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桜捜索:リュート編

 桜がいなくなって3日目経つ。

 そろそろリュートは限界だった。

 桜の乙女を頂いたから、身体に不調が出るわけでは無いが、心が急速に乾いていくのが分る。

 魂で繋がってるとしても、物理的に体が離れ過ぎている今の現状はリュートの心に深くダメージを与えていた。


 前線に出て捜索にあたっていたリュートだったが、王太子の身分でずっと王宮を離れて要られる筈もなく一度戻らざる負えなくなってしまったのだ。

 それでもカムイだけで良く持ちこたえたというべきだろう。ただ代わりとして現場を維持しろ、と言われればまだ持たせる事が出来ただろうが、リュートが城を空けている事への捨て置けない高官からの苦情が殺到してしまったのだ。


 リュートは城迄と続く道を馬を飛ばして帰る最中、苛立ちを隠せなかった。

 何故桜が居なくなってしまったのか?、元を返せば誰が余計な事をしたからなのかが、まるで解っていない連中の言葉を、何故自分は聞かねばならないのか?


 王は今表に出てリュートを庇う訳にはいかない。

 今、リュートは次の王位継承者としての力量を臣下に示す大事な時期だからだ。

 ここで手を貸せばリュートにとって大きなマイナスになってしまう。

 それでも運命の番の大切さは誰より理解している王は、リュートが動きやすい様に裏では手を回してくれているのだ、これ以上の文句は言えない。


 今騒いでいるのは王位継承権を剥奪された第2王子派の貴族だ。今も自分達に有利なまだ幼い弟を王位につけ傀儡にしようとしている事にも腹が立つ。

 王太子妃宮殿に滞在している他国の王女(名前も率先して呼ぼうとも思えない)も弟の婚約者候補として呼ばれている節がある。最も一番は運命の乙女である桜とリュートを引き離す火種の一つにでもなればいいとあの女は考えていたのだろうが……。

 それにまんまと嵌まったのはリュートだ。


 守れると思っていた。

 話すことで余計な心配を掛けたくなかった。

 見誤ったのはリュート。桜は外見とは裏腹に大人しく守られていることを良しとする女性じゃ無かったのに。

 解っていたつもりで、本当に……つもりだったのだ。

 後悔先に立たず、桜の世界の言葉がリュートの頭をよぎった。

 どんなに格好悪くても、跪いてドレスの裾に縋り許しを乞うても良いから帰ってきて欲しい。

 それが今のリュートの率直な思いだった。


 街中とはいえ、軍事国であるこの国の街道は整備されており軍馬や軍車が通る道は通行人とは別けられて設置されている。リュートはその道を愛馬に乗ってひたすら急いでいた。

 城迄到着すると馬を馬番に預け、カムイの待つ執務室に向かった。

 ノックもせずにドアを開けると、机の上の状況は書類で凄惨な事になっていた。


「リュート様!、申し訳ございません。力及ばず」

「いや、俺の方こそ済まない。今まで時間を稼いでくれて有難う」


 机の上の書類、もとい嘆願書に目を通したリュートは軽く目眩がしそうだった。

 “仕事”の類は一つもなく全て今回の事への不手際を責めるものだった。これでも恐らくカムイが宰相側の貴族に手を回し少なくはなっているのに、この量だ。

 それだけでまだあの女の影響力が根強く残っている事を示していた。

 ただ、裏を返せば……。


「残っていた反乱分子を炙り出せたということか」

「ああ、相手方も余力を残しては居られないだろうから、粗全てだろうな」


 二人きりということで、カムイも何時もの砕けた言葉になっている。

 だがこれはリュートを孤独で厳しい王宮で一人にさせないようにと、ユリアと話し合い決めた事だった。


『もう必要ない事かも知れないけどな』


 カムイは今はいない桜の存在がリュートを変えた事を誰よりも嬉しく思っていたから、リュートと同じかそれ以上に今回の事では怒りを覚えていたのだ。


「桜が絡んでいなければ、絶好の機会を喜べたんだがな」


 珍しく愚痴を言う親友に、まるで珍獣でも見るか様にカムイは不躾な視線を向けて心から笑った。


「随分人間らしくなったじゃないか!桜様に感謝だな。しがみついてでも絶対に離すなよ」

「当たり前だ………」


 カムイは今迄の状況を報告し終えるとリュートの執務室を出ていこうとした。


「カムイ」

「何でしょうか?」


 呼び止めたリュートに、答えたカムイは既に臣下の顔をしている。


「………有難うな……」


 ボソッと呟かれた言葉は、しんとした執務室だから良く響いた。

 珍しく真っ赤な顔で言われた感謝の言葉は消して、今回の事だけでは無いだろう。

 そこには、戦場の殺戮人形と呼ばれた無機質な男はもういなかった。


「ああ……親友だからな」


 そう言って部屋を後にする。

 残ったリュートは、自分が考えていたよりも周りに愛されていた事実に今更ながらに気付かされた。

 それも桜が自身を愛してくれて、愛される事愛する事を思い出させてくれたからだろう。


「桜……やっぱり俺は君がいないとダメみたいだ」


 自分以外、誰もいない執務室の椅子に座り、リュートは窓から空を眺め今は近くにいない桜を思って、どうか声が届く様にと願った。



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