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恨みに焦がれる弱き者  作者: 領家銑十郎
奪われる弱者
14/131

14話 この世界でならあり得る話

大変遅くなりました。

本日もよろしくお願いします。


平本晋吾だった人間のあらすじ

ダンジョンから脱出した平本晋吾に出会ったばかりの少女ポーラが魔法のアイテムを使って体を入れ替えてしまった。

目の前の平本晋吾に脅されて近くの村へ行き、少女として夜を過ごした。

 何時もよりふかふかした場所で寝ている。

 ここはどこだったか?

 ゆっくり目を開ければどこかの家みたいだ。

 薄い掛布団を外して上体を起こすと女性の声が聞こえた。


 「ポーラ、起きたならそこのご飯を食べなさい。」


 外は既に太陽が昇っており、朝の陽ざしが家の中まで差していた。


 「ここは・・・?」


 寝起きの頭で昨日のことを思い出す。

 この家で夕食を食べた。

 いや、その前は。

 森を歩いていたら少女に出会った、そして入れ替えられた。

 そうだ、今の俺はポーラと言う少女になっている・・・。

 今すぐにでも戻りたいと言う衝動が起こったものの今の状態じゃ何もできない。

 俺は深呼吸をして少しでも気持ちを落ち着けてベッドから這い出た。

 脱いでいた靴を履いて食卓へ向かうと黒パンと野菜のカスが入ったスープだけ。

 昨夜の晩餐が嘘のようだ。

 今の俺は本当のポーラではないがご飯を出してもらえるだけありがたいと思い、祝詞を唱えて食事に取り掛かった。

 久しぶりの黒パンに今までよりも固く感じてスープに浸しながら小さな一口で少しずつ食べ進めた。

 前に食べた時はもう少し噛めていた気がする、それが今だと十分に水気がないと噛むのもままならない。

 俺が小さい女の子になった証拠が直に伝わってきて惨めさを感じた。

 単純に今までできたこと、感じたことが大きく違うことに衝撃を受けたと言うのが正しいのか。

 俺は食事を終えた後、村の井戸水を汲んで家に運んだ。

 その水を一口含んで口を漱いだ。

 何故か朧気に思い出すポーラの記憶に井戸の水汲みがあったからそれに倣ってやったが母親から特に言われることがなかった。


 「出かけてもいいですか?」


 「何を他人行儀な。少しだけならいいわよ。但し村から出ちゃだめよ。」


 母親に断ってから外に出た。

 俺は村の散策をすることにした。

 何か目的があるわけではないがこの村がどんな村かふと気になった。

 昨日の視た光景は村の中心に小さな湖があったこと。

 その周りを村で囲っているからベーグル村なのかと思ったがこの世界にベーグルは存在するのか?

 どうでもいいことを考えては打ち切って、を繰り返して歩き回った。

 通りかかった先で出会う村人達に挨拶をされたから俺も挨拶を返す。

 ただ、なんというか少し余所余所しいのか親しい間柄という感じでもなかった。

 まぁ、同じ村に住んでいるとは言え赤の他人、そういうものかと納得した。

 他にはポーラのような子供達が集まって遊んでいた。

 俺が遠くから眺めていると彼らは気づいたようだが声を掛けてくることはなかった。

 寧ろいないものとして扱われている気がした。

 先程の大人たちとは違う態度に不満を感じたが別にこの村で一生を過ごすつもりはないから気にしないことにした。

 この村は個人が持つ農地と共同の農地があるみたで、男女ともに携わっているようだ。

 ポーラの家族は持ち回りで家と共同農地の作業をしているみたいだ。

 共同の麦畑へ行けば村人達に混じって父親とステファニーとミシェルが作業していた。

 家を出るときに傍の農地でヘンリーとマイケルが作業していたな。

 そんなことを思いながら家に戻った。




 家に戻る途中、村の出入り口に幌馬車が何台か停まっていた。

 村人達とは違う装飾に拘った格好の中年男性と軽装の人達が村長達と話していた。

 そこには母親もいた。

 俺がその光景を見ていると母親が気づいたのか手を振って招いた。

 俺は母親の元へ行き、なんとなく訪ねた。


 「この人達は?」


 「えぇ?覚えてないの?行商人様だよ。あんたはまったく・・・。」


 初めて見る人を覚えていないはずだが、以前見たような錯覚があった。

 今日までの間に浮かび上がってきた記憶を考えれば思い出しているというのが正しいのかもしれない。

 そんな事情を知らない母親は俺の肩を抱き寄せた。


 「行商人様、この子です。」


 「ふぅむ。この子ね。病気とかはないですよね?」


 「えぇ、勿論!健康に育ちました。ポーラ、今日は怪我をしてないわね?」


 「う、うん・・・。」


 母親が行商人に対して遜っているのは分からなくもないが俺がどう関わるんだ?

 そんなことを考えていると行商人から両手を出すように言われた。

 何かくれるのか?

 言われるがままに両手を差し出すと後ろに回っていた母親が俺の両肩をガッチリと掴んでいた。

 俺が両手を出した瞬間、金属製の手錠を掛けられた。

 えっ?

 手錠?

 俺は戸惑った。


 「これ・・・。」


 「ポーラ、これからお前は旅に出るんだよ。寂しくなるけど元気にするんだよ。」


 母親が涙目になって俺に伝えた。


 「なんで?」


 「それは、あんたがあたしの立派な娘だからよ。どんなことにも頑張るんだよ。」


 理由になっていない言葉を聞いて俺は更に混乱するがそんな俺を置いて行商人が連れてきた護衛らしき人が俺の背中を押して幌の中へ連れ込まれた。

 中は少し暗いが何人かのポーラと似たような年代の子供達が座っていた。

 全員が俺の方を見ていたが興味を失ったのか視線を外された。

 俺は後ろを振り向いたが既に出入り口閉じられた後だった。

 この状況、俺は売り出されたのか?

 それを知りたくて顔を出せる場所を探したが窓一つない幌の中では外を確認できない。

 微かに聞こえた声や音で俺の頭は真っ白になった。


 「――だ。」


 「あ――と―ご―――ま―。」


 ジャランッ


 「また―――――――――。」


 「―ま―し――――す。」


 暫くして幌の中が揺れ始めた。

 俺は空いている場所へ座り、茫然としていた。

 座り心地、乗り心地は共に最悪だ。

 それに空気も悪い。

 隣にいた少年に話しかけたが無視された。

 対面に居た少女に声を掛けても同じだった。

 この子達も売られたのだろうか・・・。

 俺はそれ以上話しかけることなく静かにした。

 



 何時かは出て行こうとしたのにこんなに早いとは思ってもいなかった。

 それに一日も立たない間だったけど久しぶりに人と過ごせたことに嬉しさを覚えた俺が居た。

 そんな俺の心情など関係なく状況は動き出した。

 彼らのやり取りからすれば以前から決まっていたのだろう。

 所謂、口減らしだったのかもしれない。

 ポーラはこの事を知っていた?

 だから、森へ出て行ったのか?

 それなら子供を売ろうとする親は不用心だと思うが居なくなればそれはそれで良かったかもしれない。

 そんな風に思ってしまう。

 違う人生を歩まされると思ったらこれかよ。

 もしかしたらこの後は奴隷になるのか?

 なりたくない。

 ここから早く抜け出したい。

 いや、抜け出してどうする?

 村へ行っても同じことの繰り返しだ。

 一人で脱走しても生き残れる保証がない。

 【フォーチュンダイアグラム】を持っているならまだしも何も持っていないただの少女だ。

 一匹のゴブリン相手でも生き残れる可能性はない・・・。

 未知の世界へ放り出されることを想像しただけで恐怖が沸き上がってきた。

 両膝を抱えて体の震えが治まるのを待ち続けた。




 幌付きの馬車に乗せられてから何日も経った。

 太陽の登る回数を五回数えたあたりから数えるのをやめた。

 食事は二回。

 パンと水、それだけだ。

 いや、土や魔鉱石の時よりもマシだろう。

 時に村や町に着いて滞在していたらしいが俺達は一度も外へ出ることがなかった。

 話し声からそう推測しただけだ。

 外に出ようかと布を下ろされた出入り口に触れたら弾くような痛みが伝わってきた。


 「大人しくしたほうがいいよ。」


 前からいた少女の一人が注意してくれたがそれっきりだった。

 流石に脱走対策はしていたのかと思い、元の場所へ座った。

 それ以降、誰とも話さずに時間だけが過ぎていった。




 「奥の奴から一人ずつ出ろ。」


 中年男の護衛役がそう促したので奥に居た少年がゆっくりとした足取りで降りて行った。

 俺より後に来た子供はいなかったから俺が最後に幌を出た。


 「こっちに来い。」


 中年男の護衛役に付いて行けば、窓がなく光がない場所だった。

 等間隔で灯された蠟燭でレンガ造りの通路と言うのは分かった。

 お腹が減った、喉が渇いた。

 そんなことばかりが頭の中を占める。

 進路の右側から先に出た少女が出てきて俺の方を一瞬見て暗い表情のまま進路方向へ向かった。

 少女の服装が前よりも質素というか布一枚になっていた。

 俺も彼女が出てきた曲がり角へ入ると小さな部屋だった。

 蝋燭が幾つも灯されて不気味な場所に感じられるが、机の上に墨が入った小さな木桶があった。

 その部屋で待機している中年男性の前に立たされたと思えば一度手錠を外された。

 この時、逃げることが出来たかと言えばそうでもない。

 食事は最低限でお腹が減っている、精神的にも疲労が溜まっている。

 そんな状況で頭も大して働かず満足に体に力が入らなかった。

 手錠を外されたら次は来ていた衣服を無理やり脱がされた。

 抵抗する気力もなく為すがまま。

 生まれたままの姿になって反対側を向かされた。

 何をされるのか、そう思った直後に首筋に人の指と水気を感じた。

 その刺激に身震いしたが連れてきた護衛役に体を押さえつけられてその場に立たされ続けた。

 何かを描かれた直後に首筋から得体の知れない何かが流れ込んできた。

 それが何かは分からず俺は先程の少女が部屋から出て来たときと同じ衣服を着せられて手錠も付けられた。

 そして、俺は通路に出て別の場所へ連れていかれた。

 その通路を渡れば着いた先は牢屋だった。


 「ここに入れ。」


 小さな牢屋で俺以外にはいなかった。

 木桶があるだけで他はなかった。

 手錠はされたまま入れられた俺は茫然としていると牢屋の鍵を閉められた。


 「運が良ければここから出られるぞ。」


 中年男の護衛役がそう言い残して去っていった。

 その日、なのか牢屋に入ってパンと水が支給された。

 飢えていた俺は一気に腹へ詰め込んだが満足はできなかった。

 暫くすると自分の立場を考えられるようになった。

 ボロの衣服に手錠、最低限の食事で牢屋にいる。

 やっぱり俺は奴隷なのか。

 ポーラの家族に売られて奴隷・・・。


 「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるなー!」


 「静かにしろ!バカ野郎!」


 怒りが込み上げた俺は思いっきり叫んだら、別の牢屋から野太い男の怒声が響き渡った。

 結局、怒りが溜まる一方で大人の男に怒られて委縮する俺。

 色々な感情が整理できないまま俺はまたしても泣き始めた。


 「うぅ、うう~ぅ。あぁ、あ~!」


 声を上げて泣く俺に再び怒声が響くもお構いなしに泣き続けた。

 十六歳の俺が周囲に構わず泣くのは恥ずかしいが、それでも自制が利かなかった。

 



 ここへ来てからどれくらい時間がたったのだろうか?

 何度も寝ては起きて、配膳された物を食べる。

 そうして過ごすうちに俺は今までの事を思い出しては怒りと恨みが更に溜まってきた。

 絶対奴らには復讐してやる。

 俺がこんな目に遭っているのは全部奴らのせいだ。

 突然呼ばれて暴力と暴言の毎日から捨てられて、生きるか死ぬかのダンジョンで彷徨って。

 脱出できたと思えば俺の全てを奪われて。

 与えられた先で安息出来るかと思えば直ぐに売られて奴隷にされる。

 本当に、本当に俺が何をしたんだ?

 俺は、俺は、俺は・・・。

 それでも今は無力だ。

 なんで、何の力もないんだよ。

 クソッ!クソッ!クソッ!




 そんな悪感情を抱きながら日々を過ごす日々でも周囲の状況は変化する。

 偶に客が来ては吟味される。

 最初は俺を見て好感を示す男達だが俺が睨むと回れ右して別の奴隷を探し始める。

 今では俺と一緒に来た子供は皆ここから離れていった。

 恐らく誰かに買われたのだろう。

 俺より前から居る奴隷はそこそこいるが似たような年代の子供は既にいない。

 居るとすれば後から入って来た子供で似たような年代がちらほら。

 残りは成人した大人ばかりだ。

 何時か怒鳴っていた男はいつの間にか居なくなっていたがどうなったかは知らない。

 そんなことを考えていたら、牢屋に響き渡る複数の足音が近づいてきた。

 飯の時間には早いよな。

 多分、客だろう。

 しかし、この足音はいつもと違う気がする。

 カッ カッ カッ

 少し軽い。

 そんな風に思っていれば俺の前に何人か来たようだ。

 顔を上げれば何時ぞやの奴隷商人と中年男の護衛役、それに漫画の世界でしか見たことがないような綺麗なメイド服を着た女性だった。

 珍しい組み合わせに呆気にとられたが買われる立場の俺にとってはあまりいい気分ではなかった。

 俺は睨みつけると女性は思案した様子で別の場所へ向かった。

 俺は横になって静かにしていたが暫くして再び足音が聞こえてきた。

 今日は忙しないなと思ってみれば中年男の護衛役が俺の牢屋のカギを開けた。


 「?」


 「出ろ。そして、付いて来い。」


 俺は言われるままに牢屋を出た。

 そして、走ろうとしたが中年男の護衛役に襟を掴まれた。


 「おっと、逃げるなよ。大事な商品だからよ。」


 「くっ!」


 「お前は運がよかったな。このまま大人しくしていろ。」


 そう言われて中年男の護衛役に引っ張られた。

 運が良かった?

 大人しくしていろ?

 奴隷になることがいいだなんて。

 奴隷は良い扱いなんて受けないんだろ?

 それに脱走するなら今しかない。

 そう思ったがあっさり止められた。

 それに力がそんなに入らない。 

 俺は中年男の護衛役に引きずられて水の入った桶と布が用意されていた。


 「じっとしていろよ。」


 服を脱がされて全身を濡れた布で拭かれる。

 幾分かはすっきりした気がした。

 別に用意された同じ服を着せられて引っ張られた先は、初めて見る部屋だ。


 「お待たせしました。」


 「傷はつけていないだろうな?」


 「勿論です。」

 奴隷商人の確認に中年男の護衛役ははっきりと答えた。

 奴隷商人が座るソファの反対側に居るのは先程のメイドの女性だ。

 それと他の男の護衛役が二人いて、そいつらの傍には一人ずつ少年たちが居た。


 「それでは彼らでよろしいですね?」


 「はい、問題ありません。」


 「それでは今日付でそちらへ引き渡します。契約執行人兼目付け役に彼らを同行させますがよろしいですね?」


 「大丈夫です、こちらこそよろしくお願いします。」


  俺達三人はメイドや護衛役に引き連れられて通路を進んだ。

 この通路もレンガ造りで等間隔に蝋燭を灯しているが床は赤色の絨毯を敷いており、なんとなく高そうだと思った。

 通路を出れば大きなドアが鎮座しており、それがゆっくりと開かれた。

 開かれたドアの先はとても眩しく新鮮な空気が流れ込んできた。

 進むように促されて外に出れば周囲は様々な建物があり、人の通りもちらほら見られたが静かな場所のようだ。

 俺達の左側に屋根付きの馬車が二台待機しており、俺は一人で二人の少年達が別の馬車に乗せられた。

 護衛役は向こう側に二人、こちら側に一人ついてきたがこちら側の人は他の護衛役よりも豪奢な出で立ちに思えた。


 「それでは今後も御贔屓に。」


 「ありがとうございました。失礼します。」


 メイドは見送りに来た奴隷商人に挨拶をして俺の方へ乗り込んできた。

 御者は別にいるようで二台の馬車はこの場を出発した。

 以前乗せられた荷馬車よりはマシだがやはり石畳の上は振動が伝わり乗り心地は今一だ。

 以前の世界に存在した()()()()()()()()が如何に凄いかを改めて痛感した。

 そう、幾つもの丸が回って走る乗り物・・・。

 暫く揺られること。

 馬車に窓は在るものの布で隠されており、外を見ることが出来なかった。

 退屈だけど誰かと話す勇気もなくそのままぼぉとしていたが、気づけば馬車がゆっくりと速度を落として停まった。


 「さぁ、降りましょう。」


 メイドが先に降りて、俺の手を掴んでゆっくりと降ろしてくれた。

 先頭にいた馬車から既に二人の少年も降りており、俺達は目の前に広がる建物を見て言葉が出なかった。


 「大きい・・・。」


 俺の口からそんな単調な言葉が漏れていた。

 大きく洗礼された金属製の門が開かれた。

 その先に一人の執事がいた。


 「メディク商会の皆様、本日はありがとうございます。」


 「いえ、こちらこそ。」


 執事の挨拶に護衛役の一人が応じて、全員で敷地を跨いだ。

 これが屋敷なのか・・・。

 白に近いレンガと木材を組み合わせた建物で手前の通りは石畳で舗装されており、両脇の芝生のような場所も均等な高さに揃えられていた。

 ドアの造りも何かの意匠がありそうだがなんだかよくわからない。

 屋敷のドアを潜り抜けた先はエントランスも広く、先程の奴隷商人の絨毯と同じかそれ以上のふかふかした感触、調度品もキラキラ輝いていた。

 そこから移動して一階の広間へ行くと一人の初老の男が豪華な椅子に座っていた。


 「失礼します。」


 メイドや執事が初老の男に話して俺達を中へ入れた。


 「それでは最後の手続きをさせていただきます。」


 一緒に乗った豪奢な出で立ちの護衛役が前に出て初老の男に書面での確認を取らせていた。

 羊皮紙に何が書いてあるか距離があって分からないが俺達が奴隷になる契約でも書かれているのだろう。

 ここで暴れても逃げ出すことはできない。

 ドアの傍には護衛役が二人いることからも明白。

 先程の馬車でも奴隷が逃げ出さないように護衛役が付いていたことからも逃げ出すことが出来なかった。

 俺は今後どうすることも出来ないと思い、そのまま静かにした。


 「契約主はアルファン様、副契約主はオリバーさんとケイティさんで宜しいでしょうか?」


 「それで構わない。」


 奥に座っている初老の男性、恐らくアルファンと言う人が答えて羊皮紙にサインと指先を薄く切って出た血による指印を押した。

 オリバーと呼ばれた執事みたいな人と奴隷商会から一緒に居たメイドことケイティも同様にしていた。

 別に取り出された羊皮紙にも三人が書き記した後、護衛役は筆で二枚の羊皮紙に書き足した後、何かを唱えた。

 すると、俺の首が熱くなるのを感じた。

 手錠をしているから手を当てることが出来ず、耐えるためには蹲るしかなかった。

 他の少年達も同じ様だ。

 数秒の熱さが嘘のように引いた後、ゆっくりと立ち上がると護衛役が二枚の羊皮紙の内一枚をメイドのケイティへ渡した。

 それから俺達は護衛役に外されて回収された。


 「以上で契約を終わらせていただきます。もし、何かあれば我が紹介へ相談してください。」


 「ご苦労だったな。」


 「いえいえ、商売ですので。」


 「では、見送りましょう。」


 「丁寧にありがとうございます。それではアルファン様、ごきげんよう。」


 護衛役が一礼して広間を後にした。

 執事みたいな男性オリバーが見送りに行ったようだ。


 「三人ともそこへ並んでもらおうか。」


 アルファンが指したところへ俺達は自然に足を動かしていた。

 俺は直ぐに動こうとしなかったのに体が勝手に動いた。


 「今契約したのはお前達三人が今日から私の奴隷になるものだ。」


 これを聞いて俺達は驚愕した。

 なんとなく予想していたがそれでも驚いてしまった。

 この世界には奴隷が存在して、俺自身が奴隷になるなんて。


 「最初に言っておくが時が来るまでこの屋敷と敷地内からの脱走は禁じる。例外は私や副契約主の二人が命令した場合、彼らと一緒に行動する場合のみとする。」


 何か引っかかることを言っていたが、わかったのはこの敷地内から自分の意思で出ることが出来なくなったことか。

 それはそうだよな。

 奴隷が脱走したら契約した意味がなくなるもんな。


 「それとここで生活する間は衣食住の保証、つまりは命の保証をする。」


 これも考えれば当然だろう。

 買い取った奴隷が死んだら割に合わなさそうだ。

 俺達は頷く他なかった。

 程なくしてオリバーが戻ってきた。


 「改めて紹介しよう、私はアルファン。この屋敷の主だ。」


 椅子に座っていた初老の男性ことアルファンが改めて名乗った。


 「私はこの屋敷の使用人の一人、オリバーです。どうかよろしく。」


 執事と使用人の違いは分からないが燕尾服のようなものを着た男性はオリバーと言う。


 「私もこの屋敷の使用人の一人、ケイティです。よろしく。」


 メイド服のケイティも使用人と名乗った。


 「お前達の世話をするのは主にこの二人だ。ちゃんと覚えておくんだぞ。」


 「「「・・・。」」」


 「こういう時は『はい』と言いなさい。分かりましたか?」


 俺達がどう答えていいか分からずにいるとケイティが教えた。


 「「「はい。」」」


 「良い子ですね。」


 半ば契約で言わされた気もするが取り敢えず「はい」と言えば良いのか。


 「次はお前達の名前を教えろ。先ずはそっちの少年から。」


 アルファンの視線の先に居たのは俺の反対側にいた少年だった。


 「ボビィ。」


 小麦色の肌にクリっとした目が印象的だ。

 髪は黒髪だがかなり伸びきっている。


 「サム。」


 俺の隣にいる少年は白い肌に目が細く、ブラウンのくせ毛の髪をしている。

 次は俺か。

 俺の名前・・・。

 今は・・・。


 「ポーラ。」


 俺は悩んでいたつもりだが口からはすんなりと名前が出てきた。


 「ボビィ、サム、ポーラ。お前達は今日からここで暮らしてもらう。そして、今日からお前達の教育係はオリバーとケイティだ。お前達はオリバーとケイティの言うことをしっかりと聞くんだぞ。」


 「「「はい。」」」


 「それではアルファン様、この後は予定通りに。」


 「あぁ。私は仕事に戻る。後の事は頼んだ。」


 「お任せください。」


 オリバーがアルファンに挨拶してそのまま俺達を広間の外へ連れ出した。




 「まず、最初に教えなければ。あの方のことはアルファン様と呼ぶように。三人とも良いな?」


 「「「はい。」」」


 俺の中で契約主の呼称はアルファン様になった。

 当たり前の感覚、或いは違和感が直ぐになくなった。

 そんな気がした。


 「では、屋敷内を説明するから付いて来るように。」


 俺達はオリバーの後ろを付いていき、一階と二階の部屋を教えられた。

 先程いた広間は食卓用だったり、一階は客間や調理場などがあった。

 二階は来客用の個室が幾つもあったが基本的にはアルファン様の執務室や書斎、個室など屋敷の主が主に使うようだ。

 屋敷の中ですれ違う使用人の人達と挨拶したが、俺達の事を気にした風には見えなかった。

 次に外に出て裏手に行けば離れや物置小屋があった。

 それに馬を何頭か飼っているようだ。

 馬丁や庭師達に挨拶した。

 彼らは皆気さくで元気があった。

 離れが大半の使用人達が泊る場所のようで俺達もそれぞれ一部屋を宛がわれることになった。

 今日決まったにも関わらず手際が良いと感心するが先程の商人達とのやり取りから奴隷の受け入れは慣れているのかもしれない。

 ただ、今までの奴隷たちが何処へ行ったのかはわからないが。

 最後に俺達は屋敷の横にある広場へやってきた。

 少し日が傾いているが大分明るく、それでいてそこまで熱いとは感じなかった。


 「明日から三人は体を動かしたり勉強をしてもらう。運動はこの広場で、勉強はそこの小屋で行う。」


 オリバーが指した先には広場の隅に小屋が立っていた。

 屋敷や離れに比べたら小さいがそれでも一家族が暮らせそうな大きさではある。


 「雨が降った場合もあの小屋の中で体を動かしてもらう。今回の説明は以上だ。何か聞きたいことはあるか?」


 何か質問・・・ねぇ。

 俺は何か聞こうと考えているとサムが右手を挙げた。


 「質問!どうして僕たちはここに連れてこられたのですか?」


 確かにそれは気になる。


 「三人がここに来た理由か・・・。簡単に言えば将来有望そうに見えたから・・・だな。」


 「将来ってなんだ?」


 ボビィが続けて聞いた。

 将来、かぁ。


 「三人がそれぞれどんなことをしたいか、立派な仕事に就けるか。今のところはそう言ったところだな。」


 「よくわかんねぇな。」


 ボビィは首を傾げたが要はアルファン様の役に立つ人材として選ばれたと言うことかもしれない。


 「つまり俺達がこの屋敷で働けるかもしれないってことですか?」


 俺の質問にオリバーは目を細めたがこれにも答えてくれた。


 「そうだな、その可能性もあるということだ。ただ、何をしたいかは今決める必要はない。また必要な時に訊くからそれまではここで生活してもらう。」


 「この後は何をするんですか?」


 サムがこの後の予定を聞いてきた。


 「まだ夕食までに時間はあるな。あそこの小屋で勉強をする。」


 オリバーに後へ付いていき小屋へ入ると長方形のテーブルに椅子が四つ。

 調理場や暖炉、絨毯が敷かれた居間のようなスペースがあった。


 「三人とも、好きな場所へ座るんだ。」


 ボビィとサムが隣同士で座り、俺はボビィの正面へ座った。


 「今からテーブルマナーを教える。」


 テーブルマナー、確か料理を食べるときの作法やなんかだった気がしたが元々知らないので思い出しようもなかった。

 俺達は日が沈むまでオリバーにテーブルマナーを教わった。

 単純なことは直ぐに覚えられたが場合分けされると頭の中が混乱して中々先へ進まなかった。

 俺達への講義が一段落突くとケイティがやってきた。


 「三人とも、ご飯ですよ。」


 俺達の目の前にはパンにスープ、サラダに焼かれた肉が置かれた。

 俺達三人は一様に目を輝かせた。


 「食べても良いのか!」


 「その前に私の後に続いて唱えてください。」


 ケイティが何節か唱えた。

 俺達もそれに倣って唱えた。

 ベーグル村で唱えた祝詞と同じようだ。

 そもそもここはベーグル村と同じ国なのか。

 祝詞を唱え終えた瞬間、俺達三人は目の前にある料理から食べ始めた。


 「そんなに急がなくても逃げたりしないわよ。」


 ケイティが落ち着くように言うも俺達はひたすら噛んでは呑み込んだ。

 パンは白い、スープは温かいし野菜も数種類入って出汁や塩味も効いている。

 それにサラダは生野菜で水気もある。

 焼かれた肉がどんな肉かは分からないがちゃんと肉の味がするし柔らかい。

 気づいたら俺の目から涙が溢れ出ていた。

 嗚咽を漏らすから途中で上手く噛めないし呑み込めない。


 「うぅぅ・・・。」


 視界が涙でぼやける。

 俺は、俺達は数か月ぶりに真面な食事を食べられたことに感謝した。

 今日から俺とボビィとサムは奴隷だがアルファン様の元で暮らすことになった。

 そして、この日の食事は自分の誕生日よりも美味しく感じたのは間違いないのだろう。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

不定期更新ですが暇つぶしにでも読んでくだされば幸いです。

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