102話 偉業なき蛮行
本日もよろしくお願いします。
大官寺亮典は見た。
小田切翼がルートとシュゼットに倒された瞬間を。
死にゆく彼の表情は何かを悔いた中に安堵の気持ちが入り混じっているように見えたが大官寺亮典からだと顔が見えなかった。
だから、大官寺亮典には小田切翼の表情や何を思って感じたのかは分からない。
(あいつ死んだのか…あの時は俺と対等に渡り合えるやつだと思って連れていたが大したことなかったな。この弱肉強食の世界であいつはいらないってことだな!)
友の死に嘆き悲しむ気持ちがあるかと思えば、大官寺亮典の心は冷めていた。
小田切翼がそもそも友達と思われていたかと言えばそうでもない、二人の関係はある意味で形容しがたいものだった。
(これで全ての取り分が俺の物になっただけの事!皇帝を殴り飛ばして椅子を取ったらサンデル王国とか他の国も俺の物にしてやる!この世界は俺の為にあるようなものだな!)
二人のシュターレンと二人の冒険者達を相手に余裕綽々の態度を崩さず迎え撃つのであった。
グロスヴェートが大剣を、ジョエルは斧を構え直して大官寺亮典に突撃した。
「力のあるおっさん達で俺を倒そうってか!?もう俺には効かねーんだよ!」
先程から彼らを圧倒する大官寺亮典にとって優位性は変わらない。
一方で拳を構えて迎え撃つ敵にグロスヴェート達は距離を詰めた。
グロスヴェートの大剣が大官寺亮典を真っ向から斬ろうとするが彼はそのまま正面へ踏み込んできた。
大官寺亮典の顔面から首、胴体がダークグリーンへ変質した。
また彼の右手も同じだ。
大きく振りかぶった右手でグロスヴェートを殴ろうとしていた。
それに気づいたグロスヴェートはすぐさま制動を掛けたが防御出来ない。
そのまま殴られるかと思いきやジョエルが斧を思いっきり振りかぶっていた。
「おおおおおおおおおお!」
雄叫びと共に大官寺亮典のがら空きの左脇を捉えた。
大官寺亮典も気づいたようだが姿勢は変えず殴ろうとしたまま。
彼の左側もダークグリーンに変質したことでジョエルの攻撃が通らないと思われた。
これまでと同じように彼らの攻撃は大官寺亮典を傷付けることは出来なかった。
しかし、ジョエルの渾身の一撃は大官寺亮典を大きく動かした。
「なっ!?」
これには大官寺亮典も驚いた。
地面を擦るように大きく移動した大官寺亮典。
直撃した左脇腹は傷一つ付いていない。
無傷と言う事実に変わりはない。
それでも足の踏ん張りが足りなかったのか勢いで立ち位置を動かすことは出来た。
「やるな冒険者!」
グロスヴェートが褒めるとジョエルは少し照れたが好転したわけではないことから二人は直ぐに顔を引き締めた。
「ちょっと動かせたからって調子に乗るなよ!」
その場で前傾姿勢でしゃがむ大官寺亮典。
それを見た遠巻きに見守る騎士や従士達が口々に騒いだ
「吹っ飛ばされますグロスヴェート様!」
「避けてください!」
彼らの言葉にグロスヴェートとジョエルはその場を離れようとした。
「ガンシュート!」
大官寺亮典は一気に加速した。
直線状に居たグロスヴェートは大剣を盾にしながら下がった。
ジョエルは体全体にオーラを纏って添えるように斧を振り回した。
目で影しか追えないほど速く動く大官寺亮典の突進にグロスヴェートは大きく弾かれた。
「速いっ!」
突進の軌道上にあったジョエルの斧は前面をダークグリーンに変質させた大官寺亮典の身体によって粉々に砕かれた。
その勢いによってジョエルもまた吹き飛ぶ。
空中に投げ出されたジョエル、短い距離で停まった大官寺亮典は振り向いて三歩踏み込んでからジョエルを思いっきり殴った。
「ガッ!?」
脇腹を思いっきり殴られたジョエルは錐揉み回転しながら地面に投げ出された。
「雑魚がっ!」
見下す大官寺亮典だが、防御姿勢だったグロスヴェートが全身と大剣にオーラを纏って斬りかかった。
「その攻撃は効かねえっつうの!」
大官寺亮典の左拳が大剣を正面から迎え撃った。
大剣も拳も砕けず甲高い金属音が響き渡った。
ダークグリーンに変質した拳にはビクともせずそれを見たグロスヴェートは苦い顔をした。
「俺の大剣で斬れないなんて異界の勇者は化け物だな。」
「化け物じゃねぇ、神だ!」
「大きく出たもんだな若造が。」
「さっさとくたばれよ!」
大剣を受け止めた拳は相手の力を外側へ逃がし、グロスヴェートの胴体をがら空きにした。
好機と感じた大官寺亮典は口角を上げたがそれを読んでいたのかグロスヴェートは右側へ動いていた。
大官寺亮典は既に右拳で相手の顔面を殴ろうとしていたがそのまま空振りで終わってしまう。
ほんの少しだけ、焦りが生まれそうになった大官寺亮典の視界には予想外の展開が待っていた。
大柄なグロスヴェートがいなくなったら次はアウグスティンが突撃してきたからだ。
ただ、先程よりも走る速さは遅くて大官寺亮典もそれを感じていた。
だから繰り出す拳をアウグスティンへ向けた。
「わざわざ殴られに来たか!?さっきよりも遅いぞ!」
左右に抜剣したショートソードを構えていたアウグスティンは前傾姿勢で斬りかかろうとした。
そして大官寺亮典の腹へ薙ごうとしたが
「バァカ!」
左足を大きく踏み込みながら膝でアウグスティンの顔面を蹴ろうとしていた。
気づいたアウグスティンはギリギリで右手のショートソードで相手の左足を叩いて無理やり体ごと外へ追い出した。
だが、まだ終わりではなかった
アウグスティンへ続く存在、ポーラが大官寺亮典の正面へ跳躍して迫っていた。
右手の親指と人差し指だけを伸ばした状態にして、正面へ翳した左手には水の球が生成されていた。
「ウォーターボール!」
滑舌が悪かったが水の球は真っ直ぐ大官寺亮典へ飛んだ。
至近距離からの攻撃。
大官寺亮典の顔面に当たると思ったが
「レジスター!」
空振りに終わろうとしていた右拳で水の球の勢いを弱め、ただの水として拳を濡らす結果に終わった。
しかし、ポーラは右手を大官寺亮典に向けていた。
「ウォーターショット!」
やはり滑舌が悪い状態で先程よりも小さくて速い水の弾を三発飛ばした。
見事大官寺亮典の両目と鼻に当たった。
「ウガッ!?」
拳が遮らない軌道で撃たれた水の弾は予想外だったのか目を瞑って口を大きく開けた。
フッ
そして大官寺亮典の開いた口に何か黒い塊が入った。
鼻が濡れたことで口で呼吸しようとしたところへ異物が入ったがそれを大官寺亮典は飲み込んでしまった。
左腕で顔の水気を拭きとり、ポーラを睨みつけた。
「クソアマァァァァァ!」
怒りに大声を上げた大官寺亮典にポーラは更に唾を吹きかけた。
「うわっ!?」
またも目を瞑った大官寺亮典からポーラは距離を取り、鞘に仕舞った黒いショートソードを抜剣した。
「痛てぇ!?何飲ませやがった!?」
再び顔を拭き、ポーラへ殴りかかる。
ポーラは身体と武器にオーラを纏わせながらギリギリで攻撃を受け流した。
大官寺亮典は拳と脚以外は元の皮膚へ戻していたが顔色が悪くなっていた。
それはポーラも同じ。
「そんなに知りたいの?」
「さっさと教えろやバカがっ!」
怒りに顔を真っ赤にする大官寺亮典とは対照的に少し顔を青くしながらも余裕の笑みを浮かべるポーラ。
「毒薬だ、それもとびっきりの!」
「ハァっ!?ふざけんなよクズがっ!?」
毒によっては体内で吸収される時間は異なりそうだがこの毒は即効性があるようだ。
取り乱す大官寺亮典は単調になった左拳で殴りかかり、ポーラは拳の内側に黒いショートソードを立てて受け流した。
「いでっ!?」
ここに来て大官寺亮典の顔が歪んだ。
なんとショートソードが接触した部分が剥ぎ取られていたからだ。
あくまで表面の皮膚を削る程度だったがこれは誰もが予想外だった。
その皮膚は変質前の状態で相変わらずダークグリーンに変質した状態では斬れない。
それでもポーラは油断しなかった。
大振りな攻撃に黒いショートソードで防ぎながら斬り込む。
変質した皮膚には受け止められるが大官寺亮典の顔は歪んだままだ。
「雑魚と罵る相手に弄ばれる気分は如何、異界の勇者様。」
「舐めやがって!」
「一つ聞きたいんだけど表面を硬質化出来るなら体の内側も出来るのでは?」
その質問に大官寺亮典は停まった。
そしてグロスヴェート達も唖然とした。
何かに気づいたのか笑い始める大官寺亮典。
「そうだそうだ!出来る!当然だ!なんで俺は気づかなかったんだ!」
「お腹だけ硬くしても既に体中に行き渡っているから血液や脳も完全に硬くしないと意味なさそうだけど。」
「ハーハッハッハッハ!余裕ぶっこいて口を開けば!お前バカだな!敵に対策教えるなんてよぉ!」
「あ!」
ポーラは目を大きくして右手で開いた口を隠した。
周囲もそれに気づきざわつく。
それはグロスヴェート達も例外ではない。
「何を言っているんだ?」
「どうして……。」
「くそっ!?」
地面に伏しているジョエルですら予想外だったようだ。
また小田切翼を倒したルート達も雰囲気で察したようだ。
「これで俺は毒すらも無敵の存在になるぞ!」
天に叫んで気合を入れる大官寺亮典。
「おおおおおおおおおおおおお!!」
「身体の隅々まで変質させられたら……。」
恐怖に染まった顔をしているポーラの言葉を聞いた大官寺亮典は完全に笑っていた。
「間抜けだったな!全てを変えれば俺は最強ってことじゃねーか!英すら倒せる、倒して見せる!」
そして大官寺亮典の雄叫びと共に彼の身体は頭から順にダークグリーンに変質し始めた。
「全身硬くなったら手の打ちようがないぞ!」
アウグスティンの言葉に誰もが想像したかもしれない。
どんな攻撃も受け付けず、全てを薙ぎ倒す悪魔。
大門を専守している騎士団や魔法士団は勿論、グロスヴェート達や一番近くにいるポーラも異界の勇者の変化に動けずにいた。
変質し続ける大官寺亮典、皮膚は勿論筋繊維や血管に血液、神経や骨の隅々まで。
外側からでは分からない、本人も自覚しているか分からない変化。
細胞の一つ一つ、DNAを含め全てが変質しているだろう。
頭の天辺から始まった変化が首まで覆うと叫び声が聞こえなくなった。
それでも止まることはなく、完全に変化させる意志に従って変質し続けた。
誰もが彼の変化を見守る中、衣服を除いて遂に脚の先まで変質し終えた。
雄叫びを上げたまま動かない姿。
全身ダークグリーンに染まった暴君がいつ動くのか、騎士団達は不安と恐怖が胸に渦巻いていただろう。
「……。」
しかし、いくら待っても大官寺亮典は動かない。
異界の勇者が何を仕出かすかわからない、警戒を解かずに誰もが固唾を呑んで見守った。
その中で一人だけ静寂を乱すかのように動いた。
ポーラだ。
ふら付いた足取り、顔色が悪いままで眼の状態も変わらない。
彼女はオーラを解いた状態で黒いショートソードで動かない大官寺亮典を軽く叩き始めた。
その光景に騎士団達は驚いていたがポーラは気にすることなく全身を隈なく叩いた。
その場にいる全員が見守る中、最後に正面へ向き直って思いっきりショートソードで斬った。
「!?」
その行動にも誰もが驚かされたが彼女の渾身の一撃は動かない大官寺亮典には傷一つ付かず、その反動を彼女自身が受けて怯んでいた。
「自分が一番だと思っているやつにはお似合いの姿だよ……」
何をされても動かず喋らない相手に悪意ある笑顔を向けたポーラ。
黒いショートソードを鞘に戻し、グロスヴェート達を手招きで呼んでジョエルを介抱した。
「おい、あれはどういう事だ?」
「自滅したと思う。」
「自滅?」
アウグスティンの疑問にポーラは答えた。
「推測でしかないけど恐らくあの男は自分の力を完全には使いこなせていなかった。多分皮膚を変質させる力はここに来て得られた気がする。」
「確かに俺達が戦っている途中で使い始めたな。あれが使えるなら前の戦争でも使っていただろう。」
グロスヴェートは納得したがアウグスティンはまだ不満だった。
「もしかしたら使える条件があったかも知れないだろ?」
「俺の勘だがあいつは土壇場で手に入れたと思うぜ?俺が腕をぶった斬った時を考えればよ。」
「そうかもな、あの反応を思い返す限りそうかもしれないな。」
「だから頭の悪いあいつを怒らせてから体の内側も全部変質させれば……って殆ど賭けでしたが。」
「おいおい、俺達は飲み込ませるまでしか聞いてなかったからよぉあの時は驚いたぜ。」
「まったくだな。」
ジョエルやアウグスティンは今の今まで居心地が悪かったと言う。
「もしあれで暴れたらどうするつもりだったんだ?」
「あれで動けるなら毒も効かないでしょう?毒で死ぬ前にコントロール出来たらそれこそお手上げだと思いました。」
「確かにその時は俺達全員死ぬ時だな!ガッハッハゲホゲホッ!」
豪快に笑うグロスヴェートだが片肺を攻撃された影響もあって咳き込んだようだ。
それでも騎士以上に動いているのが不思議なほどだ。
「あれの処理は細心の注意を払ってくださいね。」
「分かっている。本当なら粉々に砕きたいところだがな。」
「それでは……。」
ポーラは力が抜けるように崩れ落ちた。
「おい、大丈夫か!?」
「しっかりしろ!?」
「直ぐに救護班を!」
彼らの心配の声はポーラに届かない。
騎士団達が勝利に喜ぶ声さえも……。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
不定期更新ですが時間のある時に読んでいただけると幸いです。




