より低いランクの勇者が俺には勝てないと言う意味合いで小川智也に対して言っていたのをすっかり忘れている様だ。
今回を機に一部の積極的な異界の勇者達を始め段々と模擬戦が行われるようになった。
人によっては暇つぶし、ある種の現実逃避だったかもしれない。
この頃の彼らの大半はこれ以上戦うことがないと信じて疑っていなかった・・・。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが暇な時間に見て頂けると幸いです。
蛇足
今回の話は異界の勇者達の中で優劣を書いてみました。
力を持った高校生達はきっとお互いに力自慢をするかもしれない、そんな感じにしたかったのですが如何だったでしょうか?
また英雄人の持つスペルブレイクは対象の掛かっている状態を解除して肉体的に直接ダメージを与えないスキルにしましたがデメリットも存在します。
今回は英雄人や大官寺亮典、運動部組(主に男子)の活躍でしたが今後は英雄人のグループや他のクラスメイト達も活躍させられたらと思います。
次回は三人目の話を挟みますのでご了承ください。
(本主人公の話はもう少し先になります)