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第七話 仲間二人

 翌日。

 俺は再び冒険者ギルドを訪れていた。もちろんラピス王女と勇者ギアに返事をするためである。

 現在、冒険者ギルドの貴賓室には三人いる。

 一人は俺。残り二人はラピス王女と勇者ギアだ。どうしても二人同時に話をしたかったため、俺が強引に二人を面会させた。

 ラピス王女とギアは共に互いの存在に驚いている様子。どうしてこの人がこんなところにいるのだろうか、と。

 しかし厳密に言えば一番驚いているのは俺だ。

 この二人は同じ日に俺の元を訪れた。だというのにこの二人は互いのことを知らなかったように見える。

 ということは、偶然、たまたま、同じ日に俺の元を訪れたことになるが……そんなことあり得るだろうか?

 まあ、そのことについてはここで考えていても答えが見つかるようには思えないので、一旦置いておくしかない。

 今はまず二人に返事をすることが先決だ。


「二人にここに集まってもらったのは他でもない。昨日の返事をするためです」


 俺のそのセリフで二人はこちらに視線を戻した。


「それで……賢者様」

「よく考えてくれたかい?」


 二人は前のめりで訊いてくる。


「ああ。よく考えたよ。その上で答えを言う。……申し訳ないが、俺は二人の誘いを受けることは出来ない」


 そのように答えると、二人は落胆したかのようにソファーへと身を預けた。

 しかし俺の話はこれで終わりではない。


「少なくても今は」

「え?」

「……今は?」

「ああ。その上で恥を承知でお願いしたいことがある。二人には俺のパーティに入って欲しいんだ。どうかこの俺に力を貸してはくれないだろうか?」


 俺は二人に頭を下げる。

 まさか俺の方からこんな頼みをされるとは思ってもみなかったのだろう。二人は呆気に取られた顔をしていた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいませ」

「それは一体どういうことだい?」


 俺は一度顔を上げると、


「俺にはやらなければならないことがある。だから頼みを聞くことは出来ない。……二人には昨日そのように話しましたよね?」

「は、はい」

「その通りだけれど」

「でも、俺のやらなければならないことが終われば二人に力を貸すことに異存はない。そこで取引をしたいんだ」


 二人の顔がどんどん真剣になっていく。俺の話に聞き入っている証拠だ。


「……その取引とはどのようなものでしょう?」

「詳しく聞かせてくれるかい?」

「そんな難しいことじゃないよ。まず、二人には俺のやらなければならないことに協力して欲しい。それが終われば、俺は二人にどれだけでも力を貸すことを約束する」


 そのように申し出ると、二人は思わず互いの顔を見合わせていた。

 恐らく二人とも話の流れから自分たちの依頼が共に似たようなものであることを既に悟っているのだろう。

 この二人の使命の大きさは理解している。普通に考えれば俺の個人的な頼みなど聞いている暇などないはずだ。

 ――しかし、何故か二人とも俺に固執しているように見える。

 だからこそ切り出した。賭けに出た。

 それにオーピィの病気を治せるなら俺は何でもするつもりだ。


「俺の願いを聞き入れてくれるなら、その後、俺は二人に尽くそう。俺の人生の全てを二人のために使ってもいい。だから頼む。俺に力を貸してくれないだろうか? この通りだ」


 俺はもう一度頭を下げた。

 しばらく無言の時間が続いた。二人からは戸惑う空気を感じる。

 さらに時間が経ってからラピス王女が声を掛けてくる。


「……一つだけお聞きします。賢者様、そこまでしてやらなければならないこととは一体何なのですか?」


 俺は顔を上げて説明する。


「妹の病気を治すため、七大ダンジョンの一つ『神の祠』へエリクサーを取りに行くことです」

「え、な、なんですって。そ、それは何と言う偶然でしょう。神を復活させるために、わたくしも七大ダンジョンへ行く必要があるのです。もちろん『神の祠』もその中に含まれておりますわ」


 ……なんだと?

 ラピス王女の嬉しそうな声に俺の期待も膨らむ。


「と、いうことは……」

「はい! わたくし喜んでネル様にご助力させていただきますわ!」


 なんと! まさかこんな偶然があるとは……。

 思わぬ流れに俺が喜んでいると、ギアの方も言ってくる。


「僕の方も焦ったところで魔王は倒せないからね。……分かった。『神の祠』をクリアして君が僕に協力してくれるなら、僕は喜んで君に力を貸すよ」

「ほ、本当か?」

「ああ、もちろん」


 ギアは爽やかな笑顔を見せる。


「ありがとう……! ありがとう……」


 俺は二人に向かってもう一度頭を下げた。

 俺は安堵の息を吐く。勇者と優秀な白魔道士を一度に得ることが出来た。エリクサーを手に入れられる確率が大幅に上がったことに俺は胸を高鳴らせた。

 そこでラピス王女が訊いてくる。


「ネル様、一つお伺いしたいのですが、妹様のご病気とはどのようなものなのでしょうか? 差し出がましいかもしれませんが、これでもわたくし白魔法にはそれなりに通じております。もしかしたら治療出来る可能性があるのですが……」


 確かに彼女の噂や魔力の高さからしてラピス王女の白魔道としての腕は恐らく間違いないものだと思う。

 しかし、


「ラピス王女のお気持ちは嬉しいです。でも、妹の病気は魔法では絶対に治らないんですよ。これまで散々試してきて得られた結果です」

「そ、そうでしたか。賢者のあなた様がそのように言われるのなら、きっとどうにもならないのでしょう。お力になれず申し訳ありません」


 何故かラピス王女の方が落胆した様子だった。それを見て思った。彼女は人の痛みに寄り添える人なのだと。

 一方でギアはラピス王女の方に視線をチラリとやると、


「ラピス王女。一つお聞きしたいことがあります。どうやら貴女も賢者殿にご同行をお求めになったようですが、そちらはどういった理由からでしょうか? さきほど神を復活させると、そのように仰っておりましたが……」


 ラピス王女は少し考えていたようだが、


「そうですね。勇者様にならお話しても問題ないでしょう」


 そう言ってラピス王女は昨日、俺にしてくれた内容と同じことをギアにも話した。世界の崩壊のこと。そしてそれを食い止めるために神を復活させる必要があることを。

 全て話し終えるとギアは驚いた様子だったが、そのギアに対し今度はラピス王女が訊く。


「勇者様の方はどのようなご用件で賢者様にご助力を求められたのですか?」


 そのように訊かれたギアは、今度は自分の訳を彼女に話す。魔王が復活し、世界を消滅させようと企んでいることを。そしてそれを食い止めるために魔王を倒さなければならないことを。

 話し終えるとラピス王女の目が見開かれていた。


「ま、まさか魔王がこのような時に復活するなんて……」

「はい。僕も驚いています。まるで世界の崩壊に合わせて復活したようですね」


 ……確かに。言われてみればそうだな。

 ――この二人が同時に俺の元を訪れたのは、そういった偶然が重なったからなのか?

 いや、だとしてもここまで同時にというのはいささかおかしい気がするが……。

 俺が内心で首を捻っていると、ギアが人懐こい笑みを浮かべながら言ってくる。


「何にせよ、これで方針が決まったね。まずは賢者殿のやらなければならないことを終わらせる。つまりエリクサーを手に入れ、妹さんの病気を治すことだ。その後、世界の崩壊を防ぐために七大ダンジョンを巡りつつ、必要があれば魔王の方を先に食い止める。二人とも、この方向でどうでしょう?」

「魔王を放置していてはどの道、世界は消えるというのであれば、わたくしに異論はございませんわ」

「ああ、俺もだ。二人とも、本当に感謝する」


 俺がまた頭を下げると、ギアの苦笑した声が頭上から響く。


「水臭いよ、賢者殿。僕たちはもう仲間だろう」

「そうですわ賢者様。それに元々お願いに上がったのはわたくしたちの方です」


 俺はもう一度深く無言で頭を下げる。

 そして顔を上げると俺はこのように申し出た。


「あと、出来れば賢者だなんて堅苦しい呼び名はやめてくれ。実際、俺はそんなにお偉い立場じゃないんだ。……俺の名前はネル。可能ならば、そう呼んでほしい」

「だったら僕のこともギアと呼んでくれ」

「ああ、分かったよギア」

「これからよろしく頼むよ、ネル」


 俺はギアと固い握手を交わす。人見知りの俺だが彼とは仲良く慣れそうな気がした。

 一方でラピス王女も身を乗り出してくる。


「わ、わたくしも、ラピス、と、そのように呼び捨てにしていただけると嬉しいですわ!」


 キラキラした目でそのように言ってくるラピス王女。

 ……ギアはとにかくラピス王女を呼び捨てにするのはかなり勇気がいるな……。

 しかしラピス王女の「呼び捨てで呼んで欲しい」という眼差しが異常なほど期待に満ちており断ることなどとても出来そうになかった。

 俺は、こほん、と、一つ咳払いを入れて喉を整えてから、勇気を出して呼んでみる。


「ラ、ラ、ラピス……」

「はい! ネル様!」


 ラピス王女の笑顔が弾けた。どれだけ嬉しかったんだろうというくらいに。

 これは予想だが、もしかしたら彼女は窮屈な王宮で友達に飢えていたのかもしれない……。そう思うと少し不憫だった。

 一度呼び捨てで呼んでしまった以上、もう王女呼ばわりはしない方が良さそうだな。多分、悲しみそうだし……。もし泣かれでもしたら、俺は死ぬよ。



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