桜の初めてpart4
良く見たら、紫姉さんは胸にチューブトップのような布をつけていた、そんな事にも気付けない程動揺していたのだ。
まあ、後ろから抱きつく形で一緒にベットの上にいて上半身のみ起きている状態だから、見間違えたとしてもしょうがないのだが………。
お客様である男性は上半身裸なのだから間違いではない。失礼に当たらない範囲で、桜は男性を観察した。あの紫姉さんが接客についているという事は、乗客であることは間違いない。
この娼館の娼婦は実名をけして名乗らないし、またルールとしてお客から聞いてもいけない。
ここを辞めて次の人生を選ぶ時へのアンさんの配慮だった。 但し、自分がこの人だと思った唯一人にのみ伝えることが許されていた。
源氏名は、上から紫、紅、蒼、翠、黄の順となる。そして各姉さんの下につくお目見え前の娘は白に各姉さんの色がつく。紫姉さんの下についたら白紫、蒼姉さんなら白蒼といった具合だ。
あくまでこれはこの娼館のトップ5のみで、それ以外はアンさんのインスピレーションで名付けられる。アンさん曰く『この子達は縁あって私の娘になったのだから、私が名付けるの。だって親だもの』だそうだ。
だから役職名よりもアンさんがつけてくれた名前に愛着をもち、ここから旅立った後も、本名として使う人も多いと聞いた。
アンさんはここから旅立つときも手厚くバックアップをしており、幸せに暮らしている者が多い。
桜は例外で一時的に預かっている身の上であり、表に出ないから本名を名乗っているのだが、神様の悪戯なのか、こうして料理を届けに来ているのだが……。
目に前の男性の肌は浅黒く良く鍛えられている事が分かる。シックスパックが割れている。リュートも鍛えられているが、目の前の男性も引けを取らないだろう。
「桜ちゃんと言ったかな?君が料理を作ってくれたの?」
整った容姿の為気難しいそうに見えるが桜に対する視線と口調はとても優しい人。
但し色気がだだ漏れだ。
正直直視出来ない、動揺して失敗する前に早くここから離れたい。今日の桜は、人がいないから料理を運んできただけに過ぎない。それにこの人、リュートと同じ感じがするするから、きっとかなり身分の高い人だと思う。余計に失敗すればアンさん達に迷惑をかけてしまう。
「はい、家庭料理しか作れませんが……」
当たり障り無いように慎重に言葉を選んでいく。
「うん、それが良いんだよね。毎日食べたい味っていうのかな。食べるとホッとするんだ」
「有難うございます!母が教えてくれた味なので嬉しいです!」
料理上手だった母。子どもがたくさんいたから、そんなに余裕は無かったけれど、工夫していつも美味しい料理を作ってくれた。そんな母を褒めて貰った様でとても嬉しかった。
アストリアでは自分の仕事を褒められる事も、まして仕事をしたと感じる事も出来なかった。
挨拶をして退出した桜は極度の緊張から開放された為か、名前も知らない、もう会うことはないだろう男性に対して、良い人だな~等と好感を持ったのだった。
そんな桜が退出した後、
「ねえ紫?…確か隣国アストリアの王太子妃の名がサクラだったね」
桜がいたときとは表情が打って変わって真面目で隙のない顔をすると、隣りにいる紫に話しかけながらベットから起きて、桜がサイドテーブルにおいた料理を手に取り口にする。
「私は隣国の王太子妃の顔を知りませんので、何ともお応えできませんわ。王太子殿下は自身の妃をあまり表に出そうと為さらない為、あまり詳しい情報が有りませんの……」
紫もベットから降りると飲物を目の前の男に手渡した。紫ですらアンからは何も聞いていない。それ以前に娼館では過去を詮索したりしない。自身もして欲しくはないし、したくもない。
だが、紫はバードの事を知っていた。(バードの前では知らないフリをしたが……)
バードが今アストリアで騎士団の副官をしている事も情報として仕入れていたのだ。
そこから容易に答えを導く事は可能だ。
それこそが紫が紫である所以であり、身分の高い乗客が多いのも情報収集能力の高さからだった。勿論お客様の情報は売ったりしない。
だが、客以外はルール違反にはならない。
目の前の男も紫の情報収集能力をかってここに来ている。紫自身を欲してここに客として来ている訳ではないのは、誰より紫が理解していた。
プライドはズタズタだったが、それでも良いと思っていたから……。
「まあ良いさ。自分で調べれば良いだけだ。……やはりこの料理は美味しいね」
先程とは売って変わり顔を綻ばせ食事をする男を黙って紫は見ていた。この男が娼館で食事をする様になったのはここ最近、もっと詳しく言えば、桜が料理を提供する様になってからだ。
いつも、ただ情報だけを貰いに高い対価を払ってここに来る男。紫から請わなければ決して手を出そうとすらしなかった男。初めはただ楽だとしか思わなかったのに……いつの間にかそれでは物足りなくなって……紫の方から求めてしまっていた。
この男の身分は………表舞台には出て来ないこの国の第四王子、ランその人だった。




