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恨みに焦がれる弱き者  作者: 領家銑十郎
奪われる弱者
18/131

18話 夢

本日もよろしくお願いします。

※9月3日にも一話分を更新しています。

※9月5日に本文の一部を変更しました

 俺→わたし(一か所)

 私→わたし(一か所)

 アルファン様が治める領地では暫く前から雨の降る日が多い。

 今日も朝から雨が降っており、洗濯物が中々乾かない。

 昼間では小屋で勉強をして、ボビィとサムと交代しながら屋敷の掃除などの手伝いをしていた。


 「ポーラ、アルファン様の元へ来てください。」


 ケイティに言われてテーブルの拭き掃除を中断して付いてく。

 中央ホールの大きな階段を上がって左へ行くと左側に幾つもの扉が並んでいるが一際大きな扉が見えた。


 「アルファン様、ポーラをお連れしました。」


 「入れ。」


 ノックをして許可を貰ったケイティは扉を開け、お辞儀をした。

 わたしもそれに倣って部屋に入るとアルファン様が机に向かって何かの作業をしていた。

 両側の壁は大きな本棚が並んでおり、部屋の中央には来賓用のローテーブルと大人が三人ほど座れるソファーが二組。

 向こう側に書斎机と言われる仕事用の机と椅子がある。


 「ポーラはそこへ座れ。ケイティは席を外してくれ。終わったらポーラを向かわせる。」


 「わかりました。」


 一礼して部屋を去るケイティを見送ってからわたしはソファーに腰掛けた。


 「忙しいと思うが少し話をしたくてな。」


 アルファン様もわたしの対面にあるソファーに座った。

 色々なところに刺繍(ししゅう)を施したシャツに上から丈の長いベスト、紺色の長ズボンと外出しないときの装いだった。


 「わたしのことはお気になさらず。」


 「では。もし、ポーラが大人になったらやってみたい仕事はあるか?」


 「・・・。それはどういうことでしょうか?」


 「そのままの意味だ。」


 「わたしは・・・冒険者になりたいです。」


 アルファン様の意図は分からないが答えない理由はないので素直に明かした。


 「冒険者か。何故、冒険者になりたいんだ?」


 「冒険者と言う身分が一番行動しやすいからです。」


 「自由でありたい、と言うことか?」


 「はい。」


 アルファン様はわたしの顔、或いは目を見ていた。


 「ふむ。」


 何かを考えているアルファン様だがわたしはこのタイミングでこんな話をするのか気になった。


 「アルファン様、考えているところ申し訳ありませんがわたしからも質問してもよろしいでしょうか?」


 「答えられることであれば。」


 「ボビィやサムにも同じことを訊かれたのでしょうか?」


 「あぁ。ポーラの前に一人ずつ訊いたな。」


 「アルファン様は私達の夢を叶えてくれる、ということでしょうか?」


 「・・・。厳密に言えば手助けをする、だな。」


 「そもそもどうしてわたしたちにここまで温情を掛けてくれるのでしょうか?」


 今回の話に加えて今日までの待遇など以前から気になっていたことを思い切って聞きたくなった。


 「そうだな、他の貴族の奴隷であれば勉学を教えたり体を作るようなことはしないだろう。食事と寝床はあるかもしれないが使用人よりも悪い待遇かも知れない。」


 従来の奴隷を知らないわたしは想像できないが奴隷商に居た時の事を思い出した。


 「私がお前達に色々と施す理由は簡単な話、人材の育成だ。」


 「人材の育成・・・。」


 「そうだ。厳密に言えばその先駆け、或いはテスト中というのが正しい。」


 「テスト・・・。どうしてまた?」


 「この国に限らず大半は貴族や王族にしか知識を授けない。世の中の職業に就く人間はほとんどが親から子へ引き継がれている現状だ。農作物を育てる小作人の子供も親の土地を引き継いで小作人になる。」


 言われてみればそうかもしれない。

 ポーラの家も農業を営んでおり、お兄さんたちはそれに従事していた。

 お母さんやお姉さんたちは織物をするかお父さんたちの手伝いをしていた。

 ボビィやサムも前に話してくれた内容からそれだと分かる。


 「家ごとに決まった仕事を引き継ぐことが悪いとは言わない。ただ、人には向き不向きがある。それ以前に夢だって見る。やりたいことができない、なりたいものになれない、目指したくても目指せないのは理不尽だと。」


 ポーラの思い出には物語のお姫様に憧れることはあっても将来の話は一切なかった。

 漠然と親の仕事を手伝うんだろう、くらいにしか思っていなかった。


 「そして、そういう思いを持つ者達がどれ位いるかは分からないが私が嘗て生まれ育った町には夢を持つ者達が多くいた。そんな者達に挑戦する機会があれば彼らの可能性が広がる。それは国にとっても悪いことではない。彼らが国をより良い方向へ発展させる力があるはずだ。そのために必要なのが知識であり体力である。今ある知識を知れば新しい発想が生まれる、それは歴史上でも示されている。体力は健康でいればそれだけ長く仕事に従事できる。」


 アルファン様の目には力強い意志が宿っている。


 「だからこそ、私の元で教育して外で活躍することで一つの証明になる。証明し続ければ国の重鎮達が注目して国中で貧富の差に関係なく勉学を教える政策が進む。お前達奴隷は謂わば試験体である。お前は温情と言ったが、私は理想の為にお前達を利用している・・・。」


 アルファン様は昔からの思いを胸に体現させるために教育をして立証させようとしている。

 恐らく、わたしたちの前にも何人もの奴隷を引き取って行っていたのかもしれない。

 長い年月を懸けてでもアルファン様は夢を叶えようとしていることが分かった。

 ともあれ、アルファン様の本音は聞けてホッとした。

 どういう思惑であり、悪いようにはされないのは間違いない。


 「いえ、アルファン様の事を聞かせていただきありがとうございます。」


 「柄にもなく話し過ぎたな。」


 「そんなことはありません。」


 「そうか。話を戻すがお前は冒険者を目指すと言ったが命の危険が伴う仕事だ。私としてはお前には危険な目に遭って欲しくない。」


 と言うが月に一回の野外演習でモンスターと戦うことが当たり前になっていることは気にしないのですか?


 「危険があるのは百も承知です。わたしは・・・これだけは曲げられません。」


 「・・・そうか。お前がなりたいと言うのであれば止めはしない。」


 ソファーから立ち上がったアルファン様はわたしの傍に来てわたしの頭を優しく撫でた。


 「・・・。」


 「お前達と私とでは爺と孫、いやひ孫かもしれないな。成人するときにはやりたい職業へ斡旋する。もし、心変わりをしたならいつでも言うんだぞ。」


 「わかりました。」


 「では、ケイティの元へ行きなさい。」


 「それでは、失礼します。」


 先程の力強い瞳と打って変わって優しい表情になっているアルファン様に一礼して部屋をあとにした。

 アルファン様は国中を動かす夢がある。

 ボビィやサムもなにかをやりたい、なりたいと言う夢があると思う。

 でも、わたしの道は夢ではない。

 あくまで手段でしかない。

 そもそも、先の事を考えられない・・・。




 アルファン様の書斎を出て、一階の食卓へ行くとケイティが掃除を始めるところだった。


 「ただいま戻りました。」


 「ポーラ、アルファン様とお話は出来ましたか?」


 「はい、将来の希望を聞かれました。」


 「ポーラは何と答えましたか?」


 「わたしは・・・冒険者と答えました。」


 「そうですか。危険な仕事なのは理解していますか?」


 「勿論。野外演習がいい例でしょ?」


 「はぁ、そういうところは鋭いですね。」


 ケイティに呆れながらも布巾を手に取ってテーブルを拭き始めた。

 ケイティは周辺の調度品を(はた)きを使って埃を落とす。


 「自由に行動できるなら、わたしは冒険者になる。この思いは譲れない。」


 「アルファン様は男だから、女だからと言う理由であなた達を妨げることはしないと思うわ。単純にあなたには平穏な日々を過ごして欲しいと思っているはず。」


 「平穏・・・。」


 考えなかったわけではない。

 今の生活は奴隷と言う立場であってもご飯を貰えて雨風を凌げる部屋でふかふかのベッドに蹲れる。

 魅力的だ。

 大人になった時の仕事にしても極力戦うことのない仕事に就くことも出来るかもしれない。

 しかし。

 こんな状況にならなければ元の世界で暮らしていたはず。

 それを奪った奴ら、ストレスをぶつけてきた奴ら、俺を奪った奴を。

 わたしは許せない。

 最後にわたしがどうなるにしても彼らがのうのうと生きているなら報いを与えたい。

 暗くて黒い想いがずっとある。

 体が変わっても心は変わらない。


 「それでもわたしは冒険者がいい。」


 「そうですか。わかりました。ただ、何かあれば私に相談しなさい。」


 「うん。」


 「よろしい。」


 ケイティも心配してくれている。

 正直嬉しいが心変わりはしないだろうなぁ。


 「そういえばケイティ。ケイティ達はどうしてアルファン様の元で働くことになったの?」


 「私達・・・ですか?使用人の一部は私やオリバーのように元々アルファン様の奴隷でしたよ。」


 「えっ!?ケイティ達も!」


 「ええ。ポーラ達と同じです。今と同じような教育を受けて。成人するときに私達はアルファン様の元で働きたくて今の仕事を志望しました。」


 「そうだったんだね。」


 「以前は三年に一回のペースで四人前後の奴隷を引き取っていました。最近になって成人する前では最低限の人数だけになりましたが。」


 「へぇ。」


 「大半の人達はなりたい職業に進んで。全員が何かしらの功績を残しているわけではないけど、それでも国に対して貢献しているのは間違いありません。少なくともあなた達の夢をどうにかしようとは思っていないから安心してほしいわ。」


 「うん、それについては大丈夫。どちらかと言えばケイティ達の事を知れて嬉しいかな。」


 「私もあなたの夢を聞けて嬉しいわ。」


 わたしたちは会話をしながらも掃除を続けていたので早く終わらせることが出来た。

 話を聞いて思ったのはケイティやオリバーの知識や体さばきが凄い理由はここで学んだからだったのかぁ。

 本人たちの資質も大きいかもしれないけど、ここでの生活が大きな影響を与えていそう。

 わたしはアルファン様の夢に貢献できないけど、誰もがやりたいことをやれる、或いは機会がある世の中になっても良い。

 将来、多くの人達が恩恵を受けられると嬉しい・・・。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

不定期更新ですが暇つぶしに読んでいただけると幸いです。




蛇足 話の進行には関係ありません。

勉強と言う名の教育に関して

この世界の国によって差はありますが、王族や貴族、一部の富裕層を中心に勉学が広がっています。

商人達など一部は貴族と繋がっていたり、コネで学べると言う状態です。

教会も存在しますが、文字の読み書きまでです。

計算に関しては人とのコミュニケーションで自然と覚えるくらいの感じです。

言語は基本的には共通語、異世界から召喚された勇者達は言葉をある程度理解して、自分達の伝えたい事を理解させる能力を召喚魔法に組み込まれています。


こう言った設定を考えようとすると実は結構大変だと思いました。


追記 ここでの成人は12,13歳頃で社会人として認められると言う意味合いです。

生まれた月に関係なく冬の終わりに一斉に年齢を上げる感じです。


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