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第二十九話 仲間と

 俺は人間の姿に戻り――

 あれからまた十数日を経て俺たちはグリーンイブの町へと戻った。

 家に帰るとオーピィが涙を流しながら迎え入れてくれた。送り出してくれた時は表には出さなかったものの、どうやらかなり心配していたらしい。

 俺は妹と一頻り再会を喜び合うと、次に共に戦った仲間たちをオーピィに紹介した。

 ラピスを見たオーピィが彼女のあまりの綺麗さに目を丸くし、「アニキ……こんな綺麗な人をどうやってかどわかしたの……?」などと失礼なことを言ったが、ちゃんと説明したら取りあえず受け入れてくれた。……でもあれは納得した顔ではないので後でラピス本人から説明してもらうしかない。

 ただ、そのラピスだが、オーピィの体に浮かび上がっている斑点を見るなりに声を上げていた。


「こ、これは……」

「ラピス。どうしたんだ?」

「い、いえ。何でもございません……」


 何でもないことはないだろうが、どうやらここでは喋りたくないらしい。

 ……まあいい。とにかく今はオーピィにエリクサーを飲ませることが先決だ。

 俺は【次元倉庫(ディメンジョンインベントリ)】からエリクサーの入ったビンを取り出すとオーピィに手渡した。

 彼女は俺たちに深く礼を述べながらそれを口に含んだ。

 こく、こく、と、少しずつエリクサーが減っていく。

 全て飲み干した時――そこからの変化は顕著だった。

 神聖な回復の光に包まれたオーピィは、その体に浮かび上がっていた斑点が、すーっ、と消えていったのだ。

 徐々に斑点模様が消えていき、やがて斑点そのものは全て消えてなくなった。

 ……治ったのだ。

 あれだけ苦しめられてきた妹の病気が……ついに治った……。

 信じられないといった風に自らの体を見下ろしていたオーピィは俺の方に顔を向けてくる。

 俺たちは言葉もなくただ見つめ合った。

 そしてどちらからともなく抱き合う。

 耳にはオーピィの嗚咽の声が聞こえてくる。

 俺も……泣いていた。

 他にも周りから鼻をすする声が聞こえてくる。

 オーピィは耳元で囁いた。


「あたし……アニキの妹で幸せだよ」


 いつぞやも同じことを言われた。

 その時も心の底から言ってくれた言葉には違いはないだろう。

 だが、今の方が万倍も嬉しかった。


 **************************************


 俺はオーピィと喜びを分かち合った後、照れくささを誤魔化すようにして「冒険者ギルドに用事を済ませてくる」と言って外に出た。

 オーピィも付いて来たがったが、病気が治ったとはいえずっと病を患ってきたのだ。しばらくは安静にしていてほしいと思い家に置いてきた。まだ俺の分身メイドがいるので何も心配することはないだろう。

 冒険者ギルドへの用事というのは無事目的を達成したことをトラストに報告するためで、ラピス、リリィ、クロも一緒に共をしてくれている。

 クロはオーピィの元に留まろうか悩んだようだが、取りあえず俺の方を優先してくれたらしい。後でオーピィとの時間をたっぷり作ってあげよう。まあ、先に俺がオーピィと兄妹水入らずしてからだけどな。

 冒険者ギルドへ向かう途中、自然地区の木々に囲まれた道を歩く足を止めると、俺はあらためてラピスに向けて頭を下げた。


「ラピス、本当にありがとう。君やリリィの協力がなければ妹の病気を治すことは出来なかっただろう。本当に感謝する。前に約束した通り、これからはラピスに協力させてもらうから」


 と言ってもこんなスライムでよければの話だが……。

 スライムになった俺に対し、彼女がどう反応するかは怖い。

 しかしそんな俺の懸念とは別に、ラピスは何やら思案している顔だった。

 そして意を決したように口を開く。


「その前にネル様、一つお耳に入れたいことがございます」


 その目はいやに真剣で、俺は嫌な予感がした。

 ラピスはまるで俺を慮るような感じで衝撃的なことを伝えてくる。


「オーピィ様のご病気は完治しておりません」


 俺は耳を疑った。

 なっ……!? そ、そんなバカな!


「な、なにを言っているんだ。オーピィの体からは斑点が消えていたじゃないか!」

「実は先程無理を言ってオーピィ様の体を細かく見せていただいたのですが……妹様の足の付け根にまだ斑点が一つだけ残っておりました」


 足の付け根……それはオーピィの体に初めて斑点が出来た場所だ。

 うそだろ……? またそこから彼女の体中に斑点が広がるとでもいうのかよ?

 大きく落胆する俺に向かってラピスは言ってくる。


「ネル様、わたくしはあの病気の正体と……恐らくその治し方を知っています」


 俺は再び耳を疑っていた。

 あの病気を知っている? 治し方が分かるだって!?


「お、教えてくれラピス! どうやったら妹を完璧に治せる!?」

「……申し訳ありませんネル様。わたくしの考えも完璧というものではなく、多分に仮説を含むものなのですが……」

「それでもいい! 知っていることは教えてくれ!」


 ラピスは頷く。


「まず知っておいていただきたいのは、あの病気はごく最近になって現われたものであるということです」

「……最近になって?」

「はい。厳密に申しますと世界の崩壊が始まったと同時に現われた病気です」


 ……なんだって?


「ネル様がご存知の通り、どのような魔法でも、どのような薬でも治すことができない不治の病で、徐々にステータスが減少していくという謎の奇病です。わたくしたちは仮に『ステダウン病』と命名いたしました」


 ステダウン病……ステータスダウン病という意味か。


「そしてあくまで事実の一つに過ぎないのですが……世界の崩壊が進むにつれ、それに比例する形でこの『ステダウン病』は世界に広がりをみせております。それ故にわたくしたちは世界の崩壊と『ステダウン病』は紐づいているという仮説を立てました」

「……なるほど」

「しかしわたくしはこの仮説をただの仮説とは思いません。何かしら関係はあると思います。世界が崩壊するようにして人もまた崩壊していっている……わたくしにはそのようにしか思えないのです」


 ラピスの手は震えていた。

 俺は敢えて訊く。


「教えてくれ。あの病気は最後にはどうなる?」

「指一本……まつ毛一本動かせなくなり……死に至ります」

「……ッ…」


 実際、死に目を見たのだろう。そのセリフには彼女自身による後悔がにじみ出ていた。


「世界の崩壊を止めなければ、この病気による死者はまだまだ増えます。だからわたくしは一刻も早く世界の崩壊を止め、この病気に苦しむ人々を救いたいのです……!」


 ……そうか。だから彼女は世界の崩壊を止めるのにそこまで必死だったのか……。

 結局のところ俺とラピスは根っこのところで同じ苦しみを抱き、同じような目標を持っていたのだ。

 しかしこれもまたギアの忠告とは違うことだろう。だとしたら彼女は一体他に何を抱えているのか?

 何故、今、目の前で苦しそうな顔を俺に向けて来るのか?


「ネル様、あらためてお願いいたします。……お力をお貸しくださいますか?」


 どうしてそんな辛そうな顔を向けて来るのか?

 しかし俺はこう答えるしかない。


「当たり前だ」


 妹のこともある。俺はどの道、世界を救わなければいけないわけだ。

 ただ、一つだけ確認しておかなければならないことがある。


「ラピス。知っての通り俺はスライムだ」

「はい」

「……いいのか?」

「? いい、とは、どのような意味でしょう?」


 ラピスは質問の意図が分かっていないようだ。


「俺はスライムだ。人間とは違う、モンスターだ」

「スライムがモンスターである事は存じております」

「だったら……」

「え? 申し訳ありません。ど、どのような意味でしょうか? スライムがモンスターであることは知識として存じているのですが……」

「え?」

「え?」


 俺とラピスはお互いに焦りながら首を捻っていた。

 いや、待て待て。

 何だこの状況は?

 普通モンスターと知ったら忌避するものだろうが。

 実際俺は今までずっとそうされてきた。

 しかも今回の場合、ラピスたちを騙していたことにもなる。

 だが、当のラピスはそのことに全く思い至っていない様子に見えた。

 俺は狼狽えるしかない。こういう場合の対処法が分からなかった。


「あ、そうでした。それで一つ思い出したのですが……あ、あの、ネル様に一つお願いしたいことがありまして……」


 な、なんだ? かなり言いにくそうだが……。

 会話の流れから俺は緊張しながら訊き返す。


「なんだろうか?」


 俺が促すとラピスは覚悟を決めたような顔で言ってくる。


「ネル様、今一度スライムのお姿を見せていただけないでしょうか?」


 ……なんだ? どうしてこんな場所でスライムの姿にならなければならない?

 随分と真剣な目をしているが……。

 しかし後々わだかまりを残すくらいならここは言う通りにしておいた方がいい。俺は警戒しながらもそのように判断した。

 幸い周りに人もいない。


「分かった」


 ぐにゃりと形を変え、人型からスライムの姿へと戻った。

 正直このスライムの姿を人前に晒すのはまだ抵抗がある。それも異性の前となると尚更だ。俺は自分のこの姿を一種の羞恥心でもって捉えていた。

 恥を晒しているようなものだ。

 俺が激しい劣等感に晒されていると、ラピスがもじもじしながら言ってくる。


「あ、あの……抱いてみてもいいですか?」

「え? あ、ああ、いいけど……」


 俺は不安気にラピスを見上げる。まさか「スライムは死ねえええ!!」とか言ってあのおっかない【逆回復魔法(リバースヒール)】をぶち込んでくるんじゃないだろうな……?

 いや、ラピスはそんなことをするキャラではないと分かってはいるがやはり不安だった。

 大体何の目的があるのかも分からないのだから。

 おっかなびっくりでいる俺の体をラピスの細くて滑らかな指が持ち上げていく。

 そしてぷるんぷるん弾む俺を持てあますようにして胸に抱いた。


「ふあっ」


 ……変な声を出さないで欲しい。


「つるつるでにゅるにゅるで……気持ちいい」


 ……変な言い方をしないでほしい。

 気付けばリリィがもの欲しそうな顔で見つめていた。

 それに気付いたラピスがまるで俺をあやすような形で抱き抱えながら彼女に向かって訊く。


「もしかしてリリィも抱きたいのですか?」

「いや、あの……その、は、はい……」


 従者という立場だからか遠慮がちに頷くリリィ。


「ネル様、リリィにも抱かせてあげてもらってもよろしいでしょうか?」

「え? あ、ああ、構わないけど……」


 何だこの流れは?

 訳が分からないことが起きていることに俺の頭が混乱していた。

 狼狽えたままの俺をラピスがリリィへと手渡す。

 ぷるぷる跳ねながら今度はリリィの胸の中へと飛び込んだ。


「あっ……にゅるにゅる……」


 だから変な言い方をしないで欲しい。

 あと胸当てが邪魔。

 とか言っている場合じゃない。

 本当に何だこの状況は?

 俺は不安を胸に押し殺したまま訊く。


「二人とも……俺が気持ち悪くないのか?」


 二人はきょとんとした顔を見合わせていた。


「そんなことありませんわ。ねえ、リリィ?」

「はい。にゅるにゅるして……き、気持ちいいです」


 だから変な言い方をするのはよせ。しかも胸元で。

 大体そういう意味で聞いたわけではないのだが……。


「あ、申し訳ありません姫様。私ばかり抱いてしまって」


 そう言ってリリィはラピスに俺を手渡す。


「あら、もういいのですか?」

「はい。……でも、出来ればラピス様の後でもう一度抱かせていただけると嬉しいです……」


 徐々に俺の意思など関係なく話が進んでいく。

 俺は呆れつつも、目の前で行われている状況が信じられなかった。

 ……なんだこれは?

 実はダンジョンからの帰り道、俺は彼女たちと話していても心から笑うことは出来なかった。どこか受け入れられていないと感じていたのだろう。そしてつい今しがたまでずっとそう思っていた。

 いや――思い込んでいたのか?

 ……俺の勘違いだった?


「ふあ……思っていたよりずっと触り心地が良いです。夢が叶いました」

「ゆ、夢?」

「はい。実はずっとスライムのネル様に触りたかったのですが、妹さんの病気が治るまではと思い我慢していたのです」

「姫様もですか? 実は私もずっと我慢していました……」


 ……そうだったの?

 受け入れられていない目じゃなくて、我慢していた目だったの……?

 ……なんだ。なんだよそれ。

 勝手に拒絶されたと思って、勝手にふさぎ込んでいたなんて……。

 俺は少しずつ笑いが込み上げてくる。

 ははっ、俺はバカだ。こんなことがあるのかよ?

 俺はずっとこの姿を拒絶されてきた。スライムである自分に自信が持てなくなっていた。

 でも、それは間違いだった?

 いや……そうじゃない。実際ほとんどの者たちはスライムの俺を忌避するだろう。

 だが、そうじゃない人たちもいるのだ。

 俺は不思議な気分が胸の内に満ちるのが分かった。

 その未知の感覚に浸っていると、若干温度の低い声が響き渡る。


「随分と楽しそうですね、ご主人様。私にも抱かせていただけませんか?」


 クロだ。

 一見して笑みを浮かべているが、その実、こいつは何を考えているか分からない。

 ちなみにクロだけは元々俺の正体を知っていた。まあ、彼女の場合は出会いからして特殊だったからな……。

 しかし抱かせてくれだって? 今までそんなこと一言も言ったことないじゃないか?

 俺は警戒心マックスのジト目をクロに送る。


「……何を企んでいる、クロ」

「ひどいですねご主人様。何も企んでなどおりませんよ。ただ皆で楽しくゲームをしたいだけです」

「……ほう。ちなみにそれはどんなゲームだ?」

「順番に短剣を突き刺していってご主人様のコアを突き刺したら勝ちという『コアはどーこだ♪』ゲームですが」

「それ俺死んじゃうやつだよね!?」

「はい。ご主人様が死んだらゲームクリアです」

「まさかの死ぬことが織り込み済みのゲームだった!」


 俺は驚愕した。よくそんな残忍なゲームを思い付くよね!?

 結果、俺はラピスの胸の中に留まった。……ここが一番いいわ。

 俺が微かな温もりに安らぎを得ていると、頭上からラピスが声を掛けてきた。


「あの、ネル様?」

「なに、ラピス」

「わたくしを信じてくれて、ありがとうございます」


 ラピスは恥ずかしそうな笑みを浮かべて俺を見ていた。

 ――信じてくれて――それはきっとギアに疑われた時のことを言っているのだろう。

 しかしそれを言ったら、


「俺の方こそありがとうラピス」

「え? どうしてネル様がお礼を言うのですか?」

「分からないならそれでいいさ」

「変なネル様ですね。あ、もしかして妹様のことですか?」

「違うよ。それとは別」

「もう、教えてくださいまし」

「内緒」


 そんなやり取りをしばらく続けた後、ラピスと俺は笑い合った。

 ただ、彼女の笑みの奥に少し別の感情を見たのは気のせいだろうか?

 それとクロ。短剣を振るうのはやめよう? あのゲームは何があってもやらないから。


 それから間もなくして自然地区を抜け住宅街に入り、俺はスライムから人間の姿へと戻った。

 ラピスが名残惜しそうな目をしていたが、後でどれだけでも抱かせてあげよう。何なら自分から飛び込んでいく。

 そうやって冒険者ギルドに向かっている最中だった。

 ――俺たちの目の前に一人の少女が現れる。

 最初はただ単に通行人がこっちを見ているだけだと思った。

 しかし彼女は明らかに意識してこちらを……俺のことを見ている。

 誰だ? ここらでは見たことが無い少女だが……。俺は相手を観察する。

 桃色の髪をポニーテールにまとめ上げ、神秘的なまでに整った顔をしている少女だった。

 じっと見つめてくる瞳は勝気そうではあるが、きつそうなイメージはない。

 しかし……その目元がすぅっと細められる。

 俺はゾッとした。その目は人間が見せるそれではない。


「神様……みーつけた」


 その濃密な気配は殺気ではなかった。ただただ圧倒的なプレッシャーを感じる。

 ――まるでカースを目の前にした時のようだ。

 だが、彼女の気配は魔族ではない。どちらかというともっと神聖な……。

 俺が分析をし終える前に少女はこちらに向かって駆け出した。

 そして終始警戒する俺に向かって抱き着いてきた。


「かみさまー!」


 な、なにこの子? 超いい匂い……じゃなくて、引き離せない!?

 驚いたことに彼女の力は尋常ではなかった。

 ぐりぐりと顔を押し付けられて狼狽するしかない俺に、リリィとクロの白い目が突き刺さる。ラピスだけはおろおろと狼狽えていた。やっぱりラピスはいい子。

 桃色のポニーテールを揺らしながら顔を擦り付けてくる少女。

 彼女の来訪こそが新たなる火種の到来だった。


                           第一章『聖魔の友』 了




これで第一章完了となります。

拙作ですが面白い、続きが気になると思ってくれた方はブックマークや評価などしていただけると幸いです。


また、しばらくしたら新作をアップする予定なので、良かったらそちらも楽しんでいただけると嬉しいです。


以上、ここまで読んで下さりありがとうございました。

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