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プロローグ 最弱モンスターの戦い

新作です。

 俺の名前はネル。名字はない。

 種族はスライムで、職業はワケあって人間の最上級職の《賢者》だ。

 この世には天から与えられる『職業』というものがあり、それぞれの特性に合わせて能力の付加がされる。例えば《戦士》なら力が上昇し、《魔法使い》なら魔力が底上げされるという風に。

 もちろん誰でも彼でも好きな職業になれるというわけではない。努力し、才能が開花し、天から認められてようやく『職業』が与えられるのだ。

 と言っても本来『職業』は人間が天から与えられるもので、モンスターは一般的にその枠に当てはまらない。

 だというのに、何故だか俺は最弱モンスターのスライムであるにも関わらず職業を得ることが出来た。それも最上級職の《賢者》を。

 俺自身、相当な努力をしたのは間違いないが、もしかしたら他にも理由があるのかもしれない。しかし、その点については皮肉にも《賢者》である俺でもまだ解明できていなかった。


 ――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 目の前にいる巨獣ベヘモスの咆哮がダンジョン内に響き渡る。

 おっと、そうだった。今は戦いの最中だ。

 俺はベヘモスを見上げる。スライムの俺と巨獣のベヘモスでは、それこそ象とアリほどの差がある。

 ちなみにこの洞窟は『奇跡の洞窟』と呼ばれるダンジョンで難易度ランクはA。

 ランクはEからAの順に難易度が上がっていくので、Aランクであるこの『奇跡の洞窟』はそれだけ難易度が高いということになる。

 そして目の前にいるベヘモスはこのダンジョンのラスボス。

 つまり、最強格のモンスターというわけだ。


 ――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 ベヘモスはもう一度咆哮すると、俺に向かって突進してくる。

 ベヘモスは象と獅子を合わせたような見掛けのモンスターで、それこそ象の十倍はあろうかという巨体だが、この空洞――ダンジョン内の最後の広間は小さな城が一つくらい入るほどに広大なので、ベヘモスでも悠々と走り回れるスペースがある。

 最強格のモンスターであるベヘモスの突進は、まともに食らえば無事でいられる者はいないだろう。普通のスライムなら弾けて形も残らないに違いない。

 まさにそれほどの勢いでこちらに向かって来ているわけだが、俺は慌てず対策を立てる。

 結局あれは物理的なエネルギーの塊に過ぎない。

 ――ならば、あの手でいくか。

 俺は魔力を操って体内の成分を変質させていく。


「【軟体化】」


 スライムである俺オリジナルの水魔法を使用した瞬間。

 俺の体――スライムの体が柔らかさを残したまま、分子の結合を強める。

 そこにベヘモスが突っ込んできて、巨大な足が俺の体にぶつかった。

 普通のスライムならそれで弾け飛んでお終いであったろうが、しかし俺の体はボールのように勢いよく飛んだだけ。

 ベヘモスに吹き飛ばされた勢いは凄まじく、俺の体はダンジョン内の床や壁、天井を跳ねまわった。

 その軌道は予測できるようなものではなく、自分の周りで跳ね飛びまくっているスライムに、ベヘモスは目を回し始めた。

 ――よし、今だ。

 俺は体に力を入れ、軌道を変える。

 目標はベヘモスの額。

 矢のようなスピードで突っ込みながらも、俺はまた魔力を操って体内の成分を変質させていく。


「【硬質化】」


 先程の【軟体化】とは違い、今度は体内の成分を硬いものへと変質させていく。それでいて分子構造はがっちりと引き結んでおく。

 カチカチの弾丸と化した俺は、一直線にベヘモスの額目掛けて飛んで行き、そして――


 ――ドガンッ!!


 およそスライムがぶつかったとは思えない重い音がベヘモスの額から響き、その巨体が信じられない勢いで吹っ飛んだ。ベヘモスの突進した力学エネルギーがそのまま自分に返ってきたのだ。しかもスライムという小さな容量の中に全て凝縮して。その威力たるや凄まじい。

 壁に激突し、ベヘモスは崩れ落ちる。

 俺は【硬質化】を解くと、一気に距離を詰め――


「【アクアカッター】」


 薄い水の刃が俺の体から伸びていく。

 水は使い方によっては鋭い刃と化す。魔力を込め、ギリギリまで研ぎ澄ました刃。それを究極まで突き詰めると、理論上、聖剣並みの切れ味まで昇華出来る。

 体内にある水を使っているため消費も抑えられるし威力も強い。水属性のスライムである俺と相性の良い魔法だ。

 結果、水の刃は後ろにある岩ごとベヘモスの首を斬り飛ばした。

 ベヘモスの目が「最弱モンスターにやられるなんて、そんなバカな!」と訴えている。

 何だか申し訳ないな……。

 でも俺には俺の目的があるのだ。

 それにコイツ、問答無用で襲い掛かって来たし……自業自得だと諦めてもらうしかない。

 最終的にベヘモスは塵となって消えた。モンスターは負のマナの集合体なので最期は呆気ないものだ。俺も死んだらこうなるのかな、なんて考えると少しセンチメンタルになる。

 ………。

 まあいいや。今はとにかく目的を果たそう。

 俺はダンジョン内を進むと、もう一つ奥にある小部屋に入った。

 その部屋のさらに最奥――そこに自然で出来た祭壇のような場所があり、その中央のくぼみに小さな水たまりがある。それこそが俺の求めていたものだ。

 ――『奇跡の雫』。万病に効くといわれる精霊水である。

 祭壇に登り、試しに少し飲んでみると俺の体が小さく輝き出す。

 途端に体の疲れが全て吹き飛んだ。

 ――間違いない。これは『奇跡の雫』だ。ようやく手に入れた!

 これで妹の病気を治すことができるかもしれない!

 俺は嬉しくなり、奇跡の雫を次々と体内に取り込んでいく。

 体内に取り込んだ奇跡の雫は、後で俺の意思一つで体外へと抽出することが可能だ。

 待っていろよオーピィ。今、奇跡の雫を持って帰ってやるからな。

 奇跡の雫を必要な分だけ体内に汲み取り、俺はその場を後にした。


 ***********************************


 西の大国、セントレア王国。

 白魔法と聖騎士が有名なこの国では今、世界の行く末を賭けた協議がなされていた。

 しかし――だだっ広い玉座の間にいるのはたったの二人。

 それもそのはず、現在話し合われているのは王族のみに許された会話なのである。

 一人は壮年の男性。頭には王冠。口元には立派な髭を生やし貫録のあるその男は、この国の王であるファリス四世。

 もう一人はまだ年端もいかぬ少女。十代後半にさしかかろうかというその淑女は、ウェーブのかかった金の髪を腰の辺りまで伸ばしており、彼女の着ている白いローブとよくマッチしていた。

 天使と見紛うほど美しいその少女の名はラピス・セントレア。ファリス四世の娘にしてこの国の第一王女である。

 ただ、ラピス王女は美しい翡翠の目をあっちこっちと落ち着きなく動かしていた。


「世界の崩壊を食い止めるためには、『神』を復活させなければならないところまでは付きとめましたが、果たして神の御霊はいずこにおられるのか……」

「少し落ち着きなさい、ラピス。お前が慌てたところで世界の崩壊を止められるわけではあるまい。それに今、我が国きっての予言士であるオババ様が神の御霊を探しておられるところだ」

「しかし父上……オババ様はもう一ヶ月も聖堂に籠りっぱなしではありませんか! 一度扉を開けて聖堂を覗いた方がよいのではないでしょうか? オババ様の身も心配です……」

「ならぬ。オババ様は断じて扉を開けてはならぬと申された。ラピス、オババ様を信じて待つのだ」

「……はい」


 ラピスの弱々しい声が広大な玉座の間に消えていく。

 だが――その時だった。

 玉座の間の左手にある大きな扉が、重々しい音を出してゆっくりと開いていく。

 そこから出てきたのは一人の老婆。


「オババ様!」


 ラピスは駆け寄り、ふらつく老婆を抱きとめた。

 老婆は老衰しきった様子だったが、まっすぐラピスの目を見て語り出す。


「ラピスよ、よくお聞き」

「は、はい」

「これより七日後、大陸中央の町グリーンイブの冒険者ギルドに、神の御霊を持つお方が現れる。その者、青き衣を纏い、この世界を救うであろう。……ラピス。お前はこれからグリーンイブに行き、そのお方の手助けをするのじゃ」

「は、はい!」


 ラピスは涙ながらに頷いた。

 そこにファリス王がやってきて、後ろから声を掛ける。


「オババ様、お疲れ様でした」

「ファリスか。ラピスを旅立たせること異論はあるまいな?」

「はっ」

「これで儂の役目も終わりじゃな……」


 力なく呟く老婆にラピスは涙を流す。


「何をおっしゃいます! オババ様、これからもお力をお貸しくださいませ」


 ラピスの涙を見た老婆は初めて優しげな笑みを見せる。


「……そうじゃな。せめて可愛いラピスが役目を全うするまでは、この老骨に鞭打ってでも助けてやらねばのう」


 そのセリフにファリス王の顔にもようやく笑みが浮かんだ。


「それでこそオババ様です」


 その後、老婆はゆっくりと目を閉じる。先程自分でも告げた通り役目を全うしたと言わんばかりに……。

 やがて――彼女の予言は一匹のスライムを中心として世界を大きく動かしていく。






目を通していただきありがとうございます。

これから楽しんでいただけたら幸いです。

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