第十五話 初めて出来た仲間
あの後は問題なく最後のハイフレアタラスクを倒すことが出来た。
ただ俺はギアに文句を言おうと思っていた。ラピスを窮地に陥れたことに間違いはないからだ。
それに……俺の目が確かなら、ギアはわざとああしたように見えた。
だから俺は近付いてきたギアを睨み付けるが、しかし、彼はわざと俺を無視してラピスに話しかける。
「ラピス王女も人が悪いですね。あのようなお力を隠しておられたなんて」
「申し訳ありません。別に隠していたつもりはないのですが……」
危険な目に遭わされたというのにラピスは怒るわけでもなく、何故か居心地悪そうに身を縮めていた。
「一体いつあの力を使うご予定だったのですか?」
「そ、それは……」
「勇者様! いくら何でもその言い様は無礼ですよ!」
リリィがギアに対し怒りを向ける。それはそうだ。彼女からしてみれば主を危機に晒されたようなものだからな。その上でそれを反省するどころか、まるで犯罪者でも見るようなギアのあの目……腹が立たないわけがない。
しかしギアはあくまで微笑を浮かべている。
「無礼……ね。ではお聞きしますが、あなた方はネルに対しやましいところは一切ないと?」
「……ッ!」
リリィは押し黙ってしまった。
睨み付ける彼女に対しギアは肩を竦めるとその場を離れ、俺の方へと向かってくる。そして――
「気を付けなよ、ネル」
それだけ言ってギアは横を通り過ぎていく。
――気を付けろだって?
ラピスは顔を地面に落としているだけで何も喋ろうとはしない。
一方で、一度は俺に殺気を向けてきたギアが俺に忠告してきた。
……俺は一体何を信じたらいいんだよ?
ただ一つ事実をあげるとするならば――
先程のラピスのあの魔法を食らえば、いくら俺でも簡単に殺されてしまうだろうということだった。
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一瞬、このまま地上へと引き返す案が頭を過った。
それはそうだろう。現在パーティメンバー間の信頼関係は滅茶苦茶だ。
ラピスは俺に何かを隠している様子。ギアはそんなラピスのことを疑っている。
しかしギアはギアで何を考えているのか分からない。
こんな関係のままダンジョン攻略を進めていいのか激しく迷った。何故ならパーティメンバー同士に信頼関係が無いと安心して背中を任せられないからだ。そんな状態で普通に戦えるはずがない。全力はおろか、半分の力さえ出せない可能性すらある。
――だが。それでも。
俺は寸でのところで「撤退しよう」という言葉を飲み込んだ。形はどうであれ、このような最高のメンバーは探してももう見つからないだろうことは理解していたから。
そして、このメンバー以外でこのダンジョンをクリアすることは恐らく不可能だろうということを肌で感じていたから。
ラピスが……如いてはギアが、どうして俺に近付いてきたのかは分からない。
それでも俺は全てに目を瞑ろうと思った。
――妹のために。彼女の病気を治すために。
俺にはこの二人の力が何としても必要だった。
だから俺はリスクを承知でこのままダンジョン攻略を進めることにする。
そしてそのために、自分に嘘を付いてでも彼らの仲を取り持つことにした。
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ギアがラピスに突っかかってから、パーティ内の雰囲気は最悪といえた。特にラピスとギアの間が……。
とはいえ、何としても二人には仲直りしてもらわなければならない。
――しかしどうしたらいいのだろう? まったく方法が思いつかない。
今さら思い出したが、そもそも俺は人と話したりすることが苦手なんだよな……。妹から「アニキはコミュニケーション能力が皆無。いや、マイナスに振り切れてるね」と評されたことは伊達ではない。
さすがにマイナスに振り切れているというのは大げさだろうが、それでもこの場で何とか出来るのは俺しかいないのだ。何とかするしかない。
まずはしょんぼり下を向いたまま動かなくなってしまったラピスを何とかしなければならないだろう。
リリィが気遣いつつも周りでおろおろする中、俺はラピスに近付くと、
「い、いい天気だな~」
昔、妹に聞いたことがある。会話に困ったらとりあえず天気の話題を振っておけ、と。
確かに天気の話は誰にでも通じる。言わば共通の話題だ。このことを聞いた時、俺は目からうろこが落ちたものだ。俺の妹は天才か。
ただ、いきなり声を掛けられたラピスはリリィと共に「え?」という顔をした。
「あ、あの……ネル様? ここはダンジョン内ですけど……」
「確かに先程までは良い天気であったことは否めませんが、ネル殿、それが何か……?」
「あ、そ、そうですわね。さ、先程までは天気は良好でしたわ」
………。
そりゃそうじゃん! 俺はバカか!? ダンジョンの中で天気の話題を振るとか頭がイカレていると思われても仕方がない。否、実際イカレている。
や、やばい。ラピスに頭のおかしい人と思われたくない。
それどころか何やら優しくフォローされた気配すらある。恥ずかし過ぎて顔から炎系上級魔法を放てそうなレベル。
俺はそれ以上ラピスたちの方に顔を向けてられず、ギアの方に向き直った。
ラ、ラピスのことは一旦置いておいて(現実逃避とも言う)、ギアの方を何とかしよう。
俺はもう一度咳払いすると、
「ギア。これから何か予定はあるか?」
昔、妹に聞いたことがある。相手に何か頼む時は先に用件を言うのではなく、まず予定があるかどうか訊くのだと。そうすることによって「予定はない」と答えさせてさえしまえば、その後の頼みが断りづらくなるらしい。
やはり俺の妹は天才。しかも可愛い。
だが、いつも飄々としているギアの顔にやや戸惑いの色が生まれる。
「え? この後? このままダンジョンを攻略するつもり……だけど」
「………」
「……ネル?」
「そうだよね。うん、知ってた」
………。
そりゃそうだよね。俺もそう思う。
じゃあなんで言ったの?
そもそも俺は何を頼むつもりだったのか。
そう、つまり。俺は単に妹から教えてもらったテクニックを使うことしか頭になかったのである。
……俺の頭大丈夫かな? むしろオーピィの病気よりも自分の頭の方が心配になってきた。
もはやコミュニケーション能力がどうというより、俺の頭がどうかしている。
ラピスに回復魔法を俺の頭にかけてもらおうかどうしようか悩んでいると、後ろから、ぷっ、と吹き出す音が聞こえてくる。
頭を抱えたまま振り返ると、ラピスとギアが共にこらえられないといった感じで笑っていた。
俺が訝しく思っていると、一頻り笑ったギアとラピスが言ってくる。
「ネル……君は賢者なのにどれだけ口下手なんだい?」
「いえ、むしろ賢者らしいのでは?」
「いや、僕の知っている賢者とは人嫌いではあれ、口は達者だよ」
「それもそうですわね」
……おい。なんで仲良く俺のことディスってるの?
「でも……さすがネルだね」
「はい。さすがネル様ですわ」
ギアとラピスはそう言って顔を見合わせると、
「じゃあ、取りあえず行こうか」
「はい。そういたしましょう」
二人ともダンジョン攻略の続きをやるべく歩き始めた。
……本当に何だったの?
二人の後に続いてクロとリリィも、
「さすがご主人様ですね」
「ええ。さすがはネル殿です!」
そう言って二人のメイドも歩き出した。
俺は憮然とするしかない。
……マジで何だったの? 俺、ただの道化じゃん……。
でも、理由は分からないが、それでも元の雰囲気に戻って心底ホッとしている自分がいた。
俺は四人の背中を追いながら感じていた。
それは多分、妹の病気を治すためだけではなかったと思う。
俺はギアとラピスの間に入るべく足を急がせた。




