桜捜索:リュート編part2
リュートの執務室から退室したカムイは、静まり返った広く長い廊下の先を、目の前の、男ですら目を奪われそうな見目麗しい男に目を向けた。
サーキュスは男女問わずうっかり心を奪われる位妖艶だが、カムイはリュートで美形を見慣れているのか免疫がついていた。
ただ顔が綺麗という単純な美醜の類ならリュートの方が勝っている。
とはいえ色気という分野ではサーキュスの方がリュートより上か?
最もカムイ自身並の男より整った顔をしているのだが、この二人はレベルが違っていた。
まあ…もしもユリアが聞いていたら、カムイが一番だと憤慨していたに違いないのだが…。
「どうしました?……サーキュス」
サーキュスは、リュートの執務室から出てきたカムイを見つけると、上位貴族に対する礼を見せた。
「畏まる必要は有りませんよ。貴方がここに来たということは桜様の事で進展があったのですか?」
「……いえ、一日前から桜様の捜索に当たっていた部下の行方が掴めません。だから?、と聞かれたらそれだけなのですが、お伝えすべきと思い参じました」
桜の護衛はリュートが選りすぐっている。
それも王を守る影、鴉をつけていた。
桜が居なくなった時も護衛は付いていた。それなのに見失ってしまった。彼らは揃って桜は神隠しにでもあったかのようだと報告したのだ、気配を読む事に長けた鴉が桜の存在を突然見失ってしまった。
勿論己の仕事にプライドを持つプロフェッショナルだ。それがどれ程恥であろうとも、そうとしか伝えられない状況だった。
だが、それを知るカムイも、立場上あり得ないと解っていても一つの可能性も無視する訳にはいかない。それがどんな綻びに繋がるかが解らないのだから。
だから、確認する。
サーキュスにとってバードという副官がどんな存在か選別した際に調べて解っていても……。
「その男が桜様を連れて行った可能性は?」
「成る程、カムイ様はリュート様を裏切る事ができると、そうおっしゃるのですね」
あんにバードにとっての自分は、リュートに取ってのカムイと同じと言っているのだ。
不敬と見なされ牢獄されても文句は言えない身分差が二人の間にはあった。
だが、サーキュスとて引けない一線がある。
其れ位にはバードを信頼していた。
そして上官としてのカムイをサーキュスは信頼しているのだ。
何よりサーキュスにもカムイの立場は良く理解出来る。だからこそサーキュスにとってカムイは信頼できる上司でもあった。
「………あり得ませんね。……………では、その男は信用に値すると貴方が保証すると言う事ですね?」
元々疑ってはいなかったとはいえ、あっさりとカムイは引いた。
「はい。……ですが、桜様を見つけた可能性はあると思っています。あの男は、勘が恐ろしく鋭いので」
「見つけた、と仮定したとして連れて来れない理由は?」
「…………それが私が今報告に来た理由です」
「成る程………」
戻って来れない理由が出来てしまった。
そう考えた方が良いだろう。
「王太子殿下に御報告は?」
「今は、五月蝿い蝿を払う事が優先です」
リュートが何より桜を大切にしているのは誰より理解している。でもこのままでは、リュートの立場が悪くなってしまうのだ。
リュートと桜を天秤にかければ、リュートを優先する。それは桜が関係する事でのリュートには出来ない判断だ。咎は全て自分が受ける。
桜の存在がどれ程リュートにとって大切か誰より理解しているカムイだ。
苦渋の……決断だった。
「承知しました」
サーキュスはカムイの判断に従った。
「桜様の捜索は私が行います。状況を詳しく報告後、貴方は私の代わりにリュート様に付いてください」
「‼………」
「頼みましたよ?………ある程度蛆の掃除と生息場所の確認は終わらせてあります。貴方には掃除後の消毒と残りの除去を行って頂きたいのです」
「お任せください」
サーキュスは感情を表には出さない迄も、内心は驚きと興奮を隠せなかった。
自身をそれ程評価してくれているのだと思うと、不遇な待遇に慣れ過ぎているサーキュスにとっては慣れない感覚だが、試されている、それが結果を出してやろうと………やる気に繋がった。
期待する事を忘れる事で自分を守っていた。
何をやっても変わらないと思って心を殺した。
だが、リュートとカムイの元では頑張りを評価してくれる。自身の価値が上がれば守りたい者を守りきれるかも知れない。
もう諦めずに済むかも知れないのだ。
サーキュスはカムイが廊下の奥に消えていく迄ずっと頭を下げていた。
◆◆◆
カムイはバードの消息が消えた場所周辺まで来ると、再度消えた周辺の聞込みを開始した。
そして一箇所の小料理屋に辿り着いた。
「ここですか………」
一見何の変哲も無い小料理屋だが、かき入れ時の筈の時間帯で店のドアにはcloseの小さな看板が掛けられている。ガラス張りの窓から中を除いたが人の気配は無い。
カムイは躊躇う事なく、そのドアノブを下に下げた。
ドアは、ガチャっという音で呆気なく開いたのだ。
それは鍵等掛かっていない事を意味した。




