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恨みに焦がれる弱き者  作者: 領家銑十郎
収束の始まり、夢も希望もない先へ
131/131

131話 怒りと恨みと憎しみを込めて

本日もよろしくお願いします。

前日にも投稿していますのでまだお読みでない方はそちらから読んでください。

 「お、お前は……!?」


 頭を覆う鈍い痛みに耐えながら目の前の女を睨むシンゴ。


 「嘗てお前に全てを奪われた…体も名前も力も人生も…わたしに押し付けられたのはポーラだけだ、忘れたとは言わせない!」


 凄い剣幕で押してくるポーラにシンゴは今日まで必要のなかったあの時を思い出した。


 「ポーラ…名前は…思い出せないがあのとき追い立てた少女か。お前が昔の俺だって言われても成長した姿だから全然分からないな。」


 「お前のせいで、わたしは!」


 「けど、そんなことにまだ拘ってたのか?」


 シンゴは一瞬だけハッとなっていたが相手にするのを面倒な顔をする。


 「そんなこと?」


 「だってそうだろう?既に終わったことだ、俺はシンゴとして人生を歩んでいる。お前も一人の人間として今日まで生きてきた、それでいいじゃないか。わざわざ戻る必要もないだろ、そもそもあの道具はもうないからどうしようもないな。」


 「クズが!人から奪う必要なんてなかっただろう!」


 「俺は今の人生が幸せだ、こうしてお前から貰ったことで順調に享受しているんだ!お前だって女になって嬉しいだろう?」


 「そういう話じゃない!」


 「なんだって言うんだ?固執する理由なんてないだろう、もうほっといてくれよ。」


 「お前の我儘でわたしの人生滅茶苦茶だ、お前の事を許せるわけがないだろう!」


 「しつこいなぁ、これはもう俺にとって今のお前はただの亡霊そのものってわけだな。」


 関わりたくないというのがシンゴの本音だろう。

 そんな態度の相手にポーラは一層不快感を表した。

 シンゴが強く弾くことでポーラは体勢を直しながら距離を取った。


 「ところで一つ聞きたい、仲間達はどうなったんだ?返答次第じゃ俺もお前を許さない。」


 仲間の安否を聞き出すシンゴにポーラは怒気を孕ませながら答えた。


 「脱出していないなら死んでいるんでしょ。」


 それを聞いたシンゴの眼が大きく見開かれた。


 「どうしてあいつらまで殺す必要があるんだ!?」


 「お前を殺すのに邪魔だから。」


 冷たく言い放つポーラにシンゴの瞳に怒りが見えた。


 「冒険者ギルドへ突き出すだけじゃ済まないなぁおい!お前を殺すしかないじゃないか、ああ!?」


 「その前にお前を殺す!」


 腰を落としたポーラが斬り払う。

 シンゴは後ろへ避けてから直ぐに一歩を踏みこんで斬り込む。

 斬り払った勢いを利用して回転しながらポーラはシンゴの斬撃を受け止めた。


 「人生と力をくれたことには感謝している。だがなぁ、俺が殺される理由はないんだよ!寧ろお前が死んでくれれば憂いが無くなるってことだよな!」


 鍔迫り合いを解消して互いに距離を取った。


 「もうこの体も人生も…俺の物だ!邪魔をするな!」


 シンゴはジャクバウンに膨大な青いオーラを纏わせた。


 「おらっ!」


 即座に斬りかかったシンゴ。

 青いオーラを伸ばさなくとも纏わせるだけでも斬れない存在はいなかった。

 この一撃で決めるつもりだろう。

 シンゴの絶対の一撃。

 避けるには既に距離が詰められているために常人では避けられない。

 先に攻撃を繰り出している以上、ポーラが攻撃を仕掛ける前には決着する。

 だからこそ残っているのは黒いショートソードによる防御。

 その防御ですらも斬ってしまう一撃。

 だからこそ。

 ポーラもまた黒いオーラを纏った剣身で防がれることにシンゴは驚愕せざるを得なかった。


 「はぁ!?」


 動揺したシンゴ。


 「やっぱり」


 「なんで」


 焦りを感じたシンゴに対してポーラは怒りと憎しみの中に少しの冷静さ。


 「わたしには嘗ての知識が残っていない、だけど思い出は残ってたんだ。だから予測した…それがどんな武器だったのか、わたしが持っていた能力がどういったものだったのか。」


 「思い出?だからってそんなあやふやなもので!」


 「お前も同じはず、ポーラとして生きた記憶はあるけどその中で得た知識がないってこと。ポーラの知識なんて大してなかったけど。」


 「そんな、そんなもので防がれる攻撃じゃない!」


 「現に防がれているじゃん、まさか初めてなんてね。」


 「!?」


 ポーラは平本慎吾の見てきた思い出(イメージ)は持っていたがそれに伴う知識は欠けていた。

 それは彼らが使った道具の影響かも知れない、そして彼らにはどうしようもない。

 それ故に彼女は入れ替わる前の自身の思い出(イメージ)を忘れなかったことで能力による反動やジャクバウンについて考えることができたようだ。

 シンゴの【フォーチュンダイアグラム】は嘗ての平本慎吾でも使いこなせなかった。

 彼女よりも長い年月を過ごした彼ならより使いこなしている可能性は十分にあったかも知れない。

 どちらにしても【フォーチュンダイアグラム】で分岐させて先を見通すほど体に負担が掛かる。

 だからポーラは【フォーチュンダイアグラム】を使わせるように森の中に罠を仕掛けた。

 殆どは木々から障害物を吊るしてぶつける仕掛か足元にロープや蔦を張って足を引っかけさせる物ばかりだった。

 それらの仕掛けも茂みが多いミールドの北を中心に広がる森ではカモフラージュを作り、人の目を欺きやすい環境だったことで近くで見ても気にも留めない冒険者ばかりだったようだ。

 ポーラはシンゴの持つ【フォーチュンダイアグラム】を出来る限り封じるために前半は身を隠して仕掛けることを徹底した。

 小石は単純に投擲物としての役割もあったが、一番の目的はフレイメス帝国で手に入れた爆炎石を落とし穴へ投げ込むための布石であったこと。

 シンゴはそれを知らずに躱すことに意識を向けたことで軌道上にない爆炎石を斬り捨てることはなかった。

 加えて落とし穴の上に小麦粉の袋を複数吊るして、袋の底が切れると小麦粉が落とし穴に降り注ぐようにしていた。

 粉が舞っている狭い空間に火がつけば爆発することに賭けて用意したものであり、それが失敗しても爆炎石に火がつけば爆発を引き起こしてくれる算段らしい。

 途中で水を凍らせる魔法を使ったのはシンゴの動きを止めることではなく、落とし穴にいるシンゴの仲間達を底に留めておくためのもの。

 落とし穴の底に水が溜まっていることやウォーターボールで地面を濡らしたのは魔法を通しやすくする手段。

 シンゴの仲間には火の魔法を使えるキャロルがいるため足を凍らせても万全ではなかったがタイミングによってはキャロルが足場を溶かすために使った火の魔法で自滅を図らせることもできたかもしれない。

 そうして能力を使わせて体力や集中力を削ぎつつ彼の意識を他へ向けながら彼の仲間を纏めて爆炎で葬り去ることに成功したのかもしれない。

 体力や集中力が切れるとオーラを纏うことも困難になる。

 これはジャクバウンや青いオーラを使わせない、持続時間を減らすことにも繋がっている。

 シンゴの体とジャクバウンに関して言えばジャクバウン自身が微量の魔力を生成したり空気中の魔力を取り込んで青いオーラへ変換して使ったりシンゴの体に溜めたり使ったりするのでシンゴの中になるオーラがなくてもジャクバウンだけにオーラを纏わせること自体はできる。

 ジャクバウンを手にした当初に平本慎吾の体には一時的に魔力は溜まっていたが生成できる体質にはなっておらず体に保存されていた魔力を使い終えたら魔力や青いオーラの保存にある程度耐えられる肉体に変化していた、というのがシンゴの体に関する話。

 それとジャクバウンは魔力の生成と大気の魔力の吸収を行いながら青いオーラへ変換できるが一度の戦闘で生成吸収変換はたかが知れている。

 そんな実情など、二人は知る由もなく知る機会はないだろう。

 一つ言えるのはもし彼の仲間が脱出していればこの場に駆け付けることができるということ。 


 「威張り散らす村人、か」


 小さいところで過ごす矮小な存在。

 ポーラに言われたことでシンゴに怒りと動揺が走った。

 それを見逃さずに彼女はシンゴの腹を蹴り飛ばす。

 地面を転がるシンゴにポーラは黒いショートソードで斬ろうとしたその時。


 「やめて!」


 背後から女性の声。

 ビュンッと何かが飛ぶ音。


 「いっ!?」


 ポーラの左肩に矢が刺さった。

 矢を放ったのはジェーンだ。

 赤く目を腫らして涙の痕が見える。

 駆けつけた直後なのか息も荒い。

 彼女が二射目の準備をする間にポーラはシンゴとジェーンの両方を盗み見てそれぞれから距離を取った。


 「ジェーン!どうやってここまで来たんだ!?」


 さっきまでシンゴの中では仲間達は死んだかもしれない、そう頭に過っていただけにジェーンの登場に内心歓喜していた。


 「ローディー達に助けられたんだけど……。」


 ジェーンの言葉は最後まで続かなかった。


 「あとで聞かせてくれ!」


 彼等の動向を見ながらポーラは左肩に刺さった矢を引き抜いて捨てた。

 直後にジェーンの矢が再び放たれたがポーラは最小限の動きでそれを躱し、再びシンゴの元へ迫った。

 シンゴはジャクバウンを構えながら【フォーチュンダイアグラム】を使う。


 >>ポーラが斬りかかる。

 >>黒いショートソードを受け止める。

 >>


 「あああぁあぁっ!?」


 頭痛や動悸が酷くなり一瞬ふらついたシンゴを見てジェーンは動揺した。


 「どうしたのシンゴ!?」


 「だ、大丈夫だ!」


 必死に叫んだシンゴだがジェーンからすればいつもと違う様子のシンゴに戸惑うばかり。


 「さっさとくたばれ!」


 ポーラの斬撃がシンゴを襲うがギリギリで防御するシンゴ。

 ジャクバウンは青いオーラを纏っていないがそれでも伝説の武器なだけに傷一つ付いていない。

 ポーラがジェーンを盗み見ると既に三射目が放たれていた。

 頭部に直撃しそうなために上体を下げたがシンゴがそれに合わせて右膝でポーラの顎を蹴り上げた。


 「!?」


 宙へ舞って転がるポーラ。

 放たれた矢はポーラの背中に刺さった。

 だが、頭を押さえてふら付くシンゴはポーラへの追撃が叶わない。

 地面に投げ出されたポーラにジェーンが矢を放った。

 ポーラの死角から飛んでくる矢を彼女は勘で避けた。

 刺さった矢の痛みに耐えながらポーラは身を起こすがジェーンの弓矢が右太腿に命中。

 「ああああああ!?」


 痛みで涙を零すポーラが矢を引き抜く間にジェーンは動いた。


 「シンゴ~!」


 心配になって駆け寄るジェーン。

 その声に膝で支えながら立ち上がったシンゴは視線だけ向けるも苦痛に耐えるので精一杯のようだ。

 涙するジェーンはポーラを警戒せずにシンゴの支えになろうと手を伸ばす。

 あと三歩。

 シンゴの前で、彼女の横から黒いショートソードが現れた。

 それは安堵の笑みを浮かべようとしたジェーンの右腕を通り過ぎ。

 彼女の頭と胴体が別れた。

 一瞬の光景。

 シンゴの瞳に映ったジェーンの最後。

 彼女の表情は驚いていた。

 地面に落ちて初めて恐怖で顔が歪んで。

 頭では直ぐに理解できず茫然。

 空は雲で覆いつくされ始めている。

 それによって森に注ぐ光が閉ざされた。

 黒いショートソードを振るうポーラの狂気は留まることを知らず。

 歯を食いしばり痛みに涙を流しながら鋭い眼光がシンゴを射殺しそうなほど。

 返す刀でポーラの一振りがシンゴの首元を襲うがジャクバウンがその一撃に割り込んだ。

 反射でジャクバウンを振ったシンゴの眼にも涙が溢れていた。


 「お、お、お…」


 怒りの感情が顔に現れる。


 「お前えええええええええええええええええええええ!!」


 ポーラを押しやり腰を落とす。

 そして踏み込んで重い一撃を落とすシンゴ。


 「殺す!」


 未だに頭痛と動悸が激しくなるシンゴだが怒りでそれらを無視して重く速い斬撃を繰り返した。

 その一撃一撃をポーラも防ぐが我武者羅で力任せな攻撃に防御しても衝撃で体にダメージが入った。

 飛ばされて地面を転がり両断されそうになるも寸でのところで躱す、それを何度も繰り返した。

 気づけば最初の落とし穴より大分離れたところまで移動した先は一際陽光が降り注ぐ空いた場所。

 そこには木々がなく、地面もなかった。

 つまりは大きな穴があった。

 それこそシンゴの仲間達が落ちた穴よりも何倍も大きい。

 まるで巨大な生物が地中から顔を出したかのような惨状。

 お互いに穴の周辺の土砂に足を取られながらの攻防が続いた。

 シンゴによる振り下ろしをポーラが半身になって避け、左下から構えた黒いショートソードを真上に振り上げた。

 その斬撃をバックステップで避けながらシンゴは引いたジャクバウンを水平に構えてから胴体を両断しようと振り払った。

 振り上げた力が軽かったポーラもまた攻撃を読んだのか素早く身を引いてシンゴの攻撃をギリギリで避けた。

 回避したポーラが穴を背にしたタイミングでシンゴは一度振り払ったジャクバウンに青いオーラを纏わせる。


 「らぁっ!」


 溜めてから大きく薙いだ。

 音を置き去りにするほどの一撃。

 反射でオーラを纏わせた黒いショートソードを逆手に構えながら受けたポーラだが勢いと衝撃が強く、真横へ吹き飛んだ。

 穴へ落ちることはなかったがかなりの距離を転がった。

 起ち上がったポーラだが満身創痍で足がふらついていた。

 これを好機と見たのかシンゴは全力疾走で距離を詰めてジャクバウンに青いオーラを込めた。


 「もう終わりにしてやるよ!」


 シンゴも頭痛と動悸が酷く足元をふらつかせたが、直ぐに踏みとどまってからジャクバウンを上段に構えてから振り下ろした。

 その大振りの攻撃に対してポーラは黒いショートソードを縦に構えて受けようとしたがジャクバウンは軌道を少しずらしてポーラの右側で停まった。

 今までと違い振り斬らなかった行為によりポーラに一瞬の思考停止を生ませた。

 その隙にシンゴはジャクバウンを九十度傾け水平にしてからポーラの頭を目掛けて斬り裂く。


 「はっ!」


 ジャクバウンの切先がポーラの眉間に迫った。


 「くっ!」


 黒いショートソードにオーラを纏わせジャクバウンを押し出そうとしても間に合わない。

 一瞬だけかち合う。

 顔を左へ曲げたが鋭く走る切先はポーラの右目に触れていた。


 「あぁっ!?」


 頭部を貫かれなかったが右目から血が流れた。

 それを見てシンゴの口は吊り上がった。

 だがポーラは痛みに怯まず体を沈めてシンゴの右側へ体をずらしながら飛び込んだ。

 一方、シンゴの視線は正面に釘付けになっていた。

 何故なら黒いショートソードが水平になっているジャクバウンの横をゆっくりと落ちているから。

 つまりポーラは移動と同時に手放していた。

 彼女の手にはナイフが握られている。

 柄を布で巻かれたそれがシンゴの腹や胸の手前、両腕の間を通り抜けた。

 シンゴが気づいてそれに視線を向けた時には自身の喉に刺さり痛みが脳へ到達した瞬間でもあった。


 「ぐぶっ!?」


 口から、刺し傷から青い血が流れた。

 驚愕と恐怖に色を染めた表情。

 更にその喉に刺さったナイフが捻られた。


 「!?」


 青い血の泡を吹きながらポーラを睨みつけるシンゴはジャクバウンを振ろうとしたが腕に力が入らないのか項垂れる。

 それでも辛うじて握る力だけは残っていた。

 ポーラの右手はそんなシンゴに刺したナイフから離すと青い血が溢れて噴き出た。

 それらはポーラの顔も染め上げる。

 力を失った両足が膝を突き、シンゴはポーラを見上げる体勢になった。

 気道がつぶれても力の籠った眼差しを送りつけるシンゴ。


 「被害者ぶるなよ!」


 怒りを込めたポーラはシンゴを力の限り蹴り飛ばした。

 シンゴの上体が後方へ引っ張られるように宙へ浮いた。


 「全部、返してよ……」


 その先は大きな穴。

 ここから覗いても底が見えない。

 そんな奈落へシンゴはゆっくりと落ちた。

 ポーラを見ていたのかいないのか。

 ジャクバウンと共に深くて暗い闇の中へ消えて行った。

 シンゴの最期を見送ったポーラはその場で膝から崩れ落ちた。

 天を仰いで右目から血を流し続けた。


 「は…はは…はっはっはっはっは……はぁーはっはっはっははははは……」


 顔は笑っていた。

 乾いた笑いが静寂だった森へ小さく響くだけだった……。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。








謝辞

ここまで読んでいただきありがとうございます。

今までに本作を読んだ方、評価やいいねを押した方、感想を寄せてくださった方

皆様のおかげでここまで投稿できました。

ここで謝辞を述べては何ですが、まだ話は続きますので時間のあるときに今後も目を通して頂けると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 他のキャラもそうですが、クズの描写が凄いです。 本当に何言ってんの?って感じで面白かったです。 [一言] 連日の更新有難うございます。ちょうど前話を読んだあとに更新が来たので驚きました。
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