121話 贅沢なひと時
本日もよろしくお願いします。
11月28日に118話から投稿していますのでまだ読んでいない方はそちらも読んでください。
私がムンドラ王国へ来てからそれなりの時間が経っていると思う。
幾つもの村や町へ訪れるも冒険者ギルドで活動はせずに話だけ聞いて狩猟採取で食いつないでいた。
泊まる場所も人目につかない森の中が中心。
そうしてシンゴが拠点にしているらしいミールドと言う街へ辿り着いた。
今までの町村に比べて行きかう人が多いから紛れやすい。
ただ、すれ違う人達の中に幾人か顔を顰められた。
ここまで水浴びをあまりしなかったから、ローブで全身を覆っていても臭いは漏れたりしているのは自覚できたけど印象に残りやすくなるかもしれない。
流石に臭いは消したいかな。
街のことを知る序に水浴びが出来る場所を聞いてみた。
野菜を扱っているお店の店主、四十代の男性に話しかけた。
「水浴び?まぁ街の端に出来る場所はあるがそれよりも大衆浴場へ行った方がいいだろう?」
「大衆浴場?」
「お前さん大きな街へ来たのは初めてだな?」
「えぇ、まぁ。」
「反応からしてそうだろうと思ったぜ!大衆浴場は何年か前にステア王国を経由してドワーフ達の作った湯沸し器とか言うかなり大型の設備を導入したんだ。その設備がある大衆浴場はムンドラ王国でも王都とここと国の西側の大きな街の三か所だけらしい!」
「珍しい設備なのですね。」
「そうとも!勿論貴族達も自分の屋敷に導入しているらしいが、俺達みたいな一般人が利用できる場所は限られているのさ。」
店主は何度も入ったことがあるそうで、楽しそうな顔で語ってくれた。
シンプルな作りだけど大人数を収容出来て、お湯の温かさが体の疲れを癒してくれる。
値段は安い訳ではないけれど、入って損はないと言われた。
「せっかくこの街へ来たんだから温かいお湯を浴びてさっぱりできる大衆浴場へ行くのが一番だな!」
気前の良さそうなおじさんは大衆浴場への道順を教えてくれた。
目立ちたくはないけど、どういった場所なのか気になってしまった。
フレイメス帝国の貴族の屋敷でもお湯を沸かして浴びたことはあったけど毎日ではなかった。
それをドワーフの技術で常時沸かせるのは凄い事だと思う。
街並みを観察しながら向かうと確かに大衆浴場と言う施設があった。
看板も派手なくらい分かる。
今は昼間だからそこまで客はいないようで直ぐに入店できた。
手持ちの路銀に余裕はないと思いつつも一度汗を流したいと思ってしまい結局汗を流した。
女性用の浴場は百人ほど収まりそうな広さでお湯の温度も熱すぎず冷め過ぎずでちょうど良かった。
初めての場所だったけど他にも何人か女性客がいたので彼女達に教わりながら過ごすことが出来た。
ただ、今のわたしの体は気づかない内に全身刺青を掘ったような模様が描かれていて他の女性客に聞かれても返答に困った。
適当に山奥で生活している時に親から入れられた物だと答えてやり過ごした。
奴隷紋とも異なる模様にわたしも困惑したけど気にしても仕方がない。
これで奴隷紋もあったら面倒だったけど、別の場所で確認された時にはないとわかったからそこに関しては安心していたけど……ここまで広がっているなら安易に人前で見せるわけにはいかない。
と、心に決めつつ利用した以上はお湯に浸かるしかない。
温かい。
体の芯から温まる感じは暖炉で温まるよりも早い。
そして気持ちも安らぐ。
疲れも流されるような気がした。
体中の傷が治るわけじゃないけどこれはいい。
「あんた、体中に傷があるけど苦労したんだねぇ。」
近くに老婆が来た。
「そうですかね、そうかもしれません。」
「生活は大変かもしれないけど体は大事にしなさいよ?」
老婆は本当に心配している表情や声音だった。
「できるだけ、そうしますね。」
老婆は安心したみたい。
世間話だけど、こういうときは否定すると長引きそう。
と言っても嘘ではない、守れるかどうかは別の話。
逆上せる前に浴槽から上がり、更衣室で着替えた。
武器や貴重品は店の受付で預けていたからそこは良くも悪くも信用するしかなかったけど大丈夫だった。
黒いショートソードは他の人が持つと精神的に負荷が掛かっているらしく表情から見て取れる物だったけど何とか入場拒否されずに済んだ。
預けたものを引き取って確認、問題なし。
人生最後になるであろう癒しを堪能してから店を出た。
気分もさっぱりした序にボロボロのローブも新調した。
前のローブはまだ使えると判断して手元に残した。
改めて街を見れば建物はフレイメス帝国と大差はないように感じた。
つまりは特別な技術で作られてはいなさそう。
逆に違う事と言えばさっきの大衆浴場以外で言えば獣人が多い事。
フレイメス帝国の帝都でも冒険者に獣人の女性がいたけどここにはもっといた。
ムンドラ王国の東側に獣人達の国があって国交があるから獣人達がこの国へ来て生活するらしい。
だから余計に物珍しい光景に思えた。
この街はムンドラ王国内でもっともフレイメス帝国に近い街だと言われ、実際にフレイメス帝国の商人達もここには多くいる。
そこに関しては注意を払わないといけない。
そう言えば獣人を始めとした異種族が殆どいないのはサンデル王国だとか誰かが言っていたような気がした。
理由は知らないけど単に嫌われているのか排他的なのか。
それはともかく一つ言えるのはこの街は穏やかで比較的平和に感じた。
それから適当な飲み屋に入って店主や客からこの街にのこと、地理やモンスターに関すること、
そしてシンゴやその仲間達に関することを聞いた。
今までより多くの情報を知ることができ、シンゴ達に関しては特に王都を拠点にしなければ一月前後で帰ってくるだろうと噂されていた。
他の冒険者に関しても大きな街なだけに有力者は何人もいるけど等級が高い程数日から数週間は街を離れた依頼を請け負うことが多いため邪魔にならないと判断。
絶対に考えないといけないのはシンゴ達の行動パターンや仕掛ける場所を選定すること。
あ。
人込みに紛れ込みながら物陰に隠れて息を潜めて向こう側を窺えば、あの二人の姿が見えた。
ジョエルとシュゼット。
二人はフレイメス帝国の帝都でサンデル王国のクズ勇者を倒すときに協力してくれた冒険者達。
大柄な男性で斧を武器にしているジョエルと猫獣人の女性で身軽な格好をしているシュゼット。
この国には獣人も多く行きかっているから珍しくない光景だけど、顔見知りでわたしがあの二人を殺したことを恐らく知っているだろうから会うわけにはいかない。
もし二人がここを拠点にしている冒険者なら結構不味い。
近くを通るだけでシュゼットにバレる可能性もあるし。
二人は楽しそうに話しているからまだバレていないはず。
人目につかないように日陰に隠れて去るしかなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
基本的に不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




