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恨みに焦がれる弱き者  作者: 領家銑十郎
奪われる弱者
22/131

22話 最後の想いが届かなくても

本日もよろしくお願いします。

予定外ですが投稿させていただきました。


 アルファン邸。

 夜中の襲撃はまだ続く。

 屋敷内に襲撃者が侵入した知らせが響き渡ったことで、当直の使用人達はすぐさま主であるアルファンの元へ集まった。

 女性使用人の一人であるカーリンは常にアルファンの寝室で待機しているため、二人の男性使用人達が駆けつけた。

 ボリスとエディだ。


 「アルファン様は!?」


 「大丈夫です。まだ侵入者は来ていません。」


 「時期に来るだろう。」


 ボリスは階段側、エディは奥側へ寝室から一部屋分進んだ。

 それぞれが構える。

 体内で魔力を抽出しているようだ。

 寝室の正面右側は階段もない行き止まりだが警戒はしている。

 階段側で構えるボリスは階段の傍で動く影を見た。


 「ウィンドショット!」


 構えた両手から風の弾が発射された。

 常人が駆け抜けるよりも早い弾丸は襲撃者を捉えて吹き飛ばした。

 数メートル転がった黒いローブを着た人間は直ぐには立ち上がらなかった。

 しかし、階段から次々に襲撃者が来る。

 姿を現した四人も魔法を即座に放った。


 「ウィンドショット」


 「ウィンドショット」


 「ファイアショット」


 「ファイアショット」


 四人の襲撃者が風と火の魔法を唱えてアルファンの寝室に向かって発射した。


 「させるか!」


 反対側にいたエディが両手を翳して叫んだ。


 「マジックバリア!」


 二種類四つの弾丸は全て青く光る魔法の壁に阻まれた。


 「助かった!」


 「これくらいはな!」


 アルファンの寝室の前に居た女性使用人はマジックバリアを展開中にアルファンの寝室に入ったようだ。


 「誰だよ、本当に!」


 ボリスは悪態を吐くが常に正面を睨んでいる。


 「愚痴を言ってもどうしようもない。誰であれ俺達の仕事は変わらない。」


 「あぁ、そうだな!」


 黒いローブを着た人間達は時間差を作りながらファイアショットとウィンドショットを打ち続ける。

 四人の攻撃に対して一人が防御に専念しているが、かなり持ちこたえている。


 「あの使用人達、意外とやるな。」


 「そうだな、だが数ではこちらが有利だ。」


 使用人達の実力を測り違えていた黒いローブを着た人間達はそれでも弾幕を張り続ける。

 このまま膠着状態が続くかと思われた。


 カンッ


 キンッ


 アルファンの寝室から金属音が聞こえる。

 通路に居る男性使用人達は何事かと意識を向けそうになるが相手の攻撃の手が止まない。


 「おいおい、まさか。」


 「外の壁を壊されたのか?」


 一部木材を使っているもののレンガで造られた屋敷だが屋敷の表面は屋敷に描いた魔方陣によって衝撃に強くなっている。

 筋骨隆々の人間が殴るのは勿論、魔法による爆破を仕掛けてもビクともしない。

 少なくとも使用人達は皆同じように考える。


 「早く援軍に来て欲しいぜ。」


 この時の彼らは使用人の宿泊棟にも攻撃が仕掛けられていることを知る由もなかった。




 アルファンの寝室。

 通路で攻防戦が始まった直後。

 部屋は既に何か所か蝋燭が灯されていた。

 アルファンは寝間着から室内向けの服に着替えていた。

 隙を見たカーリンが入って来た。


 「ご無事ですか!?」


 速足でアルファンの傍に来た彼女にアルファンは落ち着いて答えた。


 「私は大丈夫だ。それよりも何が起こっているのかわかるか?」


 カーリンは緊急事態用の音とすぐ傍で応戦していることを話した。


 「ふむ。この分だと向こうにいる彼らの所へも襲撃されていると見た方が良いな。」


 「誰が一体こんなことをっ!?」


 怒りを露わにするカーリンだが、アルファンが肩に手を置いて落ち着くように促した。


 「私を疎ましく思う貴族達の誰かが差し向けたのだろう。直接的には関係のない組織に依頼していることを考えれば証拠は出ないだろうな。」


 アルファンは正面の出入り口の左側にあるクローゼットを開けて奥に仕舞ってある一本の剣を取り出した。


 「覚悟しなければいけないが、簡単にくたばる気はない。」


 「勿論です!アルファン様のことは我々の命に代えても守り抜きます!」


 「頼もしい限りだ。だが、もしもの時はここから逃げても構わないからな。」


 「いえ、最後までお供します!」


 二人は出入り口を警戒したが、背後からサラサラと乾いた音が聞こえた。


 「「!?」」


 振り向いた二人の目の前にはレンガの壁の一部が砂状になって床に溜まっていた。

 更に一人の黒いローブを着た人間が外から平然と入って来た。


 「何者だ!?」


 カーリンは腰に装備したナイフを取り出して警戒する。


 「ただの襲撃者だ。アルファン・ド・リュスギーは・・・お前だな?」


 黒いローブを着た人間に訊かれてもアルファンは何も言わない。

 その直後にカーリンが距離を詰めた。


 「お前のような下賤な輩が来ていい場所じゃない!」


 カーリンのナイフが黒いローブを着た人間の首元に迫るが、彼は頭を大きく後ろへ倒した。

 同時に彼は体を捻って左足によるミドルキックを放つ。

 カーリンは咄嗟にステップを踏むが直撃して飛ばされる。


 「ガハッ!?」


 レンガの壁に激突するがビクともしない。

 アルファンは自前の剣を構えて対峙する。


 「衝撃耐性は働いている。しかし、壁は砂のようになっている。少なくとも爆破の類ではないのだな。」


 「ご明察の通りだ。これは最近開発された魔法でな。威力もなければ生物や金属にも影響を与えない。だから、この魔法があんた達に使われることはない。」


 アルファンは相手が話すことに意外性を感じたが、そのまま隙を伺う。


 「それとこの魔法の凄い点は魔力なしでも使えることだ。他の事にリソースを使っても問題なく魔法を使えるのは便利だ。」


 「それは・・・確かに凄いことだな。」


 この世界における従来の魔法は体内体外の魔力を使って現象を引き起こす、それに先人達が編み出したり纏めた法式を知識として身に付けるのが一般的である(例外はある)。

 魔方陣の場合は必要な法式が書かれているため知識がなくても魔力を流すことで発動できる。

 しかし、魔法は魔力あってこその魔法となりえるのだが黒いローブを着た人間が言う新開発された魔法が本当に魔力を必要としないのであれば魔法ではない別の何かになるはず。

 ただ、その絡繰りはとても単純なことだった。


 「そうか・・・。お前達のそれは、道具に魔法式と魔力を込めたものだろう?」


 「ご明察!流石噂に違えぬ英雄殿だ!」


 お道化(どけ)て見せる黒いローブを着た人間が付け加える。


 「それとは別に一つ。どうして俺があんたのいる部屋に襲撃できたか。答えは簡単だ。一人の襲撃じゃないからだ。」


 黒いローブを着た人間はナイフを構えた瞬間。

 蹴られたカーリンは体勢を直して横から黒いローブを着た人間に攻撃を仕掛けた。


 「外にもあなたと同じ襲撃者がいるのだからそれは理由にならないわ!」


 「それもそうだな。」


 お互いにナイフで牽制し合う。

 膂力は黒いローブを着た人間の方がありそうだが、しなる動きで瞬時に防御へ移るカーリンも引けを取らない。


 「凄いな。あんた。」


 「お褒めに預かりありがとうございます!」


 カーリンは殺気を込めて斬り込む。

 それに対応して黒いローブを着た人間も軌道をずらす。

 その時、寝室の両側の壁の一部が砂になった。


 「!」


 カーリンは砂の音に反応するが目の前の黒いローブを着た人間が釘付けにする。


 「余所見はいけない。」


 「これが狙いか!」


 寝室の両側から同じ格好をした黒いローブを着た人間が一人ずつ侵入してきた。

 ここまでのやり取りは全て黒いローブを着た人間の援軍が来るまでの時間稼ぎだったのだろう。

 新たな侵入者たちもナイフを構えた。


 「アルファン様!」


 カーリンは対峙したまま背後に居るアルファンに声を掛けるが、既にアルファンは敵と戦っていた。

 間合いを詰められ、両手直剣でナイフの攻撃を防ぐがもう一人の黒いローブを着た人間がアルファンの左腕を斬る。


 「ぐっ!」


 「アルファン様!」


 「隙だらけだ!」


 斬られたアルファンの元へ行こうとしたカーリンの隙を突いて黒いローブを着た人間も同じようにナイフで斬りつけた。


 「くっ!」


 カーリンは痛みでバランスを崩す。

 そこへ黒いローブを着た人間はカーリンの背中を左足で踏みつけて、動きを止めた。

 カーリンは右腕のナイフを背中越しに振り回そうとするが、右足で踏まれて攻撃できなくなった。


 「女を踏むのは趣味じゃないんだがな。」


 カーリンを踏みつける黒いローブを着た人間の視線の先には何度も斬りつけられて拘束されたアルファンの姿になっていた。


 「嘗ての英雄も歳には勝てなかったようだな。」


 「英雄・・・か。」


 アルファンはカーリンを見て、拘束を外そうとするが黒いローブを着た人間の一人が地面にたたきつけた。


 「貴様ら!」


 叩きつけられたアルファンを見てカーリンは激高するが拘束を解けない。

 カーリンを踏みつける黒いローブを着た人間はしゃがんで左手でカーリンの左腕の動きも抑えた。

 アルファンは拘束されながらもう一人によって猿轡(さるぐつわ)を着けられた。

 暗殺であればそのまま殺せばいい。

 しかし、直ぐに殺されないことに疑問を感じるアルファンを他所に事態は進む。

 寝室の外から呻き声が聞こえた。

 アルファンとカーリンは何事かと寝室のドアに目を向けた。

 ドアを開けて入って来たのは。

 黒いローブを着た人間達だった。


 「そっちは片付いたようだな。」


 「あぁ。外も片付いたようだな。」


 「いや、使用人達の増援が来た。直ぐにそいつの顔を出して欲しいぜ。」


 「そうか。」


 アルファンは拘束されたまま通路に引っ張り出される。

 ドアを出て近くを見ると人が二人倒れている。

 燕尾服を着たボリスとエディだった。

 喉元から血が大量に流れている。

 背後から一掻きされたのだろう。

 アルファンの中では怒り、悲しみ、自身への不甲斐無さを感じるも全てが遅かった。


 「おい、そこのお前ら!こいつを見ろ!下手な動きを取ったらどうなるか!」


 黒いローブを着た人間は階段からやってきた使用人達に声を張った。

 拘束をされたアルファンを見てその場にいる使用人対全員が動きを止めた。


 「お前ら、大人しくしろよ。」


 使用人達の背後にはいつの間にか黒いローブを着た人間達が迫っていた。

 しかし、使用人達はそれを察知しても動かなかった。


 「はい一人ずつ、両手を頭の後ろで組みながら後ろに来い。そこのお前から。」


 後から来た黒いローブを着た人間の一人が使用人達に命令する。

 使用人が彼らに近づいたところへ、彼らは手元のナイフで両手両足を刻んだ。


 「っ!?お前ら!」


 使用人の一人が叫ぶも黒いローブを着た人間が牽制する。


 「まだ、死んじゃいない。お前らが妙な事をするなら屋敷の主人がどうなることやら。」


 全員が歯を食いしばってアルファンを拘束する黒いローブを着た人間を睨む。

 動ける使用人が全員指示に従って、斬り刻まれた。

 アルファンの目の前で使用人達が無抵抗に斬り刻まれるのを見て、拘束する黒いローブを着た人間を睨む。

 アルファンの考えを理解したのか黒いローブを着た人間は答えた。


 「簡単な話だ。あんたの使用人達が暴れるのを阻止するためだ。部屋の中で拘束した使用人も同じ様に動けないようにしてある。」


 アルファンの位置では見えないがカーリンも既に傷つけられているらしい。


 「さてと、もう少ししたら仕上げだ。」


 ローブを頭まで被っているため、素顔は良く分からないが不敵に笑っていることだけは分かった。

 ここまで簡単に制圧されると思っていなかったアルファンは無理やりでも拘束を解こうとするがビクともしない。


 (済まない。私が至らぬばかりにお前達の命を散らせてしまった。恐らくここに居る者達は殺されるだろう。それでも、オリバーとケイティ。あの子達だけは逃がしてやってくれ。私はここで潰えるが既に外へ出ている者達、そしてこれからの時代を担う者達が私の夢を・・・。いや、せめて幸せな時を過ごして欲しいものだ。誰にも縛られずに生きて欲しい・・・。)


 アルファンは最後まで心の中で祈り続けるのであった。




 ケイティがポーラの部屋に辿り着いた直後。

 オリバーも敵襲に遭ったが部屋の調度品を利用して相手を倒した。

 そして、オリバーもいつもの燕尾服へ素早く着替えて二本のナイフを携行した。

 掛布団を丸めて部屋の外へ放り投げた。

 その直後、掛布団が燃えだした。

 燃える掛布団は通路の外側に着地して燃え続ける。

 オリバーは燃えた直後に部屋を出て通路の左側を確認すると黒いローブを着た人間が手を翳していた。

 黒いローブを着た人間の近くには黒焦げになった二人の使用人が倒れていた。

 相手もナイフを持っているが、火の魔法を使って殺したとオリバーは結論付けた。

 この世界の住民達は勉強や修練をすれば大抵の魔法は使える。

 使える魔法の種類や精度、強さに個人差はあるも扱いやすいファイアボールやウォーターボールは使える。

 しかし、人を燃やすとなると使用者の魔力や精度や相手の魔力強度などが関わってくる。

 二人の位置がそれぞれの部屋から近いことから部屋を出た直後に放たれたと言うことだろう。

 オリバーは部屋を出た直後に再び奇襲されると踏んで掛布団を囮にしたが、正解だったようだ。


 「良く分かったな。」


 黒いローブを着た人間が話しかけてきた。


 「こういう時は常に警戒する(たち)なんですよ。」


 「そう言う意味ではお前は優秀だな。こいつらは直ぐに引っ掛かったからな。」


 「そうですね。彼らも修行が必要でしたね・・・。」


 オリバーは失った同僚たちに心の中で祈りを捧げる。


 「私の同僚達はまだ生きていますか?」


 外に出たい気持ちを抑えつつ、オリバーは確認したくて聞いてしまう。 


 「この棟には既に居ないな。残っているのは俺とお前だけだ。」


 「そうですか・・・。」


 オリバーの目つきが変わる。

 歩きながら黒いローブを着た人間に近づく。


 「お前も焼けてくれないか?」


 黒いローブを着た人間の手から炎の塊が現れた。


 「フレイムショット!」


 炎の弾丸がオリバーに襲い掛かる。

 オリバーは半身をずらしてフレイムショットを避ける。

 相手はもう一度炎の塊を作り上げる。


 「エンチャントファイア」


 オリバーが手にしているナイフの刃が火を(まと)った。


 「なんだそりゃ?ナイフで斬るのと変わらないだろ?」


 黒いローブを着た人間は目の前の光景が可笑しくて笑った。


 「確かにそうですね。」


 直後に二発目のフレイムショットがオリバーに襲い掛かった。

 ギリギリでオリバーは避けるも相手は体勢を低くして走り始めた。

 二人が接近する。

 黒いローブを着た人間の右手のナイフがオリバーの左足を狙うが、オリバーは直ぐに距離を取った。

 対して黒いローブを着た人間は再び攻める。

 次はオリバーの腹。

 対して、オリバーは右手の燃えるナイフで弾き、そのまま上から下へ振り下ろした。


 「バカめ!」


 黒いローブを着た人間は大振りの攻撃を後ろに下がって避けた。


 (お前が振り下ろした時には俺はお前を刺している!)


 心の中で確信する黒いローブを着た人間だが、彼の目の前にはナイフの軌跡を火で描いていた。


 「はっ?」


 そして、軌跡を描いた火はそのまま黒いローブを着た人間に押しかかった。

 予想外の攻撃に彼は左右のどちらかへ避けようとしたが間に合わない。


 ブシャッ


 火の軌跡は相手を真っ二つに斬った。

 直後に断面が燃える。


 「一日一回しか使えませんが、時間が惜しいです。」


 最後まで見届けずにオリバーは階段を下りた。

 そして、外へ出る。


 「アルファン様も心配だが、先に彼らを!」


 こういう事態に陥ったらオリバーとケイティはポーラ達の安全を確保するように命令されていた。

 オリバーはそれに従って彼らが寝ている平屋に駆けつけた。


 「!?」


 平屋の一つから二人の黒いローブを着た人間達がボビィとサムを一人ずつ抱えていた。

 オリバーが彼らを確認したように彼らもオリバーに気づいた。


 「おいおい、なんで使用人がこっちに来ているんだ?」


 「知らん。あいつらがしくじったのだろう。」


 黒いローブを着た人間の内一人は体格が大きい、その男がボビィを抱えている。


 「それにもう一つの平屋は失敗したみたいだな。」


 大きい方の黒いローブを着た人間が近くに倒れている仲間を見やった。


 「ホントだ。」


 彼らの言葉に仲間を殺されたことへの感情が見られない。

 一方、オリバーはこの状況を見て気づいたことがある。


 (ケイティはポーラの所へ行けたようですね。)


 ケイティの状況は分からないオリバーだが、目の前の二人を放っておくわけには行かないと思い立ち止まる。


 「あなた達は彼らをどうするつもりですか?」


 オリバーの問いに二人は顔を見合わせた。

 すると黒いローブを着た人間が答えた。


 「どうするって?どうするんだろうねぇ?俺達も命令で動いているだけだからな?」


 「誰からの命令ですか?」


 「それは俺達も知らないな。」


 オリバーは今の話に対して恐らく本当の事だと感じた。


 「あぁ、動くなよ。こいつらがどうなっても良いなら構わないけどな!」


 「くっ!」


 オリバーはボビィ達が人質に取られていることを強調されて動きを止めた。

 最初から分かっていたが一瞬の隙でもいいから距離を詰めたかった。

 しかし、彼らは牽制してきた。

 どうすれば状況を打開できるのか、オリバーは手を(こまね)く。


 「よし、そこでじっとしていろよ。俺達は動くからな。」


 黒いローブを着た人間二人が歩き始める。

 このままでは彼らが連れ去られてしまう。

 オリバーがこの後の行動を考えようとした時。

 黒いローブを着た人間達の背後から迫りくる人影が一つ。

 オリバーは視線を動かさないようにした。

 しかし。


 「クエイクバリケード!」


 サムを担いでいる黒いローブを着た人間がナイフを握った右手を後ろへ向けて魔法を発動させた。

 大人三人分の大きさの土の壁が出現して彼等へ襲撃した人物の進路を遮った。

 壁が出現して直ぐに彼の右側から飛び出す人物。

 腹部から血を流したケイティだった。

 黒いローブを着た人間はサムを担いだままナイフで応戦した。


 「くっ!」


 「顔色が悪いな!荷物を背負っている俺でも対応できるぞ!」


 ケイティはサムを傷付けないように突くが、黒いローブを着た人間に軽く()なされる。


 「おっと!」


 黒いローブを着た人間はケイティが手を引いたタイミングでサムを見せる。


 「次にお前が攻撃するならこのガキがどうなるかな?」


 「・・・。」


 冷静になり始めたケイティと動かなかったオリバーに黒いローブを着た人間達は再び人質を突き出す。


 「じっとしていろよ?」


 くつくつと笑う黒いローブを着た人間。

 彼らは先程のように歩こうとはしなかった。

 それに疑問を感じたオリバーが口に出す。


 「何故、あなた達はここから去らないのですか?」


 「何故って?なんでだろうな?」


 サムを担ぐ黒いローブを着た人間は(とぼ)ける。

 ケイティも相手の真意を確認しようとした時、オリバーよりも向こう側、宿泊棟と屋敷の間から人が現れた。

 就寝用のワンピースに身を包んだマーユだ。


 「マーユ!?」


 声を上げるケイティにサムを担ぐ黒いローブを着た人間以外はマーユを見た。

 胸の辺りが血だらけになっているが本人は動いている。

 そして、彼女がケイティの声に反応して彼らの方を向いた。


 「二人とも!」


 ケイティとオリバー、そして彼らの状況を確認した彼女だが直ぐに視線を戻した。

 彼女の目の前には別の黒いローブを着た人間がいた。

 三人の中では一番背丈が低い。

 マーユの相手はショートソードを振っていた。

 ショートソードの横なぎに彼女は大きく避けるが胸先が掠った。


 「っ!?」


 避けきれずに左腕で胸を庇った。


 「女の胸を狙うなんて最低ね。お嫁に行けなかったらどうするの!?」


 「偶々だ。それに嫁に行けるかどうかを考える必要はない。」


 「私が行き遅れるって言いたいわけ!?」


 相手の言葉にマーユは本気で怒っていた。

 それに彼女の目尻に涙が溜まっている。


 「そこまでだ!」


 大柄な黒いローブを着た人間が叫んだ。


 「我々には人質がいることを忘れないでもらいたい!そこの女も動いたら容赦はしない!」


 ボビィにナイフを突き立てながらこの場に居るケイティ達に警告した。


 「それと武器を捨ててね、そっちから見て左側に。」


 サムを担いでいる黒いローブを着た人間も指示をする。

 打開策が思いつかないケイティとオリバーは彼らの指示に大人しく従った。


 「あんたもだよ。」


 この場に居る三人目の黒いローブを着た人間もマーユに促す。


 「・・・。」


 マーユも従ったことで両手に武器を持つ使用人はいなくなった。


 「まずは薄着の女からやれ。」


 大柄な黒いローブを着た人間が三人目の黒いローブを着た人間に指示する。


 「僕しかいないのか。」


 そう言いながらマーユへ近づく。

 マーユは左腕で胸を押さえながらその場に佇む。


 「そこの大柄な奴!」


 オリバーが声を掛ける。


 「なんだ?」


 「ボビィとサムをどうするつもりだ?」


 「さっきも伝えたがな。」


 「質問を変える。二人の命は保証されるのか?」


 「それはわからんな。二人次第だ。それに、お前達が動いたら人質は最悪な道を辿るぞ。」


 「そうか・・・。なら、この場に居る女性二人を見逃してはくれないだろうか?」


 ケイティとマーユは驚き、サムを担いでいる黒いローブを着た人間はへぇと声を漏らした。


 「無理な相談だ。」


 「それは残念です。」


 肩を竦めるオリバーだが、既に三人目の黒いローブを着た人間が動いた。


 「腕、退()かしてくれない?」


 「想像以上に痛いのよ。」


 「知らないな。」


 「大人の女性にも優しくするものよ。」


 「やっぱり知らない。」


 「これで一つ大人になったわね?」


 「必要ないな。それと下手な事したらあいつらの命もないからな?」


 それを聞いてマーユは胸を押さえていた左腕をゆっくり外した。


 「悪いな。」


 一瞬でマーユの心臓にショートソードが突き立てられた。


 「ガッ!フ!」


 三人目の黒いローブを着た人間の前でマーユが吐血した。


 「あんた、近くで見ると綺麗だな。」


 「殺した・・・相手・・・でも、言わ・・・れる・・・と・・・嬉しい・・・わ・・・ね。」


 マーユが後ろへ倒れると同時にショーとソードが引き抜かれる。


 「マーユ!」


 ケイティが叫ぶもマーユは返事をしない。


 「クエイクヒンドレンス」


 サムを担いでいる黒いローブを着た人間が言い放つとオリバーとケイティの両足に地面が形を変えて固定した。


 「「!」」


 「抵抗するなよ。」


 オリバーの背後から三人目の黒いローブを着た人間が剣を振り下ろした。

 鮮血を出しながらオリバーは倒れることも出来ない。

 続けてオリバーの両腕と両足を斬り付ける。

 痛みと出血で倒れそうだが、オリバーは歯を食いしばって立っている。

 オリバーの正面に立った三人目黒いローブを着た人間は袈裟懸けに斬った。


 「念のため。」


 既に出血がひどいオリバーの喉へもショートソードで斬られた。


 (アルファン様の命令を実行できずに・・・無念。申し訳ございません。死んでも許されることではありません。ただ、ここにポーラがいないのはケイティが逃がした証左と思いたい。ボビィとサム、せめて・・・。)


 「お次は・・・。」


 足枷が解除されて血だらけのオリバーが地面に倒れた。

 三人目の黒いローブを着た人間はそのままケイティの元へ向かう。


 「あんたも綺麗だね。」


 「誰にでも言っているのですか?」


 「いや、今日が初めてだ。」


 「あなたは覚えたての言葉を使うのが楽しいみたいですね。」


 「それでも何かを守ろうとするあんた達は綺麗に見える。」


 「そうですか・・・。」


 ケイティは特に感銘も受けず、マーユとオリバーに視線を向けてから。


 「それじゃあ。」


 三人目の黒いローブを着た人間のショートソードがケイティの心臓を貫いた。

 ケイティもマーユと同じように血を吐いて。

 彼女は目を閉じた。


 (あぁ、ポーラ。最後まで守れず、ごめんなさい。それでも私は、私達は貴女と一緒に過ごせた日々が愛おしかったことだけは確かです。だから、後ろを振り向かずに生きて・・・。)


 ケイティは足枷が解除されたと同時にゆっくりと仰向けに倒れた。

 その顔は何故か安らかであったがこの場に居る者達には分からないだろう。

 ショートソードを引き抜いた三人目のローブを着た人間の正面は血で汚れていた。


 「あとで着替えておけよ。」


 「あぁ。」


 「お前達、直ぐに行くぞ。」


 彼らは急いで敷地の裏側の石の塀を目指した。

 石を積み立てた高さ十メートルもある壁だが、その一部が砂のようになっていた。

 三人は一直線に底を潜り抜けた。


 「お前達で最後だ。」


 外で待機している黒いローブを着た人間が三人へ伝えた。


 「あとはよろしくお願いしまーす。」


 サムを担ぐ黒いローブを着た人間は軽い調子で言った。

 そのまま、三人が去ったのを見送ってその場に一人残った黒いローブを着た人間が唱えた。


 「我らが盟友達よ、命を落とし悲しむ我らに、赤い盟友達の器を天高く轟き燃え広がらせたまえ」


 手に持つ小さな宝石が赤く光った。

 その瞬間、屋敷全体が燃え上がった。

 そして敷地内の各所で爆発を起こし、高々と火柱を上げた。


 「行こうか。」


 燃えたのを確認した黒いローブを着た人間はその場を後にした。

 まだ暗い中、屋敷から大分離れた幾つもの場所から幌付きの馬車が移動する。

 どこかの平原、どこかの森から。

 そして、燃え盛る屋敷に気づくものは直ぐにはいなかった。

 屋敷の周辺は街や村はなく、近くとも馬車で一時間は掛かる。

 そんな場所で起きた火事を目撃する者は果たして居たのだろうか。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

明日以降はまた不定期更新(今回も不定期でしたが)になりますが暇つぶしに読んでいただけると幸いです。




雑談と蛇足(読まなくても問題ありません)

短い戦闘シーンが幾つも続いてしまいましたが、目を通していただきありがとうございます。

アルファンの屋敷に仕える使用人達が戦えるという描写をする機会が前回と今回しかないと思い、書きました。


この話の最初のシーンで屋敷の階段を登ってきた襲撃者の人数描写は五人で、前回裏口から侵入したのは六人だと思いますが、一人は階段下を見張っていたため二階からは見えずにいたと言う感じにしました。


またこの作品において、登場人物たちが撃ち合った『~ショット』は異界の勇者達が使っていた『~ボール』とは別の魔法です。『ボール』は球状の魔力を人が走る速度(50mを10秒くらい)で放ち、『ショット』はイメージする形状が楕円形で掌サイズにして『ボール』より数秒速い弾速ですが威力は下回っている分魔力の消費を抑えられる感じです。


アルファンの寝室に襲撃される際に用いられた方法は今後の話で出すつもりなのでお待ちください(大それたものではなく、結局はなんでもありの魔法なので)。


オリバーに関して、前から登場しているキャラですが大した活躍がなかったので上記の理由も含めて少し書かせていただきました。本当は出来る使用人にしたかったのですがちょっと厳しいだけの人になったことに反省します。


黒いローブを着た人間達

彼らの依頼内容はまた別の話で書かせていただきますので了承ください。



全く関係ない話ですが来月(2021年10月)から始まるアニメ作品が目白押しですので皆さんも体調には気を付けて楽しんでください。

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