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第十三話 賢者の力

 ベヘモスを倒し終えた俺たちは再びダンジョン内を進み始めた。

 ただ、すぐに下層に降る通路を発見したので俺たちはそこを潜った。事前に得た情報だと、このダンジョンは山の上から下層に向かっていくタイプの洞窟型ダンジョンなのでこれで正しいはずだ。

 一応、途中までの地図ももらっているので、そこまでは地図に沿っていくつもりである。

 ちなみにパーティ内で歩く順番は、ギア、俺、リリィ、ラピス、クロの順で、互いにやや斜め方向にジグザクに位置取っている。

 つまり前衛がギア、中衛が俺とリリィ、後衛がラピスとクロという配置。

 この中で最も重要な役割を果たしているのはクロだ。彼女に最後尾を任せておけば敵からバックアタックを受けることはまずないと思われる。さらに彼女の素早さなら、あっという間に前衛まで躍り出ることも可能だ。

 今のところこれがこのパーティに適した位置取りだと思うが、実戦などを繰り返す中で適宜、最もふさわしい陣形に変えていく予定ではある。

 第二層に入っても地形は変わらなかった。上の階から流れ落ちるマグマの滝によって、この階層にもマグマの池が広がっている。

 いくら俺の魔法で暑さを軽減しているとはいえ、こうも地獄のような光景が広がっていると気が滅入るのか皆の顔は渋い。

 そんな中、顔色一つ変えないクロがまた忠告してくる。


「ご主人様」

「ああ、分かってる」


 敵だ。それも全身炎の塊のようなモンスターが通路の途中で鎮座している。あまりにも分かり易い敵だったので俺も早い段階で気付くことが出来た。

 俺たちはすぐに岩場の陰に隠れ様子を窺う。

 見れば見るほど炎の塊だ。ただし、色は青い炎。

 しかし見た目に騙されてはいけない。賢者の俺だから分かるが、炎は赤よりも青の方が温度が高いのだ。つまりそれだけ強敵であることは間違いない。

 またも顔を青ざめさせているリリィが呟く。


「あ、あれはフレイムキングです!」

「フレイムキング? もしかしてフレイムの上位種か?」


 俺は訊いた。

 前にも言った通り、俺は妹の病気を治す方法以外のことは最低限の知識しか持っていないので、モンスターについてそこまで詳しいわけではない。

 ただ、目の前にいるモンスターはB級のフレイムというモンスターに酷似していた。フレイムも全身炎のモンスターではあるものの、目の前に見える個体とは違い炎の色は赤だったが。

 案の定、リリィは頷く。


「は、はい。あれはフレイムの上位種であるフレイムキングです。フレイムをご存知であるならお分かりかと思いますが、あれはとても厄介なモンスターです。実体はなく、見た目のまま体は全て炎。どこを斬ろうと手ごたえはなく、核を潰さない限りはダメージを与えることすら出来ません」


 なるほど。確かにフレイムもそのようなモンスターだったな。

 だったら何も問題ない。


「よし。今度は俺に任せてくれ」


 俺は一歩前に出るが、リリィが止めに入って来る。


「お、お待ちください! フレイムキングはベヘモスと同じA級上位のとてつもなく強力なモンスターです! 厄介な性質は先程ご説明した通り……。しかもあのフレイムキングの青い炎は鉄をも熔かすといいます! ここは一旦引いて対策を練るべきで……」

「大丈夫だって」

「なにをそのように簡単に……! こう申しては失礼かもしれませんが、個の武として最強の【勇者】様ならいざ知らず、本来は戦闘職ではない【賢者】殿では……」

「リリィ殿。ご主人様が大丈夫と言うなら大丈夫です」


 意外にもリリィを止めたのはクロだった。


「し、しかし……!」

「リリィ殿。もしダメならご主人様を囮にして逃げればいいだけです」

「おい……」


 何この子。よく平然とご主人様を見捨てる提案が出来るよね。腹の中までクロ猫なの?

 ……まあいいや。俺からもリリィに一言伝えておこう。


「リリィ。さっき俺に対して『姫様をよろしく』といった言葉は嘘なのか?」

「い、いえ。けしてそれは嘘などでは……」

「だったらもう少し俺のことを信じろ。もう仲間だろ?」

「え……うぇ……」


 リリィは何やら言葉に詰まり、あたふたし始めた。顔が赤いようだが、マグマの熱にでもやられたのか?

 何故か横でギアが声をかみ殺して笑っている。


「ふふっ、賢者殿は意外と罪深いお方だね」

「……何だよ、それ?」

「いいや、別に。それで、あのフレイムキングは任せていいんだね、ネル?」

「ああ」


 俺は杖を構え直すと、全身の魔力をそこに集め始めた。

 そして詠唱を開始する。水系の大魔法の詠唱だ。

 大分離れているにも関わらず異常な魔力を感知したのか、フレイムキングはこちらに向かって動き始めた。その途中でようやく俺の存在に気付いたようである。

 だがもう遅い。詠唱は既に半ば終わっている。

 俺の魔力の高さに気付いたのか、フレイムキングは慌てて近付いてくると、二十歩ほどの距離で凄まじい炎を吐き出した。

 青い炎の渦が俺に向かって飛んでくる。確かに鉄さえも溶かしそうなほど強力な炎だが……。

 俺は慌てず詠唱を最後まで終わらせると、キーとなる魔法名を紡いだ。


「【水の竜巻(ブルートルネード)】!!」


 魔法を発動させると、杖の先から水爆とも言える勢いで水状の竜巻が迸った。

 その青い竜巻はフレイムキングの青い炎の渦と衝突し、あっさりと掻き消してフレイムキング本体へと襲い掛かる。

 ――この世界の魔法には有利、不利の相関図がある。

 そもそも水と炎では、水の方が有利な系統。

 フレイムキングは逃げる間もなく水の渦に巻き込まれ、俺の水魔法が消え去った後には何も残っていなかった。フレイムキングの核ごと消し飛ばしたのだ。


「ふぅ……」


 今の攻撃はスライムの力を使っていない。紛れもなく『賢者』としての力である。

 一息ついていると後ろから皆が近付いてくる。

 真っ先に声を掛けてきたのはギアだった。


「さすがだね。あれだけの大魔法を放っておいて息を一つ吐くだけなんて。普通だった息を切らしていても……いや、上級魔術師でも魔力が底をついて気を失っていてもおかしくないレベルの魔法だったよ」

「ご丁寧な解説どうも」


 皮肉に皮肉で返す俺。


「本心で褒めてるんだけどなぁ」


 ギアは苦笑しているが。こいつの本心はどうも見えないんだよな。


「さすがネル様です!」


 ラピスが両手を合わせて満面の笑みを向けてくれる。

 そうそう。これが聞きたかったのです。失った魔力が一瞬にして漲ってきた。

 次にクロが鋭い視線を向けてくる。


「私ならご主人様が詠唱している間にご主人様を殺せます。くれぐれも油断なきよう」

「それを言ってお前はどうしたいんだ……?」


 あくまで独特の価値観を展開するクロに、俺はジト目を送るしかなかった。

 一方でリリィは茫然とした顔で何やら呟いている。


「あのフレイムキングの炎を真っ向から掻き消し、そのまま本体まで消滅させてしまうなんて……」

「リリィ」

「は、はひ」

「これで少しは頼りにしてもらえるかな?」

「も、もちろんです! ネル殿のお力を疑うような真似をしてしまい、申し訳ありませんでした……」

「気にしてないよ。俺はただ、仲間としてもっと信頼して欲しかっただけなんだ」

「ネル殿……」


 俺が笑いかけると、リリィは顔を真っ赤にして下を向いてしまう。

 どうしたんだ? やはりマグマの熱でやられたのだろうか?

 そのように思っているとラピスが頬を膨らませながらリリィをギュッと抱き締めた。


「ダメですよ、ネル様。リリィはわたくしのものなのですから」

「ええっ? お、俺はそんなつもりじゃ……」


 俺は慌てて否定する。俺はどちらかというとラピスのことが……。

 ただ、そのラピスの顔にふと影が差す。


「それに……そんなの、後々悲しくなるではありませんか……」


 恐らく俺の耳にしか届かなかっただろうラピスのその呟き。それはいやに耳に残った。

 ……なんだ? 彼女は一体何が言いたいんだ?

 俺が訝しく思っていると、ギアがそっと耳打ちしてくる。


「男性に不慣れな王宮勤めの女性を落とすなんて、やるじゃないか」

「……お前は一体何を言っているんだ?」

「おや? 異性に慣れていないのはどうやらお互い様みたいだね」

「だからお前は一体何を言っている」


 首を傾げるしかない俺とギアの間に、クロがスッと入ってきて、


「勇者様。いくら勇者様といえども、それ以上余計なことはしないでいただきたいものですね」

「あれ? まさか君も……」


 クロの殺気が膨れ上がる。


「下衆の勘繰りはよしていただきましょう。私はそういうのではありませんので」

「悪かったよ。でも、ネルも大変だね。もしかしたら他にもいるんじゃないのかい?」

「これ以上は何も話すことはありません」


 クロの突き刺さるような視線をギアが受け流すという状況が続いている。

 勇者に対し「下衆」と言い放ち殺気を向けられるのはクロくらいだろうな……。

 どの道、何やら置いてけぼりを食らっている俺はひたすら首を傾げるしかなかった。

 ただ――


「それに……そんなの、後々悲しくなるではありませんか……」


 ラピスのあのセリフの意味は一体何だったのだろうか? 彼女の顔に差した影がとても気になった。

 しかし既にラピスの顔はいつもの微笑みで彩られている。

 いっそ気のせいだったのではないかと思うくらいに……。




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