105話 帝国の為に
本日もよろしくお願いします。
大官寺亮典を始めとした帝都内での混乱から数日後。
フレイメス帝国、帝都の中心に聳え立つヴァルクセレウス城。
帝都の四方を一望できる帝城の広間でフュルヒデゴット=フレイメス皇帝陛下を始め、ロータルや四人の公爵家当主に大臣達から騎士団長と魔法士団長と集まっていた。
皇帝が座る豪奢な椅子の前でロータル以外の全員が横一列に並んでいた。
ロータルが皇帝の近くで先日の事件のあらましを読み上げていた。
「夜明け前、騎士団区画から捕虜のダイカンジとオダギリが脱走。彼らは一般区画で暴走して帝城へ続く大門前に到着。その後、騎士団と魔法士団の協力で一人を撃破、もう一人は自身の力で金属化した。
続いて同日明朝に一般区画でニクテプロキデに感染した人間が帝都内で出没。確認された数は百。これを騎士団が全て討伐した。また二つの事件による被害報告は―――」
一通り報告を終えると皇帝は視線を全員に向けた。
「これらについて追加で報告はあるのか?」
最初に声を上げたのはバンベルト公爵だった。
「異界の勇者が脱走した件、騎士団長であるフォルクマーの責任を追及するべきでは?しかも三人目の勇者が行方不明であることからも」
「バンベルト、今はそのような話ではないかな?騎士団長の処遇はどうにでもなろう。」
「貴様……!」
いがみ合うバンベルト公爵とヴィリー公爵へエッケンハルト公爵が割って入った。
「今は陛下の前だ、慎みたまえ。」
「モンスターモドキの件、あれは魔法士団でも調べたらしいがどうだったんだ、イゾルデ魔法士団長?」
カステン公爵が紫のワンピースに鍔の広い帽子を被ったフォルクマーに近い年齢の女性、イゾルデに聞いた。
「騎士団から預かった検体を調べましたが魔法の類は見受けられませんでした。ただ、検体に共通していたのは腕に傷がついていた事です。」
「それは暴れまわった時に従士達が攻撃したものではなくか?」
エッケンハルト公爵にイゾルデが首を横に振った。
「違うと思います。共通する傷痕は四つの短い爪跡だと考えています、つまり野生のニクテプロキデによって付けられたものだと断定します。それに武器による傷があってもある程度塞がっていたので違いは明確でした。一方で被害者達に出来た傷は人間サイズのひっかき傷だったのでそれとも照合したことで裏付けになりました。その被害者達も薬を処方したので変化する心配はありません。」
「野生のモンスターが帝都内に潜伏したことで感染者が増えた、ということか?」
皇帝の言葉にイゾルデは再び首を横に振った。
「モンスターが帝都内に潜伏していたかどうかは分かりません。感染者数が多いことから帝都内で感染した可能性は高そうですが誰かが持ち込んだ可能性もあります。」
イゾルデの示唆した内容にバンベルトが口を開いた。
「以前もニクテプロキデに感染した冒険者がいると聞いたがもしやその冒険者の仕業じゃないだろうな、カステン?」
睨まれたカステンだが堂々としていた。
「確かに感染者から広がると言う話はあるがその冒険者がこのような騒ぎを起こす理由などない。勿論やっていない証拠などもないがな。」
「ふざけおって……。」
「それにタイミングとして考えるのであれば先日捕えた異界の勇者が知っていそうなものですが…皇帝陛下、ウヴェを通して聞き出すことを提案します。」
「カステン、つまり二つの事件はサンデル王国が関係していると言うのだな?」
「可能性としてはあるかと。」
「ロータル、あとでウヴェに話せ。」
「畏まりました。」
この時点で武田康太が関与しているのは異界の勇者を脱走させる手引きだけだと思われていたらしい。
それは皇帝陛下に限らず誰もが思っていた事。
「そう言えば異界の勇者達が討伐された話、シュターレンの三人に聞いたがフォルクマーからも聞きたいと思っていたところだ!この機会に聞かせてくれないか?」
小休止と言わんばかりに皇帝はフォルクマーに話を促した。
佇まいを直したフォルクマーは珍しく緊張した面持ちで語り始めた。
事前に纏めた報告書やシュターレンの話で事件の内容を知っている皇帝だったがフォルクマーの話には終始楽しそうに聞いていた。
話の中には帝都で有名な冒険者マイルズの戦いもあり、皇帝は満足していた。
なお、マイルズの話は伝聞であり報告書には上げていなかった。
また大官寺亮典と小田切翼に挑んだ冒険者達の詳細も省かれていた。
が、シュターレンの話には冒険者の名前や活躍があったようで皇帝はフォルクマーが話し終えたところで彼らの細かい活躍を打ち明けた。
特にポーラの事は貴族の全員が驚かざるを得なかった。
「そんな野蛮な娘がおるとは……。」
バンベルト公爵が小さく漏らしたがヴィリー公爵やエッケンハルト公爵も同じように感じていただろう。
それでもポーラの活躍があったからこそ事態が収拾し、また皇帝もそれが面白可笑しく感じていたようだ。
フォルクマーからの話が一通り終えたところで処遇に関して再び話が上がったものの皇帝が預かることになった。
事件による被害者や損壊などの試算の報告も上がり、皇帝が指示して今回の報告は終了した。
皇帝が去ったあと、公爵達も広間を去った。
バンベルト公爵はヴィリー公爵を睨みながら
「我々には大きな責務がある故に今回の事態を防げなかったフォルクマーの責任を問うべきである!それを邪魔しおって。」
「別に何も問わないとは言っていない、ただフォルクマーは騎士団長として事態収拾に向けて尽力したと聞いている。それを無下にするのは如何なものか?」
「だからと言って今回の事例を作れば他の者達も裁けなくなるだろう!」
「バンベルト、お前は国のため陛下のためと言ってるが今フォルクマーを降ろしたら誰が後を継ぐのだ?今後を考えるとこのタイミングではないだろうに。」
二人は顔を合わせれば言い合うことが常らしい。
そんな二人を見てエッケンハルト公爵は溜息を吐くばかり。
「その件は陛下が預かっていると言うのにお前達は……。」
「あまり騒ぐと言い見世物になるぞ。」
カステン公爵の言葉にバンベルト公爵とヴィリー公爵は黙ってしまった。
(バンベルトは陛下への信頼を示すために様々な事を急ぎ過ぎるのが瑕だ。その内足元を掬われかねんが。ヴィリーは騎士団長を庇うことで彼からの信頼を得て後々騎士団と協力して何か起こす腹かもしれないな。エッケンハルトは何処へ傾くだろうな?)
三人の公爵を見つめながらカステン公爵は一足先に帝城を去った。
彼らのあとから並んで歩くのはフォルクマー騎士団長とイゾルデ魔法士団長だ。
「賊一匹にやられるなんて随分腕が落ちたものね。」
「腕が落ちたのは認めるはあれは異界の勇者だ、能力は恐ろしい物だった。あれの調査はどうなっているんだ?」
「陛下にも報告したけど、意識はないみたいね。一応警戒はしているけど今のところ肥大化して他を巻き込む動きもないみたい。」
「そうか…腕をくっつけたほどだからな、回復か修復するかもしれないな。」
「それに関しても検証したいけどあれを削るのすら難しいわね。国内にある金属よりもっとも硬いから最悪溶かすしかなさそうだけど。」
「やはりダメか。シュターレンのグロスヴェートでも斬れなかったからな、利用できれば最硬度の武器を作れそうなものだが。」
「元が人なのに躊躇いがないのね?」
「あれを人と呼んでいいのか…破壊の権化だったな。それを言うならお前もそうだろう?」
「私達は陛下の庇護のもとで研究が出来ますもの、出来ることはやるわよ?」
「そうかよ……。そう言えば行方不明の三人目、確か魔法を使える勇者だったがあいつからは何か分かったのか?」
「使える魔法が分かった程度かしら。結局今の私達が彼らの魔法を全て再現できるわけじゃないのが悔しいわね。」
「帝国一の魔法士でも使えない魔法があるのか……。」
「私は使えるけど他の魔法士が使えるわけじゃないって意味よ?」
「お前はやはり化け物だな。」
「それならあなたは小さい犬ね、よぼよぼの。」
「返す言葉もねぇな……。」
肩を竦めるフォルクマーに鋭い眼差しでイゾルデは叱咤した。
「あなたは剣を振るしか能がないのだから最後まで国の為に働きなさい。」
「そうだな。」
普段の関りがなそうな二人だが実は仲は悪くない、と言うのは帝城で働く者達であれば誰でも知っていることだった。
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