バードの生い立ち
バードはまるで導かれる様に一軒の小料理屋の前で足を止めた。
そこは桜がお世話になっている小料理屋で、勿論女将さんも店の中にいる。
いや、しらみ潰しに全ての家々を確認して回っていたから何れはここにもたどり着いたのだろうが、それでもバードの眼はこの店で足を止め、この店の入らなければという強い意思を持って店のドアを叩いた。
昔から勘が良く、己の勘に頼って行動する事が多かったバードは今回も自分では説明がつかないが必要だと思える感覚に従う事にしたのだ。
バードの存在に驚いたのがこの店の女将であるお婆さんだ。バードは気付かないがお婆さんは違う。
この店は靄がかかった様に、探しては来れない様に魔法がかかっている。
確かにバードからは今は亡き同胞の匂いがする。
有り得ない。
私や彼女以外は全て滅ぼされてしまった筈だった。
それなのに懐かしい彼女の匂いがする。
その彼女と同じ匂いがする青年が、必然としてこの店までたどり着いてしまったのは、女将であり魔女でもあるお婆さんには誤算だった。
本来の運命ならリュートが最初にここにたどり着く筈だったのだ。
それが歪めら、導かれる形でこの店のドアを叩いた。
店のドアには準備中の札が掛けられている。お婆さんが仕方なく返事してドアを開けると、有り得ない事に知人の面影がある青年が声を掛けてきた。
「すみません、女将さん。忙しいところ申し訳無いが一人の女性を探しているんだ。もしも知っていたら教えて欲しい」
案の定だ。………解っていた質問とはいえ、少々気に食わない。
「何故、女一人大の男が血相変えて探しているんだい?もしや犯罪事じゃ無いだろうね?……だとしたら巻き込まれるのはごめんだよ」
見た目とは反して礼儀正しい好青年のバード。不快感何てお婆さんも感じていなかった。
いなかったが、素直に教えてやるわけにも行かない。
「犯罪、とかじゃ無いんだ。俺の主の想い人が行方不明でね。元気でいるかだけでも確認したい」
正確には主の主だが、そんな事は今ここで説明すべき事じゃない。
「自分の惚れた女なら、自分で探せば良いだろうに……他人の手を借りるってのがどうにも気に入らないね」
どうした事だろう?
お婆さんは表向きの職業の為に、愛想だけは良くしていたのに、バードの前では素の自分になってしまう。
感情のコントロールはお手の物だった筈だが………。
「はは、俺も女将さんの意見に賛成だ」
思いがけない答えが目の前の青年から返ってきた。 態度が悪い自覚はあったが目の前の青年は気にした素振りも見せずに笑っている。
「だけど探せない理由も俺には解るし、この件に関して主は悪く無いんでね」
「じゃあ出ていった女の方が悪いってのかい?」
「いや、あの方はもっと悪くない。寧ろこの件では被害者だ。出ていった気持ちも良く解る。欲を出した周りが一番悪いのさ。今ある事に感謝してれば良かったのにな。女心が解らん頭の硬い連中が多いって事だ」
嘘を言っている様には見えない。
この青年は見た目ほど軽くない。本音と建前は分ける事が出来る類いだろうとも見てとれる。
だが、今の言葉は本心なのだろうと、お婆さんと呼ばれる魔女、マルタは感じた。
桜には、というよりここではジョカと名乗っていたが、魔女としての本名はマルタ。
尤もマルタの名前は親友を失ってからは使っては来なかったが……。
「お前さんだって、そんな男の一人だろう?………探して、どうするんだい?」
バードに桜の居場所を伝えて良いものかマルタは柄にもなく迷ってしまった。職業柄……と言うよりも性格が竹を割った様に真っ直ぐなマルタは何事も即決だ。
迷う事なんてない。
本当ならこの件も突っぱねてお仕舞いで良かった筈だ。
筈なのに何かが引っ掛かる。
「さっきも伝えたが、先ずは元気かどうかを知りたいんだ。俺は女の涙が一番苦手でね、笑顔でいてくれるのが一番重要。それで、叶うなら俺の主を見捨てないでやって欲しいと願うだけさ」
「そう考えているのはお前さんだけだろう?……回りはそうは思ってないんじゃ無いのか?」
「ならこの事を報告しないだけだ。………何度も言うようだが、彼女の笑顔が一番で、そのあとは全て二の次何でね」
嘘をついていないのが解ってしまう。これも魔女の悲しい性だった。
駄目だ。………反対する理由がなになってしまった。
彼女を匿うと命を受けたというのに。
「…………」
「姫さんは今、笑顔かい?」
バードは確信を持ってマルタに訊ねた。
隠せないか………。マルタは溜め息を一つつくと覚悟を決めた。
「元気だよ……」
「俺に会わせてくれるかい?……」
「お前だけなら、構わない。………だが、他の連中は駄目だ。………本来ならあの娘の番以外は逢わせるわけには行かなかったのさ」
「え?……じゃあ俺は駄目じゃないか!!……済まない……もしかして俺は貴女にかなり無理を言ってしまったのだろうか?」
「いや……これも必然何だろうね。………ただ合わせる代わりに一つ答えな」
「ああ……」
バードは何を?……と聞くことはなかった。
職業上守秘義務がある物も有るのに、否定はしなかった。してはいけないと解っていた。
それだけの情報を目の前の女性は自分に与えてくれたのだから。それの対価としては自分が持っている情報何てたかが知れてるだろうとも……。




