魔女の家
カムイの言葉は真っ直ぐに桜の心に入ってきた。
入ってきたからと云ってすぐに受け入れられるかというとそれは別問題だった。 そもそもが桜の自己公定力は低すぎる。 それもこれも幼馴染みの秋人が悪いのだが、桜は自分に女としての魅力がゼロだと思い込んでいたのだ。 それ故にカムイの言葉をそのまま自分の事として受け入れる事が出来なかった。
「私にも安心できる場所が大切な事は解ります。 でもそれは、リュートにとって私である必要の答えではありません」
うつむきながらカムイの言葉に応える桜を見て、バードがカムイと桜の間に入り尚も桜を説得しようとするカムイを目線だけで無言で止める。
今は追い詰めるべきじゃない。 普段なら読み違える事がないカムイも無意識に少し焦っていたらしい。
それをバードに止められるまで気付けなかった。 それほど今のリュートは精神的に危うい状態なのだ。周りは気付いていないが、長年側にいたカムイだから解る。 これ以上桜不在は危険だった。
そのため早く連れ帰る事が最優先事項にカムイの中では位置づけられていたのだ。
だが、読み違えて桜に完全に拒絶されるよりはバードが止めた通り、止めた方が正しい。
誰にも、もしかしたら桜自身にももしかしたら解っていないのかも知れないが桜の感情は許容範囲を超えていっぱいいっぱいになっていたのだ。 家族を亡くしてからずっと耐えてきた、この国に来てからも強く泣き言を言うこと無く耐え続けてきた桜の感情はいつ事切れてもおかしく無いところまで追い詰められていた。
無理も無い。 しっかりしていても桜だってまだ十代なのだ。 唯一の心の拠り所が奪われたら(実際には違うが、リュートが桜に憂いを与えたく無かったからリュートが良いと判断したもの以外、一切の情報を遮断していた。 だから違うと判断できるだけの情報も桜には無かったのは桜だけの責任では無いはずだ)それは気持ちが壊れてしまうだろう。 心が壊れた桜をそのまま連れ帰ったらそれこそリュートが暴走するところだった。
バードが優先したのは『桜の心ごと守ること』で、カムイが優先したのはリュートだけだっただけだ。 だが、それはどちらが正しいという事では無い。 リュートをバードが優先しなかったからと云ってバードの能力が低いわけでも忠誠心が低いわけでも無い。 どうりでサーキュス程の男が信頼する筈だ。 バードの人としての判断やバランスは正しい。 桜はその存在だけで繁栄をもたらす、この国の王太子の運命の番だ。 どんな者からも一番に、守らなければならない国宝だった。
本当はこの国で暮らしている者なら子供でも知っていた筈の常識さえも何時の間にか忘れてしまっていた。
運命の乙女が国に現れている間はその国は栄繁栄する。桜は知らなかったが、桜がリュートの妻となってから、天候は安定し、農産物は例年には無い程良く実り収穫が出来ていた。
桜が無垢過ぎて、何も望まないから皆恩恵を恩恵として受け取れず、当然の物となっていただけだ。
「桜、ご飯はまだかい?」
聞いてきたのは、椅子に座り無関心を釣らぬていた筈のジトアだった。
ジトアにとっては周りの全てが些細なことだ。
発言する価値もない、ジトアの表情からはそんな思いが見て取れた。
「はい、ジトアさんを今作りますね?」
桜は、これ以上何も聞くつもりはないと話を切り上げて台所で野菜を洗い始めた。
「桜さん、俺も手伝うよ。何をすれば良い?」
声をかけたのはバード。 カムイは完全に出遅れた。貴族のお嬢様達なら、またマダム達なら上手くあしらう事が出来るカムイだが、こと妻や桜のような女性は手先の器用さでは対応出来ない。
「有り難う、バードさん。じゃあ、これ(じゃが芋)を洗って貰っていい?」
「勿論。何なら包丁も使えるけど、何かやろうか?」
「うーん、このままじゃが芋を蒸して、それが終わったら他の具材と混ぜるから、その時に手伝って貰ってもいい?」
「へ~手際が良いですね」
バードの口調が通常よりも砕けているのは、桜にとってそのほうが良いと考えたからだ。 堅苦しい口調で礼儀を持って臣下として接するよりも、きっと今の彼女にとっては必要だろう。
二人が揃って料理をする姿をカムイは黙って見ていた。
この風景をリュートが見なくて良かったと思う。
見られていたらバードが危険だった。
王太子としてのリュートは非の打ち所がない程優秀で公平だが、桜を前にしたリュートは一人の男として独占欲が強過ぎる。
きっとバードが桜の隣にいる事を許さないだろう。
「私、下に姉弟が多くて家事の手伝いは当然の事だったし、料理はずっとやってたから」
「ご兄弟がいるのかい?」
「皆事故で亡くなっちゃたけど、仲の良い姉弟だったのよ?」
気丈に答える桜にバードは頭をポンポントと撫でた。
「良い家族で、君は良いお姉ちゃんだったんだな」
桜は、バードの言葉と頭を撫でられた事に驚いてしまったが不思議と嫌じゃ無かった。
異性を感じる様で、それは家族としての兄のような感覚がとても心地よかった。
兄がいたらこんな感じだろうか?愛情はたくさん両親から注いでモラッたが、長子として甘える事はしてこなかった。
「バードさんってお兄ちゃんみたいね」




