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悪役令嬢エルトゥーニアの断罪、とは

※チョーロー→チョロいヒーロー

「ヴェル様、今わたしのこと“変な女だ”と思ったでしょう」

「え? いや、その……」


 いきなり尋ねられて、僕は口籠る。

 そりゃ、ファユールみたいな女の子は“変”と評する以外に言葉は見つからない――いや、“変”で済むレベルだろうか。


「いいの。ヴェル様ルートの入り口ってそれだから」

「いや、その……え?」

「痛々しいほどに思い詰めたヴェル様を見ていられなくてどうにかしたいと付き纏うわたしをヴェル様が『変な女だな』と呟くところからヴェル様ルートに入るのよ。それまで誰にも関心を持たず復讐を遂げることばかり考えてたヴェル様がはじめてわたしという他人のそれも女の子に興味を持つことがスタートなの。ルートが開く条件は全ステータスが一定値以上に上がってることと誰とも好感度を上げてないこと。ステータス一定値も最大値の七割か八割くらい必要だし普通はそこまで上げるのにどうしても攻略対象の誰かとは関わっちゃうからこれがなかなか難しいしおまけに条件クリアするまでステータス上げないとヴェル様出て来ないもんだから攻略情報集めずストイックプレイしてると気づかないで終わっちゃうしすっごくたいへんだったのよ」


 にたりと笑ってひと息に言ったファユールは、じりじりと近づいてくる。

 もしかして、呼び出されてのこのこ出てきた僕は、まんまと釣り上げられた哀れな獲物ということなのか。


「いや、君の場合、変わっているっていうか、それ以上じゃないかなと」

「それ以上とかすばらしいじゃない。要はヴェル様がわたしに興味を持てばいいってことよ。今ここに台本があるわけじゃないし大筋で合ってれば大丈夫。これでヴェル様を公式に寄せさえすれば万事解決ね」

「こ、公式に寄せるって……それのどこが解決なんだよ」

「だからまず一人称“俺”から始めよう?」

「始めようって言われてもさ……」


 怖い。この人なんだか目が逝ってる。

 さっきから話が飛び過ぎだし、そもそもなんでこんなトーニャの“発作”以上のものを起こしたのかもわからない。

 もう戻ってもいいだろうか。

 ちらりと背後に目をやって立ち去るタイミングを図る僕の腕を、それはさせじとファユールががっしり捕まえた。


「とりあえずこのひと月観察して、王太子殿下とはもう接触持っても大丈夫だと思ったの。だって王太子殿下ったらエルトゥーニア様にデレッデレの完デレで、あれはもう他人がちょっと何かしたところで好感度の上がりようなんてゼロでしょ。

 だからエルトゥーニア様に紹介してくれないかしら。ヴェル様の恋人として」

「は、はあ!?」


 やっとルートが開いたとか言ってたくせに、どうしていきなりそこまで話が飛ぶのか。おかしくないか。

 そもそも、さっきから一方的に捲し立てるだけじゃないか。ここを「ゲームの世界」と知っている僕でさえついていけないほど、何もかもがいきなり過ぎる。


「ちょっと待ってよ、なんでそうなるの!?」

「もうフラグは立ってるの。ヴェル様攻略なら百はやってるからルート開いた時点でわたしの勝ち。つまりもうヴェル様はわたしの彼氏確定。卒業とともにゴールインまで一本道間違いなしで、要するに善は急げよ! それにヴェル様単独ルートが確定したら、わたしもうっかり余計なチョーロー引っ掛けるかもなんてびくびくしつつ学園生活送らなくて済むわ!」

「何もかもまったく意味がわからない!」

「この時間なら殿下とエルトゥーニア様はサロンよね。さっさと行きましょう。ヴェル様の“俺のファユたん”宣言が出ればわたしも安泰だわ」

「僕が安泰じゃないよ!」


 ピクリとファユールの肩が震えて、笑顔が引きつった。「“僕”?」と呟いて目を見開き、僕を凝視する。


「ヴェル様?」

「――俺が、です」

「行きましょう!」


 それでいいと頷いたファユールは、僕を引きずって歩き出す。

 怖かった。なんとも言えず怖かった。

 もしかして、乙女ゲームオタクというのは皆こんなに怖いものなのだろうか。

 泣きたい。




 抵抗すら許されない勢いで、引きずられるようにサロンへ戻ると、ご満悦という表情の王太子と挙動不審に周囲をぐるぐる眺めるトーニャが、お茶を続けていた。

 僕を連れたファユールも、王太子に負けないほどの笑顔だ。


 王太子が僕らふたりに気づくより、僕らが声を出すより早く気づいたトーニャが、ひくりと大きく痙攣する。


「ヒッ、ヒッ、ヒロイ……なんで、イベントじゃないのに、なん……」

「どうしたトーニャ」

「わ、わたくしは何もしてない……そ、それに、どうしてヴェルと……」


 目をいっぱいに見開いたトーニャが、ガクガクと震え出す。

 ようすの変わったトーニャに気づいた王太子も僕らへと視線を移して、訝しむように顔を顰めた。


「トーニャ、ヴェルナスではないか。特待生に引きずられているようだが……」

「あっ、まさかヴェルナスルートとか……まさか、まさかヴェルはわたくしとお父様の罪を暴いて復讐を……あ、わたくしはやっぱり断罪されて公爵家は取り潰されて一族郎党お兄様以外全員処刑でギロチンで晒し首で……あ、あ、あ、い、いやァァァァァァァァ! やっぱりわたくしは死ぬのよヴェルをいじめ倒したから! いじめ倒して人間不信にしたからァァァァァァァァ!」


 トーニャが絶叫とともにうずくまり、号泣を始めた。

 飛び出していかないのは、ここが学園のサロンで自室はないからだろう。

 王太子はひさしぶりのトーニャの号泣に、うれしげに目を細める。「仕方がない子だ」と抱え上げて膝に乗せ、自分に寄り掛からせるとよしよし背を撫で始めた。


 すごい。王太子はもうすっかりトーニャの扱いに慣れている。

 以前はそんなことされようものなら泡を噴いて倒れていたはずのトーニャだって、号泣はしていてもおとなしく撫でられている。

 ふたりとも、すっかり成長したものだ。


 立ち止まったファユールは、そのようすを満足げに眺めてにこりと笑った。

 彼女はトーニャにも前世の記憶があるとは知らないはずだけど……。


「“発作”の噂でもしかしたらと思っていたけど」


 小さく呟く声に、やっぱりバレてたかと思う。

 たしかに、これでバレなかったらどうかしている。


「エルトゥーニア様、ご安心ください。わたしビッチルートには乗りません」

「――びっち?」


 王太子が怪訝な声で聞き返す。


「はい。わたし、NTRダメ絶対派なので――」

「ちょっとまってファユール!」


 僕は慌ててファユールの口を塞いだ。

 あのガゼボでのように、王太子が浮気者だの何だのと語られたらまずい。そんな不敬発言されたらさすがに庇えない。


「トーニャ、前にも言ったけど、僕はトーニャにも伯父上にもいじめられたりしてないし、もちろん復讐がどうこうなんてあり得ないよ。

 ファユールだって、その……君と争う気はないようなんだ。

 それに、王太子殿下がトーニャから目を逸らすなんてことも万が一にだってあり得ないことだと、もうわかってるだろう?」

「でもっ! でもォォォォォォ!」


 トーニャは王太子にしがみついて号泣している。

 きっと制服は涙その他でどろどろだろう。

 王太子は満足そうにトーニャを抱きしめて、それから僕らへと向き直った。


「特待生……たしか、ファユール・フィオリだったか。

 お前が何を言ってるのかさっぱりわからんが、ヴェルナスの相手だということはよくわかった。問題ないどころか、むしろ歓迎だ。これで俺もトーニャからまた虫がひとつ消えたと喜ばしいくらいだからな」

「ありがとうございます殿下!」

「気にするな――ああ、もし公爵がこの件で何か文句を垂れるようであれば俺に言え。とりなしてやろう。なに、ヴェルナスがトーニャの前から消えると思えばお安い御用だ。身分だのが問題になるならそれも俺が用意してやる」

「さすが王太子殿下です! 下々の者にまでそんなご配慮をいただけるなんて!」


 王太子はよほど僕が邪魔だったのか、喜びいっぱいにファユールを歓迎している。正直言えば、そこまで嫌われていたかと少し落ち込んでしまうほどに。

 そもそも、僕がついてたのはトーニャが“発作”を起こさないよう落ち着かせるためだし、思い余った王太子が無闇にトーニャに手を出さないよう牽制するためでもあって、僕が好んで邪魔をしていたわけではない。

 トーニャの父である公爵から直々に頼まれてのことだったのだ。


「って、いや、待ってください殿下! どうして僕とファユールのことが確定事項になっているんですか!?」

「構わんだろう。お前はどこの令嬢とも未だ婚約を結んでいないし、ファユール・フィオリは平民ながら学園きっての才媛だと聞いている。

 彼女の才を確保するためにお前に宛てがうことはやぶさかではない。

 この判断に不満があるというなら、俺から父上に報告してたうえで、王命をもって婚約を進めてもよいのだぞ」


 王太子は文句があるなら王城まで出て来いとでも言わんばかりだ。

 体力が尽きてひくひくとしゃくり上げるだけになったトーニャを優しく撫でながら、にやにやと僕を見つめている。


「――ヴェル様、殿下の御前ですから、今、口から出ていた“僕”は見逃しますけど、次からはちゃんと“俺”でお願いしますね」

「えっ!?」


 くいくいと袖を引かれて顔を向けると、表情だけは笑顔のファユールが、爛々と輝くというよりも底光りするような目で僕をじっとりと見つめていた。


「ええと……善処、します」


 だめだ、どうやったって敵わない。

 そう、僕が悟った瞬間だった。





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