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第二十一話 カース再び

 俺たちはその日の内に『神の祠』がある火山の麓の町まで移動すると――

 その翌日の早朝。

 再びダンジョンに向けて出立した。

 特に問題なくダンジョンの入口まで辿り着き、中に入ると前回と同じように熱さ対策をしてから進み出す。

 前回慣れたおかげでモンスターが出ようが問題なく倒していけている。

 一、二体くらいは最初から余裕だと思っていたが、問題はチームワークが必要になってくる五体以上のモンスターが現れた時だ。

 しかし――結論から言うとそれも余裕だった。

 ちなみにパーティは俺を中心にフォーメーションを組み直し、俺の指示で動いてもらっている。全て俺を起点にして戦闘が行われているというわけだ。

 ギアとラピスの間には深い溝があるが、二人とも俺の言葉には素直に従ってくれる。

 彼ら二人は相反していても、俺とギア、俺とラピスの間にはそれぞれ信頼関係があり、結果、チームワークはむしろ良い。戦闘はスムーズに行われていた。

 最も気を付けなければならないのは、言わずもがなあの魔族の男――カースである。

 ただし――魔族の魔力の波長は既に覚えた。俺は常に特殊な結界を辺りに展開し、奴が一定の距離まで近づくと気配を察知できるようにしてある。

 とは言い条、思惑に反してあのカースは中々現れなかった。

 前回俺たちの居場所をどうやって判明したのかは未だに不明。

 でも、もしこちらの居場所を特定する方法を持っているならどうして現れない? 何か理由があるのか?

 そのようなことを思いつつも、俺たちは第三十層に辿り着いていた。


 ***************************************


 地図に載っているのは第三十層まで。つまりここからは手探りで進むしかない。

 取りあえずここまで来るのに体感で二日は経っている。ここからはより一層時間が掛かることだろう。

 ちなみに地図に載っているのがここまでということは、これまでの最高到達記録がこの第三十層ということである。

 その記録を達成したのはとあるS級ランクパーティだったらしいが、俺たちはそれを超えたわけだ。ちょっと嬉しい。

 ただ、モンスターは下層にいくほど強力になってきており、かなりきつくなってきている。

 このダンジョンのモンスターは炎属性のものが多いので、水魔法を得意とする俺と相性が良いことは不幸中の幸いだった。

 ……このダンジョンはどこまで続いている?

 そんな思いを抱いてしまうほど徐々に余裕がなくなってきていた。

 だが、絶対にエリクサーを持って帰る。

 決意をあらたにして俺は歩みを進めた。


 ***************************************


 そこからは本当に手探りだった。

 複雑に分岐するマグマの上の通路――

 感覚だけを頼りに、自分たちでマッピングしながら進んでいく。

 必然、攻略速度は落ち下層への階段を見つけるのにもかなり時間がかかるようになってしまった。

 加えて、いつ現れるとも知れない魔族の男――カースへの対策として、体力を温存しておかなければならない。そのせいで余計に時間を取られている状態だ。

 しかし焦って事を仕損じても仕方がない。俺たちは慌てずゆっくりとマグマのダンジョンを攻略していく。

 ただ――それによるメリットもあった。その一つが宝箱の存在である。

 ダンジョンの中にある宝箱には二種類の存在が確認されており、一つはダンジョン自身が用意するといわれている『ノーマルトレジャー』。もう一つは最初から(、、、、)ダンジョンに配置されている『ファーストトレジャー』である。

 常にダンジョン側が用意するノーマルトレジャーと違って、ファーストトレジャーには通常よりもレアなアイテムが入っているというのが常識だ。

 だが、ファーストトレジャーは一度取ってしまったらそれでおしまい。最初に取った者勝ちなのである。

 そして俺たちが入手できたのはそのファーストトレジャーだった。誰も攻略した痕跡のないダンジョンを進む醍醐味といったらこれしかないだろう。

 ただ、確かにレアなアイテムは沢山拾えたものの(中には超レアなものまであった)、残念ながら今すぐ戦闘に役立ちそうなものはなかった。とりあえず『次元倉庫(ディメンジョンインベントリ)』の肥やしになるようなものばかりだ。

 ……まあいい。魔法の研究に役立ちそうなものもあったので、今後の戦力アップという点では無収穫というわけではない。お金になりそうなものもたくさんあったし。

 辛いは辛いが、収穫もあったというわけだ。

 そうやって俺たちはさらに下層へと下って行く。


 ***************************************


 さて、あれからさらに二週間が経過していた。

 それで俺たちがどこまで進んだかというと、現在、第四十五層にいる。

 たった二日で第三十層まで到達したのに対し、十四日間かけて十五層しか進まなかったわけだ。それだけ未攻略ダンジョンを進むことが厄介であることを示している。

 ただ、第四十五層に入った俺たちは眉を顰めていた。というのも第四十五層が今までとは様子が違ったからだ。

 これまで熱さに悩まされてきたマグマはどこにも見当たらず、むしろ辺りに漂う静謐な空気からは冷気さえ感じる。

 加えて通路や壁などは滑らかに整っており、明らかに人の手が入っていた。

 ――厳かな神殿。それが目の前に広がる光景に対する感想だ。

 目の前に広がる空間は広く、天井はとてつもなく高い。飛竜が飛びまわっても問題ないほど。

 太い柱が天井まで伸びており、広間の中央には台座がある。

 そしてその台座の上にはこれまでとは一線を画すほどに豪華な見た目の宝箱が乗っていた。

 もしかして――俺の胸が高鳴る。

 ……エリクサーでは……!?

 いや、そうに違いない。俺には何故かその直感があった。

 俺は思わず走り出そうになる。

 だが――覚えのある声が俺の足を止めが。


「遅かったな」


 気配のした方を見ると、見覚えのある顔が柱の陰から姿を現す。


「カース……!」


 それはあの魔族の男だった。その無表情で暗い顔は見間違えるはずもない。

 ここで出てきたか……!

 俺は声に緊張を孕ませながら訊ねる。


「一応訊いておくけど、何しに来たんだ?」


 するとカースは前回と同じように俺を指差して淡々と述べる。


「お前を殺しに来た」


 あくまで事実を言っているに過ぎない――そう言わんばかりにカースの声音には慢心も奢りもなく、ただ機械的な響きがあった。


「それは俺が神の魂を持っているからか?」

「そうだ」


 誤魔化す気もないのかカースはあっさりとその事実を認めた。

 つまりラピスの説明していたことは本当だったことになる。

 俺が複雑な気分でいると、カースが指を弾き、俺たちが入って来た入口が黒い結界に覆われた。


「今回は逃がさない」


 カースは淡々と述べた。

 俺は黒い結界を見て舌打ちしたい気分に駆られる。退路が絶たれた……!

 まさか俺が気付かないほどの魔術的細工を施していたなんてな……。

 念のために退路は確保しておきたかったが、これで簡単には逃げられなくなった。

 他にも細工が仕掛けられていないか注意深く辺りを観察するが、どうやら仕掛けはあれだけのようだ。


「他に細工など必要ない。あとは力で滅するのみ」


 まるで見透かしたように言ってくるカース。確かに奴にはそれだけの力があるのだろう。

 だが、分からないことがある。


「カース。一つ質問がある」

「なんだ?」

「どうしてわざわざここで俺たちを待ってたんだ?」


 もし奴に俺たちの居場所を知る方法があるのなら、ここまで襲ってこなかった理由が不明だ。

 それに例えその方法がなかったとしても、このダンジョンの入口で待っていた方がよほど早かったはず。

 しかしこいつはわざわざこんなところで待っていた。

 訝しく思う俺を指差し、カースは無表情のまま答える。


「お前の絶望をより深くするためだ」

「……俺の?」

「そうだ。念願のエリクサーを前にして今から殺される気分はどうだ?」

「………」


 ――なるほど、そういうことか。俺は内心で納得した。

 魔族は生物が発する負のエネルギーを糧とする性質を持っている。つまり、俺をより絶望に落としてから殺した方が魔族としてはよりおいしい食料にありつけるというわけだ。

 しかし、再び湧き出た疑問に俺は眉を顰めるしかなかった。


「……なあ、カース。どうして俺がエリクサーを必要としていることを知っている?」


 だってそうだろう。ここには俺以外にも他に四人いる。だというのにカースは明らかに俺を見てさっきのセリフを言っていた。

 カースの目が僅かに揺らぎ、その目がちらりとラピスを捉えたことを俺は見逃さなかった。


「さあな」


 ……なるほど、やはりそういうことだったか……。

 ……いや、今はとにかくこの窮地を乗り切ることの方が先決だ。


「俺たちがすんなり殺されると思うか?」

「反抗心が強いほど、それを叩き折った時、絶望はさらに深くなる」


 カースはあくまで自分の勝利を疑っていない様子だ。

 だからこそ俺は意地悪を言ってみたくなった。

 俺は敢えてニヤリと笑って見せると、


「なあ、カース。自分の絶望はどういう味がするんだ?」

「……なに?」


 何を言われたのか理解出来ないという顔をするカース。

 俺は続ける。


「俺たちが今からお前をコテンパンに叩きのめしてやるから、自分の発した絶望を自分で食べろって言ってるんだよ、カース」


 挑発的な笑みを浮かべる俺。

 初めて。そう、初めてカースは眉を不快気に顰めた。

 俺はしてやったりな気分になる。

 俺とカースの間には冷たい空気が横たわっていた。


「身の程をわきまえろ、人間」


 カースは闇の力を放ち始めた。

 あまりの圧に辺りが揺れている錯覚にさえ陥る。

 だが、これくらいの力は前回で既に判明していたことだ。

 カースは俺を指差しながら言ってくる。


「神の魂を持っていようが、今のお前はただの人間に過ぎん」


 もしかしたらそれは俺が特別な存在などではないことを気付かせるセリフだったのかもしれない。

 だが、俺は内心で笑うしかなかった。

 何故なら今の彼の言葉は、俺のことを全く分かっていないことの証明だったからである。




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