第二十二話 決戦
俺たちは武器を構え、戦闘態勢を取る。
フォーメーションはここまで来る時と同じ、俺を中心にした配置である。
前方にギアとクロ、後方にラピスとリリィ、中央に俺。ちょうどサイコロの五のようなポジショニングだ。
一方、カースはまるで俺たちを迎え入れるようにして両手を広げている。
……俺たちのことを弱者だと見ている証拠だ。
いや、魔族にとって他の生物はすべからく弱者なのだろう。
「来い。圧倒的な絶望を見せてやろう」
カースは淡々と言った。
やはり自分からは仕掛けて来ないか……。
俺は答える。
「なら、お言葉に甘えて」
その自信。絶対に後悔させてやる。
俺とラピスは同時に詠唱を開始した。それを合図として戦闘開始となり、ギアとクロがカースへと突っ込んでいく。
あっという間に距離を詰めた二人は、それぞれ聖剣と短剣を振りかぶり攻撃を仕掛ける。
「無駄なことを」
カースが両手を動かす。前回と同じように黒い盾を作って受け止めるつもりなのだろう。
しかし、
「加護を!」
「ぬ?」
カースの体が光に包まれる。ラピスの白魔法だ。
あれは本来、対象に光の加護を付け防御力を上げる魔法である。
しかし魔族にとって光魔法は逆効果にしかならない。
結果、カースの体に纏った光魔法は奴の動きを封じていた。
「小癪な」
カースが力を入れると光の加護はあっさりと吹き飛ばされてしまう。
タイミングをずらされたカースだったが両手でギアの聖剣を受け止めにいく。クロは放置だ。クロの短剣は放っておいても自分を傷つけられないと踏んだのだろうが――
「ぐあっ!?」
カースが短く呻く。
クロの短剣はカースの首筋を切り裂いていた。
……甘く見たな。攻撃を通じないままにしておくわけがないだろうが。
クロの短剣には『聖属性』の魔法エンチャントをこれでもかというくらいに上乗せしてある。
本来、エンチャントは時間経過と共にその効力を失っていくが、俺の『次元倉庫』には時間の概念がない。だからエンチャントをかけて倉庫に入れておけばずっと最高状態のまま置いておける。そしてそれを先程こっそりクロに手渡しておいた。
ちなみに魔族には弱点となる属性が二つある。それは『光属性』と『聖属性』。
そして魔族はどちらかというと『聖属性』の方が苦手としている。厳密には『光』と『闇』、『聖』と『魔』がそれぞれ対となっている属性関係だ。
もちろんどれだけ『聖属性』のエンチャントをかけたところでその最高峰たる聖剣には遠く及ばない。
だが、クロの技術ならああして傷を付けることくらいは出来る、というわけだ。
まあ、本人は首を刈り取るつもりだったらしく、それが出来なくて舌打ちしているが……。
「おのれ……!」
初めてカースはクロに対して攻撃の意思を見せた。ギアを弾き飛ばすと、カースはクロに向かって腕を振りかぶるが……しかし途中で振り返る。
――カースに向かって銀の矢が迫っていた。
普通の矢だったらカースは気にも止めなかったに違いない。だが、それは『魔』が苦手とする銀の矢だ。
本能的に危険を察知したカースは矢を弾く。
ただ、そこで目を見開いた。何故なら弾いた矢に隠れるようにしてもう一本の矢が追随していたからだ。
とっさに躱そうとしたカースだったが……避けきれず肩に突き刺さる。といっても先端の部分が食い込んでいるだけだが……。
さすがリリィ。力こそ足りないものの、彼女の弓の技術は目を見張るものがある。
彼女が放ったのは『魔』に効果があると言われている『銀』の矢。しかも聖属性のエンチャント付きである。
結果としてクロを救い、小さいながらダメージを与えた。
そしてそこに――
「【ホーリーレイン】!!」
忌々しげにリリィを睨み付けていたカースは――足元から光の柱が上りかけていることに気付きハッとする。
ただ、それは前兆に過ぎない。
光の柱に閉じ込められたカースは、天から降り注ぐ光の雨をその身に受けた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
腕をクロスして必死に受けるカース。
この光魔法は俺が放ったものである。
俺は水属性魔法が得意なだけで光属性魔法が使えないわけではない。むしろ水属性魔法を抜いたら得意な方だ。まあ、油断しまくっていたカースには思いもしなかったことかもしれないが。
やがて光の雨が止んだ時、カースの体からは煙が上がっていた。『光』に『魔』が焼かれたのだ。
怒涛の攻撃にたまりかねたカースは大きく後ろへ跳躍した。
「貴様ら……!」
十分に間合いをとってからカースはぎろりと睨み付けてくる。
致命傷には程遠いが、魔族である自分が傷つけられたことに深く憤りを感じているようだ。
奴にしてみれば現在の状況が信じられないに違いない。何故なら魔族とは人間を下に見ているわけではない。人間が下であることは彼らにとって当たり前のことなのだ。
例えば人間が蟻を前にした時、心配することは噛まれることくらいだろう。しかしもし蟻に殴られて吹っ飛ばされでもしたら到底信じられないに違いない。カースにとって目の前で起きていることはそれと同じことだ。
だが、こちらとしても蟻と同じように見てもらっては困る。俺たちには『考える力』があるのだから。
だから俺は言ってやる。
「カース……お前は勘違いしていることがいくつかある」
「……勘違いだと?」
「ああ、そうだ」
俺は指を一つずつ立ていく。
「一つ。あの時、俺たちは疲弊していた」
今は快調だ。
「一つ。あの時、俺たちには心構えがなかった」
前回は想定していなかった強敵が現れたことに俺たちは完全に浮き足立っていた。特にラピスはそうだった。
しかし今回はカースト戦うことを想定していたので心構えは万全である。
「一つ。あの時、俺たちには魔族への対策がなかった」
今回は準備万端で挑んだ。むしろ勝てると思ったからここに立っている。
結果は見ての通り。前回はまるで歯が立たなかった魔族を俺たちが押している状況だ。
俺はほくそ笑む。
――仕掛けるとしたらここだな……。
俺はカースに向かって口を開いた。
「カース……もうやめにしないか?」
「……なに?」
「金輪際俺たちに手を出さないと約束して退いて欲しい。そうすればこちらから攻撃を仕掛けることは一切しない」
カースの目が見開かれた。
よし、いい反応だ……。
俺がこのような提案をしたことには二つの理由がある。
まず一つ目は、俺の目的はあくまでエリクサーだ。それを手に入れることが何よりも最優先。だから勝てる見込みはあろうとも、リスクの高いカーストの戦いは出来れば避けたい。
ただし、戦いを避けられる可能性は極めて低いということは理解している。
そして二つ目の理由。こちらが本命。
もし退いてくれなかったとしても……いや、恐らく退いてはくれないだろうが、だからこそ俺は敢えてこういう提案をした。
先程も言ったが魔族は人間を蟻ほどにも認識していない。実はこれは魔族の存在意義にも関わる話だった。
人間を数段下に認識しているからこそ魔族はその通りの力を発揮出来るとも言えるのである。
――それはどういうことか?
魔族にとって肉体とは現世における仮の肉体に過ぎず、その本体は精神にある。『精神体』という言葉が相応しいだろうか。
精神体である魔族の強さは精神によるところが大きい。魔族は自分たちは強いという認識があるからこそ強いのである。
気の持ちようという言葉があるが、まさしくそれが当てはまる。
精神体である魔族は人間に敵わないと思ってしまった時点で、その力は大幅に下がってしまう因果関係が成り立っているというわけだ。
要は少しでもそれを意識させることが大事だった。俺たちに敵わないと意識させてしまいさえすれば、精神体たるカースに影響を及ぼし、その力は削がれる。そういうカラクリだ。
――その上で少しでも力を削れればそれでいい。それが俺の狙いである。
しかして、カースの肩は震えていた。
「……退け、だと? この魔族の私に……人間を前にして尻尾を巻いて逃げろと……そのように言っているのか?」
俺は敢えて口の端を吊り上げてみせた。
「ああ、その通りだ。お前だって殺される可能性があるのにわざわざ戦うことはないだろう?」
「なめるなああああああああああああああああッ!!」
カースが咆哮する。
奴から激甚たる闇の力が迸る。
……物凄い力だ。今までで一番といってもいいだろう。
だが、何故だろうな。先程よりも圧が減った気がする。
――どうやら効き目はあったらしい。俺の言霊は毒としてカースの精神を蝕んだのだ。
事前にこうすることは説明していたので、仲間たちの態度は落ち着いたものである。
……勝てる。そもそも俺たちを一度逃がした時点で間違いだったのだ。
こちらは万全に対策をして、奴は何もしていない。
むしろ舐めていたのはカースの方だ。もっとも、先程言った通り魔族の性質上仕方ないと言えば仕方ないのだが。
よし、もうひと押ししておくか。
「悪いなカース。青賢者に二度目の敗北はない」
「ほざけええええええええええええええええっ!!」
カースは完全に俺の挑発に乗った。奴からしてみれば人間に舐められるなどあってはならないことだろう。
カースは凄まじい勢いでこちらに向かって突っ込んできた。厳密に言えば俺に向かってきている。
奴は完全に我を失っていた。ギアとクロを無視して俺に向かって突っ込んで来ている時点で致命的だ。
もちろんギアとクロはカースを止めるべく刃を振るう。
「どけえええええええええええええええええええっ!!」
カースは強行突破しようとするが、しかしギアとクロは譲らない。ギアは正面から聖剣を振るい、クロは素早さを駆使して四方八方から短剣を振るう。
リリィの絶妙な援護もある。
結果としてカースは中々二人を突破することが出来ない。
そこに俺の水魔法が炸裂した。
「【青の激流】!!」
俺の杖から生み出された大量の水の奔流がカースへと向かっていく。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
驚いたことにカースはそれを弾いた。逸れた激流が遥か上の天井にぶつかって轟音を立てた。
「隙を見せおったな!」
一方、俺が魔法を撃ち込む時にギアとクロはカースから離れており、その間にカースが俺へと迫ってくる。
歓喜に染まったカースの顔は俺の失策をあざ笑っていた。――誘いとも知らずに。
と、その時。俺の前に入り込んできたのはラピスである。
「白魔道士如きが邪魔をするな!!」
カースが邪魔だと言わんばかりに腕を振るう。普通の白魔道士だったらそれだけで致命傷だったはずだ。
だが、ラピスはカウンター気味に自分からカースの懐の中にするりと入っていく。
白魔道士の彼女が予想もしていない動きを見せたことにカースの目が見開かれた。
そして――
「『逆回復魔法』!!」
回復魔法の光がカースを包み込む。
アンデッドと違い、魔族は普通の回復魔法で回復する。
しかし目の前で起きている現象はその逆だった。
ラピスの『逆回復魔法』の光はカースの体をぼろぼろと分解していく。
「ぐあああああああああああああああああああああっ!!」
魔族すら崩壊に導くとは……本当に恐ろしい魔法だ。
カースは絶叫を上げながら慌ててラピスから遠ざかるが、そのダメージは見るからに大きい。見れば腹の一部が欠けている。
そこでカースはハッとする。
何故ならギアの聖剣が凄まじいほどの光を放っていたからだ。
ギアは容赦なく呟く。
「今度は本気中の本気だ……いくよ」
勇者の剣呑な呟きにカースの顔が引き攣るのを見た。
ギアは聖剣を大きく振りかぶる。
「【ライトニングホーリーブレイク】!!」
聖剣に乗せられた光と雷の二属性魔法がカースに向かって振り下ろされた。
カースは全力で闇の盾を前面に展開し、それを押し戻そうとする。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……!!」
カースから苦悶の声が上がる。
あからさまに前回の時に比べてカースには余裕がない。
だが、さすがと言うべきかカースは闇の力で光と雷の斬撃を押し返した。
「はあ、はあ……バカ勇者が。貴様は……」
カースはギアに何か言おうとしたようだが、ギアの後ろの光景を見て絶句する。
そこでは俺が同時に二つの魔方陣を展開していた。
右に『水属性』の青い魔法陣。左に『聖属性』の銀色の魔法陣。
通常、一度に二つの魔方陣を展開することなど出来ない。
しかしそれを俺はやっていた。
間もなくその二つの魔方陣は重なり合い、一つの大きな魔方陣となる。
――青と銀が混じり合った魔法陣。
そう……二属性融合魔法である。
詠唱する時間はたっぷりと稼いでもらった。
俺は杖を振り上げる。
それを見たカースは慌てて掠れた声を出す。
「ま、待て!」
待つわけないだろ。
俺は杖を振り下ろした。
「【聖なる津波】!!」
魔方陣から眩いほど白く輝いた津波が勢いよく飛び出し、カースを飲み込まんと襲い掛かる。
カースは目を見開いて茫然とするしかない。
たった今全力でギアの必殺技を弾いたばかりのカースにこの魔法を防ぐ術はなかった。
結果、カースは白い輝きを放つ聖なる津波に飲み込まれる。
前方にいたギアとクロを避けるため途中まで細い津波だったものが、カースを飲み込んだ瞬間に大海原の海のように広がった。
それこそ大自然の脅威。しかもそこに『聖属性』が合わさり激流の威力を上げている。
いくら魔族といえどうにも出来ないだろう。実際、聖なる海に沈んだカースの姿は中々浮かび上がってこなかった。
やがて波が引くようにして魔法が消失した時――
壁際でぐったりして動かないカースの姿があった。
俺は荒く息を吐きながらも確信する。
どうやら勝負あったらしい、と。




