第二十五話 変貌
遅れてすいません。
前にギアと戦った時……あれはギアによる奇襲も同然だった。
だからあの時、俺はギアの攻撃を凌ぐだけで精一杯だった。
――しかし今回は違う。
俺とギアは互角に戦っている。
距離を開けて戦いたい俺が魔法を撃って間合いを取り、近距離に持ち込みたいギアがそれを掻い潜って間合いを詰めてくる。
たまに剣が届く位置まで詰められると杖で弾き、すぐに魔法を撃ってまた距離を離す。
見かけこそ派手な戦いだが、今のところどちらも決定打に欠ける淡々とした戦闘。
だが――俺は理解していた。一見して互角に渡り合っているように見えるが、不利なのは俺だ。
恐らく実力的には俺とギアは大差ない。しかしながら一対一の戦いではやはり前衛職の方が有利で、後衛職の方が不利という図式はどうしても否めなかった。
俺の危惧は当たり、あるところで懐に潜り込まれると、いつぞやのように攻撃を凌ぐだけで手一杯になる。
杖で剣を弾き、何とか魔法を放っても、躱されると同時に剣を振るわれギアを引き離せない。
「どうしたネル? 表情が辛そうだよ」
「くっ!」
聖剣がローブを掠った。髪が切り取られる。
……やばい、まったく引き離せない!
どうしたものかと思っている内に、ギアの足払いが俺の足首をすくった。
「あっ!?」
「もらったよ、ネル」
ギアが聖剣を振りかぶる。
「ネル様!」
ラピスの悲鳴が響き渡った。
まずい……やるならここしかない!
俺はとっさに杖を持っていない方の腕――左腕をギアに向けると同時にスライム化させえて伸ばした。
ギアの顔へとまっすぐ伸びていくスライムの拳。
不意を打たれたギアは慌てて顔を逸らして避けた。
その間に俺は右手で魔法の水弾を放つと、ギアは溜まらずバックステップで逃れて行く。
地面に倒れた俺は受け身を取ってすぐに立ち上がりギアと相対する。
ギアの頬から一筋の血が垂れていた。
「……これは一回目のカースとの戦いで見せたネルオリジナルの水魔法か……。いざ使われると厄介だね」
ギアは血を拭いながら言った。
よし。どうやらまだ水魔法と思ってくれているらしい。
「だけどもう油断しないよ」
ギアは再び剣を構え突っ込んでくる。
そこからしばらくは先程と同じように間合いの取り合いのような戦いになり、結局はまた懐まで潜り込まれてしまった。
やはりそう簡単には引き離せず、ギアの剣を躱すだけで精一杯な状況となる。
しかし――ふと、ギアの動きが極端に遅くなる。何事かと警戒し体が硬くなる俺に対し、
「フェイント!」
クロの警告する声が響き渡った。
しかし俺が反応する間もなくギアの動きが高速に戻り、不意を打たれた俺はギアのひじ打ちを頬に食らってしまう。
「ぐっ……!」
たたらを踏む俺に向かってギアは聖剣を振り上げた。
俺はとっさに左手でスライムの拳を伸ばす――が、ギアにあっさり躱されてしまう。
「それはもう読めてる。二度は当たらないよ」
ギアは冷静に俺を見下ろすと……聖剣を振り下ろしてきた。
攻撃したばかりの俺にその攻撃を避けることは絶対に不可能だ。
「じゃあね、ネル」
聖剣が目前に迫る。
「ネル様!!」
ラピスの悲鳴が響き渡った。
くっ……! ……こうなったら、もうあの手を使うしかない!
俺は体を真っ二つに分けた。スライムだからこそ出来る芸当であることは言うまでもない。
別れた体と体の間に聖剣が振り下ろされる。
「!!?」
ギアの目が大きく見開かれた。
その隙に左半分の俺が伸びきった左腕のスライムを元に戻すようにしてギアの後頭部を狙う。
「くっ!?」
ギアはギリギリで避けた。
その後すぐに右半分の俺が杖で水弾を放つが、ギアが後ろに飛んだことで躱されてしまう。
それでも間合いは取れたので、その隙に俺はくっついてまた一つになった。
ふぅ……上手くいったな。
しかしそう思っていたのは俺だけのようで、ギアは目を細めていた。
それは明らかに俺を疑っている目だ。
「……何かおかしいな……今のは本当に水魔法の力かい?」
……さすがに気付かれ始めているか。
見れば他の皆も呆気に取られていた。
さっき悲鳴を上げていたラピスもぽかんと口を開けている。……まあ人間が真っ二つに割れればさすがにおかしいと思うわな……。
ギアは警戒の目をこちらに向けながら呟く。
「……どうやら君はまだ力を隠しているようだね」
俺は何も答えない。ここで手の内を晒す程甘くはない。
俺の沈黙をどのように受け取ったのか、ギアはまた呟く。
「このままじゃ勝てない……か」
そのセリフにはどこか不気味な響きがあった。
まるでギアの方こそまだ力を隠しているみたいな……。
気付けばギアは覚悟を決めた顔をしていた。
「出来れば本当の姿を晒したくなかったんだけどな……。君が相手じゃそうも言っていられないか」
……本当の姿? どういうことだ?
ギアは自嘲気味に笑う。
「ねえ、ネル。どうして勇者の僕が魔族と協力関係を結べたと思う?」
「え?」
それは俺も不思議に思っていたことではある。しかしこのタイミングで言ってくることの意味が分からず、つい呆けた声を出してしまった。
「その答えを今から教えてあげるよ」
ギアはそう言うと聖剣を鞘に納め、両肩を抱いて呻き始めた。
「ううう……!」
苦しそうに呻くギア。
敵対しているとはいえ元は仲間だ。心配になって俺は駆け寄ろうとするが、しかしギアの身に起きている変化を見て足を止める。
ギアの青い瞳が紫色に変わり、ブラウンの髪が灰色との間で明滅していた。
さらには白い肌が濁るように薄黒い色へと変色し……――
何より顕著だったのは気配の変化だ。
この気配は……魔族!? それをギアから感じる!?
しかしカースは存在感が希薄だったのに対し、ギアの存在感はむしろ濃い。
魔族とは精神体。現世にあるのは仮初の体に過ぎない。つまりカースが魔族として正しい在り方のはずだ。
だとしたら――このギアは一体何だ?
やがて変身を終えたギアが言ってくる。
「僕はこの世界で唯一の魔族と人間のハーフなのさ」
その顔は悲しみに濡れていた。




