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桜の初めてpart2

 桜とバードはこの館で部屋を与えられた。

 疲れているだろうから、とこの館の美人主アンは、『夕食までゆっくりしてなさい』と言ってくれたから、桜は少しだけ、と座ったまま横になり、いつの間にか泥の様に深い眠りに落ちてしまった。


 桜の様子を隣の部屋を与えられたバンが尋ねるとベットで眠っている桜を見つけた。

 まるで小さな妹を見るように優しく頭を撫でると薄手のブランケットを掛けて退出した。

 眠りの深さから当分起きることはないと判断したバンは一階にあるアンの執務室を訪ねると、アンは自分の執務室で書類仕事をしているところだった。


「丁度良かったわ、貴方と話をしたいと考えていたところよ」


 書類からバードに視線を移すと、ハードに執務室にあるソファに座るように促した。

 自身も机からソファに移動して眼の前に腰掛けた。


「そうじゃないかと思ったんで、忙しいのは承知で伺いました」


 何時もの様にバンは軽口を叩きこそすれ、目は真剣そのものだ。


「どうしてあの娘はあんなにも自己肯定感が低いのよ?……顔だってスタイルだってけして悪くない、正確だって気立てが良いのに……きちんと躾をされているお嬢さんよ?」


 人には見えないところで色々と苦労があることをアンは誰より理解している。

 してはいるが、疑問に感じてしまう。



「詳しいことは俺にも判りません。でも、居場所を欲しがっている事は俺も薄々気付いていました。だから、ここに連れてきたんです」


 そうなのだ。

 あの時咄嗟に飛ばされる際、マルタに念じてアンのいるこの国に移動させて貰った。

 あのまま城に戻っても心が駄目になってしまうと考えたからだ。勿論桜は気付いていない。

 偶然にも俺が来たことがある国に飛ばされたのだと思っているだろう。


「そうね、先ずは自分を好きになれるようにならなくちゃね」

「因みに桜様は俺の今いる国の王太子妃です」

「何ですッて⁉…バンが今いる国の王太子ってリュート坊やの事じゃないの⁉」

「坊や、かどうかは別としてリュート様でですね」

「あんのガキ、あれ程大事な女が出来たら大切にしろと教え込んだのに!」


 バードは見慣れているが、アンの表情は元々が整っているだけに余計に鬼のような顔になっている。


「いや、大事にし過ぎて間違えたんですけどね」

「どうせ真綿で包む様に閉じ込めたのでしょう⁉」

「………」


 当たっているだけにバードは何も言えなくなってしまった。

 アンの指摘は正しい。これはハードも危惧していた事だった。とはいえ、人伝に話を聞いていただけなので半信半疑ではあったのだが。


「あの坊や、今度あったら説教してやるんだから!」

「お手柔らかにお願いします……」


 バードはけして止めない叱れる人間がいる事は悪いことじゃない。それにハードから見たリュートは話を聞かない人物でも無いのだ。

 解らないのなら学べばいい。未だ彼が年若い。バードは自分よりも若いのに王太子という重責を背負って尚、潰れずに先に進もうとするリュートが嫌いではなかった。

 だが、桜に関していえば間違っているのだ。

 バードは知る由もない事だが、母親を失い後ろ盾の無いリュートが初めて出来た最愛を過剰に守ろうとするのは、ある意味仕方がない事だった。

 最愛とは強さで弱みでもある。きっと失ったら気が狂うだろう。それを何より理解しているから安全な場所にいて欲しいと願った。カムイ達はそんなリュートの心情が解っていたから強く止めることが出来ずにいたのだ。


 バードはアンと今後について話し合うと二階の自室に戻り、手紙を自国のサーキュス宛に出した。

 近況報告を魔法の伝書鳩に訳すと部屋を出て危険がないか軽く屋敷内を見て回ることにした。

 万が一があってはならない。アンの屋敷だから心配はないとは思うが、だから何も確認しないで良いとはならないのが軍人だ。


 夕方になりバードは桜の部屋を訪ねた。

 夕食になるとアンから言われて呼びに来たのだが、ノックをして部屋に入ると桜は未だ眠りについていた。

 返事がないのなら部屋に入るな!、と言いたいところだが、安全上の理由から入室の許可を桜から貰っている。ここには侍女がいない。未だアンの使用人が全て信頼できるとは言い切れないのだから、桜の身の安全を請け負っているバードからすれば引けない事柄だ。


 桜に声をかけても起きる気配が無い。

 寝顔を見ただけでも桜命のリュートに殺されそうだが、バードは揺すって起こすことにした。

 お腹が減っていない筈が無いのだ。腹が減ると思考がマイナスにしか働かないそれは良くない事だ。


 何度か揺すると目を擦りながら桜が目覚めた。


「バード……さん?…」


 少し寝ぼけながら舌っ足らず無い話し方をする桜にバードは不覚にも可愛い、と感じてしまったのは仕方がない事だろう。無防備とはそれだけ破壊力がある。


「夕食の時間ですが、起きられますか?」

「大丈夫です、すみません起こしに来てくれたんですね」

「いえ、では外でお待ちしていますから………」


 バードは部屋から出て廊下に出ると口を抑えた。


『危険だ……』


 桜は自分が()()()()として見られているとは微塵も考えていないのだ。


 これはリュートの苦労も解るな、とハードはここにはいないリュートに一定の理解を示したのだった。

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