104話 三人目の脱走
本日もよろしくお願いします。
104話から106話まで話の時系列が前後します、ご了承ください。
まだ大官寺亮典が帝都内で暴れている時の話であった。
ムンドラ王国の密偵として動いているアメディは帝国の騎士団区画へ侵入を果たした。
尤もアメディは少し前に巡回中の従士から奪った装備品などで従士を装い、混乱の最中にある騎士団区画へすんなりと侵入した。
そして区画内で歩き回っていると人の気配があまり感じられない頑丈そうな建物を発見した。
「怪しねぇ。」
街中で暴れまわるニクテプロキデに感染した人々や脱走した異界の勇者達へ対処するため殆どが出払っており、その建物の警備が後回しにされていた。
その建物の扉を潜ると近くには見張りの従士達の死体があり、そこが牢獄であることを彼は感じた。
「駆け回っていた従士達の話から推察すると誰かの手引きでモンスターモドキを放って異界の勇者を解放したってところか。」
彼は一階の部屋を全て確認したが生きている人間は誰もいなかった。
「これは探しても意味がなさそうだけど行ってみるかねぇ。」
地下へ通じる階段を降りると階層ごとに見張りの兵達が倒れている姿が確認できた。
一瞥してから地下三階へ降り、一部屋ずつ確かめていた。
この階層は殆ど利用されていないのか監禁された存在は見当たらない。
「これは外れかねぇ」
呟く声に反応する物は誰もいない……と思われたが物音がした。
金属同士が小さくぶつかって響く音。
奥へ進むと途中で二つの牢屋の扉が開いていた。
しかも片方の牢屋には二人の従士の死体。
「怖い怖い……。」
それらの部屋を通り過ぎて少し進んだ牢屋に人は居た。
但し、体は鎖で雁字搦めに縛られており金属製の猿轡に目も覆われていた。
「フォー!フォー!」
その存在に目を止めたアメディは牢屋の前に立った。
「助けて欲しいなら俺の言う事を聞いてくれ。」
その言葉に囚人は首を縦に振った。
「正直に答えろ、お前は異界の勇者か?」
質問に首を縦に振った。
(質問してなんだけど助かるための嘘って可能背もあるからねぇ。だけどさっきの部屋にも似たような拘束具があったし……。)
アメディは逡巡したが切り替えた。
「今後は俺に従えるか?」
それを聞いて動きが止まった…がゆっくりと首が縦に振られた。
「妙な真似をしたら直ぐに殺す、いいな?」
それを聞いた囚人は即座に二回首を縦に振った。
「鍵を取りに行ってくる。」
アメディは部屋を引き返してから従士二人の傍に落ちていた鍵を全て拾った。
「手あたり次第入れるしかないかねぇ……。」
拾った鍵の中にはリングに纏まっている物もあり、牢屋の扉を開けるのにも時間が掛かると思われたが鍵の端と牢屋の隅に番号が書かれており暗くて識別しづらいもののあっさりと開けた。
番号の振られていない鍵で囚人の拘束具を次々に外すと人間らしい姿が現れた。
どれくらいの時間囚われていたのか分からないが運動もしていない割に健康的な肉体を維持しているように見えた。
耳に掛かる長さの黒髪の少年が口から唾液を出し続けていた。
「た、助かった~。」
軽いストレッチを眺めながらアメディは聞いた。
「名前は?」
「橘川……アキユキ・キッカワ。」
「アキユキ…ね。君は異界の勇者で間違いない?」
「一応そう呼ばれています……。」
「一応、ね。他に囚われた勇者達は?」
聞かれた橘川明之は出入り口の方へ視線を向けた。
「あいつらは出て行きました……。」
「君を置いて?」
「見ての通り。そもそも俺とあいつらは仲が良いわけじゃないから……。」
少し切なくそれでいてホッとしたような顔の橘川明之を一瞥してからアメディはウェストポーチから干し肉を一枚取り出して渡した。
「まずはそれを食べるように、着替えを持って来るからね。」
橘川明之は言われた通りに干し肉をひたすら噛み続け、その間にアメディが従士達の死体から衣服や装備品を見繕った。
干し肉を噛み続けながら橘川明之は従士姿になった。
「では今後の方針。アキユキとしてはサンデル王国に戻りたいと思うけど直接行くルートはないからそれだけは分かって欲しいね。」
「確かサンデル王国とフレイメス帝国の間には大きな山脈があるんだっけ?」
「その通り、だから向かうべきはムンドラ王国と言うわけだね。」
「ムンドラ王国……。」
「このまま監禁されているよりはずっとマシだと思うけど?」
「いや、文句を言いたいわけじゃない。どちらにしても開放してくれたからあんたに従うつもりだ……。」
「それならばここを出る、その間は出来るだけ喋らないように。」
「わかった。」
アメディは橘川明之が閉じ込められていた牢屋の鍵を閉めた後で持っていた鍵の束をその中へ放り込んだ。
「さぁ行こうか。」
二人は静かな監獄から堂々と外へ出た。
相変わらず騎士団区画内は多くの従士や騎士達が出払っており閑散としていた。
橘川明之は周囲を見回していたがアメディから注意された。
「出来るだけ真っ直ぐ見るように、挙動不審で捕まるかもね。」
「わ、わかった。」
そして二人は騎士団区画を出ようとしたところで見張りの従士達に呼び止められた。
「お前達遅いな、何かあったのか?」
疑いの目を向けられて橘川明之は顔から冷や汗を流した。
「いやぁ俺達昨日食べたものが当たったのか腹の調子が悪くてなぁ。なんとか落ち着いたからこの時間になってしまったんだ。」
飄々とした態度でアメディが言うと見張りの兵士達は溜息を吐いた。
「それは気の毒だったな、最近は村々でモンスターがたくさん出現するから質の良い作物が回りにくくなっているって聞いたからな。」
「そうなんだよなぁ、と言うわけで俺達これで。」
「気を引き締めろよ!街中はモンスターモドキが大量に出ているからな!」
それを聞いた橘川明之は肩を震わせたが誰も気にしなかった。
二人は小走りで騎士団区画を離れて一般区画へ入った。
何処かで大きな音や悲鳴が聞こえた。
その度に橘川明之は顔を青くしていた。
「な、何が起こっているんだ?」
「さっきも言っていた通りモンスターモドキが出ているって話、場所によってモンスターモドキに沢山出会うかもしれないけどね。」
「モンスターモドキ?」
「俺も詳しくは分からないね、とにかく襲ってくる相手は撃退する。そう言えばアキユキは何が出来るんだ?」
「えっと…炎の魔法を使えます。」
「魔法、ね。今の君は従士だから魔法は出来るだけ使わないように。この国の従士は基本的に魔法を使えないからね。」
「う、剣は得意じゃないのに。」
「そこは死なない程度に。」
「あれ、そう言えばあいつら二人は……?」
「他の二人は俺の手に余るから君だけで手一杯だね。それ以前に君を置いて行くような人達を助ける余裕がないんだよね……。」
それを聞いて橘川明之は視線を落とすが再び前を向いた。
「いえ、あいつらを助けて欲しいってわけじゃないです。ただ、あいつらがモンスターモドキと関係しているなら……悪いことは良くないと思って。」
「ふぅん、悪い事…ね。予想でしかないけど彼らとモンスターモドキは直接は関係ないんじゃないかな、多分だけどね。」
「そ、それなら良いんだけど。」
ホッとした表情を見せた橘川明之に対してアメディは一瞥したがそれ以上は話を広げなかった。
彼らが街中を通ると住人達に声を掛けられた。
「何があったんだ!?」
「どうすればいいの!?」
事態を把握できていない住人達に対してアメディは通り過ぎながら伝えた。
「モンスターモドキが出没しているから家から出ないように!そして現在、我々騎士団が対処していますからご安心を!」
それを聞いた人々は安心したのか次々に家に引き籠った。
その様子を見ていた橘川明之は素直に感心していた。
「あんたって帝国の騎士団なのか?」
「いやいや、違うって。ただあーでも言わないと俺達が怪しまれちゃうからね。」
「そうなのか……。」
結果、通るごとに注意喚起をしたアメディ達だが運が良かったのか通り道でモンスターモドキ…ニクテプロキデに感染した人々には遭遇しなかったようだ。
そして彼らが辿り着いたのは商人達を中心に馬を預けている一般区画の出入り口近くの厩舎だった。
表にはサンデル王国の密偵が見繕っていた幌馬車がそのままになっていた。
「じゃあ、アキユキは荷台に乗って。」
「あ、あぁ。」
言われるがままに彼は荷台に乗った。
木箱を始めとした荷物が幾つか乗せられていたが大きい箱なのに空箱も混ざっていた。
アメディは御者台に乗ると丁度丁稚が現れた。
「あの、それ先約があるのですが……。」
「悪いが緊急事態だ、直ぐにでも外へ伝えなければいけないからな。あとで馬車ごと返す!」
そう言ってアメディは馬を走らせた。
勢いに押されて丁稚は幌付き馬車を唖然としながら見送った。
幌付きの馬車故に速度は出ない。
それでも焦ることなく一定の速度で進んだ。
朝日が昇って少しの時間、最初の検問所に辿り着いたアメディは従士達に帝都内の状況を伝えた。
そして自分はそのまま外の検問所へも伝えに行くと。
伝令役が幌付き馬車で来ることに訝しんでいた従士達だったが堂々と言うアメディに誰も疑問をぶつけることなく彼らを通した。
更にもう一つの検問所でも同様に伝えたあと、そのまま近隣の領地へ伝えに行くと言って帝都の外へ走り去った。
検問所から大分離れた平野。
誰もいないことを確認したアメディは馬車を止めて荷台に回った。
「少し休憩するから。」
「よ、良かったぁ。」
「馬車に酔った?」
「いえ、単に尻が痛くて。」
「あー、それは仕方がないね。」
「それと荷台にある食い物は食べてもいいか?」
「あるんだ……まぁ安全だと思うから食べちゃおう。」
この幌付き馬車の本来の用途を推察していたアメディは警戒することなく適当に果物を掴んで頬張った。
「ところであんたは何者なんだ?」
今更ながら橘川明之が聞いた。
「言ってなかったっけ?俺はアメディ、ムンドラ王国の関係者だ。」
「つまりフレイメス帝国に居たのはスパイ活動だった?」
「おぉ、流石異界の勇者様!と言えば良いのかね?元は観光客なんだけどねぇ。」
「観光客がこんなことできるなんておかしいだろう。」
「百歩譲っておかしいとして君はこの後どうするんだい?」
「それは……。」
表情が曇る橘川明之に対してアメディは態度を変えることなく話し続けた。
「牢屋でも言ったように望むならサンデル王国に帰すことも出来る。但し直接行くルートがない以上はムンドラ王国を経由するしかない。」
「俺がサンデル王国へ帰りたいとしてどうして協力するんだ?サンデル王国とムンドラ王国は仲が良くないんだろう?」
「確かにその通り、それでも幾つか条約は結んでいるんだけどねぇ。それで。」
一拍置いて。
「君を助ける理由…君達異界の勇者が不憫だから。」
「え?」
「異世界から召喚されて国の為に戦わされる、元の世界で君達にとって戦いは日常だったか?」
「いや、そんなことは……。」
「少なくともムンドラ王国はサンデル王国の勇者召喚には反対しているんだよねぇ。ただ召喚された以上はどうにかしたいと思っている。勿論君達の身の安全の保障と言う意味で。ムンドラ王国に居ればサンデル王国のように戦いへ引き連れることもないしフレイメス帝国のように牢獄へ閉じ込めるようなことをしない。だからまず初めにムンドラ王国は異界の勇者である君を保護するために迎え入れたい、これが本音だ。」
「……。」
アメディの言葉を聞いて橘川明之は何も言えなかった。
「いきなりこんなことを話されても信じられないよね?まずはムンドラ王国へ着くまでお互いの事を知ろうじゃないか。ムンドラ王国へ辿り着いても直ぐに決断する必要はない、国の事をもっと知ってそれから判断して欲しい。それに君がムンドラ王国の保護を受け入れたら君の仲間達をこちらへ引き入れるようにするから。」
「今の俺に土地勘や交渉術はない、だからムンドラ王国へ着くまではあんたに従うよ。」
「それは感謝します、異界の勇者殿。」
彼らは少しの休憩を挟んだ後、ムンドラ王国へ向かうのであった……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




