110話 愛されたあなたと憎まれたおまえ
本日もよろしくお願いします。
「まさかこんな事になるなんてね。」
サムはこの惨状に対して素っ気ない感想を漏らした。
「一人で来たの?」
「そうだよ、ポーラの頼みだもの。ただ、ボビィが死ぬとは思わなかったな。」
ボビィに近づいて状態を確認していた。
ゆっくりと一周してから杖で突いて動かないことを確認していた。
「ボビィってさ、最初から僕達に対して偉そうにしていて嫌な奴だったよね。」
サムの顔は普通のようでいて口角が上がっていた。
「アルファンの所で過ごしていた時も人のご飯を取るし正論を言ったら殴って来るし散々だったよ。」
想像以上にボビィへの鬱憤が溜まっていたらしい。
「帝都に来てからも周りに威張り散らしてさ、出身は辺境の村なのに自分が偉いとか思っちゃってる当たり笑いそうだったよ。」
確かに誰に対しても偉そうな態度って言うのはその通りだった。
寧ろ周囲の人達が大人だったのだろう。
騎士団ならもっと厳しいイメージがあったけどあのフォルクマー団長がまとめているあたり放置されていたのか許容されていたのか。
「だからさ、こうなったのは天罰だよ。バカで愚かなボビィはこうなって当然だったんだよ!ざまぁないねボビィ!」
サムは光りを失った目のボビィの顔を蹴った。
彼が生きていたら今の言動に対して怒って殺しかねなかったと思うけど……。
「ところでさポーラ。君がボビィを殺しちゃったんだよね?」
「そうだよ、見ていたんでしょ?」
「うん、途中からだけど。正直ボビィの言う事聞いてもらわなくて安心したくらいだよ!あいつになんかポーラを渡したくなかったからね!」
サムの目が輝きだして興奮してるのが分かった。
「ところでポーラ、君がボビィを殺したら帝国や騎士団が許さないと思うんだよね。」
「そうだね。」
「それって君にとっても困るんじゃない?」
「どうだろう……。」
「そこで僕は君の無実を訴えようと思うんだ!」
「それで?」
「僕が言えば君は犯人じゃなくなるし良いことだらけじゃないか!」
「確かにわたしに疑いが掛からなければ嬉しいかもね。」
「それで…もしこの提案に乗ってくれるなら……僕のお嫁さんになって欲しいんだ!」
「……。」
裏があると思ったけどこの男もボビィと大差がなかった。
しかも途中から話を聞いていたと言っていたけどわたしはサムも手に掛けたいのに。
息を荒くしている様はまるで発情している動物のようだ。
「その、僕はアルファンの屋敷で君と過ごしてからずっと好きだったんだ!優しく接してくれた女の子で頑張り屋さんで僕の事を気にかけてくれたのが嬉しくてね!僕が魔法を成功させるといつも褒めてくれたし剣術でボビィに負けた時は励ましてくれたし!それに今の君は前よりもずっと女性らしくなって綺麗になったんだ、好きにならないはずがない!僕と一緒になれば不自由な事なんてなくなるし僕は一生を掛けて君を愛するからさ!将来帝国でも選りすぐりの偉い魔法士になる予定の僕の妻になるなんて君以外にはあり得ないんだから!いいでしょ?良いよね!?拒否なんてないんだからさ!だってポーラがボビィの誘いを断ったのは僕が好きだって証拠なんだから!相思相愛の僕達が結ばれるのは運命だよ!」
月明かりの元で熱烈な告白をするサムの顔は赤くて鼻の下を伸ばしてわたしの胸ばかり見ていた。
体全体を使って表現しているあたり本気の発言なのは分かるけど。
寒気がした。
独善過ぎる。
それ以前にわたしは……。
「サムって凄い事言うんだね?」
「そんなに気に入ってくれたんだ!じゃあ良いんだよね!」
「だけどわたしがサムを好きと言うのは間違っている。」
「嘘でしょ!そんな訳がない!まさか!誰かに言わされているとか!」
「サムが妄想と勘違いをしているだけだよ、昔からわたしはサムの事を好きじゃない。」
これを聞いたサムの顔色が変わった。
絶望しそうな、涙を堪えている表情だ。
「か、仮にそうだとしても!今の君には僕が必要なんだよ!それにこれから僕の事を好きになれば良いんだよ!だからさぁ素直に僕に従ってくれよ!」
大股で近づいてくるサムは怖い。
ボビィもそうだったけどサムも大概だった。
距離を置くために後退しようとしたらサムに魔法を使われた。
「クエイクヒンドレンス!」
わたしの右脚が操作された地面によって囚われた。
左脚は動かしていたから逃れたけど、直ぐには逃れられない。
「逃げなくたっていいじゃないかぁ!」
このままサムは近づくのかと思ったけど途中で足を止めた。
その距離の置き方はわたしのショートソードの間合いを測った結果だと思った。
サムはボビィのような剣の才能はなかったけど同じように修行をしていたしわたしが武器を使うのを知っているから警戒していた。
「あぁ~!出来れば君を傷つけたくないんだよねぇ!僕との夜を過ごすのに傷モノにしちゃあいけないからね!」
ローブを着ているとは言え上から下までねっとりと嘗め回すように見るサムが発情しているは丸わかりだった。
しかも土の枷は少しずつ足を蔦って登り始めていた。
まるでサムに直接触られているようで気持ち悪かった。
このままだと体全体を拘束されてサムの良いようにされる。
それを避けるにはサムの集中力を削がないとこの魔法の拘束は解けないはず。
左の靴の裏に描いた魔法陣を発動。
サムの足元から土の柱を飛ばす!
地面の異変に感づいたサムは急いでそこから飛び退き直撃を間逃れた。
これで拘束が解ける……と思ったけどサムは思った以上に意識を集中しているみたい。
魔法の才能に胡坐を掻かずに研鑽を積んでいたのかもしれない。
甘く見ていた。
しゃがんでサムに気づかれないように後ろの地面にナイフで次の魔法陣を描く。
土の柱の攻撃を避けたサムは余裕の態度でわたしを見下ろした。
「残念だったねポーラ、僕だってそれくらい避けられるさ。それよりも姿勢を低くしているって事は素直に僕の言うことを聞いてくれるって意味かな?」
「そんな訳がない。正直わたしはサムに好意は抱いていない、寧ろ殺したいくらいだよ。」
「僕を殺すだって?冗談を言わないでよ、僕が愛するポーラがそんなこと言うはずないんだ!」
サムは正面に火の玉を形成した。
周辺を照らすには十分な光量だけどそんな優しい目的じゃないのは一目瞭然。
「今の君の命は僕の手の中なんだよ?今なら怪我させずに優しくしてあげるからさぁ、謝ってよ。君の顔や体が瑕物になるなんて嫌だよぉ?これが終わったら僕が君を毎日喜ばせてあげるからさぁ!」
魔法陣を描き終えて左手が自由になった。
「わたしはサムの物じゃない!本当に喜ばせたいならサム、死んで償ってよ!」
「バカなこと言うなよ!僕が死んだら誰がポーラを抱くんだよ!?そんなに僕のいう事が聞けないならお仕置きが必要だよね!?ファイアボール!」
サムが形成した火の玉がわたしの元へ飛んで来た!
ショートソードに黒い魔力を纏わせて迫りくる火の玉を斬り払った。
マティアスの時と同じように火の玉もまた目の前で霧散した。
「は……?」
サムは目の前で起こった事に唖然としていた。
それでもまだわたしの脚の拘束を解いてくれない。
左手はナイフを握ったまま地面に近い位置で正面へ突き出し水の玉を形成した。
「ウォーターボール!」
地面を這うように進み水の玉に気づいたサムはギリギリで回避した。
だけどわたしは続けてサムへ狙いを定めて同じ位置から水の玉を射出した。
一定間隔で放つ水の玉は中々当たらず、中には切り株に当たって弾けたものもあった。
サムが切り株で遮る時は腕の位置を調整して狙い直した。
勿論サムも防戦一方ではなく、タイミングを見計らって火の玉を放ってきた。
時に水の玉と相殺して時にわたしが斬り払った。
火の魔法を使い続けているけど彼はここを燃やしたいの?
意外と冷静じゃないのかもしれない。
何度も水の玉を放ったことによって辺り一帯は水浸しになった。
ここでダメ押しで右手にショートソードを握った状態で両手を突き出し、それぞれに水の玉を形成させた。
右はサムの正面、左はサムの上空。
「ウォーターボール!」
二発同時に水の玉を発射させたけどサムは正面の水の玉に対して火の玉を放って相殺した。
もう一発はサムに当たることなく頭上を過ぎ去る…ことはなく丁度頭の上で玉の形が維持できずに落下した。
結果、サムは頭から水を被り全身濡れた状態になった。
わたしは才能があるわけじゃないから魔力の保有量もサム程はなく、形成維持もずっと出来るわけじゃない。
一発はある程度意識したけどもう一発は飛ばす程度にしか意識しなかったために途中で勢いと形を維持できずにただの水になってしまった。
勿論器用でもないから命中精度も悪い。
だけどこれでいい。
後ろの地面に描いた魔法陣に左手を当てて魔力を込めた。
魔法陣からわたしの正面に広がった濡れた地面が凍り始めた。
それは切り株たちも凍らせサムに迫った。
これでサムを凍らせられれば!
サムの元へ氷の床が広がる。
「ファイアウォール!」
あと二、三歩のところで火の壁が立ち塞がり氷の床を堰き止めた。
これでいくら魔力を注いでも氷が解かされるだけで意味を無くしてしまった。
「残念だったね!これくらいじゃ僕は止められないよ、なんて言ったってボビィやポーラよりも僕が一番魔法に詳しくて上手なんだからね!」
誇らしげに語るサム。
火の壁に遮られて姿は分からないけど胸を張っているかもしれない。
サムが立っていた位置を意識したまま左手を魔法人から離して握ったままのナイフを投げ飛ばした。
ナイフは火の壁に吸い込まれて…
「ぎゃっ!?痛い!」
サムの悲鳴が聞こえた。
何処に当たったのか分からない。
だけど右足に纏わりついていた土の枷が緩んだ!
無理やり蹴り飛ばすと土の枷はあっさりと解けた。
この場に居ればまた枷を付けられるかもしれない。
急いでサムに攻撃するため正面左へ回った。
氷の床を避けて回るとサムがわたしに気づいた。
「ク、クエイクウォール!クエイクウォール!クエイクウォール!クエイクウォール!」
慌てたサムの四方に土の壁が形成された。
このまま籠城するの?
わたしが手を拱けば次の手を打つはず。
迷わず正面突破!
再び黒い魔力を纏わせたショートソードで正面の土の壁を斬り裂いた。
これも同じように霧散して消えた。
そこには閉じ籠ろうとしたサムがいた。
痛みを堪えている顔だけど口角は上がっていた。
「そう来ると思ったよ!」
サムの前には土の玉が形成されていた。
「クエイクボール!」
土の玉と言うよりもはや人の胴体と同じくらいの大きさの岩と言っても遜色なさそう。
ショートソードを振り斬った体勢で防御姿勢が取れない。
正面から飛んで来た土の玉を避けられず庇うことも出来ずわたしの体に衝撃が走った。
景色が二転三転した。
どの方向へ転がったのか直ぐには把握できなかった。
転がったことで全身にも痛みが走って直ぐには立てない。
「う……。」
早く立ち上がらないと。
そう思っても力が入りづらい。
しかもショートソードは途中で手放したみたい。
足音が聞こえた。
段々と近づいてくるそれの主は…サムだった。
「はぁー痛いじゃないかポーラ。僕、死んじゃうところだったんだよ?それにしてもボロボロだねぇ、だけどそれ以上にお仕置きも必要だよね?ポーラは悪いことをしたんだ、当然だ!だけどお仕置きの痕には優しくするから、ね?僕が君を愛しているんだから好きにして良いのは当たり前だ!嘗め回すのも痛めつけるのも!全部全部僕の愛なんだから!」
動けない私を他所にサムはわたしの傍でしゃがんでから…抱き上げた。
「あはは!もう動けないみたいだね…ちょっとした傷なら治癒魔法を得意な人に直して貰える。だから安心してよ!」
わたしの頭に掛かっていたローブを剥がされた。
「あぁポーラ!君はなんて可愛いんだ!確かにお城の御姫様とか貴族の令嬢には敵わないけどそれでも僕にとっては大事な人だよ!あぁ、良い匂い!これが…ポーラの…ぐへへ!」
わたしの首筋に鼻を近づけて匂いを嗅がれた。
サムは想像以上にイカれていた。
憎くて堪らない奴に抱きしめられても好印象にはならない、寧ろ怒りが憎しみが込み上げるばかり。
「サムは…なんでアルファン様を…裏切った…の?」
なんとか声を振り絞ると鼻の下を伸ばしたままサムは応えてくれた。
「えぇ、そんなこと?分かってたでしょ、あの爺さん達じゃ僕を何時までも帝国の魔法士団へ入団させてくれないって!才能ある人間はさ、直ぐにでも優秀な場所へ送り込むべきなのに成人してもまだあそこに居ろって言われてさ。将来性がないと思ったんだよね!逆にダルメッサ様は僕らのお願いを聞いてくれたし爵位だってあの爺さんより上だったし!僕らを奴隷にしたくそ野郎何て死んで当然さ!ポーラだってそうでしょ?あそこでずっとメイドをやらされていたかもしれないんだよ?」
サムもまた将来のことで不安を覚えていたらしい。
だけどアルファン様達の人柄を考えれば帝国の騎士団や魔法士団へ推薦しない、なんてことはなかったと思う。
恐らく技術の向上は勿論集団生活や規律を学ばせてから送り込もうとしていたはず。
魔法士であればもしかしたら成人直後でも入団出来たかもしれないけどあの時のサムはそこまでの実力があったようには思えない。
全ては可能性として終わってしまうけど、あの人達はボビィやサムの事も考えていた。
それだけは分かる。
なのに。
彼らの想いを踏みにじって皆殺しにするなんて…許される事じゃない。
恩を仇で返したこいつも絶対許さない!
少しずつ体に力が湧いてきた。
こいつものうのうと生きていて良いわけがないんだ。
「その赤い瞳も綺麗だね…て前から赤かったっけ?まぁいいか、それにしてもその唇…我慢できない!」
サムは目を瞑って顔を近づけてきた。
キスしようとしているのは明白。
頭を後ろに傾けてから一気に前に振った。
「いだっ!?」
お互いに鈍い痛みが頭に広がったと思う。
特にサムは不意打ちを食らったから猶更痛いはず。
サムの拘束が解けてお互いに数歩分の距離が空く。
立ち上がってから右太ももに固定したナイフを抜き出して杖を持ったサムの左手を切り裂いた。
「いいいいいたいいいい!?」
指に深い傷を負ったことで杖が手放された。
右手のナイフを空中に投げて杖を奪い取った。
そこそこの重さがある杖でサムの顔を思いっきり殴り飛ばした。
「ぶへっ!?」
左手に意識をしていたサムはそのまま後ろへ転がった。
杖は放り出して空中に投げたナイフを取ってサムへ跨った。
よく見ると右腕は火傷の痕があり、そこはさっき投げたナイフが当たった場所だと今更ながら分かった。
直ぐにサムへ向き直った。
「痛い!ポーラ!このままじゃ君は国家反逆罪にっ問われちゃうんだよ!?僕なら君を何とかできるんだ!だから僕を殺すなんてことっ考えないよね!?」
大粒の涙を流しながら懇願するサム。
だけど感情は動かない。
だってあのときから変わらないから。
「お前達が殺したアルファン様やケイティ達はそうやって懇願したのか?助けてって言ったのか!?最後までお前達を大事にしていたあの人達の想いを踏みにじっておいて!あの時ケイティは命を張ってわたしを助けてくれたのに!自分の事しか考えなかったお前達に…なんで殺されなきゃいけなかったのさあああああああ!?」
「待って!待ってポー」
サムの顔面を殴った。
何かを言う前に何度も何度も。
わたしは非力だけどそれでも力の限り続けた。
二人が今でもあの人達を大事に思っていると信じたかった。
なのに。
違った。
楽しく過ごしたあの時間。
あの人達への恩義を感じられるほど色々貰ったのに。
絶対に許せない。
顔が膨れ上がっても邪な目は変わらない。
そんな彼に手向けなければ。
手に持ったナイフに、わたしはサムへの恨みと軽蔑を込めて降ろした。
死への恐怖を感じたのか涙が溢れてぐしゃぐしゃの顔になったサムはそのまま動かなくなった。
あははははっはははははっははははははははっ!!
これで、アルファン様達の無念を晴らせたんだ!!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




