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逃亡[リュート編NO.7]

 城下町でも王宮より遠い区域をサーキュスはしらみ潰しに探し始めていたのだが、表情とは裏腹に焦っていた。

 万が一国外にでも出られていたら運命の乙女の恩恵が国外に流出してしまうから、絶対に阻止しなければならない。何故に外務を担当する高位貴族や役人はそれを解らないのか?

 サーキュスは苛立ちすら覚えていたのだ。

 気候が安定し、作物は豊富に取れる。餓える心配のない今が何れ程幸せな事なのか、食べる事に苦労した事のない奴らにはその有り難みが解らないのだろう。


「サーキュス様、顔が怖いっすよ」


 いつの間にか気配を絶って側まで来て、耳元でボソッと声を掛けてきたのは副団長のバードだった。

 赤い髪を短く切り、筋肉質な鍛えあげられた体と切れ長の目が笑うと少しだけ下がり愛嬌が出る。

 パワー重視では無いバードは、格闘でもバランスを大切にしていた。

 筋肉が大きく育ちすぎるとスピード面で劣るから、バードの体はしなやかな野生の獣の様にバランスが取れて美しかった。

 サーキュスに比べれば顔は見劣りする筈なのだが、この男の持つ独特の雰囲気が魅力度をあげて、隣に並んでも見劣りがしない。


 サーキュスとは真逆な少しチャラい感じのこの男は常にヘラヘラしている。

 尤も、軽いのはその見た目だけで誰よりも熱く、男気溢れる仕事熱心な男だということをサーキュスは良く理解していた。

 そんなところはサーキュスも信頼してるのだ。

 まあ、少しばかり女性関係で素行が悪いのは目を瞑っても良いだろうとも考えている。本人に言ったら調子に乗りそうだから、絶対に言わないが……。

 顔だけで言えばサーキュスも十分遊んでいそうな甘いマスクをしているのだが、不用意に望まれない子供が生まれてしまう行為が、どうしても許せなかった。

 故にサーキュスはそちらの方面でも経歴は真っ白だ。

 実はリュートの評価が高いのも、この部分も大きい。


「桜様を一刻も早くお探ししなければこの国は多大な損害を被る」


 ずっと苦い表情をサーキュス様崩さなかった。


「……まあ、正直自分が知らない間に、自分の男に違う女が嫁ぐかも知れない何て、嬉しい感情じゃないですけどね。何より桜様からすれば自分の家に土足で踏み込まれた様なもんですからね。キレて出ていってもしょうがないでしょ、しかも新婚なのに」


 バードの言葉が良い得て妙だった。

 女神は潔癖だ。自身が守護する運命の乙女を王太子の妻にと使わしたのに、それを裏切った様な物だ。怒って運命の乙女を隠す位するんじゃないのか?

 だから探しても見つからないのでは?


 そもそもが女神と言う存在は神話の域を過ぎない癖に恩恵だけは確かと言う不安定な状態だ。誰よりも運命の乙女だけを愛する、と言うのが女神が望んだ事なのだとしたら、その恩恵の代償の女神との契約を破ったのはこの国の人間だ。

 尤もリュート様は、桜様以外眼中にはなく娶ろうともしてはいなかったのだが……。


 馴染みのある古い街並みはサーキュスにとっても思い入れが深い物だ。

 赤見の強い煉瓦の壁が建ち並ぶ街並みは、夕日や朝日が当たると燃えている様に輝く。

 赤は生命の色だ。

 それを見るたびに、自分は未だ生きているのだと強く感じられた。

 貴族に買い取られたサーキュスの気質は、腹黒い貴族社会にはとてもじゃないが馴染める物ではなかった。

 そんなサーキュスを暖かく迎えてくれたこの街の人々を守りたくて騎士団に入団したのだ。


「それでも戻ってきて頂かなくては…」


 そんなサーキュスの言葉に、バードは『それが桜様の幸せとは限りませんけどね』と答えた。

 街を守りたいサーキュスと、"人"が好きなバードは守りたいと感じる者が同じようで違う。


「それでも彼女はこの国には必要なんだ……」


「まあ、俺はあんたがやることなら肯定するから良いんですが、団長はそれで後悔しませんか?」


「俺が?……何故?」


 サーキュスは勘の鈍い男じゃない。

 それなのに心底言われている事が解らないという表情を見せている。

 自分の心を自分が一番解っていないのだろう。仮にバードが教えたとしてもきっと納得しない。

 自分で気付くしかないのだ。

 それで傷付く事が無いと良い、バードは心のなかで溜め息をついた。


「まあ、解んなかったらいいんです」


 バードは状況報告を終えるとまた任務に戻った。

 その場に残ったサーキュスはバードの言葉が鈍く刺のように体に痛みとして残ったけれど、それには気付かないふりをして、自身も捜索活動を再開した。


 人海戦術が項を奏して、桜が一時的にお世話になっている食堂迄たどり着いた。

 尤も、桜がそこにいる、という認識は当然ながらバード達にはなかった。

 強面の顔からは想像が出来ないほど人懐こい表情を見せてバードはお婆さん、その食堂の女将に声をかけた。彼女は魔女の生き残りだ。バード達がこの食堂に来ることは解っていた。

 だからこそ、知り合いの家に桜を逃がしたのだ。

 簡単にはバレないように隠れ蓑の魔法をかけている。

 それは靄がかかったようにその人の存在を不鮮明にする。バード達、魔力がない者が魔法を見破る事は不可能だ。現にそれは事実だからお婆さんが、油断したことを責められる人はいないだろう。

 だが、バードには特殊な能力があった。本人も無自覚だからこそ余計にお婆さんは気付けなかったのだ。





 

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