20話 境遇
本日もよろしくお願いします。
先日の9月9日にも『19話』を投稿していると思いますのでそちらも読んでいただけると嬉しいです。
アルファンが治める街の一つ。
都程ではないが、多くの人間が街中を行き来している。
最高気温は日々少しずつ下がっており、暑さで疲れる人たちはいないようだ。
賑わっている大通りにシャツとハーフパンツの格好をしたボビィとサムがそれぞれ両手に荷物が入った袋を抱えていた。
月に一度、彼らはオリバーやケイティと街に出て買い出しを手伝っている。
いつもならポーラもいるが今日は一緒に居ないようだ。
「こんなときにポーラはずる休みかよ。」
「ボビィ。さすがにずる休みじゃないと思うよ・・・。」
ボビィは鼻息を荒く、サムは溜息を吐いていた。
「せめてオリバーも手伝ってくれればいいのによぉ。」
「オリバーは別の場所に用事があるって言っていたじゃないか。」
「もし、楽しいことをしていたらどう思うよ?」
「それは・・・羨ましいと思うよ。」
「はー、俺も早く大人になりてー。」
「もうすぐしたら大人の仲間入りだよ。」
「次の冬が終わる前だろ?早く来ねーかなぁ。」
「そうだね。って次はここだね。」
サムが停まったのは出店の一つだ。
カーキ色のタープを張った簡素な作りだ。
「あの、よろしいでしょうか?」
サムが声を掛けた相手はブラウンで短髪の痩せこけた男性だ。
ボビィ達と似たような恰好をしていた。
「なんだい、坊やたち?」
「えっと、ボビィ。ポケットから出して。」
「あ?あぁ、あれか。」
ボビィは荷物を片手で支えながらポケットに手を突っ込んで一枚の紙を取り出した。
「これ。」
ボビィは店の男に紙を差し出した。
「・・・。ちょっと待っていろよ。」
店の男はその場でしゃがむとガラス同士がぶつかる音を出しながら何かを漁っているようだ。
「おお、あった。じゃあ銀貨十二枚だ。」
店の男が見せたのは赤、緑、透明の液体がそれぞれ入った子供の手のひらサイズの瓶だった。
「たっけえな。」
「これも商売なんだよ。」
「そうですよね。お願いします。」
サムがポケットから硬貨を取り出して店の男に渡した。
「ちょうどだな。まいどあり。」
ボビィが三つの瓶を受け取って抱えた袋の中に入れると二人は歩き出した。
二人が大通りを歩く中、後ろから肩を叩かれた。
「そこの少年達。ちょっといいかな?」
「はい。」
二人は振り向くと素朴な顔をした小奇麗なおじさんがいた。
小奇麗と言ってもボビィ達と変わらない格好だ。
「道を尋ねたいんだけどいいかな?」
「道ですか?」
サムが訊くとおじさんは街一番の商会へ行きたいと言った。
「ここから北に行くと広場に出ますからそこを左に行って暫くすると豪奢な建物が右にあります。」
「なるほど、助かったよ。今から行ってみるよ。そうだ、少しだけおじさんの小言に付き合ってくれるかな?」
おじさんは二人を裏道に連れて行き、話し出した。
「実は、おじさんの家は貧しくてね。子供の時は物語に出てくる騎士になりたかったんだよ。」
「へぇ。おじさんは騎士になりたかったのかよ。」
ボビィに言われておじさんは照れながら話を続けた。
「でも、農村の子供が騎士になるのは夢の話でね。直接王様に仕えるような騎士にはなれないって知ったよ。」
「えっ?そうなのか!俺も騎士になりたいんだよ、おじさん。」
ボビィはおじさんの話に共感したようだ。
「おぉ、そうなのか!君は体格がいいから是非とも騎士になって欲しいよ!」
「俺は絶対にカッコいい騎士になってやるぜ!」
「そっちの君の将来は何になりたいんだい?」
おじさんに訊かれてサムは恥ずかしがりながらも答えた。
「僕は国に仕える宮廷魔導士になりたいです。」
「おぉ、そうかそうか!君は魔法が使えるんだね!」
「はい、まだまだ勉強中ですが。」
「サムは魔法を使うのが凄くうまいんだぜ!」
ボビィがサムの背中をバンバン叩いた。
「痛てて。ボビィは騎士に成れる強さを持っているよ。」
「当然だ!」
「二人とも夢があって羨ましいよ。是非とも頑張れ。」
「あの、聞いちゃいけないかもしれないけど。おじさんは騎士になることは諦めたんですか?」
ボビィの横で話を聞いていたサムはおじさんに訊くとおじさんが少し顔を下げた。
「そうだね。おじさんは強くなかったから結局生まれた村の土地を借りて作物を作っているよ。」
「そうなんですか。あれ、でも今から商会へ行くって。」
「今、おじさんが作っている作物で美味しいものが出来たからそれをこの街の商会で買って貰おうと思ってね。」
「そうだったんですね、その腰に下げた袋に入っているんですね。」
サムが指したおじさんの腰には小さな袋に何か丸物が入っているようだ。
「そうだよ、もし商会に認めてもらえたら君達にも紹介するね。」
「わかりました。」
少し喋った後にポケットから出したものを二人に握らせた。
「じゃあ、また縁があったら。それは皆には内緒だから。」
ニコニコしながらおじさんは去っていった。
ボビィとサムはお互いに顔を見合わせた。
二人の右手にはそれぞれ一枚の金貨が握らされていた。
――― ボビィ 回想 ―――
ボビィは大きい規模の村で生まれた少年。
両親、兄二人、姉の六人家族。
父親は村で強い戦士として活躍しており、兄二人も戦士として村の守りに従事していた。
姉はボビィが五歳頃に村長の息子へ嫁いだ。
子供のボビィは時間があれば父親に師事されて剣の腕を磨いていた。
もともとの気質なのか同年代の村の子供たちの中ではボビィは喧嘩に強く、彼らを引っ張ることが多かった。
「ボビィは俺達の中で一番強いな!」
「あのお父さんに教えてもらっているんだろ?羨ましいな!」
「俺も剣を握ってモンスターと戦いたいぜ!ボビィもそうするんだろ?」
「勿論!俺はいつか最強になるんだ!」
ボビィと少年達は時にちゃんばら、かけっこ、水遊びと様々な遊びに明け暮れた。
大半の村では七歳、八歳頃から家の手伝いをするが村によっては十歳ごろから手伝わせるところもあるそうだ。
平穏な日のある夕暮れ。
「父ちゃんが言っていたんだけどよ。森に妖精が出るんだってよ。」
「妖精?」
「見つかると悪さをするんだって。だから俺達は悪戯されないように早く寝て妖精をやり過ごすんだってさ。」
「いるのか妖精なんて?」
「ぼくのパパも言ってたよ。」
村の少年達は口々に言う。
それを聞いたボビィは何かを閃いたようだ。
「おいみんな!その妖精を捕まえようぜ!」
「捕まえる?」
「ああ、そうだ。俺達が捕まえれば妖精が悪さなんてしないだろ?」
「それはそうだけど。」
「どうやって捕まえるのさ?」
「木の箱を被せれば捕まえられるだろ?」
「妖精ならすり抜けられるんじゃないの?」
「すり抜けないだろ?それじゃ悪戯なんてできないだろ?」
彼らの話は盛り上がり、今日の夜中に全員で捕まえに行くことにしたようだ。
「それじゃ大人が寝静まったころに森の入口に集合な!」
彼らは一度解散してそれぞれの帰路に着いた。
そして月が昇ったころ。
雲が幾つも流れているが星の輝きは見える。
村から徒歩五分ほどの森に五人の少年達が集まっていた。
「これで全員か?」
「ディックとテリーは?」
「多分寝ちゃったと思うよ。」
「仕様がない奴らだ。俺達だけで行こうぜ。」
ボビィは左腰に木剣を指していた。
チャールズは小さな木箱を抱えて、ケンは木箱が入る袋を持っていた。
ダンとニックは手ぶらのようだ。
彼らが森に入って暫くすると森の茂みがガサゴソと動いた。
「な、なんだ?」
「妖精じゃないの?」
「どこだよ?」
彼らは口々に言って周囲を見回した。
「おい、あれ!」
ダンが指した場所に小さく光る何かが浮いていた。
「ホントだ!妖精だ!」
「捕まえようぜ!」
「俺とダンとニックで追い回すからチャールズとケンは後ろへ回って捕まえるんだ。」
ボビィが指示して全員で光を取り囲むように移動した。
光は彼らに気づかないのかその場を浮遊している。
夜中の森だが、彼らは目が慣れたのか少しの距離ならお互いを認識できているようだ。
「よし、今だ!」
ボビィの号令に全員で動いた。
先にボビィ、ダン、ニックが大きく動いた。
数歩遅れてチャールズとケンも動き出した。
ボビィ達と光の距離が三メートルになった時、真下の茂みが大きく動いた。
「Baw!」
「ひぃ!?」
茂みから出て来たのは体長一メートル、体毛は緑と茶色の迷彩色、大きな特徴は尻尾の先が蝋燭の灯のように明るい。
通称、ランプキャット。
村で見かける猫よりも大きいのは言うまでもない、モンスターだ。
ランプキャットは茂みから出るとダンに襲い掛かった。
「うわあああ!」
ランプキャットはダンにのしかかり両前脚でダンの肩を抑えた。
「この!」
ボビィはダンの左側から木剣を抜いて思いっきり叩いた。
「Nyan!?」
ボビィの不意打ちを受けてランプキャットは飛び退いた。
「逃がすか!」
ボビィは直ぐにランプキャットを追いかけた。
そのランプキャットの進路上に袋を持ったケンがいた。
「へっ?」
間抜けな声を出したケンにランプキャットは気にせずタックルをした。
倒れたケンに向かってランプキャットは覆いかぶさりケンの右肩を噛んだ。
「痛い!」
ケンが泣き叫ぶ中、チャールズはランプキャットへ木箱を思いっきり投げつけた。
「くらえ!」
チャールズの投げた木箱にランプキャットは気づいて俊敏な動きで避けた。
その避けた先にボビィが待ち構えていた。
「おりゃ!」
ボビィは再び木剣を振り下ろした。
しかし、ボビィの攻撃を避けてランプキャットはその場をすぐさま離脱した。
逃げるときには尻尾の先端は下に下ろしたのかどこにいるのか分からなかった。
暫くボビィが警戒するもランプキャットの現れる気配はなく、ボビィは大きく息を吐いた。
「あいつはいないみたいだ。」
「それよりもダンとケンを運ばないと!」
チャールズに言われてボビィが駆け寄るとダンは何とか自力で立っているが、ケンは噛まれた右肩が痛いのか呻いていた。
「おれは大丈夫。でもケンが・・・。」
「痛いよぉ!痛いよ!」
右肩を押さえて泣いていた。
暗くて分かりづらいが噛み痕から血が出ている様だ。
「行こうぜ。」
「ケン、手元の袋で肩を押さえるよ。」
ボビィが先頭に立って進む中、ニックがケンの持ってきた袋を彼の肩に当てて押さえた。
恐怖で泣きじゃくるダン、痛くて泣くケンを伴って数分後。
森の出口が見えてきた。
同時に、幾つもの松明と大人の影が見えた。
ボビィ達はそれらを見て安心したのか駆け足で森を出た。
「よ、よかったー。」
チャールズが安堵の息を漏らした。
「ケンが噛まれたんです!手当をお願いします!」
ニックが大人たちに叫ぶと大人の一人が駆け寄ってケンを村の中へ連れ出した。
それを見てボビィ達が安心すると大人たちの中から一人の男性が出て来た。
「オヤジ!」
ボビィは父親の元へ駆け寄った。
ボビィの父親は小麦色に焼けた肌、ライトブラウンの髪を後ろへ流していた。
「四人とも、話がある。ついて来い。」
「俺達はこのまま警戒するぜ。」
「頼んだ。」
ボビィの父親は子供達を引き連れて村の中へ進み、集まった大人たちは村の外周部を回り始めた。
「ボビィ、それに皆。森で何かあったのか説明して欲しい。」
「聞いてくれよオヤジ!」
嬉々として話すボビィと反対にチャールズ達は小さな声で話した。
四人の子供から一通り話を聞いたボビィの父親は大きくため息を吐いた。
「ボビィ!お前は何を考えているんだ!?」
父親からの怒声にボビィ達は固まった。
「こんな時間に!子供だけで!いつも言っているだろ!夜は静かに寝ていろと!それに森は危ないからお前達だけで入るなと!」
いつも以上に怒る父親にボビィは何も言えずにいた。
チャールズ達はごめんなさいと言って泣きながら謝るがボビィだけは違った。
「俺は悪くない!妖精が悪さをするから捕まえようとしたんだ!悪い奴を捕まえれば皆が安心するだろ!」
「ボビィ!そうじゃない!悪い奴がいたら父さんたちがどうにかする!でもな、お前達が怪我をしたら皆が悲しいんだ!」
「俺だって父さんから剣を教わっている!悪い奴を倒せる!」
「だからそうじゃないと言っているだろ!」
親子で問答が続くからボビィの父親は右手で頭を押さえた。
「はぁ、今晩は家に帰ろう。一人ずつ送る。」
話を切り上げてボビィの父親は四人を引き連れてそれぞれの家に帰した。
それぞれの両親は皆、子供を見るなり抱きかかえて安心していた。
彼らに謝るボビィの父親の姿にボビィは憤然としていたが何も言うことなく静かにしていた。
全員を家に帰すとボビィも家に帰って大人しくベッドで床に就いた。
それから。
ボビィはいつものようにチャールズ達と遊ぶが明るい時間に森へ行こうと言えば全員が断って喧嘩が起こる。
そして、一人で森に行って虫を掴まえて帰ってくれば父親に怒られる。
ある日は悪戯を考えるも全員が嫌だと言ってボビィと対立する。
喧嘩はいままでもあったが日を増すごとにチャールズ達の怪我が酷くなっていた。
そしてボビィの言い分は決まっていた。
「俺は悪くない!俺が喧嘩で一番強いから!」
父親との稽古で倒されると
「オヤジは大人だから強くて当然だ!兄ちゃんたちも俺より年上だから強くて当然だ!」
と言った。
気づけばボビィの周りには友達が誰も居なくなっていた。
「ボビィには付いていけないよ・・・。」
チャールズが言い残した言葉がボビィにとって友達との最後の会話になった。
そんな状況になってボビィは怒りをぶつけるために村の備品を壊すが、父親に怒られるばかりだった。
家ではボビィが慕っていた二人の兄も最初は弟のボビィにいろいろ教えていたが最後の方は口をきくことがなくなった。
更に数日が経った頃。
いつもの朝。
天候は良好、ボビィの寝起きも良かった。
家族で朝ご飯を食べ終わると父親から話が出た。
「ボビィ、このあと村の出入口まで連れて行く。」
「う、うん。」
暫くまともな会話がなかったボビィだが、父親から話しかけられたことで素直についていくことにしたようだ。
それを聞いた母親と二人の兄は不憫な目で見ていたがボビィは気づかなかったようだ。
父親についてきたボビィは村の出入り口に停まっている幌の付いた大きな荷馬車に目が行った。
「昨日の商人?」
「そうだな・・・。」
二人が荷馬車に近づくと三人の人影が見えた。
荷馬車の向こうには五人の護衛がそれそれ馬に跨っていた。
三人の人影の一人は白髪まじりの初老、つまりは村の村長。
「来たか・・・。」
「連れてきました。」
ボビィの父親は村長に挨拶して商人に向かった。
「商人、この子です。」
「ほぉ、あなたに似て将来は屈強な男になりそうですね。」
「俺も期待はしていました・・・。」
「名前は・・・ボビィでしたかな?」
「そうです。ボビィ、前に出ろ。」
「うん・・・。」
何の話か分からないボビィは一歩前に出た。
「ボビィ、両手を出してもらっていいかな?」
「はい・・・。」
言われるがままにボビィは商人に向かって両手を出した。
脇から商人の護衛をしている戦士が木製の手錠をボビィに填めた。
「えっ?」
ボビィは両手に視線を移して、父親に向けた。
「オヤジ、どういうことだよ?」
「ボビィ。お前は遠い場所に行くんだ。心配はない。お前は強い戦士に成れる。」
ボビィの父親の目は優しかった。
護衛の戦士は戸惑うボビィの背中を押して幌の中へ押し込んだ。
ボビィが幌へ入ったのを確認して商人とボビィの父親が話し出した。
「では、息子さんを受け取りました。二言はありませんね?」
「あぁ。うちには他の息子達がいるから大丈夫です。」
「そうですか、ではこちらを受け取ってください。」
商人のから硬貨の詰まった袋を受け取ったボビィの父親は中身を確認せずに受け取った。
「中身は確認しなくても?」
「貴方を信用します。ただ、それ以前に・・・。」
「人によっては事情があります。自分を責めないでください。」
「・・・。では、よろしくお願いします。」
「こちらも仕事です。それでは失礼します。」
幌の見た目は中から直ぐに出てこられそうなものだが物音ひとつしない。
幌の方を気にせず、商人が荷馬車の御者台に乗ると護衛も近くに待機させていた馬に跨った。
ボビィの父親と村長は彼らが村を出ていくのを見送った。
「行ったな・・・。」
「そうですね・・・。」
「本当に良かったのか?」
「良かった・・・とは言えませんが。」
ボビィが居なくなった村には平穏な日々が続いた。
子供たちの楽しそうな声は聞こえ、村人達も笑顔だ。
まるで最初から彼がいなかったような・・・。
――― サム 回想 ―――
サムの生まれた農村は貧しい方だ。
作物は育つものの、偶に小型のモンスターに荒らされて村を賄う分がギリギリの収穫量になる。
そんなサムの家は父親、母親の三人だけだ。
正確に言えば年の離れた兄弟もいるらしいが兄なのか姉なのかもわからない。
物心がついたときには既に家を離れていたらしい。
それに加えて、サムの産みの母親はサムが物心つく直前に亡くなっていた。
今の母親は実の母親が亡くなって数か月後に来たらしい。
彼女も村の人間で同年代の女性の中では綺麗な人だ。
父親よりも若い女がどうして年上の父親と一緒に居るのかはわからなかった。
そんな両親との生活。
ご飯を一緒に食べるが、サムと話すことがほとんどない。
朝から晩まで父親と農作業に明け暮れる。
家に戻れば母親が料理を作って待ってくれる。
毎晩両親は酒を飲んで夜を共にする。
サムが寝る前に二人が囁く声をよく耳にしていた。
「愛してる。」
「わたしもよ。」
そんな二人の関係はサムにとっては当たり前の認識になっていた。
奴隷になる前のサムの一日のサイクルは朝起きて食事を摂って日中は父親と一緒に畑仕事、夜になれば食事をして床に就く。
ただ、偶に特別な一日を過ごすこともあった。
特別な日とは、村全体で収穫した作物を当番制で近くの町に運ぶ仕事である。
基本的には大人がする仕事だが、サムの父親はリュックサックを背負いサムを引き連れて一緒に運ぶ。
荷車には山のような作物が乗せられており、それをサムが後ろから押してサムの父親が引っ張る。
午前中に町へ着き、取引先へ運ぶ。
取引先の商人とのやり取りは父親の指示でサムに任された。
と言っても事前に用意された羊皮紙に書かれた作物の一覧を商人と一緒に確認、最後に証明書とお金を貰う子供でも出来る仕事だ。
子供を相手にするのが珍しい商人はサムと接するうちに愛着が湧いたのか計算を教えるようになった。
序に言えば文字も書けるようになっていた。
これらの知識は商人が教えてくれたもので、気づけばサムと商人は仲良くなっていた。
サムが商人とのやり取りを終えるとサムの父親が機嫌よく戻ってきた。
「商人、いつも息子がお世話になっております。」
「いえ、この子は頭が良いので教え甲斐があります。大事にしてくださいね。」
「今日もありがとうございました。」
サムは礼儀よく挨拶して父親が引く荷車を押して帰路に着いた。
村と町を繋ぐ道は見晴らしがよく、道の周辺はモンスターが生息していない。
それに町から衛兵が駆けつけるため野盗が出ることもない、珍しい立地だった。
安全に仕事を終えたサム達は荷車を村長の家に運んで、売上金を渡して報告した。
荷運びの駄賃として村長から銅貨を十枚ほど貰うがサムの手元には一枚も渡らない。
それ自体にサムは不満を感じないが疑問も覚えた。
貧しい村の住人は自作の野菜の大半を売り物に回しているのに自分の家は彼等よりも豪華な食事をしている。
勿論、父親も皆と同じように作った作物の大半を出しているが村の中ではいつも豪勢な食事なのだ。
そんな疑問を抱えつつも家に戻れば母親が家で寛いでいた。
彼女も村で生産している麻を使った織物を村の女性達と一緒に作っているらしいがどこまで本当かわからない。
「戻ったぞ。」
「おかえりなさい、今から作るわ。」
父親に対して愛想を振りまく母親だがサムには一度も笑顔で迎えてくれたことはない。
夕食が机に配膳されて三人で食べ始めれば母親は隣の父親と触れ合う。
大人の男女はこんな風に過ごすのか、とサムは内心思った。
食事を終えたサムは自分の寝床に就いて、考える。
「お父さんはお母さんしか見ていない。お母さんはお父さんしか見ていない。親は子供を愛さない。だから、将来の僕は好きな人だけ愛すれば満たされるのかな・・・。」
サムの耳には隣の部屋からは両親の会話が聞こえる。
「愛してるよ。」
「私も。」
激しいキスの音が響く。
以前、サムはこっそりと覗いたときに見た光景が直ぐに思い出しているようだ。
蝋燭の灯に灯された二人の姿は情熱的だった。
サムの瞳には体を絡めた父親はいつもよりも男らしく、母親はいつもより美しく見えた。
サムの脳裏に焼き付いた両親の姿はそんな情熱的な光景だった・・・。
真夜中。
サムの近くで大きな音が聞こえた。
寝ていたサムはその音と振動によって目を覚ました。
そして、人々の喧騒。
サムはベッドから降りて恐る恐る部屋を出た。
彼の目の前には食卓が全て吹き飛んでいた。
視線を上に向ければ、月の光や星の輝きが見える。
サムは唖然とした。
寝る直前の光景は屋根や壁、調度品などがあった。
それが数時間で消し飛んでいた。
なんとなく右を向いたサムの視界には大きな黒い影があった。
月の光に照らされた毛むくじゃらの四足歩行の後ろ姿。
その生物は呆気にとられたサムに気づくことなくそのまま走り去った。
サムはその後姿を見ていたが左側から駆けつける音が聞こえた。
「おい、サム!無事だったか!?」
血相を変えてサムの肩を掴んだ近所のおじさんがサムの安否を確認した。
頷くサムにおじさんはよかったと肩をなでおろした。
「ところでお前のお父さんやお母さんは?」
「えっ?二人は・・・。」
サムは目の前の光景を見た。
そして、サムの部屋の近くにある父親の部屋を見た。
「いない・・・。」
サムの返答に困ったおじさんは集まった村の住人達と食卓だった場所を見ると月明かりに照らされた赤い何かを見た。
「おい、これって・・・。」
「さっき、何かを咥えていたように見えたな・・・。」
何人かはサムの家から立ち去る生物を目撃していたらしい。
この場でサムの両親は見つかることなく、サムを半壊した家に残すわけにはいかないと言う大人たちの意見に従ってその日のサムは村長の家に泊まることになった。
それから数日が経ち、村長の世話になりながら村の手伝いをしていたがサムの運命を変える日がやってきた。
前日から訪れている奴隷商の商人が出立の準備をしていた。
サムは早くに起きていたが、村長に呼ばれて奴隷商の商人に紹介された。
「この子を引き取ってもよろしいのですね?」
「はい、身寄りもない子なので・・・。」
「わかりました。我々が引き取りましょう。」
「ありがとうございます。」
「それではこれを受け取ってください。」
「こ、これは!こんなに受け取っても!?」
「我々も仕事ですので。」
奴隷商が懐から取り出したのは硬貨の詰まった袋だった。
サムが父親と作物を売った時の金額よりも多いらしい。
事態に置いてけぼりのサムに護衛の戦士が近づいた。
「両手を出せ。」
護衛の戦士の威圧に負けてサムは素直に両手を出した。
サムの両腕に木製の腕輪を填められて驚くサムだが、護衛の戦士たちはお構いなしだ。
「こっちだ。」
「えっ?」
サムは背中を押されながら村長を見た。
「どういうことなの?村長!」
「・・・。サム、お前を養うには足りないんだ。それに他の住人もお前を養えるほど豊かではない。」
「そ、そんな!?」
「すまんな・・・。」
涙を流すサムに顔を下げる村長。
荷馬車の幌に放り込まれたサムの目には五人の子供たちが蹲っていた。
サムが後ろを向くと幌は閉じられて外が見えない。
サムは幌に触るが体中が痛くなった。
「じっとしたほうがいいよ・・・。」
蹲る子供の一人がサムに忠告したが誰が言ったのか分からない。
忠告を聞いたサムは茫然として隅の方へ腰を下ろした。
「・・・。」
気づけば荷馬車は動き始めており、サムは荷馬車の揺れで動いたことを知った。
(町で一度見たことがある。奴隷ってやつだよね。僕もその奴隷になるんだ・・・。)
先が見えないサムは周囲の子供達と同じように下を向いて何も考えないようにするのであった。
――― 現在 ―――
街でおじさんと話してからボビィとサムはより仲良くなっていた。
一方で、ポーラに対しては以前と変わらない関係だからポーラ自身は少年同士なら仲良くなっても不思議じゃないと思って不審がることもなかった。
そんな三人は午前中は普段のオリバーやケイティに近い格好をしていた。
少年二人は長い袖のシャツに黒の長ズボンを履いて一階と二階を繋ぐ階段の掃除をしていた。
二人は生地の薄い布で足場や柵を拭いているが時折飽きてくるのか雑談を挟んだ。
そういう時に二人は奴隷になった経緯を話して大人の身勝手さに憤りを感じて共感した。
「俺のオヤジは勝手な奴だよ。俺を売るなんて。」
「うん、僕も村長に売られて嫌な気持ちだよ。」
偶の会話でポーラにも奴隷になった経緯を聞く二人だが、ポーラは決まって「二人と同じだよ。」の一言だった。
ボビィは教えてくれないことに憤りを感じているがサムはあまり気にしていない。
二人は掃除の手を止めて小声になって話し始めた。
「おい、この前の硬貨はどうするんだ?」
「まだ手元に残しておこう。それを使って物を買うとバレた時に怒られそうだし。」
「俺は早く買いたいな。カッコいい剣とか鎧とか。」
「ボビィ。そう言うのはもう少し後だよ。それに時期が来れば。」
二人の後ろから人の気配があった。
「二人とも、休んでいないで手を動かしなさい。」
オリバーだった。
二人はびっくりして直ぐに掃除の続きを始めた。
それでもボビィは不満に感じてオリバーに訊いた。
「なんで俺達も掃除しなきゃいけないんだよ?」
「・・・。一応君達は奴隷です。屋敷の管理を手伝うのも当然です。」
「へっ!」
オリバーの答えが気に食わないとボビィは気分を悪くした。
「少なくとも他の奴隷に比べたら君達の環境は恵まれている方です。少しでもアルファン様の心遣いを理解しなさい。」
「「・・・。」」
二人は奴隷の扱いについて知っているわけではないが、知らないが故に反論は出来なかった。
「ここの掃除が終わったら小屋周辺の草むしりもお願いします。それが終わったら昼休憩にしましょう。」
「わかりました。」
「ふんっ!」
オリバーの指示にサムは素直に返事をしたがボビィは相変わらずだった。
オリバーが立ち去ると二人は作業に意識を集中して草むしりに向かった。
秋に近づいたのか太陽は暑くとも風は涼しい。
二人は勉強をする小屋の傍に来て草むしりを始めた。
「サムはなんで言うこと聞くんだよ?」
「そもそも僕たちは奴隷だからね。反論の余地なんてないよ。」
「でもよぉ。」
「それにオリバーさん達の言うことを聞けば信頼は得られるよ。」
「信頼?」
「そう、信頼。いつも喧嘩腰になるより、仲良くした方が相手から色々と話は聞ける。」
「そうかぁ?」
「そうだよ。ボビィは嫌な人と話したいとは思わないだろ?」
「それはそうだ。」
「逆に仲のいい人とは?」
「話したい。」
「でしょ?だから、どんなことでも怒らずに言うことを聞く。そうしたら僕たちの聞きたいことを話してくれる。」
「そうか、そうすれば!」
「仮に嫌だと思ってもその場では我慢をするんだ。誰もいないところで不満をぶちまければいいんだよ。」
「わかった。俺はやってやる!」
「よかった、ボビィは出来る奴だからね。さっさと草むしりなんて終わらせよう。」
ボビィとサムは会話を切り上げて草むしりを速いペースで終えた。
二人は屋敷内にいるオリバーに報告をして再度外に出て確認してもらった。
「あとで庭師に雑草を運んでもらいます。二人はこれで汗を拭いて小屋で待っていてください。」
オリバーは汗拭き用の布巾を手渡して屋敷に戻った。
二人は汗を拭きながら小屋の中に入り椅子に座った。
「水飲みてぇ。」
「井戸から汲んだ水があるから飲もうよ。」
と言いながらサムは立ち上がって木製のコップ二つに大きな木桶に入った水を入れてボビィに手渡した。
「おう、ありがと。」
ボビィはそれを一気に呷った。
「はー!生き返る!」
「そうだね。」
二人は暫くぼぉとしていると小屋のドアが開いた。
「二人ともお疲れ。」
「ポーラ、昼食持ってきてくれたんだな。ありがとよ!」
「どういたしまして。」
「・・・。」
「どうしたのサム?」
「いや、ポーラが可愛いなって。」
「あ、ありがとう。二人もカッコいいよ。」
言われるのが意外だったのか戸惑いながらもポーラはお礼を言って運んできた昼食を並べた。
お返しに言われた二人の顔も満更ではなかったようだ。
今のポーラはケイティと似た黒のワンピースに白いエプロン、白い布で頭上を覆った姿だ。
ポーラの後ろにはケイティもいて同じく昼食を運びに来たようだ。
「三人とも、残りはここに置きます。食べ終わったらいつものように食器を洗ってください。」
「わかりました。」
ポーラが代表して答えるとケイティは小屋を後にした。
「腹減ったんだよなぁ!」
ボビィは早速昼食にがっついた。
きつね色に焼けた中が白いロールパンを二つ、サラダ、スープ、養殖されたあるモンスターの肉の切り身をメインにした炒め物だった。
「二人とも水は欲しい?」
「欲しい!」
「僕も!」
ポーラが二人の木製コップを抱えて水を入れた。
「置いておくよ。」
ポーラの分は二回目で運んできて椅子に座った。
食べ終わった順は、ボビィ、サム、ポーラだった。
「ポーラは食べるのが遅いな!」
「ゆっくり食べた方が体にいいから。」
「ボビィは先に食べ始めたから余計に早いんだよ。」
「俺が一番の早食いだな。」
水を飲むのも少量でゆっくりのポーラだが特に気にしてはいないようだ。
「そう言えばポーラは将来、何になりたいの?」
サムが何気なくポーラに尋ねた。
「将来?将来は冒険者かな。」
「「冒険者?」」
ポーラの答えに二人は驚いたようだ。
「うん。」
「ポーラは冒険者なのか・・・。」
サムは何故か寂しさを覚えたようだ。
「冒険者よりも騎士になろうぜ!俺達と一緒に!」
「お誘いは嬉しいけどこれだけは譲れない・・・。」
「へん!そうかよ!仲間に入りたいって言っても入れてやんないからな!」
「え?う、うん。それよりもボビィとサムは騎士になりたいの?」
「あぁ、そうだ!騎士はカッコいいからな!」
ボビィは落胆して怒って嬉しそうに話す。
「僕は・・・騎士というよりは宮廷魔導士かな。国に仕えると言う意味ではボビィと同じだけど。」
「そっか。二人とも夢を叶えられるといいね。」
優しい微笑みのポーラに二人は顔を仄かに赤く染めた。
「俺は世界一強い騎士になるんだ!」
「僕はボビィのように武器で戦うのは強くないけど魔法ならボビィに勝てそうだよ。」
「くっ!魔法は得意じゃないけど魔法がなくてもサムに勝ってやるよ!」
「僕も負けないから。」
「そうだ!ポーラは俺みたいに剣は強くないしサムみたいに魔法を使うのに苦労しているから冒険者とか騎士よりも・・・メイドがいいんじゃないか?」
突拍子もないボビィの発言にポーラは固まった。
「だ、だってよ。その、今のポーラはメイド姿が似合っているから・・・。」
照れながら理由を話すボビィだが、ポーラからは大きなため息しかでなかった。
「気が向いたらね。」
それ以上興味を無くしたのかポーラは表情に出すことなく三人分の食器を洗い場に運んで洗い始めた。
「どうしたんだあいつ?」
「洗い物を終わらせないと怒られるからじゃない?」
ポーラを気にすることなく二人は窓から流れる風で涼むのであった。
雪が降り始めるまでの数か月。
ポーラ達の日常は平穏だった。
外に出てモンスターと戦うこともあるが、今までの訓練や知識、経験を以て障害を乗り越えていた。
日常と言えば、街へ出かける際にボビィはお使いを頼まれても文句を言わなくなったことが大きいだろう。
オリバーたちは彼が成長していると納得しており、少し前からボビィやサムに訊かれて答えることが多くなった。
そんな二人は数か月前に街で道を訊いてきたおじさんとも仲良くなっていた。
人込みを避けて路地裏で話すが周囲を気にせず、自分達の近況を良く話す間柄になっていた。
「俺達、この前アルファン様に将来は騎士になりたいって言ったんだけどよ。直ぐにはなれないって言われて。どうしてなれないんだって訊いたら、国の試験が厳しいって言うんだよ。俺達、毎日訓練をしているから楽勝だって言ったら、頼もしいって言ってたのに。最初はアルファン様の私兵から始めろって言うんだぜ。国の騎士になりたいのに貴族の私兵になったら騎士になれないじゃんか。それが嫌でよぉ。」
「僕も宮廷魔導士になりたいって言ったら同じように言われました。僕もアルファン様の元で数年働けって。そうすれば宮廷魔導士になれる道筋を付けられるって。」
ボビィもサムもアルファンの元で働くことに不満を持っているようだ。
「勿論、俺達はご飯は食べさせてもらえるし、打たれることもないからいいけどよぉ。」
一通り不満を伝えたのか二人の表情はすっきりとしていた。
「そうだねぇ。なりたいものを否定されるのは嫌だよねぇ。おじさんもわかるよ。」
「だろ!?」
「あぁ、だから―――。」
おじさんが小声で話したとき、二人は戸惑いを見せたがお互いに頷き合った。
「そうか、じゃあこれを渡しておくからよろしくね。」
おじさんはサムに小さな袋を渡してその場を立ち去った。
「俺達の夢を応援してくれるなんて良いおじさんだな!」
「そうだね。」
サムは見つからないようにズボンのポケットに仕舞ってボビィと一緒に大通りに出た。
曇り空だが雨は降らなそうだ。
コートや外套を着こんだ人たちが通り過ぎる街並みは忙しなかった。
ある日、とある領地の街。
夜の街は一部を除いて静かな時間が流れていた。
そんな街の一角のどこにでも経っていそうな一般家屋。
リビングに中央のテーブルに蝋燭が灯されている。
テーブルを囲う一般市民達。
人数は六人。
全員男で年齢は二十代から四十代とばらついていた。
「確認だ。計画の準備は概ねできていると聞いたが?」
四十代の男が周囲の男達に目を向けた。
「計画に必要な物資は全て揃えた。三日ほどで装備品は届く。残りは幾つか町や村を経由して集合場所で俺達も運ぶ。」
「内部の情報はこれに書き記した。外から見た分を含めて支障はない。」
男の一人が一枚の羊皮紙を手元からテーブルに出した。
そこには建屋の見取り図が描かれていた。
「侵入ルートと脱出ルートは問題なさそうだな。」
「最優先目標の行動も問題ないかと。夜なら外に出ない。」
「第二目標は予定通り行動するか分からないから四人は確実に向かわせよう。」
「他の奴らにも追って伝えるか。」
「あとは・・・。」
細かい情報をお互いに確認した男達は話を打ち切ると六人は家を出て行った。
「注文が多い依頼だな。」
「そうだな。だが、俺達に失敗は許されないぞ。」
街の中は静寂に包まれたまま次の日を迎えるのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
明日も投稿予定なので時間があれば暇つぶしに読んでいただけると幸いです。
(基本的に不定期更新なのでご了承ください。)
雑談
今回はボビィとサムの話を中心に書かせていただきました。
彼らの話は1話(1部)ずつにした方が良かったと思いますが、サラッと目を通すくらいで大丈夫だと思います。
ボビィは村のガキ大将、サムは真面目で素直な子だったというのが伝われば良いなと思います。




