122話 迷子 ―ジョエルとシュゼット―
本日もよろしくお願いします。
現在、毎日投稿していますので数日前の投稿分を読んでいない方がいればそちらも読んでみてください。
主な登場人物
・ジョエル:ムンドラ王国出身の男性冒険者。フレイメス帝国の帝都でポーラやシュターレン達と協力して大官寺亮典を追い詰めた。
・シュゼット:ジョエルの相棒で猫人の女性冒険者。ゴルダ連合国出身で、ジョエルとはムンドラ王国内で出会った。
フレイメス帝国からムンドラ王国へ戻ったジョエルとシュゼット。
国を跨ぐ行商人の護衛依頼を引き受けて旅を共にしたが彼らにとっては日常茶飯事と言える時間を過ごして目的地まで辿り着いた。
ムンドラ王国、ミールド。
ここは国内三番目に栄えている都市と言われている。
フレイメス帝国やゴルダ連合国との流通が行われていることもあり様々な物や人が行きかっている。
護衛依頼を終えた二人は行商人と別れて冒険者ギルドへ向かった。
「ここも結構賑わってるにゃ。」
シュゼットの顔が曇った。
「もし彼女を見かけたらどうする?」
「それは…話をしたいかニャ。」
「俺も同じだ。」
「何か理由があるから。」
「ここにいれば見かけるかもしれない……どちらにしてもまずは気楽に過ごそうか。」
「そうだにゃ。」
二人とも気分を改めて冒険者ギルドへ入った。
今は昼も半ばだが人はまばらにいる。
二人の姿を確認した冒険者達は珍しいと言わんばかりの視線を向けていた。
その内の一人が声を掛けた。
左の腰に長剣を下げている厳つい顔で丸刈りの男性、小麦色に焼けている肌は筋肉を強調していた。
「お前達、以前ここで活動したことがあるか?」
「あぁ、何年も前に少しだけ滞在したことがあるな。」
「そうにゃ、と言っても数か月程度ニャ。」
「そうか、もしかしたら以前も話したことがあるかもしれないが俺はブライアンだ。」
「俺はジョエル。」
「私はシュゼットニャ。」
「ジョエルにシュゼットだな、ここにはどれくらい居るつもりだ?」
二人はお互いの顔を見合い、ジョエルが口を開いた。
「大体一月ほどだな。」
「そうか、気が向いたらこのまま滞在してくれてもいいからな。短い間だけでもよろしくな。」
「あぁ、こちらこそ。」
「よろしくニャ。」
ジョエル達はブライアント握手を交わした。
「ブライアンは、明日以降は予定があるのか?」
「まだないな。」
「そうしたら俺達と一緒に依頼を受けないか?」
「私達、久しぶりに来たから勝手が分からないのにゃ。」
「それなら構わない。明日の朝にでもここで待ち合わせようか。」
「分かった、助かるよ。」
「じゃあまたニャ~。」
ジョエル達は冒険者ギルドを出て街を散策した。
彼ら以外にも他の冒険者達は出歩いており、また街の人達は慣れていることもあり最近までミールドで活動していないジョエル達のような見かけない人達を見ても気にしていなかった。
「ギルドで聞かなくても良かったのかニャ?」
「まだ時間はある、今日は街でも散策しようか。」
「それもそうニャ。」
表の大通りの露店や数々の店を冷やかしたり、声を掛けてきた店主達と雑談をした。
ジョエル達が街を散策している中、シュゼットが脇道に視線を向けた。
そこは日が差さず暗い場所。
人通りも殆どない。
「どうした、シュゼット?」
ジョエルはシュゼットの様子が気になったようだ。
「子供が一人で歩いているニャって。」
「俺達も行こうか。」
「相変わらず即決するんだニャ。」
少し呆れながらもシュゼットはジョエルと一緒に子供が通った脇道へ入った。
昔からある細い路地、住宅に挟まれていることもあり人の営みは感じられる。
建物間に吊るされたロープに洗濯物を干しているのがその証左。
ジョエル達が何度か道を曲がると目的の子供の姿が見えた。
その子供は10歳に満たない少年で古びたシャツと腰巻を巻いていた。
周囲には人相の悪そうな男達が囲っていたが、少年の顔は怯えていた。
「ぶつかったなら謝らないとなぁ?」
細身の男が前傾姿勢で少年を睨みつけた。
「ご…ごめんなさい。」
「ということは、謝罪の証に何をするのか分かっているよな?」
大柄で負傷した左目が特徴的な男が威圧した。
「な、なに…?」
少年は怖さのあまりに上手く言葉が出てこないようだ。
長身で髪の長い男が上から見下ろした。
「坊や、連れが痛い思いをしたんだ。治療費や食費が掛かるんだが分かるよな?」
「え…え…なんで……。」
「悪いことをしたら相手に必要な物を払う、当然だよなぁ?」
三人の大人が少年を囲って凄みながらも口角を上げた。
彼等の身なりはお世辞にも綺麗ではない。
破けたり穴の開いた衣服が形を保っているというのが正しい。
彼等のように因縁を付けることはこの街の見えない場所では当然なのかもしれない。
そんな現場を目撃したジョエル達は溜息を一つ吐いた。
毅然とした態度で躊躇することなく彼らに近づいた。
「そこの三人組、ちょっといいか?」
ジョエルが声を掛けた。
「あぁん?誰だお前?」
細身の男が下から睨みつけた。
「俺は冒険者だ、話は聞かせてもらったが誰も怪我はしていないじゃないか?」
「これは俺達の問題だ、部外者は黙ってろ!」
大柄で左目が負傷した男が声を荒げた。
だけどジョエルもシュゼットも怯むことはなかった。
「この場を立ち去ってくれれば皆が平和になると思うが、考え直さないか?」
ジョエルが優しく伝えるが細身の男や大柄で左目を負傷している男は引かなかった。
「舐めてるのか!?」
「俺達は三人だ、勝てない道理はないだろうよ!」
細身の男が前に出ながら懐からナイフを取り出してジョエル達に見せびらかした。
「冒険者でも人だ、高が知れているだろうよ!」
一歩踏み出そうとした細身の男だが目の前にはシュゼットがいて、ナイフを持っていた右手を掴まれながら背中に回された。
「いっででででででで!?」
痛さのあまりにナイフを落とした。
「大したことはないニャ。」
その数秒を見た大柄で左目が負傷した男は後ずさったがそれでも戦意が消えていなかった。
「このっ!」
「待て。」
静観していた長身で長髪の男は声を掛けた。
「行くぞ。」
「でもよぉ。」
大柄で左目が負傷した男は戸惑うので言葉が続いた。
「俺達じゃ敵わない相手だ。悪いがそいつも放してやってくれ。」
潔く身を引く長身で長髪の男にシュゼットは言われた通りに手を放した。
細身の男は解放されて直ぐにナイフを拾ったが襲うことはなかった。
「くそっ!」
長身で長髪の男達は少年に危害を加えることなくその場を立ち去った。
少年はその一部始終を見て肩の力を抜いた。
「少年、怪我はないか?」
「うん……。」
ジョエルの心配は必要なかった。
「ここには危ない人や物があるから入らない方がいいぞ。」
「うん…でも……。」
ジョエルの忠告に少年は言い淀んだ。
「ところで君はどうしてこんなところにいるのかニャ?」
先程の三人組は所謂ゴロツキ。
ミールドは栄えている街だが全員が規則正しく働いて生活している訳ではなかった。
貧困区域は存在しており、この街では敢えて放置しているという話があるとかないとか。
実際、ミールドを治める領主が抱えている役人や衛兵達はそのような場所には足を運ばないらしい。
治安の点で考えれば失くした方が良いと思われるが、単純に手を着けるだけの資金や人手が足りないのか優先順位として低いだけなのか。
実情はともかく、身寄りのない人や一定の収入を得られない人など訳ありな人達は古い家屋や廃材で組み合わせたテントで雨風を凌いで過ごしているようだ。
ゴロツキ達も表で暮らす方法が分からないこともあり狭い空間で弱肉強食の生活感覚で暮らしているというわけだ。
それは少年でも分かっていることなのだが危険を承知で何か理由があるのだろう。
「僕、猫を探しているんだ……。」
気持ちが落ち着いたのか少年は事情を話した。
「猫って飼い猫か?」
「ううん、野良猫。」
「猫は気紛れだからニャ。」
言ってしまえば元も子もないだろう。
「どんな特徴か覚えているか?」
「えぇっと…茶色に黒の線がたくさん入った猫。」
「大きさは?」
「他の猫と同じくらい。」
「そうか……。」
ジョエルは少年の話を聞いて周辺を見回したがそれらしい猫はいなかった。
「君は猫のことが好きなんだニャ?」
「うん。」
「暗くなるまで探すのを手伝おうか?」
ジョエルの提案に少年は驚きの表情を見せた。
「いいの?」
「あぁ、君一人じゃ探すのは大変だろう?」
「ありがとう!」
「じゃあ探しに行こうか。」
「私は上から探してみるにゃ。」
シュゼットは軽い身のこなしでジョエルの肩に飛び乗ってから近くの建物へ駆け上がった。
あっという間に自身の五人分くらいの高さの住宅に飛び乗って姿が見えなくなった。
「あのお姉さん、凄いね。」
「そうだな、凄いよな。」
ジョエルと少年も住宅街の中を探し始めた。
「君はこの地区の住人なのか?」
「ううん、この隣の地区だよ。」
「ここへは何度か来たことはあるのかい?」
「初めて。」
「そうか、怖いのに頑張ったな。」
「うん。」
「猫はいつも君の家の傍にいるのかい?」
「大体、偶に違う場所にも居る。」
「他の猫も一緒にいるのかな?」
「あんまり見ない。」
ジョエルと少年が通る間に建物の窓から彼らの様子を見る住人達の視線が注がれるが
ジョエルは気にすることはなく少年はそもそも気づいていないようだ。
探し始めてから大分時間が過ぎた。
既に夕日が街全体を包んでいた。
静かな場所を二人は歩き回ったが探している猫は見つからなかった。
「どこにいるんだろう……?」
不安になる少年は今にも涙を流しそうだ。
ジョエルも周辺を見回すが野良犬が一匹、距離を置いて睨んでいた。
それ以外に動物は見かけなかった。
その時、上から何かが振ってきた。
何かはシュゼットだった。
「どうだった?」
シュゼットは首を横に振った。
「そうか……。」
ジョエルも落胆した。
「どうしよう……。」
「一度君の家に戻ろうか?」
「でも……見つかってないよ。」
「君まで迷子になったら両親が心配するだろう?」
「うん……。」
少年はジョエルの説得に応じて帰ることを決めた。
それからジョエルとシュゼットは少年の家まで送り届けた。
少年の住んでいる地区も貧困街と呼ばれる場所だ。
ここはまだ殺伐とした空気はないようで近隣の住民たちが協力し合って生活しているように見えた。
少年の住んでいる廃屋へ辿り着くと少年の母親が廃屋の前で待っていた。
「あぁ、ヒュー!」
母親に呼ばれた少年は母親の元へ駆け寄って抱きしめられた。
「この子を送り届けていただきありがとうございます。」
ヒューと呼ばれた少年の母親は丁寧にお礼を伝えた。
「いえ、少年が無事でよかった。」
「そうニャ、まぁ少年の願いは叶えてあげられなかったのは……。」
シュゼットは途中で言葉を停めたので三人は気になった。
「あの子は分かっているみたいニャ。」
シュゼットが小さく微笑んだので三人は彼女の視線の先を見ると一匹の猫がいた。
「あ、アシュリー!」
茶色に黒い線の入った毛並みの野良猫は家の傍で呑気に丸まっていた。
少年は嬉しそうに駆け寄って抱き上げた。
アシュリーと呼ばれた猫は嫌がることもなく少年の腕の中で気持ちよさそうにしていた。
「良かった、無事だったな。」
「そうみたいニャ。」
ヒューの母親も事情を察したようで安心した表情になっていた。
「本当にありがとうございました。」
「いえ、それでは俺達はこれで。」
「彼女はちゃんと家に帰って来るから待って上げるんだニャー。」
「うん!」
ジョエルとシュゼットはヒュー達に見送られながらその場を後にした。
「相変わらずのお人好しニャ。」
「シュゼットもそうだろう?」
「ジョエルほどじゃないニャ。」
二人は旅の疲れを癒すために宿を確保して一日を振り返るのであった。
翌朝、ジョエル達は宿から出て冒険者ギルドへ向かった。
宿の付近は閑散としていたが表通りや冒険者ギルドへ近づくと段々と人が増えていた。
「皆、朝が早いニャ~ふあぁぁぁ。」
欠伸と伸びをしながら眠気を飛ばすシュゼット。
「大きな街だが実入りの良い依頼は早い物勝ちだからな。」
二人は冒険者ギルドへ近づくと既に人だかりが出来ていた。
男性も女性も誰もが押し合っている状況。
「結構人がいるな。」
「そうニャ。これは時間が掛かりそうニャ……。」
二人は一緒に人だかりから少し離れて様子を見ようとしていた。
「ジョエル、シュゼット、遅かったな!」
彼等に声を掛けてきたのは昨日知り合ったブライアンだ。
陽光の光が彼の頭で反射されて眩しく見えた。
「悪いな、ここまで多いとは思っていなかった。」
「お前さん達は疲れも溜まっていたんだ。気にすることはない。」
「この街には冒険者こんなにいるのに驚いたニャ。」
「ここも王国内はそれなりの規模だからな。それに昨今じゃモンスターの出現が頻繁だからな。」
「あぁ、王都や西側も多いって噂になっていた。そう言えばお前さん達は何処から来たんだ?」
「フレイメス帝国に居たニャ。」
「あっちはモンスターの出現具合に変化はないのか?」
「知る限りだとなかったな。」
「もしかしたら向こうも似たような状況になっている可能性はあるニャ。」
「向こうの国を気にしても仕方がないな。現状としては従来の生息しているモンスター達が多く出現しているが二種類の血液が確認されていることだな。」
「二種類?」
ジョエルが訝しんだ。
勿論シュゼットも疑問符を思い浮かべた。
「一つは以前からよく見るモンスターそれぞれの血の色だが、もう一種類と言うのは灰色の血だ。」
「灰色……。」
「あー。」
「目撃例は以前からあったが数も少なけりゃ重要だと思っていないからな。」
「血の色以外に違いはないのか?」
「ないな。欠損の少ない死体同士を比べたが見た目は同じだったな。」
「強さとかも同じとかニャ?」
「そうだな、今のところは同じ強さらしいがもしかしたら強い個体も交じっているかもな。」
ジョエルとシュゼットは改めてミールド周辺のモンスターについてブライアンから教えて貰った。
脅威度が低いと言っても単独の場合であり、集団なら脅威ともなりえる。
そう言った情報も交えて二人は良く見かけるモンスターの特徴を覚えた。
「じゃあ昨今の依頼の内容はモンスターの討伐が多いのか?」
「そうだな、少しずつだが増えているな。街周辺で討伐した帰りにも遭遇する数が増えているって言う報告が次々に上がってな。」
「スタンピードの前触れかニャ?」
「それはそれで考えたくないが…あり得ない話じゃないだろうな。」
ブライアンは新人冒険者達が外で待っている姿を端に捉えながら話を続けた。
「まぁ、どちらにしても周辺のモンスター討伐任務はこの人混みが捌けてもまだあるって話だ。」
「後から動く冒険者にとっては嬉しいが、さっきの可能性を考えると複雑だな。」
冒険者にとってモンスター討伐は一番わかりやすく単純な仕事と捉えられるのが一般的だ。
荒くれ者達が理解できる仕事として体を張って稼ぐ方法故に毎日多くの冒険者達が仕事を享受できるのは本来であれば喜ばしいこと。
勿論、人には得手不得手がありリスクリターンも考えるため薬草採集から護衛任務など多岐に渡る依頼内容があればそれに越したこともないだろう。
ただ、ブライアン達ベテランの冒険者は見知ったりしていることとしてモンスター達の大群が一斉に押し寄せる光景、或いは現象をスタンピードと呼んでいるが、街の冒険者よりも遥かに多い多種多様なモンスターが押し寄せてきた場合に面倒で命を張らなければ死んでしまう仕事の一つである。
単純な駆除だが、一人当たりの討伐数は通常の討伐依頼の比ではない。
寧ろ十体程度なら優しい方だろう。
しかも街を守る冒険者や衛兵が多ければ多い程心身の負担が少ない。
勿論守る街の規模が大きいとそれ相応の人員が必要にもなるだろう。
現在のミールドはそれなりの規模の街で相応に冒険者や衛兵達が在籍しているがミールドだけを守るだけならどうにかなるだろう。
だが、その周辺の町村まで守ろうとするなら話は変わってしまう。
モンスター達が明確な意思を持って目的地を意識していればその進路を予想して作戦を立ててまとめて討伐できるだろうが、どこからかともなくモンスター達が発生して目的もなく進路上の全てを蹂躙する場合は直ぐに対処するために動くのは厳しいだろう。
仮に動けたとしても場所によっては被害が広がっているかもしれない。
必ずしもミールドの近くでモンスターが大量発生してミールドに向かってくるとは限らない。
それが大体の国で発生した過去のスタンピードの情報から分かること。
つまりはメカニズムなどは未だに分かっていないのである。
また、話題に上がっていた灰色の血を持つモンスター達の出現に関してベテランのブライアン達ですら分かっていない。
「スタンピードなんて起こらないことに越したことはない、起きたとしたらその時に動ける奴らでどうにかするしかないな。」
ブライアンの言うことも尤もでジョエル達も頷いた。
適当な雑談をすると段々と冒険者ギルドの外で待つ冒険者達の数も少なくなり、ジョエル達も冒険者ギルドの中へ入ることができた。
冒険者への依頼用紙が貼られた掲示板を確認すればブライアンが言った通り幾つものモンスターの討伐依頼がまだ残っていた。
「シュゼット、今日はどうする?」
「そうニャ、せっかくだから討伐依頼にするニャ。」
シュゼットは掲示板全体を眺めてから討伐依頼の用紙を手に取った。
その用紙を持って三人は受付に並び、無事に受領された。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
基本的に不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。
次の話もジョエルとシュゼットの予定です、ご了承ください。




