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第三話 アサシン・クロ

 俺はオーピィの部屋を出ると、調理場で夕飯の仕込みをしているクロに声をかけた。


「クロ。ちょっといいか?」

「何ですか? エッチなご命令はお断りいたしますが」

「しねえよ! というか第一声がそれって俺のことどういう目で見てるの!?」

「ご主人様は賢者ですので、その内、女体にも興味を持ち始め、研究材料として私の体を求めてくるのではないかと思い、戦々恐々した毎日を過ごしております」

「そんな不安な毎日を過ごさせていたの俺!? ていうか賢者に対する偏見が酷い!」

「いえ。ご主人様以外の賢者は素晴らしい方だと思います」

「まさかの俺限定だった!?」


 ちょっと泣きそうなんですが。


「それで……私に御用とは一体何でしょうか?」


 ……取りあえず用件を伝えよう。


「……今度少しばかり難易度の高いダンジョンに挑むから、クロにも俺のパーティに入って欲しいんだ」

「私が、ですか?」

「ああ。妹の……オーピィの病気を治す為に、クロの力がどうしても必要なんだ。頼む」


 俺は頭を下げた。

 オーピィは少し考えると、


「ですが、その間オーピィ様のお世話はどうされるおつもりです?」

「その点に関しては問題ない。新しいメイドを用意している」

「新しいメイド……ですか」


 クロの目がぴくりと動く。なんか怖い。こいつ、オーピィのこととなると人が変わるからな……。


「じ、実は外で待たせてあるんだ。今連れてくるから」

「畏まりました」


 恭しく礼をするクロ。

 その胸中は俺には測りがたかった。


 ***************************************


 俺は屋敷の外に出ると、あるスキルを使用するため体に力を入れる。

 今から使う魔法は【水分身】だ。

 実はメイドなどどこにも用意していない。俺が創り出すのである。


「【水分身】」


 魔法を使うと俺の足元からスライムの一部が分離していく。

 その分離したスライムは俺の目の前でもう一人の人型を模り始め、やがて一人の女性が現れた。

 シニヨンにまとめた銀の髪と澄んだブルーの瞳。一般的なメイドが着用するような丈の長いメイド服に身を包んだ十八歳ほどの少女。

 もちろんこれは俺の分身である。

 俺自身、分身との間で視覚や感覚を共有できるが、ある程度距離が離れれば、分身は自分で思考し動くことが可能だ。

 ちなみに本体である俺の性能を下げたくないのであまりこの分身に対してリソースは割けなかったが、これでも一般的な野盗なら余裕で対処できるくらいの力はある。なんなら山賊の一軍くらいならこの分身一人で十分に相手出来るだろう。

 問題は女の子であるオーピィの世話をオスである俺の分身が行うことだが、この分身はメスとして作ったのでそこまで大きな問題はないと思う。スライムの生態、超便利である。

 いずれ本体に戻った時にそれまでの経験や記憶を全て引き継ぐことになるけれど……それはしょうがないと思う。まあ相手は俺の妹だし、大丈夫だろ。

 ――さて、それではこの分身をクロと対面させるとするか。


 **************************************


 俺は再び屋敷の中に入ると、分身を連れてクロの待つ調理場へと戻った。

 クロはこちらから背中を向けて野菜を切っていた。トン、トン、トン、と、リズミカルな音が耳に心地良い。


「待たせたなクロ。新しいメイドを連れて来たぞ」


 俺は彼女の後ろから声を掛けると、自分の分身に挨拶させる。


「お初にお目にかかります。この度オーピィ様のお世話を仰せつかりました――」


 と、俺の分身が恭しく首を垂れようとした……その時だった。

 クロは振り返りざまに音もなく距離を詰めてきて、突如、俺の分身の顔面目掛けて包丁を突き出してくる。


「ひいっ!?」


 俺と分身は感覚を共有しているので、今のは俺が攻撃されたようなものだ。分身の方の俺は悲鳴を上げると、とっさに上半身を後ろに逸らした。

 ――シャッ! と、分身の顎を包丁の先が掠めていく。

 なんとかギリギリで躱せた。が――

 あ、あぶねえ!? 今の普通の人間だったら死んでたぞ!?

 驚愕する俺に向かってクロが淡々と言う。


「どうやら腕の方は問題ないようですね」


 今のやり取りは彼女なりの腕試しだったらしい。が、あまりに過激なやり方に俺は閉口するしかなかった。

 そんな俺に向かってクロは分身の方を睥睨すると、


「後の問題は大事なオーピィ様をお預けするに足る信用があるかどうかですが……」

「それについては問題ないよ。彼女は信用出来る」


 なにせ俺の分身だしな。

 クロはしばらく俺の顔をじっと見つめていたが、


「畏まりました。ご主人様がそうおっしゃるのなら間違いないでしょう」


 そう言って納得してくれた。

 そしてクロはスカートの端を摘み、嫋やかに礼をしてくる。


「それでは不肖このクロ、これよりご主人様のパーティに加入させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


 多少苦労はしたが、何とか一人目のパーティメンバーを得ることに成功したようだ。

 ――が、最低でもあと二人。

 それも、S級ダンジョンを攻略できるほど腕の立つ者が必要だ。

 俺に見つけられるだろうか?

 ……いや、絶対に見つけなければならない。

 妹の病気を治すために。


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