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桜の初めてpart6

 アンさんの登場に引場を察したのだろう、ランさんは、『近いうちにまた来るよ』と言い残し爽やかに去っていった。

「有難うございます」

 とお礼を言った桜にもアンの返答は「桜ちゃん、凄い引きの強さね〜」という、何ともアンらしい言葉だが、その何時もと変わらない事に安堵感を覚える。


「アンさん、私、迷惑かけていますか?」


 だからなのか、普段は怖くて聞き辛い事でも聞けてしまう。

『執務室に行きましょうか?』という彼女の問い掛けに頷くと、ゆっくりとアンさんは歩き出した。


「もう、この花が咲く季節なのね」


 アンさんの言葉に、桜は彼女の視線の先を追いかけた。そこには菫色した小さな花が咲いている。

 ただ、その花は花壇に咲いている訳ではなくて、木々の側にひっそりと咲く花だった。


「可愛い花ですね」

「………あの花ね。秘密草って言うのよ」


 アンさんは近くの花を見ている様でとても遠くを見つけていた。


「珍しい名前ですね。あのお花に似合わない気がしますが…」

「ふふっ、そうね。珍しく日陰にしか咲かない花なの。夜には蕾が光るのよ。ひっそりと会う恋人達を優しく照らす花なの」


 執務室に入ると応接用のソファに座るように促された。アンさんは正面に座ると飲物を持ってくるように指示を出した。

 秘書(この世界に秘書がいるかどうかは解らないから、勝手に私がそう思っているだけだけど……)の女性が2つ飲物を持ってきて桜の前にも置いてくれた。


『有難うございます』と声を掛けるとニコッと会釈をしてくれたのが嬉しかった。

 そのまま秘書の女性はアンさんに手紙を渡すと退室してしまった。

 どうやらアンさんが、人払いをしたようだ。

 その後の話から、紫姉さんがアンさんに言付けてくれたから、助けに来てくれた事が分った。

 後で紫姉さんにお礼を伝えなければ、と考えているといつの間にか手紙を読み終えて、真っ直ぐこちらを見ているアンさんと目があった。


「桜ちゃん、あの人はね……ラン様と言ってこの国の第4王子なの」

「………」


 意外……では無い。だってリュートと同じ匂いがしたから。


「率直に言うわね。あのアホ王子、桜ちゃんをデートに誘いたいそうよ」

「はあ?」


 間の抜けた声を出してしまった私に、先程受け取った手紙を見せてくれた。

 内容を見て、桜もアホだと思ってしまう。

 良かった。ユリアさんに字を習っていたから、何とか読むことが出来る。

 私が習ったのはアストリアの言葉だけだから、この国もアストリアと言語は共通……ということだろうか?


 そこには桜の時間を高額で買い取り、街を案内したいと書かれている。

 しかもだ。恐ろしい金額を払って、桜が嫌がることは絶対にしないと書かれているではないか。


「何を考えているのでしょうか、あの方は?」


 アンさんの様にアホ王子とは言えない桜は言葉を若干濁した。


「アホのくせに底が読めないところがあるから、嫌な感じがするの。ねえ、桜ちゃん。嫌なら断ってくれて良いのよ?」


 この国で商売をしていて、自国の王子の申し出を断る事なんてしてしまったら大変な事になる。

 それくらいは桜にも分ったから了承の意思を伝えた。けれど流石に内緒にはできないから、その晩バードに事の成り行きを伝えたら、恐ろしい剣幕で怒られてしまった。


「殿下が貴女を閉じ込めておきたいと思う気持ちが少しだけ理解できましたよ……」

「随分不穏な事を言うのね…」

「だってそうでしょう⁉……何だって厨房でしか仕事をしていない貴女が、王子を釣り上げる何て思いますか⁉」

「理不尽だわ」


 分かっているし家出をしたのは桜なのだからしょうがないけど、釈然としない。


「俺もついていきます」

「醒めよ!だって二人だけでって書いてあるもの。アンさんに迷惑が掛かっちゃうでしょ!」


 できれが側にいて欲しいのはやまやまだが、それは出来ない。


「大丈夫です。隠れて護衛しますから。もし二人きりでデート何てさせたら、俺が殿下に殺されますよ!」


 済し崩し的にバードがついてくる事になってしまったが、本心を言えば有り難いし、ホッとしてしまう。


 当日、桜はこの国の庶民の服を借りて髪をポニーテールに結って貰った。

 服装的には、袖に膨らみがあり6分袖くらいの長さで、袖口にリボンがついている、胸元がちょっと広めに空いている白のブラウスに、膝下位の長さのフレアースカート。腰の部分には前中央が紐で締まるようになっているコルセットを表に着けているから、腰は細く見えるし、胸は強調して見える服装だ。


 店の入口で待っていると、黒のパンツに黒のシャツ、頭に赤のターバンを巻いたラン様がやって来た。

 桜だって待たせたら不敬だと三十分前には表で待っていたのだが、大差なく到着してしまった。


「ごめん、待たせたかな」


 申し出無さそうに謝るとラン様は、今日の記念に黄色い花束をプレゼントだよ、と言って差し出してきた。

 何というか、キザだな。

 嫌な感じはしないけれど、女扱いをされることの少なかった桜には、言動がどうしても慣れない。


「イマデテキタトコロデス」


 何とかそれだけ返すのがやっとだ。

 その後アンさんも見送りに出てきてくれて、しっかりラン様に釘を刺してくれた。


 前途多難だが、そう言えば、私ちゃんとしたデートって初めてだな、と桜は気付いてしまった。

 だってリュートとは神殿に行ったっきり何処にも2人で出かけていないのだから。

 いや、これだって仕事の一環だからデートでは無いのかな?

 なんだろう。普通のカップルらしいことって案外難しかったりするのね。






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