第十四話 白魔道の極地
フレイムキングを倒した後――
地図に従い進んだ俺たち一行は第五層まで辿り着いていた。
あれからも何度かモンスターと遭遇したが、ほとんど俺とギアだけで何とかなっている。最大で三体まで同時に相手にした時も、最初の二体を俺とギアで瞬殺し、残り一体を仲間たちが足止めしてくれている間に、体勢を立て直した俺とギアで挟んで倒した。
ちなみにその足止めとはリリィの弓、ラピスの防護魔法、クロの素早さによる攪乱。
動きを見ている限り、恐らくまだリリィ以外は誰も本気を出していない。
意外なことにラピスにも動きに迷いが見られなかった。お姫さまで白魔道士の彼女はもう少し戦うことに狼狽えるかとも思っていたのだが……。むしろ彼女の動きにはどことなく違和感さえ覚える。
そのようなことを考えている内に岩の壁に囲まれた部屋のような場所に出た。そこでリリィが皆の顔を見渡す。
「一度休憩にいたしましょう」
悪くない提案だ。疲労は集中力を奪い、時として思わぬ窮地を招く時がある。休める時にこまめに休憩を挟んでいくべきだ。
それに岩に囲まれたこの部屋ならマグマの熱も届かない。休憩場所としてはベストだろう。
俺は皆が汚れないよう『次元倉庫』からシートを取り出すと岩の上に広げた。
さらにカップを五つ取り出し、そこに魔法で水を入れていく。
飲み水を魔法で構築するのは意外と難しいのだが、一度覚えてしまえばこのように自由に汲むことが可能だ。
カップを手渡していくと、皆が感心したような目を向けてきた。
「いやあ、ネルには驚かされてばかりだよ。一家に一人青賢者だね」
ギアのセリフ。こいつはまた褒めているのかバカにしているのか分からないようなことを……。
「本当に驚かされてばかりです。ここまで至るのに、一体どれほどの修練を重ねられたのか……」
ラピスがカップの水に視線を落としながら呟いた。
? どうしてそのように思い詰めたような目をしているのだろうか?
どうも先程から少し様子がおかしい気がするが……。
「ご主人様から飲み水を手渡されるとなると、毒を入れる機会がありませんね」
クロは放っておこう。
最後にリリィだが、
「あ、ありがとうございます」
一番感激したような表情を見せたのは彼女だった。
そんなリリィに対し、横からラピスが口を挟む。
「リリィ。わたくしたちには使命があることを忘れてはいけませんよ」
「は、はい。もちろんです姫様……」
使命。それは世界の崩壊を止めることに違いないだろうが……。
ラピスの目はいつもの澄んだような瞳ではなく、どこまでも底の見えない深淵を映し出しているかのようだった。
……そこまで思い詰めるほどのことなのか? いくら重い使命を持っているとはいえ、少しおかしい気がした。
「ちょっといいかい?」
そんな中、声を掛けてきたのはギアだ。
彼は有無を言わさず俺を連れ出すと、皆が見えないところまで来たところで口を開く。
「ラピス姫の様子がおかしいことは君も気付いているだろう?」
驚いた。ギアも気付いていたのか。よほど注意深く見ていないと分からないほど些細な変化なのだが……。
「彼女は何か隠している」
「……何かって、何だよ?」
「そこまでは分からないよ。でも、そもそも君にわざわざ接近してきたのはおかしいと思わないかい?」
「!」
まあ、確かにそこについては俺もおかしいと思っていた。だが、
「だけど、それを言ったらお前も同じだろ?」
「それはどうかな。僕には魔王を倒すという目的があり、そのパーティメンバーを探していただけだ。それについては全く隠していたりもしない。ただ優秀な人材を探していたんだよ」
ギアは語る。
「でも彼女は違う。世界の秘密を抱えており、それを公にはせず機密として動いている。いいかい? 彼女の国にも君と肩を並べる賢者はいるんだよ。あの国は他にも優秀な人間をたくさん抱えている。だというのに、その人たちはここにおらず、彼女はわざわざ部外者である君の元に真っ先に来たんだ。……おかしいと思わないかい?」
まさかこいつもそこに違和感を覚えていたとは。さすが勇者というべきか……。
だけど俺はこのように答える。
「……考えすぎだ」
「君も感じているんだろ? 彼女の違和感を」
「だからって『気を付けろ』というのはおおげさだろ」
それについては本心だ。何故ならラピスから敵意を感じることはない。……少なくても、あの時のこいつと違ってな。
「……だといいんだけどね」
ギアは肩を竦めると、話は終わったとばかりに元の場所へと戻っていった。イケメンの勇者さまは立ち去る姿さえ様になっているが……。
……一体なんだっていうんだ?
ギアにラピス。彼らが重い使命を抱いていることは分かっている。
しかし――それだけではない気がした。
ただ、ラピスに気を付けた方がいいだって?
それはない。彼女は優しい人間だ。それは接しているだけで伝わってくる。
世界を救おうと一生懸命であることも嘘ではない。あれは本気の目だ。そのくらいの真偽は見抜けた。
だから俺はラピスを疑えず、ギアの言葉を真に受けることは出来なかった。
**************************************
休憩が終わり――
俺たちは再びマグマのダンジョンを進み出す。
それからも散発的にモンスターとの戦闘があったものの、多くても三匹で群れていることしかなく、苦戦することもなく撃破し、六階層、七階層と順調に下って行く。
しかし八階層に入りしばらく行ったところで五匹のモンスターが道を塞ぐようにして現れた。
ベヘモスが二体。フレイムキングが一体。ハイフレアタラスクが二体。
このハイフレアタラスクも何度か戦ったが、かなり厄介なモンスターだった。見た目は亀のモンスターで、甲羅の奥に引っ込まれると高い防御力のせいで一気に倒しづらくなる。
そのくせ甲羅の奥から炎を噴いてくるのでタチが悪い。
しかし首が弱点であることが判明してからは楽だった。奇襲をかけ、首を甲羅の奥に引っ込める前に首を跳ね飛ばしてしまえば一撃で倒せる。
ただ、それが二体もいるとなると話が別だ。一体は奇襲で何とかなるとしても、二体目は甲羅の奥に首を引っ込めてしまうだろう。しかもその他に三体もモンスターが群れているのだ。ベヘモスもフレイムキングも、厄介であることには違いないのだから。
「ど、どうにか迂回できないでしょうか?」
リリィが提案するが、ギアが首を横に振る。
「地図を見た限り、ここは正しいルートの一本道のところだ。残念だけど他に道はないよ」
「で、でしたらあのモンスターたちがいなくなるか、そうでなくてもバラバラになるまで待つというのは……」
「それも賛成しかねるかな。下手したら他のモンスターが現われて、最悪挟み撃ちになるなんてことも考えられる。もっと数がいる場合ならとにかく、五匹なら撃破して進んだ方がいいと思うけど……他のみんなはどうかな?」
ギアの質問にラピスは頷く。
「勇者さまが決めたのなら大丈夫なのでしょう。わたくしも異存はございません」
クロは、
「私はご主人様のご意志に従います」
こういう時だけ素直なんだよなクロは。まあいいけど。
「ネルはどうだい?」
ギアに訊かれて俺は考える。
モンスターが五匹。それぞれがA級上位の厄介な個体ばかりだ。恐らくA級パーティでも尻込みするだろう。
だが、このメンバーならギアの言う通り大丈夫ではなかろうか?
何なら最悪、俺一人でも何とか出来る自信がある。もっとも、こんなところで全力を出すわけにはいかないのでやらないが。
「きちんと段取りよく戦えば問題ないと思う」
結局俺はそのように答えた。
「ネルならそう言ってくれると思ってたよ」
ギアは笑ったが……。
? その笑顔に俺は少し引っかかりを感じた。
「よし、決まりだ。じゃあ念のため、細かく戦略を練ろうか」
ギアはやや強引に話をまとめる。リリィは「ネル殿と勇者様のお二人がそのようにおっしゃるのなら大丈夫なのでしょう……」と無理矢理納得したような形となった。これはあまりよくないな。後でフォローしておこう。
しかし……さっき一瞬ギアがほくそ笑んだように見えたのは気のせいか?
……いかんな。どうもギアに襲われてからあいつの笑顔が胡散臭く見えて仕方がない。
もう少し仲間を信頼すべきだろう。さっき俺自身がリリィに言ったことだ。
自分にそう言い聞かせ、俺はギアの話に耳を傾けた。
僅かな時間で作戦会議は終わり、俺たちは武器を構えてモンスターの方を見つめる。
……誰かが鳴らした喉の音がいやに響いた。多分リリィだ。
ギアの提案した戦略自体は悪くないものだったので問題ないと思うが、一応リリィのことは気にかけておこう。緊張は時に不幸を呼び込むことがある。いざとなったら俺が彼女を守るつもりだ。
「よし……いくよ」
ギアの合図で俺たちは一斉に駆け出した。
モンスターに気付かれた直後、リリィが複数の矢を放ち先制攻撃を仕掛ける。
かなり距離があったにも関わらず、矢の一本は一匹のベヘモスの片目に突き刺さり、そのベヘモスは絶叫を上げる。
残りは固い皮膚に阻まれて弾かれるが、モンスターたちの動きを阻害することには成功した。見事だ。
その隙に俺は魔法を唱え、先程と同じ『水の竜巻』を放ち、真ん中にいたフレイムキングを消し飛ばす。
一方、ギアは一人飛び出すと、モンスターの間を掻い潜り、あっという間に最後尾にいたハイフレアタラスクの間合いに入りその首を跳ね飛ばした。それでそのハイフレアタラスクは塵となって消える。
……これであと三匹! 残りはベヘモスが二匹とハイフレアタラスクが一匹だ。
ただ、アタッカーである俺とギアの二人が攻撃をし終えたばかりであるため、こちらに一瞬の隙が生じる。クロは遊撃的に動いて残り三匹のモンスターを攪乱してくれてはいるものの、彼女は防御力の高い相手は不得手なため、とどめを刺すまではいたっていない。
同じくリリィの放つ矢も攻撃力不足で、高い防御力を誇るベヘモスとハイフレアタラスクにダメージをあまり与えられていないようだ。
しかし、それでも動きを阻害してくれるだけで十分。彼女たちが時間を稼いでくれている間に俺とギアはアイコンタクトで一匹のベヘモスに狙いを付ける。
と、そこでモンスターたちが近くにいるギアに狙いを定め、一斉に攻撃を仕掛けた。
そうなるのは当然ともいえた。ギアは敵陣の中央に深く突っ込んでいるのだから。
ハイフレアタラスクが甲羅の奥から炎を吹き、ベヘモス二匹がギアを挟み込むようにして突進する。
完全に囲まれたギアに逃げ場はない。が、ギアの前に突如現れた白魔法の防壁がハイフレアタラスクの炎を弾き、ギアは敢えてそちらの方向へと退避した。それで目標の失ったベヘモス二匹は互いに衝突する形となる。
もちろん白魔法を発動させたのはラピスだ。ギアがモンスターの中央に躍り出るのは事前に決めていたことであり、ラピスはそのフォローに集中する段取りになっていた。結果は上々。モンスターは混乱し、ベヘモス二体は互いを吹っ飛ばしたわけだ。
一つ心配なのはギアをフォローするためラピスがやや突出した形となったことだが、そこはギアが上手く動いてくれることだろう。
俺とギアが狙いを定めたベヘモスが突如、悲鳴を上げて仰け反る。クロが目にも止まらぬ速度でベヘモスの目を斬り付けたのだ。
ナイス! もう一匹のベヘモスと衝突した上に目を傷つけられたベヘモスは完全に隙を晒している。
これならギアの力を借りるまでもない。俺一人で十分だ。
「【アクアカッター】!」
魔法で放った水の刃がベヘモスに向かってまっすぐに飛んでいきベヘモスの首を跳ね飛ばした。
これであと二匹!
俺が一人でベヘモスを倒したことによって、ギアは既にもう一匹のベヘモスの相手をしていた。ベヘモスの攻撃を器用に避けながら剣で斬りつけている。回復力の高いベヘモスではあるが、ギアの絶え間ない攻撃によってダメージを蓄積していっているのが分かる。
一方、ハイフレアタラスクはクロとリリィの攻撃に邪魔をされながらも、甲羅に首を引っ込めたまま、何とかギアをベヘモスから引き離そうと炎を吹き出していた。
が、その炎もラピスの白魔法によって弾かれている状態。もはや戦況は完全にこちらの優位だった。
俺はベヘモスをギアに任せ、ハイフレアタラスクを退治するために魔法の詠唱を始める。甲羅の奥に直接水をぶちこむつもりだった。いくら防御力の高いハイフレアタラスクでも、それで倒せるはずだ。
……しかし――そこで予想していなかったことが起こる。
ギアがベヘモスを追い込むあまり、どんどんと前進していっているのだ。それに伴いラピスも突出していく。
俺は焦った。
――ギア、前に出過ぎだ!
そのように叫ぼうとした時――
ギアに一瞬の隙が出来る。そしてその隙を見逃さず、ベヘモスが猛烈な突進を仕掛けた。
結果から言うとギアはその突進をギリギリで躱した。……そう、躱したのだ。
――後方にラピスがいるにも関わらす。
目標を失ったベヘモスは、そのまま勢いを落とさずラピスに突っ込んで行った。
魔法の詠唱の途中である俺はフォローが間に合いそうになかった。何より遠すぎる!
一方でギアは……笑っている? な、なんなんだアイツは!?
「ラピス様ッ!!」
リリィの悲鳴が響く。
しかし当のラピスは一瞬だけ動揺したように見えたものの、そこまで慌てた様子もなく動き出していた。
「白魔法――『魔道障壁』」
ラピスとベヘモスの間に魔法の障壁が現れ、ベヘモスの突進を食い止めたかのように見えたが、とっさに発動した魔法のせいか障壁はすぐに破壊されてしまう。
勢いこそ落ちたもののベヘモスはラピスに突進する。
そこからのラピスの動きは必見だった。まるで熟練の武道家のような動きで、突っ込んでくるベヘモスの両足の間から下に潜り込み、ベヘモスの腹部に手を這わせると――
「白魔道の極地――『逆回復魔法』!!」
ラピスの手が回復魔法の光に包まれる。が、奇妙な違和感を覚えた。
本来、回復魔法はその名の通り傷を回復させるための魔法だ。しかしラピスの手から回復魔法の光が移った瞬間、ベヘモスの体が腹部から順に崩れ始めた。文字通り体が崩壊していっているのだ。
回復魔法の光はあっと言う間にベヘモスの体全体を包み込み、そして、ベヘモスの体は全て崩壊し、跡形もなく消えた。
俺は言葉を失っていた。
な、なんて魔法だよ……!? 恐らくあれは回復魔法を逆転し、本来ある回復効果を反転させて崩壊へと導いたのだろうが……。
あんな恐ろしい魔法、見たことがない……。
そもそも魔法の原理を逆転させるなどやりたくても出来ることではない。それほどの技術、それほどの理論を必要とする魔法だった。
……なんて子だよ。天才という噂は聞き及んでいたが、そんな単純な言葉で表していいほどの魔法ではない。
……もしかしたらラピスが一番のダークホースだったのかもしれない。
茫然とする心の奥で、俺はそのように思っていた。




