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恨みに焦がれる弱き者  作者: 領家銑十郎
収束の始まり、夢も希望もない先へ
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126話 初めての冒険 ―橘川明之―

本日もよろしくお願いします。

 橘川明之達は森の奥にある丘の麓に人間大の大穴が掘られている場所を発見した。

 周辺には武器を持ったゴブリン達が周辺を警戒している。

 中には寝ぼけている個体、彼を蹴り飛ばして罵る個体など統制がなされていなかった。

 表に見える数は全部で五体だろうか。

 レイラは二人に木の陰に隠れるように指示した。

 まだ距離はあるようで、ゴブリン達は橘川明之達の存在を認識していないようだ。


 「ここは冒険者歴の長いレイラに任せようかな?」


 「あんたもゴブリン相手なら問題ないでしょ?」


 「せっかくなら君の素晴らしい活躍を目に焼き付けたいかな?」


 「適当な事を言って……。」


 レイラは溜息を吐いてからゴブリン達を観察した。


 「アキユキだっけ?ゴブリンと戦ったことはあるのよね?」


 「一応。」


 「ゴブリンの巣の中で戦ったことは?」


 「ない…ですね」


 「あそこは恐らく私達が通れる通路が入り組んでいると思う。基本的には洞窟内での戦闘になる、あいつらが有利で私達が不利な事は思いつく?」


 先生よりは少し厳しく問うレイラに橘川明之は緊張しながら答えた。


 「数、ですか?」


 「それもあるけど…初歩的な話、洞窟の中は光りがない、つまり暗闇の中ってこと。あいつらは侵入者を視認できるけど私達は向こうを視認するのは難しいってこと。」


 「あぁ。」


 「私達は松明を使って最低限で最高の状態で戦わないといけないってわけ。」


 「そう、ですね。」


 「あんたの魔法は火を起こせるから頼りに出来る部分はあるけど、洞窟内で攻撃魔法を無暗に放つ真似はしないでね。」


 「どうしてですか?炎の魔法ならあいつらだって一撃で倒せますよ。」


 「確かにあんたの魔法なら倒せる。だけど狭い空間で火の魔法を乱発したらどうなると思う?」


 「明るくなるけど、死体が沢山燃えるから酸素が無くなる…てこと?」


 「酸素?」


 「人間が呼吸をするのに必要な分子の名称です。」


 「そう…あなたの世界の考え方なのね、多分私が言いたかったことだと思う。呼吸がしづらくなる、それは理解できているってことね。」


 「どうも。」


 「あなたに魔法を使ってもらうときは私かアメディの指示で使って。出来ればフレイムボールじゃなくてファイアボールかファイアカッターくらいがいいんだけど。」


 「すみません、俺が使える最小の威力が出せる魔法はフレイムボールなんです。」


 「わかった、普通のゴブリンやシャーマン相手にはそれを使って。大型にはフレイムピラーを使って貰うかもしれないから。それ以外は…頭の隅に置いてちょうだい。」


 「分かりました。」


 「大まかな段取りとしては―――」


 レイラの話を聞いて三人は動き出した。

 先ずは洞窟の出入り口で見張りをしていたゴブリン達の排除だった。

 アメディが孤立している一匹のゴブリンの近くに適当な石ころを投げた。

 気づいて興味を持ったゴブリンが洞窟から離れた。

 誘われたゴブリンはレイラの匂いに気づいたのか彼女の元へ近づいた。

 見張り達から距離が離れたところへアメディが即座に喉元を掻っ切った。

 声も出せずに倒れたゴブリンを木の陰に隠す。

 一連の動きを見て橘川明之は正直まどろっこしいと感じた。

 サンデル王国にいるクラスメイト達とゴブリンを倒そうと思ったら正面から魔法を撃ってささっと倒すだろうと思っていた。


 (二人とも慎重すぎやしないか?)


 それからも時間を掛けて孤立した個体を狙って一匹ずつ、確実に倒した。

 倒されたゴブリン達は大声を上げることなく倒せたため、洞窟内に知らされることはなかっただろう。

 三人は周辺を見て見張りや外を巡回しているゴブリンがいないことを確認してから洞窟へ侵入した。


 「一応後ろから巡回している個体が来るかもしれないから気を引き締めて。」


 「はい。」


 「相手は矢を撃ってくると思うからアメディの後ろに居てね。」


 「え。」


 「そこはレイラでも良いんじゃないかな?」


 「私よりもあなたの方が背丈があるから守りやすいでしょ?」


 「それもそうかな。」


 実は彼らは盾を持っていない。

 身を挺して橘川明之を守ると言うことだろうか。

 それから三人分の松明に火を点けて進んだ。

 暗くて空気が薄い、橘川明之は観光でもしているかのような気分で洞窟内を眺めていた。

 異界の勇者であっても暗闇の中を十全に見られる存在はそうはいない。

 今回召喚された者達の中ではっきりと見ることが出来るのは【シーフ】を持つ武田康太だろう。

 橘川明之が彼を思い出していたら一本道で正面からゴブリン達に遭遇した。

 数は三。

 三匹とも朽ちた剣か折れた槍を携えている。

 ゴブリン達は既に駆け足で橘川明之達に迫っていた。

 彼らがゴブリン達を目視で確認できた時は数メートルほどだろう。

 ゴブリン達はゲラゲラ笑っていた。

 気を引き締めた橘川明之だったがレイラ既に動いていた。

 彼女は松明を正面の彼らに投げつけ、ゴブリン達の注意を引かせる。

 その隙に手前の一匹を蹴り飛ばし、正面右の折れた槍を持つゴブリンの心臓目掛けてナイフを投げつけた。

 正面左の朽ちた剣を持つゴブリンはレイラに振りかぶろうとしたが伏せながら相手の左側に回し蹴りを食らわせた。

 レイラに蹴られたゴブリンはアメディの元のへ飛ばされ、立ち上がる前にアメディのナイフで喉元を刺されて絶命。

 折れた槍を持つゴブリンは苦しそうに刺さったナイフを抜いたが直後に寝転がっている状態のレイラが回った勢いを利用してそのまま正面へ蹴りを入れた。

 レイラは壁に激突して手放したゴブリンの折れた槍を掴んで最初に蹴り飛ばしたゴブリンに投げつけた。

 見事折れた槍はゴブリンの喉元に刺さり声も出せずに絶命。

 折れた槍を持っていたゴブリンも心臓が破れたためにその場で倒れ込んで動かない。

 ただ、レイラは抜かれたナイフを使ってそのゴブリンの首筋を刺した。

 一連の先頭を見て橘川明之は唖然としていた。


 「アキユキ、怪我はないかな?」


 「え、あ…はい…ないです。」


 「まさかビビったとか?」


 レイラは自分のナイフや折れた槍を拾ってゴブリンの着ていた衣服で血を拭っていた。


 「なんて言うか…ゴブリンを倒すときっていつもこういう感じなんですか?」


 「あまり経験はないけど、武器が乏しい時はそうかな?」


 「自前の武器が使えない場所だとよくあると思うわ。別にゴブリン相手に限ることじゃないし。」


 この世界の全ての戦う人達が一様に同じというわけではない。

 ただ、橘川明之や一部の人達が彼らの戦いを見れば何かを連想するかもしれないがここで語ることではないだろう。


 「そうなんですね…それとレイラさんが予想以上に強いなって思いました。」


 「ゴブリン相手なんだから強いとか弱いとか…まぁ初心者に比べたら強いと自負したいわね。」


 レイラは放り出した松明を拾って前方を警戒しながら歩き出す。

 それから何度かゴブリンの小隊とぶつかった。

 橘川明之の主だった活躍はないが彼が一番ひやりとした場面は弓矢が飛んで来たときだろうか。

 ゴブリン達は暗がりでも目が効く為、人間の視力では視認しずらい場所から攻撃を仕掛けた。

 弓矢の飛距離は武器の状態やゴブリンの筋力などが影響して命中精度は良くなかったが、奥から矢が現れて足元へ着弾しそうだと思った時は避けようとしていた。

 それをアメディは難なくナイフで弾いて壁に叩いていた。

 また、飛んできた矢の軌道が橘川明之の顔面だったときは顔を背けていたがそれもアメディが上に弾いて誰も被弾はしなかった。

 弓矢を使うゴブリンは三匹ほどしかいなかったが、それでも橘川明之にとっては脅威に思えた。


 「ビビっているけど根性はあるみたいね。」


 恐らくレイラなりに褒めたのかもしれないが橘川明之には皮肉にしか聞こえず顔を(しか)めた。

 そして幾つかの分岐も調べてから最奥へ到着。

 その間にアメディとレイラは拾った武器を幾つか装備して確認する。

 部屋からはゴブリン達の気配が伝わってきたようだ。

 レイラは二人に目配せしてから松明を部屋の真ん中に放り出した。

 灯りに照らされて中が見える。

 そこには二回りほど大きなゴブリンがいた。

 よく聞く通称はホブゴブリンだろうか。

 ホブゴブリンは侵入者達や周辺のゴブリン達に怒りを露わにした。


 「シャーマンはいないみたいね。」


 「この部屋にも人質がいないかな。」


 「中遠距離の奴もいない。」


 「ホブを入れて五匹かな。アキユキ、出入り口を陣取って前後に火の壁とか出してくれないかな?」


 「それじゃ二人は逃げられないじゃないですか!?」


 「早く片付ければ良し、雑魚を倒してからアキユキが止めを刺せば良し。だから頼んだかな!」


 出入り口からアメディとレイラはゴブリン達に向かって駆け出した。

 橘川明之は言われた通りに行動した。


 「フレイムウォール!」


 ファイアウォールに比べて火の勢いがある。

 ただ、これでも手加減はしているようにも感じた。

 既にゴブリン達は二人を襲い掛かっていたがアメディ達がゴブリン達を一匹ずつ倒した。

 二人とも道中で奪った武器を使って応戦。

 ホブゴブリンはフレイムウォールを警戒して橘川明之に襲うことはなくアメディ達に攻撃を仕掛けた。

 大振りな攻撃を二人は感知して避けた。

 巻き込まれたゴブリン達は壁に叩きつけられた衝撃で動けなくなる。

 そうして普通のゴブリン達が動けなくなれば残るはホブゴブリンだけになった。

 その間にも部屋は暑くなり、ホブゴブリンもアメディ達も汗をかいた。

 二人でホブゴブリンの攻撃を避けながら腕や脚にナイフやその場に落ちている剣や槍で反撃した。


 「アキユキ、正面、フレイムボール!」


 レイラが叫んだ。

 橘川明之はフレイムウォールを解除と同時に燃え盛る炎球を生成して放った。


 「フレイムボール!」


 アメディ達はタイミングを合わせて左右へ避けた。

 どちらに追撃を仕掛けようか視線を彷徨わせたホブゴブリンに炎球が襲い掛かった。


 「!?」


 正面から食らったホブゴブリンは奥の壁に激突して全身が燃え出した。

 燃え移った炎を取り払おうと藻掻くところへアメディとレイラが拾った幾つもの武器を遠慮なく投げつけていく。

 そのどれもが体中に武器が刺さったこともあり、痛みと熱さでホブゴブリンはやがて動かなくなった。


 「うわぁ……。」


 その一部始終を見ていた橘川明之は二人の行為にドン引きしていた。

 そこまでやる必要があったのか?

 それに加えて二人は倒れているゴブリン達の心臓や喉元を裂き回った。

 最後の部屋にいたゴブリン達を倒した証明として耳を剥ぎ取ることも忘れていないようだ。

 必要な作業を終えると二人はゴブリン達の返り血を浴びていたが気にしていなかった。


 「二人とも…凄いですね。」


 「これくらい出来なきゃ旅も冒険もできないかな?」


 「これでも最低限のことだよ。」


 灰色の血があまりリアリティを感じさせていないのか、橘川明之は誰かが作ったオブジェクトを見ているような気分だった。


 「空気が薄い…早く出ましょう。」


 彼等は足早に洞窟から脱出した。

 まだ夜は明けていなかった。


 「もう一日経ったとか?」


 「まだそんなに時間は経っていないと思おうかな。」


 時間の感覚も人によって異なるようだ。

 彼等は洞窟の近くで交代しながら休憩をした。

 夜に活動するモンスターも森にいるので疲労が溜まっている状態で四方から迫って来る可能性があった。

 そのため、洞窟のある小高い丘を背に守ることに決めたようだ。

 異界の勇者である橘川明之は体力は十分に残っていたが眠気を感じたことでアメディ達の提案に乗って最初に仮眠を取った。

 朝日が昇れば危険な状態は減るので彼らは最寄りの村まで向かい、報告。

 村人達は喜び安心した。

 彼等を見て橘川明之は胸を撫で下ろした。

 その日は村でささやかながらのお礼として宴を催すことになった。

 橘川明之達は言葉に甘えて参加することにした。

 日中の村人は従来の仕事に加えて宴の準備もしていた。

 橘川明之は手伝いを申し出たことでアメディ達も手伝うことにした。


 「凄いお人好しなのね。」


 「そうみたいだね。でも、君だって同じじゃないかな。」


 「あんたもでしょ。」


 橘川明之は何となく、世間話の一環で手伝いをしながら村人達にムンドラ王国のことを聞いた。

 具体的にどういう国なのかは分からず殆ど感想のようなものだった。

 他国とは仲が良い。

 税収はない方が嬉しいが領主が自分達を守るために兵隊を養うのに必要と言う理由を聞いているからそこまで気にしていない。

 ミールドの街の冒険者達が動いているからモンスターの遭遇する可能性が少なく感じている。

 王様に対しては悪いとは思わない、仮に何か思っても口には出さない方が良い。

 戦争を起こさないように頑張っている気がする。

 と言った話が聞けた。

 荷物を運んでいる橘川明之に村のおばさんが話しかけてきた。


 「あんた、若いのに偉いねぇ!」


 「いえ、俺は別に……。」


 「少し前から畑が荒らされたり、家畜が襲われたりで大変だったんだから。」


 「そうだったんですね。」


 ゴブリン討伐の前にこの村に立ち寄って話を確認した時に知っていたが、橘川明之にとってはそこまで深刻な事態じゃないと思っていた。


 「本当にそうよ、私達の食べる物もなくなるし、畑仕事で手伝ってくれる家畜もいなくなるんじゃ生活だってままならないわよ。」


 村のおばさんを始めここにいる人々からそのような雰囲気は感じられない。

 戸惑いつつも村の人達の言葉に耳を傾けていた。


 「だからあんたたちのお陰で助かったのよ!ありがとう。」


 「どういたしまして。」


 村のおばさんが別の作業に赴き、橘川明之も荷物を運び終えたところで子供達にせがまれて彼らの相手をすることにした。

 ゴブリン退治の話をする橘川明之に子供達は興味津々だった。

 そのあとに再び手伝いながら他の村人達とも交流を重ねた。

 橘川明之としては一概にサンデル王国と比べられないが村人達の雰囲気から穏やかな国だと感じたようだ。

 また、サンデル王国の兵士や城下町の人達以外に話す機会はあまりなかったので彼にとって村人達と話せること自体が新鮮だった。


 「悪くないのかもな。」


 殆どが農業に従事する一日で終わってしまう村人達だが一日一日を大切にしている。

 活気ある村人達の長閑な光景が橘川明之に印象深く残った……。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。

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