表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恨みに焦がれる弱き者  作者: 領家銑十郎
奪われる弱者
16/131

16話 協力

本日もよろしくお願いします。

 俺達は何故か馬車に乗っていた。

 理由は現地についてから話すと言われて早四日。


 「いつまで乗っていればいいんだぁ・・・。」


 ボビィが退屈な目で外を眺めていた。

 野原の真ん中に馬車でも通れるように舗装された街道を朝から眺めていた。

 最初の三日間は町や村を通ったり泊まったりして今までにない変化を楽しんでいたが、今日は特に変化がないから馬車の中でじっとしていることに耐えられないのだろう。

 一方でサムは屋敷から許可を取って持ってきた本を読んでいた。

 一番の暇を有意義に使っているのはサムだろう。

 魔法に関する本を読んでいるから、読んで楽しく魔法を使えるようになることで一石二鳥だ。

 俺やボビィは暇つぶしになる物は持っておらず無言であちこちを眺めるだけになった。

 日が天辺を超えたあたりで馬車の速度が遅くなった。

 一緒に座っているオリバーが目線を俺達に向けた。


 「そろそろ目的地に着きます。目的地に着いたら先ずは昼食の準備をします。」


 「もう野営でもするのか?」


 ボビィが訊くとオリバーは首を横に振った。


 「当たらずとも遠からず。昼食を食べ終えてから説明します。」


 馬車が停まった場所は正面の森より少し離れた場所だった。 

 明確に木の生えていない場所に停まった訳ではなく、木陰の下で過ごせる場所みたいだ。

 馬を繋いでから積み荷から昼食の準備を始めた。

 焚火をするための木材は乾いている枝や木片を集めて燃やす。

 鍋に刻んだ野菜や肉を水と一緒に煮込んだ。

 味付けは塩だが、何かの香辛料も入れていた。

 出来上がったスープは俺達奴隷三人とオリバー、それに御者の人の五人で全て平らげた。


 「それでは説明します。ボビィ、サム、ポーラの三人はこの森の奥に入ってある植物を採取してきて欲しいのです。」


 「ある植物?」


 「薬草の一種で肺に効果があるのです。それを三人で協力して達成してください。」


 名前はクラヤミ草。

 薄暗い場所に生息する全長二十センチメートル程の紫の葉っぱだそうだ。

 根っこから取ること、数量は十束でいいそうだ。

 採取後は水の入った特殊な皮袋に入れて持ち帰ればいいらしい。


 「それとこの森には動物やモンスターが出ます。決して無理はせず、ダメなら戻ってきてください。」


 俺達は装備品を確認して森へ行くことになった。




 昼間にもかかわらず薄暗い森は怖い。

 足が竦みそうになる。

 他の二人も足取りが重そうだ。

 それでも最初は森に入らなければいけない。

 三人で並んで進むが静かな森だった。

 偶に鳥の羽ばたきが聞こえるがそれだけだ。


 「おれ、森の近くに住んでいたから平気なんだけどさぁ・・・。」


 ボビィがそんなことを言い出した。


 「それで?」


 サムが続きを促した。


 「二人はこういうところは慣れていないだろ?だから、怖くなったときはおれを頼ってくれよな!」


 サムズアップしながらボビィが頼もしいことを言った。


 「わたしも森に入ったことがあるけど。」


 しかし、俺は張り合うつもりもないのにあの時の事を思い出しながら言ってしまった。


 「ぼくもそうだよ。」


 サムも一緒に乗っかってきた。


 「その割に二人とも足が震えているよ。」


 俺達は自分の足を見た。

 確かに震えていた。

 何とか前に足を出せている状態だ。

 そして、それはボビィも同じだった。


 「ボビィも同じ仲間だね。」


 サムがそう言うとボビィは胸を張っていった。


 「おれはワクワクして震えているんだ。恐いわけじゃないからな!」


 「無理はしないでね。」


 俺は子供の時は無鉄砲になることを知っているから二人の事がなんとなく心配になった。


 「む、無理なんかしてないから大丈夫だ!」


 ボビィは鼻息を荒くしながら少し前に出た。


 「ボビィは僕たちの中じゃ一番強いからね。」


 何気にサムはボビィにフォローを入れてこの場を治めた。

 いや、俺もそうだけどサムも話を広げた一人だからね?

 俺達は辛うじて人が通れるほどの道を歩き続けた。

 



 雑木林で生い茂っているものの、時には開けた場所もありそういう場所を通るたびになんとなく安心感が持てる。

 それは二人も同じ様で表情が大分変わってくる。


 「どれくらい進めばいいんだ?」


 ボビィが何度目かの休憩でそう口にした。


 「ちょっと待って・・・。」


 俺はナップサックから地図と方位針と言う一定の方角を示す道具を取り出した。

 手書きの地図の隅に方位針に書かれた同じ文字が表記されており、森全体に目印になる箇所が書き込まれていた。

 目印は数字の描かれた白い旗で木の枝に括りつけられていた。

 俺達は何度かその目印を見つけては地図と方位針で確認して進んでいた。

 方位針の仕組みは特定の金属が何かを示し続ける特性から利用されていると言われているが解明されていないらしい。

 入れ替わる前にこれと似たようなものを見た記憶はあるけどそれの詳細が思い出せない。

 それは置いておいて、数字は二を示していた。

 方位針が示した方角と地図を見比べて次に進む方向を見定めた。


 「次は・・・。多分左へ行けばいいはず。」


 見定めたと言っても何故か自信をなくしている。

 何度か目の前の情景と地図と方位針を見比べてなんとか進路を定めていた。

 それに対してボビィは少なからず苛立ちを感じているように思えた。

 地図を見るのはポーラに任せるようにとオリバーに言われているから二人とも地図を奪い取ったりしないが少しずつぎくしゃくし始めている気がしてならない。


 「じゃあ、行こうぜ!」


 「ボビィ、早いよ!」


 さっさと行くボビィにサムは急いで駆け寄る。

 俺も置いていかれないように二人の後を追った。

 

 

 

 だいぶ日が暮れてきた頃。

 森も大分暗くなり昼間の時より一層恐怖が込み上げてきた。


 「そろそろ野営しないと。」


 サムの一言で俺達は四と書かれた白い旗の場所で落ち着くことにした。

 ここも開けた場所で三人が寝るには問題なかった。

 近くに落ちている木片や枝を集めて焚火の準備をした。

 火をつけるだけでも動物は近寄って来なくなるとオリバーが言っていた。

 サムが火をつけたことで鞄からそれぞれ保存食を取り出した。

 保存食と言ってもパンだけだ。

 それを半分齧って飲み水を飲んで暫く焚火を眺めていた。


 「疲れた・・・。」


 ボビィがそんなことをぼやいた。


 「そうだね・・・。」


 サムも同じように感じていた。


 「ポーラ、あとどれくらい?」


 サムが訊いてきたので俺は地図を取り出したところへ二人が近づいてきた。


 「今は四にいるからあと六つを通ればその先が目的地みたい。」


 「六つもあるのかぁ・・・。早く着かないかな。」


 「こればっかりはどうしようもないよ。」


 夜空を見上げるボビィにサムは宥める。

 俺もボビィと同じように上を見上げた。


 「・・・綺麗。」


 俺はこの夜空を見て目を輝かせている気がした。

 今までも見た気はするがこの世界で腰を落ち着けて見上げたのは初めてかもしれない。


 「うん、凄いよね。輝いているのは。」


 サムも同じように思ったらしい。


 「そうか?」


 ボビィはあまり興味がなさそうだ。


 「そうだよ。こんなに綺麗な空なんだよ。」


 俺はなんとなく思ったことを口にした。


 「そろそろ寝ようぜ。」


 ボビィが最初にナップサックから生地の薄い布を取り出して包まって横になった。


 「ボビィ、火の番を決めないと。」


 「俺は最後。」


 「勝手だなぁ。」


 サムが引き留めるもボビィは寝入ってしまったようだ。

 呆れるサムに俺は最初に自分がやるから寝ていいと伝えた。


 「次はサムを起こすから、よろしく。」


 「うん、ポーラも気を付けて。」


 二人が布に包まった後、俺も布を羽織りながら夜空を仰いだ。

 昔、何かで夜空の星について教えてもらった気がした。

 記憶に残っているのは・・・三角形に結べる何か。

 なんだっけ?

 だいぶ前に教えてもらったから忘れてしまったのか。

 それ以前に夜空の光景に心がときめいているのはなんでだろうか?

 平本慎吾の時よりもそう言うのは良く感じているが、娯楽が少ないからこういったことにも興味を持っているのかもしれない。

 暫く夜空を見た後は焚火を眺めて火が途絶えないように拾った枝を加えて起き続けた。

 正直、時間間隔なんてわからないし月も見えないから眠気に限界が来た時にサムの体をゆすって無理やり起こしてから俺も眠りについた。




 翌朝。

 俺が目を覚ました時は二人とも寝入ったままで起こすのに大変だった。

 見張りの話を聞けばサムも見張っていたらしいがボビィが寝たままで起こす途中で寝てしまったらしい。


 「サムが起こさないのが悪いんだろ?」


 ボビィは悪びれる様子もなかった。


 「ボビィだけたくさん寝ているのがずるいだろ!」


 起きた後も二人で喧嘩を始めたところで俺もついカッとなってしまった。


 「二人ともいい加減にしろっ!」


 「「・・・・。」」


 俺の声に二人は黙ってくれた。

 こんな大声で叫んだのは泣いて以来だろうか?

 それでもあまり迫力を感じないが静かにしてくれたので良しにしよう。

 それから携帯食料を数口食べて出発した。

 日が昇って数時間、景色があまり変わらない。

 印を二つ見つけて歩くが昨日よりもペースは遅い気がする。


 「まだ着かないのかよ?」


 「あと四か所通らないと着かないよ。」


 「こんなに長い道のりだとは思わなかった・・・。」


 ボビィも疲れているが俺とサムも疲れている。

 三人で立ち止まって地図を見る。


 「次のポイントまでもう少しだ。」


 サムがおおよその検討を付けて地図を指した。


 「どうしてチェックポイントを行くんだ?」


 「どうしてって。オリバーに言われたから。」


 ボビィの疑問にサムが答えた。

 俺達が森へ入る時にオリバーが今回は地図通りに行くように言っていた。


 「沢山曲がって中々進んでないだろ?ここから真っすぐ進んだ方が速いじゃんか。」


 ボビィは俺達がいるであろう場所から目的地に一直線で指さした。


 「それはそうだけど・・・。」


 サムは苦い顔をして口を閉ざしてしまった。

 ボビィが言うことも分からなくない。


 「渡された地図に従ってチェックポイントを通るのは森に棲む動物やモンスターに襲われないように進むためじゃない?」


 俺が言うとサムは顔を上げて納得した顔になったがボビィは相変わらずだ。


 「動物やモンスターが出てきても倒せばいいだけだろ?俺達は毎日のように訓練を受けているんだぜ!怖い奴なんていない!」


 「現実は甘くないって。」


 「だったら俺はこのまままっすぐ行くぜ!」


 豪語したボビィはそのまま道なき道へ進んでしまった。

 今まで通ってきた道は険しいとはいえ多少は舗装されていたがボビィが進んだ先は雑木林だ。


 「ボビィ・・・。」


 サムは俺とボビィを相互に視ていた。


 「サム、ボビィの所へ一緒に行こう。彼が一人だと迷子になるかもしれないし。一人よりは三人で行こう。」


 「うん、わかった。」


 俺はサムを促してボビィの後を追った。

 雑木林を歩くが横から延びる枝葉が邪魔で中々進めない。


 「ボビィ!待ってぇー!」


 叫ぶが直ぐには止まってくれない。

 それでもボビィの通った場所を行くから数分で追いつけた。


 「なんだよ、俺が居なくて寂しいのか?」


 「いや、そうじゃないよ。」


 サムが言うとボビィは不機嫌な顔になった。


 「えっと、せっかく三人でお使いを頼まれたんだから三人で行こうよ。一人より三人だよ。」


 俺が言ったことでボビィの表情は幾分か柔らかくなった気がした。


 「しょうがないなぁ。一緒に連れて行ってやるよ。」


 サムは納得していない顔だったが取り敢えず話はまとまった。




 俺達三人は道なき道を突っ切ることにしたがやはり進みづらい。

 俺達の身長もある木々が行く手を阻み、足元は木の根っこがむき出しになっているから時々三人とも転んだりした。

 それなりの時間が経つ頃には俺達三人は泥だらけになってかなり疲弊もしていた。


 「あとどれくらいで着くんだ?」


 ボビィのボヤキに俺は地図を見た。


 「真っすぐ進んでいるならもうすぐなんだけど・・・。」


 途中から険しい坂道になっているから余計に進んでいないように感じる。

 この地図には山や谷の状態がわからないからずっと平地だと思っていた。


 「やっぱり地図通りに・・・。」


 「うるせー!つべこべ言うな!」


 ボビィの怒声にビクつくサムは肩を震わせていたが直ぐに言うことはなかった。

 暫く三人とも無言だったが先頭のボビィが声を上げた。


 「やっと目的地か!?」


 先の見えないところから出ると目の前に体長二メートル程のグリーンボアが俺達を睨んでいた。


 「ぐ、グリーンボア!?」


 「グリーンボアってなんだっけ?」


 サムの驚きにボビィは暢気に訊いてきた。


 「勉強しただろ!?グリーンボアは森に生息するモンスターで特徴はボア系の中では緑の毛並みで日中は他のボアよりも動きが速くなるんだ!それにボア系は突進力もあるから僕達じゃ受け止めきれない!」


 サムの言う通り緑の体毛が特徴的で白い二本の牙と堅そうな鼻で敵を飛ばせるだけの力を持つグリーンボアは俺達で倒せるかどうかわからない。

 ゴブリンやコボルド一匹ならどうにかできそうだが体の大きいモンスターを倒せるかどうかわからない。


 「わたしが囮になるから二人は先に行って。」


 俺は持っていた地図と方位針をサムに預けた。


 「お前だけで倒せるわけがないだろ!」


 ボビィの言うことは尤もだ。


 「別に倒すつもりはない。適当なところで撒くつもりだよ。」


 「ポーラは女の子じゃないか!一人で置いてくなんて!」


 サムに心配されるが、サムよりは動けるはずだ。

 昔、青いイノシシを倒したことがある。

 でも、なんで倒せたかは分からない。

 何度も避けて最後は上から襲って剣を突き立てたけど。

 今回もそんなやり方で倒せるのかがわからない。

 しかし、避けるならどうにかできるはずだ。


 「いいから行って!あいつも仕掛けてくる!」


 俺達の目の前のグリーンボアは左足を何度も地面に擦って助走を付ける。

 ボビィとサムを叩いてその場から退かせた。

 その直後、俺の方に向かってグリーンボアが突進を始めた。

 俺は早いタイミングで右へ回避した。

 その甲斐もあってグリーンボアはそのまま俺のいた場所を通過して後方へ走っていった。

 暫く走ってもらえればいいだろうと思った。

 しかし、甘くはなかった。

 俺が後ろを見ると急ブレーキをかけて体の向きを変えてゆっくりと走るグリーンボアがいた。


 「嘘だろ!?」


 俺はグリーンボアに向き直り相手の動きを見る。

 グリーンボアは再びスピードを上げた。

 さっきよりも速い!

 俺は直ぐに体を動かそうとしたが足が縺れて右へ倒れ込んでしまった。

 やばい!

 そう思ったがギリギリ軌道上からは逸れたようで直撃は間逃れた。

 しかし、先程よりも早く体を捻って向きを変えるグリーンボアに俺は慌てて体を持ち上げようとするが直ぐに動けない。

 そう、俺の体は震えていた。

 動け!

 動けよ!

 俺は体に力を籠めようとするが直ぐには動いてくれない。

 突進してくるグリーンボアが大きく見える。

 こんなところで終わりなのか?

 そう思った直後。

 俺の目の前に誰かが覆いかぶさった。


 「大丈夫!?」


 それはサムだった。


 「なっ!なんで!?」


 そして、向こう側にはグリーンボアの右側から剣を突き立てて突撃したボビィがいた。


 「うおおおおお!」


 ボビィの雄叫びと共にグリーンボアが飛ばされた。

 体を横向けにされたグリーンボアにボビィは剣を引き抜いて何度も叩きつける。


 「おらっ!おらっ!おらっ!」


 俺達の持つ直剣は切れ味がなく、叩きつける武器である。

 それに大半の動物やモンスターは体毛により斬られづらい。

 ボビィの攻撃はつまるところ叩いているだけであった。

 サムに手伝ってもらってなんとか立ち上がれた俺はサムに俺を言った。


 「ありがとう、サム。」


 「いいよ。それよりも。ボビィ!足を叩くんだ!」


 「わかった!」


 ボビィはグリーンボアの動く右足を何度も叩いた。


 「!?!?!?」


 グリーンボアは脚が痛いのか体全体で暴れまわった。

 さすがのボビィも揺れる体から飛び退いて体勢を立て直す。


 「なんで二人とも戻って来たの!?」


 「俺より弱い奴を置いて逃げられるかよ!」


 ボビィが鼻息を荒くしていた。


 「そ、そう。」


 普段の訓練ではボビィに負け越す俺が出張ったのが気に食わなかったのか、或いは照れ隠しなのか。


 「女の子を置いて逃げるのは恥ずかしかったんだ。」


 サムも続けて言う。

 少年達の矜持と言うことらしい。


 「それよりも今のうちに逃げるよ!」


 「なんでだよ!弱っている今なら倒せるだろ!」


 「僕達は薬草を取りに来たんだ!足を痛めた奴なら逃げ切れるし倒すなら帰りがけでもいいだろ!」


 「俺はこいつを倒して―んだよ!」


 ボビィは興奮しているのか逃げずにそのまま戦うと言い出した。

 俺もここは引くべきだと思うが、ボビィを残していくわけにはいかない。


 「すぅー、はぁー。」


 俺は呼吸を整えた。

 ボビィはグリーンボアから距離を取っているがいつ襲い掛かるか分からない。


 「サム、もう一回私が囮をやる。」


 「何を言っているんだポーラ!?」


 「そこらじゅうの木に向かって走ったあいつが動きを止めた瞬間にサムとボビィで足を攻撃してほしい。あいつがまた動きそうになったら距離を取って。またわたしに向かって走らせる。」


 「囮なんて危険な役目じゃないか!」


 「でも、あいつの足を攻撃するなら二人の方が良い。」


 「・・・そうかな、そうだね。」


 一緒に訓練しているが俺の腕力は二人には及ばない。

 走る分にはまだついていけるが細身のサムにすら腕力では劣ってしまう。

 俺も力があればと思いつつ、サムの背中を叩いて行動に移す。


 「そこの豚野郎!わたしが相手だ!」


 俺が大声を上げるとグリーンボアは俺の方へ向き直って走り始めた。

 俺は背後に木がある場所へ動いて誘導した。

 その間にサムはボビィに説明した。

 ボビィは鼻息を荒くしていたが取り敢えず話を聞いてくれたようだ。

 俺はタイミングを合わせて避けた。

 直後、グリーンボアは後ろの木に激突した。

 木はゆっくりと倒れるがグリーンボアは反動で止まっていた。

 その隙にサムとボビィが駆けつけてグリーンボアの後ろ脚を叩き始めた。


 「この野郎!」


 「えい!や!」


 ボビィとサムが声を上げて攻撃をする。

 隙があったとはいえグリーンボアは後ろ脚を蹴り上げて二人に距離を取らせる。

 体を捩じって向きを変えるが先程よりも遅い。


 「二人とも離れて!」


 俺は別の木を探してグリーンボアに近づく。

 距離を取った二人よりも近づいてきた俺の方に目が向いてグリーンボアはゆっくりと走り出した。

 痛めた足で走る速度は先程よりも落ちているが近づけば鼻や牙で攻撃される。

 距離を取りながら次の木まで誘導して直前で回避した。

 急には止まれなかったグリーンボアが再び木に激突した。

 怯んで動きを止めた相手に合わせて二人は再び近づいて攻撃を再開した。


 「このやろー!」


 「えいっ!やいっ!」


 右の前後の脚が動かなくなると二人は左側の脚を無我夢中で攻撃し始めた。

 体を捩じって追い払おうとするグリーンボアだが脚が機能せずに追い払えないでいる。

 俺は暴れるグリーンボアの頭に回って剣を握った。


 「はぁ、はぁ、はぁ・・・。」


 手が震える。

 モンスターの命を奪うのは初めてじゃない。

 なのに、怖い。

 グリーンボアの目が俺を見る。

 まだ生きている目、生きたい目。

 俺達は何のためにこいつを殺すんだ?

 生きたいからだ。

 こいつは俺達を敵か餌としか思っていない。

 俺達は敵意を向けなければ戦うことはなかった。

 本当になかったのか?

 いや、そこじゃない。

 今のこいつは戦う力がない、追いかける力もないはずだ。

 それなら見逃していいんじゃないのか?

 俺は命を奪うことが怖くなった?

 何を考えているんだ。

 俺はあいつらに復讐を誓ったんだ。

 こんなところで・・・。


 「うわああああああ!」


 俺はグリーンボアの目を貫くように突き立てた。

 一層暴れまわるグリーンボアの頭を剣で制限しようとするが子供じゃ押さえつけられない。


 「喉を斬れ!」


 俺が叫ぶと二人は同時にグリーンボアの喉に剣を突き立てた。


 「っ!」


 「うわぁ!」


 ボビィは剣を突き立てたまま、サムはグリーンボアの抵抗に勢い余って地面に転がった。


 「gfff!gfooo!」


 暫く俺達はグリーンボアを押さえつけていたが少しずつ動きが小さくなり、やがて静かになった。


 「・・・。」


 動きの停まったグリーンボアを見て俺は久しぶりにモンスターを倒した実感を得た。

 はずなのに、初めて倒したような感慨だ。


 「うおぉぉぉぉ!俺達、モンスターを倒したぜ!」


 「そ、そうだね・・・。」


 興奮するボビィにサムは苦笑いで答えた。

 それから俺達は突き立てた剣を抜こうとするが簡単には抜けず、かなりの時間を要した。

 血だらけの剣は背丈ほどもある葉っぱである程度拭いた。

 返り血は諦めて三人で地図と方位針を確認して目的地へ向かった。

 今まで以上に疲れた俺達は周囲への警戒を怠っていたが、モンスターに襲われなかったのは幸運だった。

 

 


 サムが地図と睨めっこをしながら進むと今まで以上に鬱蒼と生い茂った場所に辿り着いた。

 太陽の光は何十メートルも高さのある木々が遮ってかなり暗い。


 「こ、ここを進めばいいのか?」


 ボビィは声を震わせながらサムに尋ねた。


 「そ、そうだね。地図もここって描いてあるよ。」


 サムは顔を青ざめて答えた。

 俺も怖いと感じるがここにお化けは出ないだろう。


 「二人とも、行くよ。」


 俺も震える脚を一歩踏み出した。


 「はん、俺は怖くねーぞ!」


 強がりを言うボビィは鼻息を荒くして俺よりも前を歩きだした。


 「は、はは。ぼ、僕だって・・・。」


 サムも急いで駆け出した。

 森の奥地で恐怖を感じるのは悪いことではない。

 昔、彷徨ったダンジョンは光る魔鉱石で通路や広場は見えてもモンスターとの遭遇や飢えに対して常に恐怖は持っていた。

 初めての、先が暗い場所は恐怖が駆られる。

 普通の事だ。

 二人は今まで経験がないから当然だし、俺だって先のわからないことに恐怖を覚える。

 それもここでビビッて足を止めるわけにはいかない、行かないんだ。

 俺達が歩き進めると川のせせらぎが聞こえた。


 「川があるのか?」


 「多分、暗くて地図が見えづらいけど描いてある。」


 ボビィの言葉にサムが地図と睨めっこした。

 進んだ先には。

 太陽の光がほとんど届かない場所で。

 小さく青白く光る何かが浮遊していた。

 それらが照らすのは生い茂る木々だけではなく幾つもの小さな川とその(ほとり)に咲く植物たちだった。


 「綺麗・・・。」


 俺の口から自然と零れた。

 ダンジョンの魔鉱石の光とは異なる柔らかい光だと感じた。

 発光しているのが何か分からないが今のところ、危険はなさそうだ。

 ボビィとサムも目の前の光景に見とれているが、ボビィが思い出したように声を上げた。


 「そうだ!ここが目的地なのか!?」


 「多分。スケッチされたイラストがあるから待ってて。」


 雑嚢から取り出した一枚の羊皮紙を取り出して広げると採取する植物のイラストが描かれていた。

 花弁が五枚、茎は少し太い、葉っぱは三枚。

 しかし、花弁の色が紫色かどうか分かりづらい。

 俺達三人は川辺の花に近づいた。


 「適当に引っこ抜こうぜ。」


 「流石に手あたり次第に抜くのはダメだよ。」


 「どうしてだよ?」


 「もしかしたら毒のある植物に触って死んじゃうかもしれないし。」


 ボビィに対して俺が説得すると渋々下がってくれた。


 「そう言えばこの光っているのって・・・。」


 俺は気になって青白い光を目で追うが直ぐには分からない。


 「多分、ライトリーじゃないかな。」


 「ライトリーってなんだ?」


 サムは咳払いをして説明した。


 「虫の一種でお尻を光らせるんだ。綺麗なところじゃないと生息しない貴重な虫。人に害はない。それと妖精の親戚と言われているらしい。」


 真偽のほどはともかくこの青白いのが虫なのか・・・。

 飛んでいるライトリーを観察すると幾つかの植物に何匹も止まっている。

 俺はそっと近づいてその植物を見ると、花弁の色が紫に見えた。

 他の植物の花弁の色は分からないが姿を考えればこれしか該当しないだろう。


 「二人とも、ライトリーが集まっている花を採取しようよ。」


 「わかった。」


 「やっと採れるのか!さっさと取ろうぜ。」


 「出来るだけ根っこも取ってね。」


 「分かってるって!」


 俺達は目的の花を採取した。

 持ってきた容器に川の水を汲んで、その中に根っこごと採取した花を入れた。

 根っこは細くて完璧に取るのは難しかった。

 時間をかけて三人で十束を採取したら来た道を戻ることにした。




 行きは不安だったが帰りは不安に感じなかった。

 特にボビィは軽い足取りだった。

 と言っても元々生い茂っていた場所なだけに日も暮れれば先程の暗さと大差がなくなっていた。


 「二人とも、ここで寝ない?」


 サムの提案に俺達は頷いて一息つこうとした時。


 「grrrrrr・・・・。」


 俺達の右側から何かが迫ってきた。

 俺達はその唸り声のする方へ向いた。

 暗くて全貌は分からないがモンスターであることには違いない。


 「こんなときにモンスターかよ!」


 ウンザリしたボビィはすぐさま剣を握った。

 遅れて俺とサムも剣を握った。

 暗がりだが、大まかな容姿は分かった。

 全身を体毛で包んで四足歩行で距離を詰めたモンスター。

 セジュアベア。

 短い耳、爪、牙。

 体躯は先程のグリーンボアと同じくらいだが四肢は太い。

 それに一時的に二足歩行もでき、前脚で敵を薙ぎはらう。

 しかも、地面から槍の形状を作り出す【クエイクジャベリン】と言う魔法を使うらしい。

 疲労の溜まっている俺達に構うことなく距離を縮めたセジュアベアは、一番近くにいたボビィに襲い掛かった。


 「うわああああ!」


 突然の遭遇とそれによる恐怖で絶叫するボビィにセジュアベアの攻撃が届こうとした時。

 その間に割って入った存在がいた。

 ボビィに攻撃が届く前にセジュアベアが後方へ飛んで行った。


 「「オリバーさん!」」


 俺とサムは助けに着た存在を見て安堵した。

 セジュアベアを飛ばしたのは燕尾服を着たオリバーさんだった。


 「三人とも、怪我はありませんか?」


 「大丈夫です。」


 「わたしも。」


 「・・・。」


 ボビィは腰が抜けて直ぐに返事をしなかったがオリバーさんはボビィをゆっくり立ち上がらせて全身を見回した。


 「ボビィも怪我はないようですね。三人とも、ここで待ってくださいね。」


 オリバーさんは体勢を立て直したセジュアベアに追撃を掛けた。

 セジュアベアは木々の間を縫ってオリバーさんに接近した。

 両者が一メートルほどの距離に迫った時。

 セジュアベアは左前脚を思いっきり振って傍の木を無理やりへし折った。

 その木がオリバーさんの方へ倒れていく。

 対してオリバーさんは倒れてくる木とは反対側に避けた。

 その直後にセジュアベアは機敏な動きでオリバーさんに襲い掛かった。


 「ハートブレイク!」


 オリバーさんは瞬時に黄色の光を纏った右拳をセジュアベアの下へ潜り込みながら胸の部分に打ち込んだ。

 大気が震えた。

 そんな気がした直後にセジュアベアは数メートル空中に上がってから地面に倒れた。

 セジュアベアの下敷きにならないように後ろへ下がったオリバーさんは倒れたセジュアベアを数秒眺めた後に俺達に向き直った。


 「三人とも、今日はここで野営を取りましょう。夕食の準備をしてください。」


 この後、オリバーさんは倒したセジュアベアを解体してそれを夕食のメインディッシュにした。

 解体作業も俺達に教えながら進めたため、食べる時間はかなり遅かったが食べた夕食は野営で食べたご飯の中では美味しかった。

 ただ、解体を始めるときに俺は可哀そうだと感じて涙を流したが契約の都合もあり、泣いたまま作業に参加した。

 あまり気持ちの良いことではなかったが何れ一人で生活するときに必要になる技術だと思い、必死に覚えることにした。

 落ち着いたボビィは俺を見てニヤニヤしていたが、いざ作業を進めると顔を青くしていた。

 勿論、サムも顔を青くしながら作業をしていた。

 今回の出来事は初めてだらけだった。

 夕食を摂る中で、今回の演習の目的を明かされた。

 簡単に言えば冒険者になった時に必要になる技能と体験。

 必要な技能すべてが昨日今日で分かった訳ではないが、地図と方位針の使い方、仲間との協力、突発的な出来事への対処であった。

 地図と方位針は実地で体験した方が覚えやすい。

 仲間との協力は目的や目標に向かって協調性を取れるか、同じ方向を向けるかなど。

 突発的な出来事への対処は主にモンスターとの遭遇だが、必ずしも戦わなければいけないことはない。

 場合によってはやり過ごすことも重要だ。

 と言った話だった。

 正直、どれも満足の行く結果ではなかった。


 「三人ともまだまだですね。最初の内は地図通りに行動した方が安全に勧めました。時には道から外れることも必要ですが初回から外れるとは思いませんでした。」


 オリバーさんはこっそりと後を付けていたようで俺達は気づくことなく自分達のペースで行動したわけだ。

 セジュアベアの遭遇はオリバーさんがいなければ死んでいたかもしれない。

 俺自身、自分の弱さを自覚せざるを得なかった。


 「三人がどんなことをしたいかはこれからゆっくりと考えてください。この体験が将来役に立つかはわかりません。それでも私達は君達に出来る限りのことを教えたい。」


 オリバーさんの顔は真面目だったが何時もよりは幾分か表情は柔らかい気がした。

 夕食後、俺達三人は直ぐに寝てしまった。

 疲れがどっと押し寄せて来たのもあるが、オリバーさんが来たことで気が緩んだのかもしれない。

 翌日はオリバーさんに教えてもらいながら帰路に就いた。

 森を抜けて馬車での帰りは相変わらず退屈な時間が多かったがそれでも掛け甲斐のない思い出の一つになった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

不定期更新ですが暇つぶしに読んでいただければ幸いです。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ