15話 変わり始めたもの
本日もよろしくお願いします。
アルファン様の奴隷になって早数か月。
奴隷の時の服は初日で処分され、今の体格に合わせた衣服を貰った。
日中は三人ともシャツとハーフパンツ姿だ。
奴隷商会に居た時は上から布を被った状態でスカスカして気になったが今の服なら問題ない。
食事の回数や質も今までよりも断然良く、寧ろ今の生活が高水準じゃないかと思えるほど。
実際アルファン様は貴族でお金があるからそう言った衣食住を揃えるのは訳がないと思う。
そんな一日のサイクルは朝食後に勉強して運動、昼食後に仮眠をとって勉強と運動をする。
オリバーとケイティが一日単位で教えに来ている。
来ていると言っても朝に起こされて勉強小屋へ連れていかれてそこから一日が始まる状態だ。
例外として月に一日の朝食と夕食はアルファン様と一緒に食べる習慣がある。
アルファン様から話を振られて答える、そんな感じで最初は緊張していたが今では落ち着て話せるようになった。
そんな俺はポーラと言う少女として何か月も過ごしているが、女の子になって最初に意識してしまったのはトイレ事情だ。
ベーグル村では死角になる場所に隠れて過ごし、奴隷商会までの移動中も茂みの陰とは言え護衛役達に見張られながら過ごしたことで気が気でなかった。
牢屋にいた間は用意された桶で処理したがその時の状態は正常じゃないからあまり気にせずにいた。
アルファン様に引き取られてからはケイティを中心に女性達から色々教わって実践していた。
主に立ち振る舞いと話し方で、今でも注意されている。
今まで一番大変だったのは、「主語はわたし、それ以外は禁止です!」と言われ無意識に口に出せばお尻を叩かれる始末。
今では話すときに『わたし』と言っているが心の中では俺を使っている。
これは最後の意地だ・・・。
そんな教育を受けているが、俺は当初から心の内に溜め続けている想いを忘れてはいない。
復讐。
今でこそ不自由なく生きているがそもそも異世界へ召喚されなければ日本で平穏無事な生活が送れていたかもしれない。
それを奪われるわ死にかけるわ売られるわで、正直王国の奴らやクラスメイトのほとんどは勿論、本当のポーラへの怨みは絶えない。
いつか晴らしてやる・・・。
ただ、ポーラの家族に関して、印象は良くないが力を付けるための環境を結果的に得られたと言う意味ではそこまで恨みを持っていない・・・。
そんな俺だが、今の生活で教わる内容は実に意義がある。
世界における常識から国の歴史、周辺国の話は勿論のこと魔法についても教えてもらえる。
それに体を動かすこともそうだが護身用の武術も教えてもらっている。
行く行くは戦い方を学んで一人でも生き抜く力を身に付けられれば。
今はボビィやサムと似たり寄ったりだが、力勝負に関しては三人の中で背の高いボビィと張り合った時にはボビィが勝つ。
悔しくて堪らないが鍛えすぎは良くないと言われて表立っては動いていない。
「ポーラは男勝りな気がします。私は心配で。」
「少年二人が友達ならそう言うこともあるのでしょう。」
ケイティとオリバーのひそひそ話を偶に聞くが、俺は男勝りと言うか元は男だからな。
今の内から体を動かして体力をつけたいだけにそういう風に見られているのかもしれない。
勉学に関しては退屈な時もあるがこの世界の事を知らない故に興味が湧いたから文字の読み書きを覚えながら少しずつ書物を読んで過ごす日もあった。
やはり伝記や物語は言葉を覚えるのに適しており、寝るまで話に没頭することもしばしばあった。
それと勉強の一環として魔法も教わっており、最初でこそ上手くいかなかったが少しずつ使えるようになって楽しい。
今は一般生活向けの初歩魔法を覚えている最中で指先から火を出したりコップ一杯分の水を出せることに感動すら覚える。
そんな魔法の扱いはサムが一番で正直羨ましいが俺自身も魔法を使えるようになったから一番うまく使えることへの拘りは持っていない。
ボビィは俺と同じくらいの進捗で魔法には苦手意識を持ちつつ、使えるようになったら誰よりも燥いでるあたりボビィも楽しく感じているのだろう。
聞けばこの世界の魔法は魔力があれば誰でも扱えるらしい。
使えない人は魔力を持たない人だが国によっては差別が生まれるとか。
そもそも魔法の使い方は村にまでは行き届いておらず、国民の大半は教えてもらわない限り魔法を使うことなく一生を終えるそうだ。
もし、国民全員に教えようものならかなりの魔法使いを動員しないと短期間で広めるのは難しく、書籍を作っても国民の識字率が低いので国の意向で広めるにはかなりの準備が必要らしい。
俺達三人は奴隷でありながら魔法を学べることが如何に幸運なのか、改めて実感した。
一方で、俺にとって一番辛い教育は言葉遣いや佇まいなどの礼儀作法で矯正されるのに抵抗を持っている。
男だった俺が女の子を演じているようで自己嫌悪に陥るからだ。
それでも契約の都合上、そう言ったものに対しても真面目に取り組む必要があり必死に覚えようとしている。
少し前にどうして色々と教えてくれるのかケイティへ聞いてみたら「貴方達には将来の可能性を広げて欲しいからです。」と言われた。
以前の俺なら分かった気がするも最近の俺はそう言ったことを直ぐには理解するのが難しかった。
前の世界での家族や友人達と過ごした時間はある程度思い出せるが、思い出の中にある物や現象が何なのか分からない。
気にならないと言えば嘘だ。
その時は不安に駆られるが明日になればそんな不安が嘘のように感じなくなる。
それでも、クラスメイトや王国の人間たちと彼らに対する憎しみだけは絶対に忘れたくない・・・。
アルファン様の元に来てから殆どは屋敷の敷地内で過ごすが、偶に外へ連れて行ってもらうことがある。
俺とボビィとサムはオリバーとケイティに連れられて馬車で一時間ほど離れた大きな街に来ていた。
俺達の格好は普段のシャツと半ズボンではなく、それぞれが外行きの格好をしていた。
少年二人はオリバーと同じ白い長袖のワイシャツに半ズボンをサスペンダーで支えていた。
俺は白いシフトドレスに紺色のワンピースを着させられていた。
屋敷の食料品の買い出しかと聞けばそうではない。
屋敷の食料品や屋敷の維持に必要な物、アルファン様に必要なものは直接運び込まれるからそう言ったもので買いに来ることはないらしい。
どちらかと言えばアルファン様の元で働く給仕達が自分達の生活に必要な品を買いに来るそうだが、俺達の場合は買い物を兼ねた社会見学らしい。
街の人達はケイティやオリバーを知っているのかよく挨拶をしてくる。
俺達も最初はどうすればいいか分からないものの次第に挨拶を返すようになった。
店に入って店員や店の人と話す中で算術の話が舞い込んできてひたすら頭の中で計算させられるも、慣れればどうと言うことはなかった。
実際に店で計算すれば身に付くと考えているのだろう。
暫く街を歩く中で俺は露店の一つが気になった。
並んでいる物は装飾品で、あまり高価な物には見えなかった。
それに大半が女の子に向けられた物で髪飾りやネックレス、指輪等。
少年二人は少し覗いて別の露店へ移ってしまったが、俺はこれらの装飾品が気になってしまった。
「何か可愛い物がありましたか?」
ケイティも一緒に眺めていたので俺は指そうとしたがやめた。
「ううん。」
短く答えて立ち去ろうとしたがケイティが俺を呼び止めた。
「これなんてどうかしら?」
ケイティの手には小さな白い花をイメージした髪飾りがあり、それを俺に見せていた。
「可愛い、かな。」
同年代の少女が付けていれば可愛いと思い、素直に答えた。
「店主さん、これを下さい。」
「まいどー。」
四十代の男性にお金を渡したケイティはさっきの髪飾りを俺の左側に付けた。
「えっ?えっ?」
俺は戸惑うばかりだ。
「はい、似合っていますよ。ポーラが可愛くなって嬉しいわ。」
本当に嬉しそうなケイティに俺も自然と嬉しさと恥ずかしさが込み上げてきた。
美人なケイティの嬉しそうな顔は俺も笑顔になり、自分が可愛いと言われるのは何だか慣れない。
俺達はガリバー達と合流してそのまま屋敷へ戻った。
屋敷で夕食を摂って各自が部屋へ戻った夜。
俺はケイティに買って貰った髪飾りを眺めていた。
ボビィとサムもオリバーに勲章のようなバッジを買って貰った。
バッジはオリジナルのデザインらしく、国で採用されているデザインで商売すると犯罪になるそうだ。
ボビィとサムはそのバッジを嬉しそうに胸に着けて自慢し合っていた。
俺は中身が良い年をした元高校生だから彼らのバッジに関して羨ましいとは思わなかった。
寧ろ、この髪飾りの方が実用的なまでである。
俺は髪飾りを小さな引き出しに仕舞ってベッドに潜り込んだ。
ある日、勉強のない晴れた日に外の広場で遊んでいた時のこと。
ボビィとサムが数日前に露店で買って貰ったバッジを俺に自慢した。
「どうだ?カッコいいだろう!」
「そうだね、似合うよ。」
「はは、そうだろ!」
「僕はどうかな?」
「サムも似合うよ。」
「ありがとう。ポーラの髪飾りも似合っているよ。」
「ありがとう。」
「ポーラもバッジにしてもらえば良かっただろ。」
「わたしはこれでいいの。」
ボビィ達と同じ少年であればバッジを選んだかもしれないが今はポーラになっていることもありバッジに対する興味はなかった。
勿論、バッジを付けた少年達が似合っていると思ったので素直な感想を先程言わせてもらった。
俺の返事が気に食わなかったのかボビィの機嫌は良くなかった。
「なんだよ、その髪飾り。ポーラには合わないさ。」
「・・・。」
ボビィの言葉に俺とサムは何と言えばいいか分からなかった。
サムが言わないのは勿論だが当の俺は自分が彼等よりも年上だから余りムキにはなりたくなかった。
「何だよその目は!」
どんな目をしているのだろう。
特に表情を変えているつもりはないのだけど。
「はん!そんな髪飾りなんて!」
何を思ったのかボビィが俺の左側に付けた髪飾りを無理やり引き剥がした。
「痛い!」
無理やり剥がされたことで髪の毛が何本も抜かれた。
髪の毛を無理やり引っ張られるのがこんなに痛いなんて。
俺の目に涙が溜まってきた。
「おらっ!」
あろうことかボビィは髪飾りを広場の端に投げ捨てたのである。
何か達成感を味わっているボビィだがやられた側には溜まったものじゃない。
「何するのボビィ!」
俺は我慢の限界を超えてボビィに詰め寄った。
「何って。ポーラにはあんな髪飾りよりも」
「あれは大事なものなんだよ!」
気づけば俺は泣きながら声を荒げていた。
怒りと悲しみが胸の奥から溢れる。
「うるさい!」
ボビィが俺を突き飛ばした。
「うっ!?」
俺はそのまま尻餅をついたが直ぐに立ち上がってボビィを殴った。
「ぐっ!?殴ったな!」
「そもそもボビィが!」
「俺は悪くない!」
ボビィが俺を殴れば俺もボビィを殴り返す。
遂に殴り合いの喧嘩になった。
「何をやってるのですか!?」
オリバーが駆け寄って俺達の間に割って入った。
「だってボビィが。」
「俺は悪くない!」
俺が説明しようとするとボビィは大声で遮った。
「サム、話してもらえるかな?」
オリバーはサムに話をするように促した。
「・・・。僕たちがバッジの自慢をしてポーラの髪飾りを僕が褒めた後にボビィが似合わないって言って。それでボビィがポーラの髪飾りを取って向こうに投げたんです。それで怒ったポーラにボビィが突き飛ばして。その後は二人で殴り合いになりました。」
「そうですか・・・。二人とも、今の話に間違いはありませんか?」
「はい。」
「・・・はい。」
涙が止まらない俺は素直に返事をして、ボビィは目を背けながらも返事をした。
「ボビィ。今回はあなたが悪いです。何故だかわかりますか?」
「・・・わかりません。」
「先ずは髪飾りを褒めなかったことです。それに髪飾りを奪って捨てたこと、ポーラを突き飛ばしたことです。あの髪飾りはポーラのお気に入りです。そのポーラのお気に入りを悪く言われたらポーラは嫌な気分になります。それに人の物を無理やり取るのは良くないことです。元々がポーラの物であればなおさらです。しかも、結果的に女の子の髪を無理やり引っ張ったみたいですしポーラは痛かったと思います。極めつけは不必要に暴力をふるったことです。勿論、ポーラもボビィを殴ったことに関しては反省しなければいけません。」
オリバーに顔を向けられ、泣きながらも俺は頷いた。
「ボビィ。君のバッジは大事なものです。それをサムやポーラに悪く言われたら嫌だと思いませんか?」
「・・・嫌だと思う。」
「それにボビィのバッジを無理やり取られて捨てられたらもっと嫌だと思いませんか?」
「・・・うん。」
「それにボビィは悪いことをしていないのに突き飛ばされるのも嫌ですよね?」
「・・・うん。」
「ポーラはそれと同じような気持ちになったと思います。それならばボビィはどうするべきだと思いますか?」
「・・・謝る。」
「それともう一つ。髪飾りは何処へ投げましたか?」
「・・・あっち。」
ボビィは指さした方角は確かに髪飾りを投げた方向だ。
「やることは分かりましたね?」
「・・・うん。」
ボビィは駆け足で俺の髪飾りを拾いに行って戻ってきた。
「・・・ごめん。」
ボビィに手渡されたのは投げ捨てられた髪飾りだ。
髪の毛数本が付いたままだ。
抜けた髪の毛を見て何とも言えない気持ちだったが先程まで沸き上がっていた感情が静まり始めた。
「いいよ。わたしもごめん。」
「うん。」
俺は髪飾りを左側に着け直した。
なんでだろう。
気づけば泣き止み、気持ちも大分落ち着いてきた。
かなり感情的になったのは子供の体だからだろうか。
途中から自分でも制御できなかったことに驚いた。
でも、ボビィとの問題が解決できて良かった。
この後は、オリバーに注意されながらも、仲良く休日を過ごすことが出来た。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが、暇つぶしにでも読んでいただければ幸いです。
蛇足
待遇の良い奴隷(奴隷とはなんなのか?)状態ですが、偶々主人公の運が良かっただけでこの作品の大半の奴隷の扱いは良くないので、ご了承ください。