111話 影の英雄は地に落ちて
本日もよろしくお願いします。
もう一話投稿予定です。
111話と112話は後日談になるので飛ばしても大丈夫です。
ある朝、帝都の復興作業の為に未開発地区の森で資材に使うための伐採で訪れた木こり達がある惨状を見て悲鳴を上げた。
動けない者、腰を抜かす者、慌てて逃げる者といたがそれでも最終的には騎士団へ連絡して事件が発覚した。
騎士団の調査によると被害者は帝国騎士団の騎士ボビィと魔法士団の魔法士サムだった。
昨夜から木こり達が発見する暫く前に殺害されたと見ている。
また、両者の体には刃物による傷跡が幾つも発見されて死因も特定された。
一方で一部の地面は濡れていたり燃えていたりと恐らく魔法による応戦があったと思われた。
そして現場には犯人の物と思われる証拠が落ちており、騎士団内では衝撃が走っていた。
事件の概要は皇帝の耳にも届いており、数日後にフォルクマー団長が直々に調査報告をしていた。
「まさかこのような事が起こるとはな……。」
帝城の謁見の間で皇帝もまたショックを受けていた。
「私も信じたくはありませんが……。」
フォルクマーも同じ様な思いだった。
この場にはロータスを始め魔法士団のイゾルデ魔法士団長の他に四公爵達も同席していた。
「それで犯人は分かっているのか?」
皇帝の言葉にフォルクマーは息を呑みつつ答えた。
「フレイメス帝国の冒険者、ポーラです。」
「!?」
皇帝はそれを聞いて酷く驚いた。
イゾルデや四公爵は事前に知っていたのか表立って大きなリアクションはしていなかった。
「たしか異界の勇者を止めた冒険者の名だったはず。」
「その通りです、加えて帝都を騒がせていた通り魔事件の犯人達を捕まえた立役者でもあります。」
「何故、彼女がそのような事を?そもそも本当に彼女が犯行を?」
二つの事件はどちらもポーラの名前は伏せられているが皇帝達にとってはフレイメス帝国デ誇れる人物になりつつあった。
「恐れながら陛下。陛下に使える我ら騎士団が調査した結果、間違いない物かと。調べた中での彼女の足取り、事件の起こった日の昼前から街で幾つかの店を利用した後に冒険者ギルドで騎士団から届けられた封書をギルドの受付嬢がポーラに渡したことが確認されています。そしてその手紙には彼女があの現場へ向かう旨が書かれていました。その手紙を受け取った後に彼女は冒険者ギルドでお金を降ろしてその殆どを服飾店に預け、一般区画内で夕食を摂ったことも確認されました。彼女が未開発地区へ向かう姿を見た住人達はまだ確認できていませんが恐らく。また、手紙を受け取った後の行動で魔法士団区画を訪れて魔法士サムに伝言を伝えたようでその内容は彼にも来てもらう事だったそうです。」
「彼女は騎士団から差し出された手紙で事を起こしたと言うわけか?そしてその手紙の差出人が騎士ボビィだったと?」
「はい、彼が騎士団内で残した筆跡と照らし合わせたら間違いありませんでした。」
「彼女が何故魔法士サムを呼んだのかは分かったのか?」
「申し訳ありません、それに関しては憶測の域を出ません。」
「そうか……そう言えば彼ら三人に関して何か関係があるのか、それは分かっているのか?」
「はい、それに関しては……彼らは一時期一緒に過ごした仲だと、彼らの話しを偶々耳にしていた従士達が証言しました。最初の頃はそれ以上詳しく聞いていなかったのですが、調査をする内に明らかになりました。」
皇帝はフォルクマーの言葉に耳を傾けているため四公爵達の顔色が目に入っていない。
ヴィリー公爵はバンベルト公爵を見てほくそ笑み、エッケンハルト公爵やカステン公爵は静かに聞いていた。
「少し話しが戻りますが現場に証拠となる物があったためポーラであると断定しました。」
「そのようなことを言っていたな。」
「その証拠と言うのが冒険者ギルドでポーラが受け取った手紙です。手紙は騎士団固有の封蝋印だったので騎士団から出されたもので間違いありません。またその手紙も先程話しました通り騎士ボビィが書いたもので間違いありません。」
「それであのように申したのか。」
「その通りです。その手紙が現場にあったのですが騎士ボビィが書いた手紙の裏面には別の事が記されていました。それが『彼らはダルメッサの共犯者』と言うメッセージです。」
「それは誰が書いた物だったのだ?」
「推測の域を出ませんが恐らくポーラだと思います。彼女は今回の事件の最中で何かしらの真実を知ったのかもしれません。その彼らと言うのが騎士ボビィと魔法士サムだった可能性があります。」
「ダルメッサ……確か侯爵家の一つにそのような男がおったな。既に亡くなっていると聞いたが?」
「はい、なのでこの段階では殺された二人は彼の侯爵家と何かを共謀したと受け取れます。実のところ、彼ら二人はこの帝都へ来る少し前にベイグラッド卿の養子に入っていました。ここまでですと二人とポーラの接点はベイグラッド卿以前の場所になります。しかし、彼らがどのような経緯で離れたりベイグラッド卿の養子になったのかその裏取りは出来ていません。そこで次に騎士ボビィと魔法士サムの帝都に来てからの行動を洗いました。一番怪しかったのは通り魔事件で捕まえた二人の犯人で、彼らに対して騎士ボビィと魔法士サムは便宜を図るように訴えていました。」
「帝都の秩序を乱した存在を庇うとは……。」
「更に彼らは異界の勇者討伐中に騎士団区画へ戻った際に監獄へ入り、その犯人二人と接触していたことも分かりました。」
「して、其奴らや騎士と魔法士との関係は?」
「犯人二人は嘗てのベイグラッド卿の元で動いていた工作員達で、騎士ボビィと魔法士サムは彼らにある事を協力していたそうです。それが嘗て冒険者であり功績が認められて爵位を頂いたと言うアルファン・リュスギーの暗殺でした。」
「!?」
ここに来て一番の驚愕を見せた皇帝。
その心情を察しているのは傍にいるロータスだけ。
逆に体が小さく震えているように見えるのはバンベルト公爵だった。
「彼らの証言によって見えてきたのは騎士ボビィと魔法士サムはリュスギー男爵の元で暮らしていたこと、ポーラに関してはその時に一緒にいたと思われます。」
「そうか…そういうことなのか……。」
天井を見上げた陛下。
「陛下、ご気分が優れないようでしたら?」
「……いや、問題ない。つまり今回の事件の発端はベイグラッド侯爵の企てたリュスギー男爵の暗殺から始まったという事だな?」
「恐らくは。」
「そこから推察するとベイグラッド侯爵の暗殺が私怨による可能性も出て来たわけだ。そして今回の騎士と魔法士の殺害も同じ理由だと。」
右手で頭を押さえて苦しそうに言う皇帝。
ロータスの介助に左手で制した。
「恐らく全てを解明することは出来ないがその可能性が一番だと思うがフォルクマー騎士団長はどのように考えるか?」
「陛下のおっしゃる通りです!現在範囲を広げて調査していますのでまた改めて報告させて頂きます!」
「よろしく頼む。それとベイグラッド侯爵が存命の時は貴族が亡くなる話しがあったと思うが……どのように思うか、バンベルト?」
名前を呼ばれたバンベルト公爵は姿勢を正した。
「それに関してはこちらでも調査させて頂きます。」
「バンベルト、お前が帝国を裏切っていないと信じているぞ?」
「勿論でございます、陛下。」
「それと冒険者ポーラに関してはまだ捕まっていないのか?」
「心苦しいことに、彼女は現場から直ぐに離れたようで。検問所で確認したところ既に帝都を離れていました。彼女の進路に先んじて騎士団を派遣しましたがまだ報告が上がっていません。」
「そうか…できれば負傷させずに連れ帰るように、聞きたいことがあるからな……。」
「はっ!直ちに。」
フレイメス帝国に置いて本来であれば殺人を犯した者は生死問わずになることが多い。
また帝国直属の騎士団や魔法士団に属する者達の殺害となれば見つけ次第葬り去る、と言うのが当然だった。
しかし、今回に限っては異例中の異例で陛下の判断に四公爵やフォルクマーにイゾルデは驚いていた。
それでも口を出さないのは皇帝の命令は絶対である。
ここまで騎士団が関わる失態が幾つも起きた中、バンベルト公爵は他の貴族や帝国民に示すためにもフォルクマー騎士団長の責任追及や辞任を求めていた。
しかし、今回の事件で関係ないはずのバンベルト公爵の心情は違う物へと変わっていた。
(まさか貴族の間引きをベイグラッド侯がやっていたとは……しかも同じ派閥同士で殺し合いなどとは。件の兵器の研究も恐らく魔法士団で預かることになろうがそこでの関わり合いをどうにかせねば……。)
爆炎石の研究はベイグラッド領が主導で行っていたが実際はバンベルト公爵を始めとした幾つもの貴族達が援助して成り立っていた。
ベイグラッド侯爵の悪事が明るみになれば研究に関することでも怪しまれることになり何もしなければバンベルト公爵の立場も危うくなるのだろう。
それでも他の貴族達に尻尾を掴ませないように内々でどうにかするのもまた貴族だろう。
直接的ではないにしてもそんな弱みになる可能性を見出したヴィリー公爵は今回の事で優位に立ちまわれると確信した。
(バンベルト、しっかり飼いならさないからこうなるのかな。公爵として立場は揺るがずとも我らの力関係には大きく開きが出るだろう。それに求心力が落ちて私のところに集えば皇帝の椅子もいずれは……。)
元々バンベルト公爵とヴィリー公爵の仲は宜しくなかったがこれによってまた大きな確執が広がるのかもしれない。
エッケンハルト公爵は特にどちらかへ肩入れすることなく、帝国の未来を案じて考えている立場だ。
そしてカステン公爵も表向きはエッケンハルト公爵と変わらないように見えるが腹の内はあまり分からない。
四公爵達が各々の屋敷へ帰還してからのこと。
カステン公爵は自室で作業を進めているところへドアがノックされた。
「御爺様、宜しいでしょうか?」
「入れ。」
ドアの向こうから現れたのは帝都で青の等級を持つ冒険者として活躍するマティアスだった。
「冒険者稼業は順調か?」
「はい、問題はありません。」
貴族の嗜みや挨拶などせずにお互いに淡々と話し合う。
「そう言えば紹介状を書いて渡した冒険者がいたな?その冒険者は元気か?」
なんてことないように聞くカステン公爵にマティアスは渋い顔をした。
「御爺様も知っての通り、彼女は既に帝都にいません。強いて言えば最後に会った時は元気でしたよ……。」
「そうだろうな、そうでないと事は起こせないだろうな。」
「それで彼女の所在は?」
「それは追っている最中だ。」
「彼女は何故彼らの命を奪ったのでしょうか?」
マティアスは純粋にポーラを心配しているために様々な情報を得ているであろう祖父に聞き出したかった。
尤もマティアスはカステン公爵に呼ばれてきたのであるが。
「騎士団では私怨と見ている。」
「私怨……。」
「奴隷時代の主が殺されてその犯人達を追ったら同じ時を過ごした仲間が関わっていた、と言うところだろう。それに帝都へ来る前に主犯格を殺しているから辿り着けたのだろうな。」
ベイグラッド侯爵は火事によって亡くなったと世間では流布されているがカステン公爵は独自の情報網で得たことからポーラが関わっているかもと考えている様だ。
その話しを聞いたマティアスの顔色は優れなかった。
「良き冒険者が殺人鬼で驚いたか?」
「……。」
「本来であれば貴族を殺した時点で極刑ものだが、儂個人としてはその女がこの国にとって利になる存在だと踏んでいる。」
「どういうこと…ですか?」
「異界の勇者を止めに入った時の理由は街を荒らした暴漢として許せなかった、と供述していたがかなり憎しみが籠っていたらしい。それほど顔に出すとはなぁ。」
マティアスの知るポーラの人物像とはかけ離れていたようでマティアス自身は戸惑っていた。
「それとその異界の勇者が暴れた前日に帝都に潜んでいた別の異界の勇者が捕まったのは知っているか?」
「いえ、初耳です。」
「だろうなぁ。」
孫が知らないことに嬉しさを感じていたのか、カステン公爵はほくそ笑んでいた。
「その異界の勇者を捕まえて騎士団に差出のが…ポーラと言う女だった。」
「!?」
これにはマティアスも驚いた。
異界の勇者は戦う力が常人よりも高く、相手によっては帝国のシュターレンですら苦戦する存在。
どのように捕縛したのか詳細は分からないそうで、従士達の話しでは泥酔させたと言う話だった。
またポーラは捕まえた異界の勇者に対して幾つか注意喚起を促したと言う。
「帝国内では異界の勇者は強力な存在、程度にしか認知されていないにも関わらずその者を断定するのは困難を極める。偶然の可能性も否定できないがどこかで異界の勇者達を知ったのであればあるいは……。」
「……。」
途中からカステンの考察になるもマティアスとしてはポーラがサンデル王国の関係者かも知れないと脳裏を横切っていた。
それを伝えるとカステン公爵は否定した。
「表向きは帝国を裏切るような真似をしているが、サンデル王国との繋がりは見えないな。仮にそうだとしたら異界の勇者を突き出したり殺そうとしたりすると思うか?」
「いえ、それは……。」
「儂としてはこのまま泳がせたいところでな。」
「帝国の利になる、からですか?」
「そうだ、実際に解決した事件や起こした事件はどれも帝国の利になっているからだ。本来であれば罪を犯した存在は生け捕りにして欲しいものだったがな。」
「御爺様なら…もっと早くに解決できたのではないでしょうか?それこそ悪事を働いた貴族を見つけて罰することなぞ造作もないはずです。」
「はっはっは!我が孫ながら祖父を持ち上げるか!仮にそうだとしてもそんなことをしたらつまらないではないか?」
「…あなたはそういう人でしたよね。」
「一冒険者がここまで立ち回るとは誰が思ったことだろうか?武に才を持つ者であれば武勲を上げ、智に才を持つ者であれば上手く世を渡るであろう。だがポーラと言う冒険者は恐らく感情に振り回されているだけの凡人なのだろう。そんな人間に次があるのか、是非とも知りたいところだ……。」
愉快に笑った祖父を見てマティアスは何も言えず、そのまま挨拶を交わして退室した。
「貴族には娯楽が必要なのだよ……。」
去ったマティアスが潜ったドアを見つめながらカステン公爵は小さく笑みを浮かべた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




