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第十九話 ラピスの嘘とラピスの覚悟

「ネル様には我が国……セントレア王国に来ていただきたいのです」


 ラピスの第一声がそれだった。

 セントレア王国――それはラピスの故郷のことだ。

 聖騎士と白魔道が有名であり、宗教国家としての側面も持つ大陸西の大国。

 ――そこに来てほしいだって?


「どうしてだ?」

「魔族の手から逃れるためです」


 ラピスはきっぱりと言い放った。一見してその真っ直ぐな目に嘘は見えない。

 が、俺はどの道その提案に乗ることは出来なかった。


「……悪いけど断るよ」

「な、何故ですか!?」

「もちろん『神の祠』に潜るため……エリクサーを手に入れるためだよ」


 俺がそのように答えると、ラピスは首を横に振る。


「もう一度ダンジョンに潜るのは危険です! いえ、ここにいるだけでも危険なのです! すぐにこの場を離れ、我が国で保護を受けるべきです」


 それは間違いなく俺が魔族に狙われていることを疑っていない態度だった。

 確かにカースは俺を殺しに来たとは言ったが……ラピスにはそれ以上の確信があるように見える。

 横から口を挟んだのはギアだ。


「それは本当に安全なのかな?」

「え?」

「ラピス王女……あなたがいたからあの魔族がやってきた。そうは考えられませんか?」

「そ、それは……」


 ……どうしてそこで言い澱むのか。


「はっきり言っておきます。ラピス王女……僕はあなたが信用できません。あなたのせいでネルに何かあったら、僕はあなたを許さない」

「……!」


 ギアははっきりと言い切った。まさかこいつがこんな言い方をするなんて……。

 一方でラピスは泣きそうな顔になってしまう。それはとても演技には見えなかった。

 だが、その涙はどういった感情からくるものなのか俺にはもはや分からない……。


「お願いです。ネル様、どうかわたくしと共にセントレア王国においでくださいませ」


 ラピスは頭を下げてくるが、俺はそれに応えることが出来なかった。


「俺がセントレア王国に行ったら、妹の病気は誰が治すというんだ……?」

「そ、それは……」

「俺は一人でもエリクサーを探しに行く」

「!」


 きっぱり言い切った俺にラピスは逡巡していたようだが、しばらくして目を真っ直ぐ見て言ってくる。


「……分かりました。ならばわたくしも『神の祠』に同行いたします」

「いいのか?」

「はい」


 ラピスはそう答えるが。


「僕は反対だよ」

「え?」


 ギアが声を上げた。


「ラピス王女……何を当然のようにネルについて行こうとしているのですか?」

「む、無論、ネル様をお守りするためです」

「とても信じられませんね」

「そ、そんな……!?」


 勇者であるギアに言われ、ラピスは愕然とした表情になる。


「当然でしょう? ラピス王女、今のあなたが信頼に値するとでも本当にお思いですか?」

「……え?」

「だとしたら思い上がりもはなはだしい。さすが『王女』なだけありますね。周りにいる者は誰もが自分の思い通りになると考えておいでのようだ」

「そ、そんなことは……!」


 ギアはラピスを突き放すような言い方をした。それは敢えて言ったのか、それとも本気で言ったのかは分からない。

 だが、ラピスの態度は反論したくても反論できないように俺の目には映った。どうやら彼女は客観的に見て今の自分の立場がかなり悪いものであることを悟ったようだ。

 悔しかったのか、それとも別の思いがあるのか、ラピスの目から涙がこぼれ始めた。

 ぼろぼろと次から次へ床に染みを作っていく。


「女性はいいですね。涙を流せば男の同情を引ける。特にあなたのような見目麗しい方は特に、ね」


 あくまでどこまでも疑う姿勢を崩さないギア。

 正直見ていられず俺は耐えかねてラピスに声を掛けようとするが、ギアが手で俺を制し首を横に振る。「それはダメだ」と彼の目が訴えていた。

 ――しばらくの間、無言の時が続いた。

 今まで気にもならなかった遠くの客引きの声がいやにハッキリ聞こえるほどの静寂が辺りを包み込んでいる。

 そして――


「……分かりました」


 不意にラピスが呟く。


「ようやくご自分の立場をお分かりいただけましたか。ネルのことは僕が守りますのでどうぞご安心ください」


 ギアのそれはどう見ても皮肉だった。


「それでは王女殿下。どうかお引き取りいただけますか?」


 言葉こそ丁寧だが、ギアの口調は厳しい。それはまるで犯罪者と疑っていないような声音。

 それに対し、ラピスは首を横に振る。


「……違います。分かったというのはそういう意味ではありません」

「では、どういう……?」

「わたくしの身の潔白を証明いたします」


 ラピスはそう言うとローブをその場で脱ぎ捨てた。

 下には何も着けていない。つまり全裸だ。


「わたくしは誓ってネル様の御身に害を与えることはいたしません」


 あの温泉の時とは違い、ラピスの顔は羞恥に染まっていた。

 ただ、突然のことに俺は声が出ない。

 しかしギアは違った。


「……とても上手い言い方だね」


 ぼそりと呟くように出たそのセリフ……。

 俺はこの時、この言葉の意味が分からなかった。


「その程度で信じろとでも?」


 ギアから出る言葉はあくまで辛辣。

 するとラピスは脱ぎ捨てたローブの袖から短剣を取り出し、刀身を鞘から抜く。

 警戒するギアを他所に、ラピスは俺を真っ直ぐと見て、このように言い放った。


「不服ならば体の一部を切り取って我が身の潔白を証明致しましょう。ただ、ネル様の御役に立てなくなるのは本末転倒なので、手足以外の場所でお許しいただきたく思います」


 そう言ってラピスは乳房にナイフをかけ、躊躇いなく切り落とそうとする。

 その直前に俺は動いていた。

 とっさにラピスの腕を取り彼女を止める。

 ……この子、俺が止めなかったら本当に自分の乳房を切り落としていた……。


「……もういい」

「しかし」

「君の覚悟は見た。そこまでさせてしまってすまない。この先何があっても俺は君を信用する」


 ラピスは何も答えなかった。

 ただ、瞳に涙を止めていく。

 先程とは違い顔をぐちゃぐちゃにして号泣し始めるラピス。

 俺がローブをかけてやると、その肩は震えていた。

 ……とてもではないが今の行為は十代半ばの少女がやるようなものではない。

 何がそこまで彼女を追い詰めているのだ?

 もしかしたら今も目の前で彼女は俺を騙しているのかもしれない。

 ――それでも。

 俺はラピスを信用したいと思った。

 横から大きなため息が聞こえてくる。

 言わずもがなギアである。どうやら今に至ってなお彼はラピスが仲間でいることに反対らしい。彼女がああまでしても信用していないのだ。


「君が決めたのなら文句は言わない。僕はネルを守るだけだ」


 ギアはそれ以上何も言わなかった。

 ただ有難かった。俺を信頼し、俺を守ると言ってくれたギアが。

 俺は仲間に恵まれたのだろうか?

 ――分からない。

 でも……。

 俺は二人を信じたかった。





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