123話 助け合い ―ジョエルとシュゼット―
ここ暫くの投稿時間と異なることお許しください。
改めて本日もよろしくお願いします。
ジョエル達三人は森に入って探索した。
討伐対象はスクロファヌラだ。
カエルとブタを足して割ったような見た目。
体長は三十メートルほどにもなる。
個体数は少ないがここ数年、体の大きい個体が出現するようになっていた。
普段の冒険者達は森の奥にある湿地帯に足を運ばないためスクロファヌラがどのように過ごしているのか分かっていないらしい。
ただ、一つ言えるのは体の大きい個体が移動することで森が薙ぎ倒されること。
それによって資源が失われやすくなること。
森林内での被害を抑えることがジョエル達の目標でもあった。
「それにしても俺達だけで巨体を仕留めようだなんて思い切りがいいな。」
ブライアンは感心していた。
「人数が多いと却って邪魔になるニャ。」
「辛辣だなぁ。」
「以前見た奴と変わらなければどうにかするさ。」
ジョエルは意外と自信を持っていた。
彼等は天然の地形に逆らわず、時に迂回した。
また、他のモンスターが見えたときには刺激を与えず、姿を隠してやり過ごした。
「そう言えばここら辺にも大きな穴があるのかニャ?」
「ここら辺は…まだ聞いていないなぁ。」
「原因は不明なんだろう?」
「あぁ、誰も見ていない間に出来上がっていたらしいからな。まぁちょっと揺れた時があったからその時かもしれないが。」
「また魔王とか復活かニャ?」
「勘弁してくれよ、ムンドラ王国には英雄様がいても何処まで戦えるかわからないんだぜ?」
ブライアンが肩をすくめた。
数日が経ったある日の陽が沈み始める頃。
森が陰った中で三人が足を進めていたが、高木の陰とは異なる陰があった。
「あれは……。」
「スクロファヌラだろう。」
ジョエルが引き締めてブライアンが警戒を強めた。
「あそこにいるのは…フォレドリヤスかニャ?」
スクロファヌラやシュゼット達の数十メートル先には十匹のフォレドリヤス達が群をなしていた。
琥珀色の体毛に赤い顔の人に近しい見た目のモンスター達が地面に降り立って何をしているのか。
石や枝を投げつけている先には倒したイノシシを担いでいる冒険者達がいた。
三人の男性冒険者達は丸太に括りつけたイノシシを置いて、剣や弓矢で応戦し始めた。
放たれた矢は一匹のフォレドリヤスに直撃したが残りの九匹は投げつける物がなくなると一斉に突撃し始めた。
「悪い、ブライアン。先に向こうを助ける!」
ジョエルは向う見ずに助けに向かった。
「こういう時のジョエルは聞かないからニャ。」
諦め半分を見せたシュゼットにブライアンも溜息を吐いた。
「予想以上に熱い男なんだな。」
「向こうを引き付けるからよろしくニャ。」
シュゼットはスクロファヌラの方へ向かった。
「俺も動くか。」
ブライアンもジョエルの後を追い始めた。
その間に二人の冒険者が剣を構えて接近してきたフォレドリヤス達に斬りかかった。
二匹は斬られて動けなくなっていたが残りは冒険者達に直接飛び掛かった。
「離れろ!」
「クソッたれ!」
「どうにかしてくれ!」
彼らが組み付かれて引っ掻かれたりしている所へジョエルが一発殴りかかった。
「!?」
殴られたフォレドリヤスが吹っ飛んだ。
「今助ける!」
「いでぇ!?」
弓矢で迎撃していた冒険者が悲鳴を上げた。
そこにブライアンが長剣で肩を咬み千切るフォレドリヤスを貫いた。
「kyyyyyyyyy!?」
痛みで冒険者からフォレドリヤスが離れてジタバタした。
「ブライアン!」
「さっさと片づけるぞ!」
二人がフォレドリヤスを相手している一方。
スクロファヌラはまだ動かなかった。
そこへ金属同士がぶつかる音が響いた。
スクロファヌラの傍で二本のナイフをぶつけるシュゼットがいた。
「こっちニャ~!」
緊張感がなさそうな声で注意を引き付けようとしているのか。
スクロファヌラの目がゆっくりとシュゼットに焦点を合わせた。
体もシュゼットのいる方向へ向け始めた。
少し笑みを含ませながら走り続けた。
ある程度スクロファヌラの体の向きが変わったところで彼女は正面で緩慢な動きに切り替えた。
そんな彼女にスクロファヌラは大きく鼻で吸い始めた。
人よりも大きな鼻息は大きく身軽なシュゼットでは吸い込まれそうな勢いに見えた。
「ちょっと辛いかもニャ。」
ブタのような鼻の穴に吸い込まれまいと姿勢を低くして耐えた。
長い時間を掛けて吸い込んだ空気は表情を変えずに一気に噴き出した。
「ニャ!?」
鼻息の圏外へ逃げようとしたシュゼットだったが間に合わず強風に晒された。
彼女達の周辺は木々が多く生えているため、鼻息に多くが薙いでいた。
一番近くの木々は根っこから引き抜かれそうなほどだ。
シュゼットは身体が浮いて飛ばされながらも状況を把握、一本の木に背中を預けることなく着地できた。
彼女がスクロファヌラを見上げたタイミングでピンク色の何かが飛んできた。
一本の木がピンク色の何かに巻き取られて引っこ抜かれた。
そして瞬き一つでスクロファヌラの口の中に吸い込まれた。
「危ないニャ~。」
シュゼットは無事だった。
ギリギリで飛んで逃れていたようだ。
そしてスクロファヌラの口から飛び出たのは舌。
人間一人は余裕で巻き取れるほどの大きさ。
そしてジョエル達の距離まで伸ばせるであろう長さを隠し持っていると言う情報は多くの冒険者も知るところ。
シュゼットはスクロファヌラを睨みながら微動だにしない。
数秒ほど膠着したところで彼女はジョエル達の様子を盗み見た。
その瞬間にスクロファヌラの舌が再び伸びた。
彼女は余裕をもって避けた。
彼女の元まで伸びた舌は直ぐに引き戻された。
スクロファヌラの表情は変わらず。
シュゼットは姿勢を低くしながら集中し続けた。
彼女が視線を動かすたびに舌が瞬時に飛び出して彼女を襲う。
その度に彼女は猫のように撓る動きで翻弄した。
ナイフでの攻撃はせずにひたすら避ける。
スクロファヌラは十回ほど舌を伸ばしたら再び鼻で息を吸い始めた。
「これはきついニャ。」
走ったり避けたり踏ん張ったり。
彼女の体力はどんどん減っていた。
踏ん張っていても体が引き付けられているのが分かった。
そして何とか二度目の吸い込みも耐えたところで強大な鼻息が噴出される直前。
「おりゃあああああああ!!」
スクロファヌラの左足から男の声が聞こえた。
「bboooooooow!?」
スクロファヌラの叫び声。
相当痛いのだろう。
背後を見ればオーラを纏ったジョエルが斧で思いっきり振り抜いてスクロファヌラの左後足を斬り裂いていた。
盛大に灰色の血が噴き出た。
斬り裂かれた左後足を動かそうとしていても動かせないでいた。
だが、スクロファヌラの螺旋を描いた細い尻尾が暴れ回った。
その無軌道な尻尾がジョエルを襲った。
ギリギリで躱すジョエルだが彼が居た地面は抉り取られており、一撃を貰えばむち打ちでは済まないだろう。
「うおっ!?」
全てを最小限の動きで避けていたジョエルだったが左側から尻尾が迫った。
咄嗟に斧の面で防いだがジョエルは吹き飛んだ。
地面を転がって体勢を直すもまだ尻尾の射程圏内だったために転がって避けるしかなかった。
「やっと来たニャ。」
背面の様子が分からないもジョエルが仕事をしていると思って安心の表情を浮かべたシュゼット。
一瞬の安堵。
叫び終えたスクロファヌラの舌が油断したシュゼットを捉えて包み込んだ。
「ニャ。」
シュゼットを包んだ舌はスクロファヌラの口へ戻されようとしていた。
彼女は風を感じながら自身の油断を後悔した。
(やっちゃったニャ。)
食べられたら一巻の終わり。
そう思ったところで。
「おらっ!」
舌が戻る前にオーラを纏ったブライアンが長剣で舌を斬り裂いた。
完全に切断は出来なかったが灰色の血が噴き出た。
舌の筋力が緩んだ隙にシュゼットは無理やり舌を退かしながら地面へ逃れた。
「無事か!?」
慌てて近寄るブライアンに唾液塗れのシュゼットは苦笑していた。
「助かったニャ。」
「お礼はまだ先だ。」
二人はスクロファヌラの口元まで近づこうと走ったが相手の動きは予想外の物だった。
「「!?」」
スクロファヌラは三本の足で上に跳び上がった。
足を一本斬られていても人の手が届かない高さまで持ち上げられるほどの筋肉量があることに一同は驚いた。
「退避!」
ブライアンに合わせてシュゼットやジョエルも下がった。
数秒後に巨体がその場に着地した。
「!!」
着地の衝撃が周辺に広がり土煙を舞わせた。
ブライアン達は腕で顔を覆いながら飛ばされないように踏ん張った。
三人は衝撃が収まってから動こうとしたが攻撃は止まなかった。
表情を変えないモンスターの顔の上半分が見える中、土煙の中から舌が飛び出た。
「うおっと!?」
空気の揺らぎと勘で避けたブライアンは冷や汗を一つ。
少し遅ければ相手の口の中へ引き込まれていたかもしれない。
その隙にシュゼットは前進。
土煙が晴れたときには口元まで迫っていた。
そんな彼女を認識したのかスクロファヌラの噛み付き攻撃が素早く繰り出された。
「ニャっ!」
ギリギリで避けながら口元に一撃を入れた。
ただし、シュゼットのナイフは体表の粘液によって阻まれていた。
スクロファヌラの尻尾の動きが緩やかになったところへジョエルが右後足に近づいた。
背後にも目があるのか再び鞭のように叩きつける尻尾の攻撃がジョエルを襲った。
「ふんっ!」
斧で弾くことに成功したジョエルはそのまま駆けだして二撃目を避けた。
三度目の尻尾の攻撃が来る前にジョエルの一撃がスクロファヌラの右後足を捉えた。
「おおおおおおお!!」
同じように腱を斬られて灰色の血が噴き出てスクロファヌラはまた悲鳴を上げた。
「まだまだ!」
ブライアンも同時に左前足を斬った。
「gebow!?」
ここで初めて悲鳴を上げたスクロファヌラ。
斧や長剣では太い脚を完全に切断するには至らないが動きを封じるには十分なようだ。
体を動きを制限されたスクロファヌラの鼻息は荒くなっていた。
三本の脚が斬られたことで巨体を支えきれず、地面にうつ伏せ状態になった。
それでも尻尾はジョエルを仕留めようと暴れているが、射程範囲にジョエルはいなかった。
彼は右前足の元へ移動して斧を振り回した。
「これで最後だ!」
ジョエルの攻撃は防がれることなく右前足も斬られることになった。
「これで終わりかニャ。」
完全にスクロファヌラの動きを止めた三人は脇に集まった。
「こいつって一応食べられるんだよな?」
「そうだな、豚と鶏の味や肉質なんだが。」
「でも、血の色が美味しくなさそうニャ。」
「そうなんだよな、実際に別のモンスターの肉を食べた奴らの話だと味は落ちているんだと。」
「食感は同じなのか?」
「同じらしい。」
「それならここで見張って絶えるのを待つ方が楽ニャ。」
スクロファヌラを討伐するときは食用部位を切り取って討伐証明の目玉と一緒に持ち帰るのが従来の事後処理だったりした。
近年増えだした灰色の血を持つモンスター達は武具や防具などの材料には使えるが食用には向いていないとされていた。
なので、ある程度解体して放置が主流になっているらしい。
従来のモンスターであれば場所によっては土に埋めるなどしていたが、モンスターの数が増えていることで処理中に襲われる危険性を鑑みて
各冒険者の判断に委ねられているそうだ。
今回のシュゼット達はスクロファヌラが息絶えるのを待ってから討伐証明の目玉を採ろうという算段。
巨体で体表に粘液があるので体を攀じ登るのも一苦労だ。
また、各足を完全に切断するのは手間である。
有事以外は極力手を付けず最小限の労力に留める話で纏まったようだ。
「そう言えばイノシシ担いでいた冒険者達はどうなったニャ?」
「あぁ、全員無事…ではないな。命はあるが今後の生活に支障が出るかもな。」
シュゼットがフォレドリヤス達に襲われた冒険者達を気にしたのでブライアンが答えた。
一人が肩を食いちぎられたので残りの二人が応急処置をしたが、当人は痛みに耐えるだけだった。
軽傷で済んだ男性冒険者がシュゼット達の元へ来てお礼を伝えた。
「助けてくれてありがとう。あんた達が助けに来なかったら俺達はとっくに死んでいた。」
「手放しで喜べる状況じゃないが良かった。早く街まで戻った方が良いんじゃないか?」
「そうだな、そうさせてもらう。それと済まないがあのイノシシを解体できるか?」
「ジョエルが出来るニャ。」
「あんたか、それならあいつをあんた達で捌いてくれないか?」
「あれはあなた達の物でしょ?」
「街へ戻るのにあれは担いで行けないからな。少しでも食べてくれると嬉しい。」
「そう言うことなら。」
ジョエル達はイノシシが置いてある場所まで移動して冒険者達を見送った。
「彼らは俺達みたいにモンスターを中心に相手するんじゃなく、狩猟に重きを置いているんだ。」
「そうだったのか。」
ブライアンの説明にジョエルは彼らの背中を見ていた。
「街の食料を彼らも支えているからな。そう言う意味ではお手柄だった。」
「俺はそう言うことを意識していた訳じゃないが、彼らが無事でよかった。」
「それよりも早くこれを捌いて欲しいニャ。」
「そうだな…まだ俺達の冒険は終わってないな。」
ジョエル達は更に数日間、スクロファヌラの傍で過ごしてからミールドへ戻った。
今回の冒険で収支はあまりプラスではなかったようだが二人はあまり気にしていなかった。
人が多くいる冒険者ギルド内に併設されている飲食店でジョエル達は酒を飲んでいた。
「二人ともお疲れ!」
「お疲れニャ!」
「ご苦労様。」
周囲は賑やかで騒がしい。
「二人は想像以上の冒険者だったな!」
「見る目があるニャぁ。」
「これでも頑張っているからな。」
「そりゃそうか!いや、実はダメならダメで良いかと思っていたがまさか三人で討伐出来るとはな!」
「そう言えば推奨はされていなかったな。」
ジョエルは依頼書の注意書きを思い出していた。
「この三人なら出来ると思ったけどニャ。」
「調子の良いことを。」
お気楽なシュゼットにジョエルが突いた。
「まぁ、これで俺達は当時の英雄シンゴ達よりも少人数で討伐出来たんだか胸を張れるだろう!」
「英雄シンゴ…この街を拠点にしているんだよな?」
「そうとも!二人がいない間に青の等級にまで上り詰めた奴らだ。当時は四人だったらしい。」
「それでも凄いな。」
酒を飲んだブライアンは気分が良くなりシンゴ達の話を二人に教えた。
それから話に一区切りついて話題が変わり。
「そう言えば二人はまだここにいるんだよな?」
「もうお暫くはいるニャ!」
「相方の気まぐれ次第だな。」
「一人の責任じゃないニャ?」
「勿論。」
「仲がいいな。」
「長年の付き合いだからな。」
「ジョエルの面倒を見られるのは私だけニャ!お姉さんおかわりニャ!」
「お前は母親か?」
「お前も酔っているな。」
三人のジョッキは直ぐになくなり二杯目が注がれた。
「そう言えば…フレイメス帝国の話はここら辺でも話題になることはあるのか?」
ジョエルがブライアンに聞いてみた。
「なんだ急に?」
「いや、俺達もフレイメス帝国にいたんだがここはフレイメス帝国やゴルダ連合国に近い場所だから交易と一緒に入って来ると思ってな。」
「それはそうだな。二国の話は入って来ると言えばその通りだ。」
「それでフレイメス帝国の指名手配者って最近聞いたことがあったか?」
「指名手配者?…あまり聞かないなぁ、まさかお前」
「いや、俺達じゃないぞ?それなら話題に出さないだろ。」
「それもそうだな、びっくりしたぜ。」
「俺もびっくりしたぞ。」
「ジョエル、気にしても仕方がないニャ。ここはムンドラ王国ニャ。」
「そうだな、そうだよな。」
二人の意味深な会話にブライアンは深入りしなかった。
「今の俺達は今日も生きている、そのことに感謝しようじゃないか!」
「その通りニャ!」
「乗らせてもらおうか。」
再び三人はジョッキを交わした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
基本的に不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。
第43話でも登場したモンスターを再登場させてみました。
ベテランの冒険者達の冒険(討伐)を描きたいと思った次第です。




