107話 見える傷、見えない不安
本日もよろしくお願いします。
ここは……?
寝ていた?
簡素だけど見慣れない部屋。
窓からは陽光が差していた。
体を起こそうと思っても中々起こせない。
節々が痛いだけじゃなくて弱い麻痺を起こしているような気がした。
ダイカンジを倒したあとに意識がなくなったんだっけ。
直前の出来事を思い出して、自分も毒を含んでいたからその影響を今も受けていることを自覚した。
一応耐性をつけたとは言え、完全に無効化できるほど弱い毒じゃないから生きているだけでもマシだよね。
そう言えばと首が回る範囲で見回した。
この部屋にはテーブルと椅子が二つ、そしてハンガーラックにわたしの服が干されていた。
一般区画ではハンガーラックやハンガーの類はあまり広まっておらず使われている場所も限られている。
可能性があるなら貴族か貴族に近しい人達になるけど……。
窓から離れているから外の風景も分からない。
装備品もハンガーラックの傍にある、良かった。
誰かが来るまで眠ろうとしたけど眠気が来ないまま時間が過ぎた。
お腹も完全に減ってどうしようか悩んだ頃にこの部屋を訪ねた女性従士が見えた。
「目が覚めたんだな!」
わたしを見た女性従士が再び外へ出た。
状況の説明はしてくれないの?
それから暫くするとさっきの女性従士と男性医者らしき人が来た。
「自分の名前は分かるか?」
「ポーラ、です。」
「職業は?」
「冒険者。」
「気を失った直前に思い出せることは?」
「異界の勇者を倒したところ、ですかね?」
「意識はしっかりしているようだな。」
体を上手く動かせないことを伝えると掛布団を剥がされて触診された。
あまり良い気分ではないけど仕方がない。
「身体の所々にある黒い痣以外の外傷はないからな、体が動かしにくいのは含んだ毒の影響だろう。解毒剤は?」
「作ってない。」
「バカじゃないのか?」
医者に呆れられてしまった。
「必要ないから。」
「そうかい、こうして話せるなら数日で毒は抜け切るだろうが……。」
「出来れば食べ物が欲しいです。」
「体力を回復させるしかないのは当然だな、あとで持ってこさせるとしようか。」
医者だった男性は女性従士と話して部屋を退室した。
「改めて、ここは騎士団区画内の客室だ。乱入したとはいえ異界の勇者を止めた人間を放置するわけにはいかないとフォルクマー団長からの御達しだ。先生が他の従士にご飯を持ってきてもらうように頼んでいるからもう少し待ってくれ。」
それからわたしは女性従士と話しながら運ばれてきた量のあるご飯を少しずつ食べさせてもらった。
事後処理としてはダイカンジは金属の塊になった後は微動だにもせずあの場から運ばれた。
国の機密事項に指定されているため運ばれた先やその後の処置に関しては分からなかった。
もう一人の勇者の死体も同じように回収されたらしいけどそれも同じ扱い。
あとは騎士団や魔法士団の被害の事も聞かされたけどそれ自体はあまり気にすることじゃなかった。
他にはボビィとサムが来たらしい。
サムは心配してくれたみたいだけどボビィはわたしのショートソードに興味を持って持ち出そうとした。
だけど持った瞬間に気分が悪くなったからショートソードを置いて出て行ったとか。
勝手に人の物を持ち出そうとするなんて……。
大事な武器を紛失しないで良かった。
「あれって呪いの武器なのか?」
「え?どうでしょう、持ち主不明の物を拾いましたから。」
「そ、そうなのか……。」
名のある武器や国の関係者の武具は図画を含めて登録されていると言う話だけど、わたしみたいな冒険者の持ち物だとそう言うのはないと言う話は今初めて知った。
冒険者ギルドの受付嬢でも大まかな説明しか受けていないことが発覚したけど気に留めるほどじゃないかも。
翌日以降も騎士団のお世話になりながら事情聴取も受けた。
一応現場の状況を資料として保存するためらしい。
他の意図もあるかもしれないけど、わたしは表面上の事を話した。
ジョエル達からも話を聞いたらしいから問題はない。
他には報酬と勲章授与の話も出たけど報酬は兎も角勲章授与は断った。
皇帝が絡んだ話だったとしてもあまり公にする話じゃないはず。
一介の冒険者が爵位とか何かしらの地位を貰うとかの話は聞いたことがあったとは言え、そう言うのは邪魔になる。
何かと理由を付けて辞退する意思を伝えて貰う様にしたけど報酬は迷った。
報酬も沢山は要らない。
強いて言えば宿屋に置いてきた残りの荷物の行方を知りたい。
場合によってはそれを補填する分が欲しい。
その話をしたら数日後に苦楽を共にした荷物が手元に届いた。
そして体調が良くなって騎士団区画を離れる日になりフォルクマー団長がわざわざ会いに来た。
この人って実は暇なの?
いや、面倒事は嫌いなタイプに見えた。
「まさか乱入した冒険者がポーラだとは俺達は驚いたな!本来なら騎士団の仕事に割り込んだことで何かしらの罰則を与えなければいけないが寧ろ助かった、今回は特別だ!」
「寛大な処置、痛み入ります。」
「寧ろ罰したらいけないくらいだからな。」
「?」
「まぁそれは兎も角。報酬はあんなもので良かったのか?」
「多くを貰えるほど活躍したわけじゃないですし、残りは騎士団や街の復興に使ってください。」
「冒険者なのに謙虚だなぁ。じゃあその心遣いに感謝して他へ使わせてもらおうか。」
「お願いします…それではお世話になりました。」
「今回も助かった、ありだとな!」
手を振って見送ったフォルクマー団長にわたしも同じように返した。
まずは宿を探さないと。
騎士団区画を抜けて一般区画へ戻り、適当な宿を探していたところでマイルズに出くわした。
「おー!ポーラじゃないか!」
「こんにちわ、マイルズ。」
「日中から素顔を見せるなんて珍しいな!」
「あ。」
そう言えばローブがなかった。
一応報酬を貰ったからそれで買い直せる、けど思わぬ出費に天を仰ぐしかない。
「マルテ達も心配していたからな、あとで彼らにも会ってくれないか?」
「分かった、ところで少しだけでも時間はある?」
「あぁ、俺は大丈夫だ。」
わたしは手近な飲食店を探したけど所々復興作業が目立っていた。
中には従士達が手伝っている場所もあった。
ダイカンジ達が暴れまわっていた場所とも違う気がするけど。
空いているお店に入って腰を落ち着けるとここ暫くの帝都の状況を聞いた。
「そうか、ポーラは知らなかったのか…ってあの日は何処か冒険していたのか?」
「えっとあの日は……。」
異界の勇者に関しては極秘事項なのか確認していない。
この時間帯は利用客はいないから話しても広まらないはずだし……。
だから言っても良いのかな、と思いつつここだけの話として伝えた。
ただマイルズも当事者だったみたいだし、街では異界の勇者達の件はある程度は公表されたと言う。
マイルズの様に事件を目撃した都民もいたから隠すのは逆効果だと考えたのか。
「まさかシュターレンでも追い込まれるなんてな。」
「あの人達はそんなに強いのですか?」
「フレイメス帝国の最高戦力の一つと謳われているからな。それにサンデル王国との戦争でも異界の勇者を捕獲したと言われているし実力は間違いないだろう。」
確かにダイカンジの腕を斬ったりするから間違いない。
「でもマイルズも異界の勇者と戦っていたのは驚いたけど。」
「俺は偶然出くわしたんだ。確かに驚異的な強さだったな、俺も命があって良かったぜ。」
お道化ながら言うけど結構危なかったと思う。
「それと街のあちこちで復興作業が行われているけどそれも異界の勇者が?」
「いや、それはまた別の話だ。なんでもニクテプロキデに感染した元人間達が暴れまわっていたとか。」
「!?」
「その日の内に討伐されたみたいだが感染源がこの街に潜伏しているのかは分からず仕舞い。一部の都民はまだ不安を抱えている。」
「そう…ですか。」
その日から今日まで特に大きな出来事はなかったらしい。
暫く話したのちマイルズとは別れた。
宿屋を探してからいつもの服飾店を訪ねてローブを買った。
服が汚れていることを店長の奥さんに気にされたけどまたお世話になるかもと言って宿屋を探した。
宿泊先を確保したら夕暮れ時で飲食店を中心に賑わい始めていた。
街の喧騒を他所に冒険者ギルドへ向かい、受付でマティアス達に会いたいことを伝えると案内してくれた。
わたしの名前は冒険者ギルドで共有されているみたいで対応が早くて助かった。
そして九階へ辿り着いた。
「ポーラです、マイルズさんに話を聞いて会いに来ました。」
マティアスの部屋を訪ねると直ぐに出てきた。
「ポーラか!暫く見なかったが元気にしていたみたいだな!」
「えぇ、マティアスも無事なようで。」
それからマルテ達も集まった。
ただ、マルテは不安そうな顔をしていた。
「マルテが心配してくれたと聞いてたので会いに来ました。マルテも無事で良かったです。」
「うん、私もポーラが心配だった。だけど……。」
改めて話を聞くと先日のモンスターモドキの騒動にマルテが関係しているのでは?
と言う噂が所々で囁かれていると言う。
だけど証拠はないから噂程度。
それに青の等級であるマルテや彼女の仲間達は国でも重要な位置にいるためおいそれと真相を暴こうとするために直接彼女に話しかける輩はいない。
一方で、マルテは実際にやっていないけどそう言った話が耳に入ると寝ている間に夢遊病で人々を襲っているのでは?
そんな不安が大きくなっていると言う。
少なくともマルテは夢遊病ではないはずだし、器用なことが出来るものでもないはず。
だから彼女は関係ない。
マティアス達が一番近くにいるからそう断言できるのだけど。
「ごめんなさい、私が罹ったばっかりに……。」
「マルテが謝る事じゃない、寧ろ俺を助けてくれたんだ。誰が何と言おうとも俺達は君の味方だ!」
「仲間を信じましょう、マルテが信じるマルテの仲間を。」
「そう、ですね。揺らいじゃダメですよね!」
それからマティアス達の近況を聞いた。
帝都から離れた場所では多くの冒険者がモンスターの討伐依頼を受けていたらしい。
しかも中期的な仕事として。
ひどかったのは西側の方で普段は麓に来ないようなモンスターが確認されたために青の等級者が投入されたと言う。
だから最近までは忙しかったそうだ。
幾つか話を聞いている内に大分時間が経った。
マティアス達はまだ夕食を食べていないという事でわたしも一緒になって併設されている食堂から夕食を運んで食べた。
久しぶりに誰かと食べるご飯は楽しいものでマルテも笑顔になって良かった。
一段落したところで帰ろうとしたらマルテに引き留められた。
「あの、ポーラ。今日は…今日だけは一緒に……いえ、なんでも。」
掴まれた手が離された。
他の人達を見ると全員が似たような顔をしていた。
こういうのってマティアスの役目じゃないの?
そう思いつつマルテの手を握った。
「今日はわたしと一緒に寝て貰えませんか?」
「…はい!」
綻んだ笑顔のマルテを見て他の面々が安心していた。
わたしは部外者なのに良いのかなぁ……。
それからマルテの部屋へ行き、色々話した。
殆どが日常の他愛もない内容。
でもそれが楽しかった。
その楽しいを共有できることが嬉しい。
わたしもマルテもそう感じていた。
ベッドに入ってからも二人で話していた。
ただ嬉しいだけじゃなく悲しいことも。
口には出していないけどマルテの表情からは和らいでも残る不安が滲み出ていた。
そんな彼女を抱きしめた。
「ポーラ……。」
「わたしには資格がないと思いますが…わたしはマルテが優しくて気配りの出来る素敵な女性だって知っています。マルテは冒険者だけど普通の女性です。誰かを不幸にする人じゃありません。直ぐに拭えるものじゃないですけど自信を持ってください。あなたは最高の冒険者で普通の女性でわたしの大事な友人です。」
わたしは顔を近づけてお互いのおでこを合わせた。
「ありがとう……私、頑張るから……!それにポーラは私の大事な友人でパーティーの皆も信頼しているんだから。」
「ありがとうございます、わたしもマルテや皆さんを応援します、これからも……。」
触れた緑の体毛と体全体が柔らかく人と同じ温もりを感じた。
彼女は紛れもなく人間だ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




